Departure to a new time! -Act7-



1.



イスカンダルの動きの追尾を当直の相原たちに任せ、古代は一息つくために艦橋から降りてきた・・・・。
まだ戦闘が終って間がないため、修理を担当する工作班員達は未だ忙しそうに艦内を走り回ってはいたが、
他の部署のメンバー達は交代で休憩を取るように先ほど各命令系統を通じ命じてある・・・・




本当のところ、古代は艦長代理としての職務上・・・・艦内チェックのため艦橋残留を買って出たのだが・・・


「さっきCTで宇宙(そと)に出ていた人が何を言ってるんですか。誰よりも休息を取らなくっちゃいけないのに・・・・
サッサと休憩に入っちゃってください。古代さんが休憩に入ってくださらないと他の連中もゆっくり休憩取れやしませんよ」

と、相原に追い出されてしまったのだ。


ユキは・・・・

戦闘終了後のこの時間・・・・・
休憩を取る乗務員達の食事の支度、戦闘中に負傷した仲間達の治療その他諸々・・・・
生活班は目の廻るような忙しさだ。


きっと彼女もその先頭を切って動き回っていることだろう・・・・


ほぉ・・・・と一つため息をつくと・・・・古代は自分の行き場がないことに思い当たった。

戦闘終了直後のこんなとき・・・・古代は人の込み合うような場所に行くのを極力避けていた。
自分の身体から抜け切らない闘心を持て余してしまうのだ。

こんな状態の自分が他のメンバー達が集う場所に現れたら・・・・
その場が一気に壊れてしまう・・・・。

古代はそれを敏感に感じ取っていた。


前の戦いの時はまだよかった。

こんなとき・・・・そんな古代にも行き場があったから・・・・・集う仲間達が存在したから・・・・・


確かに・・・・その場は今もこのヤマトに存在していたし、そこに集う人間達もいた。
だが・・・・・そこにいるのはかつて彼が親しんだ仲間達ではない。

等身大の古代を理解し、共に笑い共に騒いだあの仲間達は・・・・闘いの闇の中へと消えてしまった・・・・。

古代はやるせない思いを抱いたまま人の多い居住区を抜け・・・・人気の少ない艦尾の方へと歩んで行った。





“結局・・・・ここが一番落ち着くな・・・・”
古代がたどり着いたのは・・・・整備が終了したCT−ゼロが収められている・・・・カタパルト脇の通路・・・・だった。

古代の備品のみが置かれているといっても過言ではないこのロッカールームには・・・・・
彼以外・・・・近づいてくるものがいない・・・・・といってもいい空間だった。

何もすることがない・・・・手持ち無沙汰な古代はクロスを取り出すと静かに休息を取る愛機に近づき、
既にその顔すら映しそうなくらいに磨きあげられているその機体を・・・・・また磨き始めた。

何かしていないと心が落ち着かない・・・・・そんな思いが古代を支配していた



自分は・・・・・・兄を見殺しにしようとした・・・・・・その事実が彼の心に影を落としていた。

決して本意ではない・・・・・できることならば全てをなげうってでも飛んで行きたかった。
事実・・・・その時の古代は“翼”を持っていた・・・・それが可能だった・・・・。
だが・・・・・そうしなかった・・・・・できなかった・・・・。

自分の立場ならいたし方がない・・・・と周りはきっとそう・・・・・慰めてくれるものもいよう・・・・・。
だが彼の本能・・・・血がそれを許そうとはしなかった。

たった二人っきりの兄弟・・・・・
まだ幼さが残る頃、両親を失い・・・・・傷心の日々を送っていた自分を支え続けてくれた兄を・・・・
自分は任務のために切り捨てた。

その思いが今の古代の心を苛ませた


CTの機体に映る自分の姿に嫌悪さえ覚える・・・・
古代はどこにも行き場のない苛立ちを思いっきり拳に篭めた。



『相変わらず、ばっかだなァ・・・・ったくお前ってばよ!!』

古代の脳裏に懐かしい声が蘇った・・・・ような気がした。
すっと視線を流すと・・・・その先に置かれたヘルメットに目が留まった。

“加藤・・・・・”
『お前ってば頭でっかちなんだよ!考えすぎなんだよ!か・ん・が・え過ぎ!!』

“すまんな・・・・・俺は・・・・あの頃と変われないよ”
自嘲気味の古代に幻の加藤が笑った。

『豪傑なあの人がさ・・・・・今のお前を見たら・・・・ぜったいにどやされるぞ?』

プッ・・・・・・
古代は思わず吹き出してしまった・・・・・。

ヘルメットに手を伸ばす・・・・・

「わかってはいるんだぞ?これでもさ・・・・・・」

古代はおもむろに壁にもたれたまま床に胡坐をかいた。
そして・・・・メットを抱えると丁寧に磨き始めた。




2.



南部は戦闘終了後のチェックを終え、砲塔コントロールルームから出てきた。
ほとんど・・・戦闘班関係のメンバー達は休憩や食事のため居住区の方に出かけてるものが多いのだろう・・・・

なんとなく周囲は閑散としていた。

たまに擦れ違う工作班員たちにねぎらいの言葉をかけながら、南部自身も休憩に入ろうと居住区を目指し歩いていた。


「やっぱりあいつはとんでもなく冷血漢なんだよ!!」

いきなりの聞き捨てならない言葉が南部の耳に飛び込んできた。
声は・・・・・すぐ前の・・・・閉め忘れられた部屋の扉の中からこぼれてきた。

そっと中をうかがうように覗き込むと・・・・・そこは小さな控えのロッカールームで・・・・
中にいたのは数人のCT隊員達だった。

「お前らも見ただろ?あいつは自分の兄貴すら簡単に見捨てられるんだぜ!あいつにとっちゃ・・・・
人の命より任務優先なんだよ」

一人いきまいているのは・・・・・・・見覚えのあるまだ幼さが残る顔・・・・・・。
「加藤よ・・・お前・・・・少しいいすぎだぞ?それ・・・・・」

床に座り込み、支給のボトルドリンクを口にした一人のCT隊員が眉を潜ませた。
「あの人は・・・人の命をそんな風には思っているような人じゃないって・・・・」

顔を少し俯かせ・・・・何気に未だ傷が残る額に手をやりそのCT隊員は呟いた。
「人の命をそんな風に思っているような人が・・・あんな危険を犯してまで他人のために飛び込んできやしないよ・・・・絶対に・・・・」

「お前はあの人に助けられたからな・・・・・」
いっしょにたむろする坂本が苦笑する。

「確かに・・・・俺なんかあの時身体がすくんじまって何も出来なかった口だし・・・・
何より自分の未熟さをいやって言うほど味合わされたしな・・・・」

「そんなの・・・・・・訓練生を訓練中に亡くしたりしたらあいつの経歴に傷が入っちまうからに過ぎないんじゃないのかよ?
そのくらい平気だよ・・・・自分の兄貴を目の前で見捨てることを平気で出来るような人でなしだからなっ!!」



名前こそ・・・・口にはしなかったが・・・・・・加藤が『古代』のことを口走っていることぐらい南部には容易に想像がついた。




身を徹して仲間達を救った・・・・
目の前でその様相を見たこのCT隊のメンバー達にも古代に心酔しつつあるものが増えていた。


だが・・・・・古代との“過去の因縁”を持つ加藤のみ・・・・その膿を噴出し続ける心を静めきることが出来ないでいたのだ。
誰よりも・・・・尊敬し誰よりも慕っていた兄を失った・・・・その傷の痛みに耐え切れないこともあったが・・・・
その兄を目の前で死なせた(と思っている)古代の存在が加藤には許しがたかったのだ。




・・・・この訓練航海が始まって以来・・・・訓練中の古代の冷静沈着な態度、適切な判断力そして統率力・・・・
ましてその身を挺してまで仲間を守ろうとする行動に加藤の不信感も揺るごうとしていた・・・・

だが、先ほど・・・・の古代の行動が加藤の傷を一気に押し広げてしまった。

“任務のためになら・・・・目の前で危機に陥っている自分の兄すら見捨てるような奴だ・・・・・
ならもしかしたら・・・・・自分の兄も古代に見捨てられ命を落としたのではなのか?!”









『ありえないっ!!』
南部は握りこぶしを握り締めた。
知らぬ間に冷たいものが背中に走るのを感じた・・・・・





次の瞬間・・・・・・・・・・・・加藤の身体が吹っ飛び床に叩きつけられていた。



3.



「・・・・・・!!」
いきなり飛び込んできた思いもかけない人物にその場に居合わせたメンバー達はみんな凍りついたようになった。

ただ・・・・床に叩き伏せられた一人のみ・・・・身体を起こし手の甲で唇を拭っている。
口の中を少し切ったのか・・・・その手の甲にはわずかばかりの血が付着していた。


「・・・・・人の噂話にイチイチ首を突っ込むのは俺の趣味じゃないんですがね・・・・」

殴り倒した拳を大げさに痛そうに振りながら南部は穏やかそうな口調で呟いた。


「・・・・・でも・・・・穏やかに黙って立ち去れるような話題でもなかったのでね・・・・」
南部はその場に居合わせたものを一瞥した。
それは・・・・居合わせた全員の身がすくみ上がるほど・・・・・冷たく怒りに燃えた瞳がそのメガネの奥に光っていた。


穏やかそうな表情ではあったが・・・・南部の怒りがその場の雰囲気を支配していた。

「随分といいたい放題しているようだね?加藤?」
床に座り込んだままの加藤の腕を取り立ち上がらせると、南部は有無を言わせない雰囲気でグッと引き寄せた。

「人の本心を知りもしないまま・・・・知ろうともしないまま勝手なことを言ってるのは充分罪なことなんだよ?」
南部に見据えられたまま加藤はただ眼をそらすことぐらいしか出来なかった。

「ここでは・・・・お前もきついだろう・・・・ちょっと付き合わないか?」
そういうと加藤の返答を待つはずもなく・・・南部は加藤を引きずったまま部屋を出て行ってしまった。



「うわぁ・・・・・ビビッた・・・・」
残された連中は二人が部屋を出た瞬間、大きく息をついた。
「普段結構穏やかそうな人だから・・・・余計ビビッたな」

この連中の中の「南部」のイメージは・・・・突出して目立っているリーダー的連中と対等にだが一歩引きながら付

き合っている・・・あの艦橋内のメンバーとしては目立たない部類のイメージ・・・なのだが。

先ほどの南部の一瞥は・・・一瞬でその身が凍りついたかと思うほど・・・・だった。
さすがは第一期の航海からこの艦に乗っている生え抜きの乗務員・・・・ということか?

自分達とは・・・器も何も違いすぎる・・・・
口には出さないが、その場にいた全員の率直な感想だった。


「加藤・・・・だいじょうぶかな・・・・」
坂本が心配げに二人が出て行ったドアに目をやり呟いた。




4.



「・・・・・そういや・・・南部さんも前の闘い・・・・兄が死んだ闘いの生存者の一人でしたよね?」

腕を南部に取られ引きずられながら、それでも視線を南部からそらしたまま加藤は尋ねかけた。

「そうだけど?その前の航海から俺も乗り組んでいましたよ?」
かけられた声を無視することもなく南部は前方を見据えたまま、引きずっている人物に目をやることもなく答える。


「・・・・・兄は・・・兄ほどの腕を持つ人が何故ヤマトまで戻ってきながら命を落とさなくてはならなかったのでしょうか?
命を・・・・兄が命を投げ出すほどの価値があの人にあるのでしょうか?
それともあの人が兄に『命令』をしたのでしょうか?」


「・・・・・・加藤は・・・・加藤三郎をその程度の情けない男だと思ってるというわけなんだな?お前は・・・」
「なっ!!」

かっとして見上げた加藤の目に飛び込んできた南部の瞳は・・・・妙に寂しげで・・・・
自分の質問の情けなさを思い晒されて・・・・加藤は再び目を逸らさずに入られなかった。

「そういうことだろう?加藤が艦長代理に『命令』されたから無理やり命を投げ出し任務を全うした・・・
そう思ってるというわけだ」

「・・・・・・・・」

「それはそれで・・・・ま、立派な『戦士』だったといわずにいられませんけどね・・・」

「・・・・・・・」

「あのですな・・・・」

誰もまわりにいないことを確認すると南部は加藤の腕を放し、その身を壁にもたれさせた。
「あの闘いがどんな戦いだったか・・・・知ってる?加藤・・・・」
「どんなって・・・・いきなり侵攻してきた白色彗星帝国を・・・・」
「そういう意味ではなくって・・・・・・さ・・・・」

南部は何気にポケットを探ると・・・・タバコのような形態の物を取り出し咥えた。
「・・・・・ヤマトに乗っちゃうと・・・・自由にタバコが吸えないってのが一番きついんだよね・・・
俺って・・・・ま、これで我慢できちゃうってわけなんだけどね・・・・・
悪いな・・・俺自身あの戦いのことになると未だに落ち着かなくってさ・・・・・こういうものに頼ってしまうってわけ・・・・」

口に咥えたものをツンッと突付いて苦笑いを浮かべる。

それは・・・・タバコの代用品・・・・口に含むとタバコを吸っているような感覚を味わえると・・・・
火気厳禁及び禁煙を余儀なくされる場所で楽しめると結構愛用者がおおいという代物だった。

「俺なんかでもさ・・・・こんなもんに頼らなくては気が参っちゃうこともあるほどの世界なわけなんですよ・・・
ここはね・・・・ここで・・・ここの一癖もふた癖もある連中を統率している古代さんって人は・・・っとに・・・
とんでもなく凄い人だっていつも思い知らされてしまうってわけ・・・・始まりはそれほど大差なかったはずなのに・・・
気づいたらあんなにもでっかいヤツになっちまっていた・・・・」

“そっか・・・この人も兄貴や古代さんたちと同期だったっけ・・・・”

「お前の兄貴もさ・・・古代さんには一目置いていたよ・・・でも俺達とは全く違った付き合い方に徹していたけどな・・・・」

「南部さんたちと全く違った付き合い方?」
「そぉ〜なんだなぁ・・・・あれだけは・・・・俺達には・・・・決して真似は出来ない・・・・そのことがさ・・・
今の古代さんには必要なんだろうけどさ・・・・どっしようもないんだよな・・・・俺達にはさ・・・」

南部は顎で加藤に合図を送ると再び先に立って歩き出した。

「いい付き合い方だったよなぁ〜・・・宇宙をかける仲間同士・・・ふざけてバカなことばかり言い合っていたよ。
古代さんもさ・・・俺達の前では少しずつ・・・「艦長代理」の肩書きの雰囲気になっちゃっていって・・・
どこか微妙な幕がついちゃったって感じだったけど・・・・あいつらの間では昔のままの『古代進』のままだった・・・・
背伸びをしないままの・・・・ね・・・・あいつらといっしょに好き勝手に言ってる時は古代さんにとって
気の休まる数少ないときだったんじゃないかな?」

長いまっすぐな通路を語る南部の後ろを加藤は視線を落としたままただついてゆく・・・・。

“互いにそんなに気の許した相手だった・・・・”
加藤にとってある意味・・・それは初めて知った『兄と艦長代理』の関係だった。
ただの部下と上司の関係だけではない・・・・
そして、ただの仲間意識に繋がった同士というわけでもない・・・・・


気を許しきりあった真の仲間としての心と心の付き合い・・・・。


「たださ・・・・俺が言えるのはね・・・・加藤にせよ誰にせよ・・・・命令だけで行動した闘いじゃなかった・・・ってわけ
・・・・この前の闘いは・・・・そんなもんで片付けられるようなものじゃなかったし・・・・

第一・・・・こいつに乗り込んだこと自体・・・・自主的判断・・・・命令も何もそっちのけ・・・・
食らわされるのは“反逆者”っていう汚名くらい・・・・だったわけなんですよ?おわかり?
そんな状況でこの艦に乗り組んだわけよ・・・・俺達も加藤たちも・・・・」


『白色彗星の脅威が差し迫っている現状を踏まえ先行航海に出航していった・・・・』

一般的に公表されているヤマトの発進理由・・・・
訓練生達もほぼ全員そう信じていたし・・・・
加藤自身もそれを信じていた。
(中には『その事情はおかしい』と意義を言い立てた連中もいるにはいたのだが・・・・その他多数の意見にかき消されていた)

だが・・・・南部の言葉からすると・・・・


「もしかして・・・・この前の航海って・・・・勝手に出て行った・・・・っていいたいんですか?」
「いいたいもなにも・・・・その通りだし・・・・」

ハッハッハ・・・・と笑う南部の後ろを笑う気にもならない加藤が続く・・・・




いきなり何の事前連絡もなく慌しく兄達は旅立って行った・・・・

あの頃はあまり不審も持たずにいたが・・・・

今落ち着いて考えると・・・・あの旅立ち方は異様とも言える慌しさだった・・・・。
特に兄達のBT隊は・・・月基地から直接ヤマトへと向かっていったという・・・・


・・・・兄達は・・・・・自分の意思を持ってあの月から闘いの海へと旅立って行ったのだ・・・・
今なら・・・・・こうしてヤマトに乗り組んで闘って初めて・・・・わかる・・・・


自分のこの思いは・・・・・単なる感傷に過ぎないってことも・・・・・





「とにかくさ・・・・俺は・・・・要らないことをあまりいいたくないんだな・・・・おまえ自身の目で判断するといいさ・・・
加藤を失って・・・・辛いのは・・・傷ついているのは少なくてもお前だけではない・・・・って事実をな・・・
この甘ったれが・・・・・」



甘ったれ・・・・・といわれ顔が紅潮していくのが自分でも感じられる・・・・

甘ったれ・・・・・そんなこと・・・・誰に言われなくとも自分が一番自覚している・・・・。
加藤は足元に目を留めると・・・・顔をあげることが出来なかった。

南部が立ち止まったのは格納庫から続く階段を上がったところ・・・
角に隔てられてその向こうが死角になっている・・・・・
『ほら・・・・』

少し苦笑顔の南部に促されるかのように加藤はそっと・・・壁に隔てられた向こうをそっと覗き込んだ。



5.



「あの人の後ろのロッカー見えるか?」
南部は小声で加藤に囁きかけた。
その指の指し示す先のロッカー内には・・・もう一つ明らかに誰かが使用している・・・
傷が多く浮かんだヘルメットが収められているのが見て取れる・・・

「あのメット・・・・誰のだと思う?」

声もなく首を振る加藤に南部は指の先を変えた。

「え?って・・・・・」

南部の指先は古代を指していた。
「でも・・・・古代さん・・・出撃の際、今手元に持っているほうの・・・・」
・・・・・・メット部分は傷だらけのしかしバイザー部分だけは妙に新しい・・・
その特長のあるヘルメットに加藤は見覚えがあった。

古代は確かにあの今手にしているほうのヘルメットを使用していた・・・・

「2つ・・・支給されているんですか?・・・・予備とか・・・」

「バカな・・・・・そんな余分な備品・・・出すほど余裕があると思うか?・・・・
あの今使ってるのは・・・・お前の兄貴・・・加藤の形見だ・・・・・加藤三郎があの時・・・
最後まで身につけていたあのヘルメットだよ・・・あいつは・・・古代さんは加藤といっしょにお前の成長を見守りたいと・・・・
真田さんに頼み込んであのメットを修復してあえて使用しているんだよ・・・・お前を見守るためにね・・・・」

「!!」

加藤は愕然となった。
自分の今の情けない・・・・古代に八つ当たりをする姿を兄に見咎められたような思いがした。

「自分の身を盾にしてあんな小さな水雷艇で飛び出してきたおにいさんの姿を見て・・・
傷つかないわけないと思うか?・・・あの人がさ・・・なんたって・・・この世で二人っきりの兄弟・・・家族なんだしな・・・・
でも・・・どうしようもなかった。
あそこにいたのは古代さんの身内だ・・・・あの意地っ張りというか・・・融通のきかない性格では行ける筈がない。
・・・・あそこにいたのがお兄さんじゃなけりゃ・・・・きっと命をかけても飛び出していっただろうけどね・・・」

南部は小さくため息をついた・・・・

「きっと今もあぁしてメットのメンテナンスをしながら自分の気持ちを落ち着かせていたんでしょ・・・・・ったく・・・・
傷ついた獣みたいな人ですからね・・・弱っている自分を他の人には見せたくはないんでしょうけど・・・・」


壁の向こうには・・・加藤の知らない古代の“姿”があった・・・・



いつも自分達の前に立つ古代は・・・・雄雄しく強く・・・・恐ろしいくらい抜きん出た存在。
明るく華やかな華をその身に持つ・・・・・


自分がどれほど拒否しようとも

目が自然と追いかけてしまう
身体が追い求めてしまう・・・・


追いつきたい・・・・
追いつきたい・・・・と繰り返し叫びながら・・・・・


だがそれほど追い求めてもいつもその先を走っている・・・・



兄のことがあってもなくても・・・・自分はこの人の存在を追わずにはいられないだろう・・・・
そして・・・永遠に追いつけない存在


いやでもそう思わせる巨大な存在・・・・




しかし・・・・今・・・・自分の前方10mほど前に座り込んで目を閉じている“彼”はなんだろう?
床に座り込み・・・・一つのメットをその膝に置きそのまま壁に身体を預けたまま目を閉じている・・・・。

その姿は何かの重みに耐えているように歪んでいた・・・・。



加藤は気づいた・・・・
この人は誰よりも傷ついて生きているということを・・・・・

自分は兄の死のみ・・・・それすらも受け止めきれず苦しんでいた。
だが・・・この人の背には・・・・もっと数多くの命の重さが圧し掛かっていたんだ。

この人自身を押し潰しそうになるほどに・・・・





思わず一歩前に出そうになった加藤の肩がぐっと引き止められる。

肩越しに見る南部の目が静かに否定を示していた・・・・・

それ以上何も言わず南部は踵を返すと元来た通路を音も立てず静かに下りていった・・・。
加藤も後ろ髪を引かれはしたが・・・南部に従うようについて行った。




6.


「一つ・・・聞きたいです・・・・」

人気が相変わらずない艦尾通路を歩きながら加藤が尋ねた。

「・・・・南部さんなら・・・・どうしました?」
南部は肩越しに後ろの加藤に目をやる。

南部についてくる加藤は・・・うな垂れ・・・その足は重そうで・・・・
加藤の聞きたいことは・・・・わかっていた。

「・・・・どうしましたって・・・・どうしたかな・・・・」
南部は天井を仰いだ。

「俺・・・ならきっと一緒ですよ?君の兄貴とね・・・・」
「え?」
「あの人のためなら・・・・闘えますよ?」

加藤は思わず南部の方を見上げた

そのメガネの奥の瞳は・・・・どこまでも澄んでいて・・・・・優しげで・・・・自信に満ちていた。

「あの人のためなら・・・・命くらいかけれますね・・・・俺だけじゃないと思いますよ?そういい切れてしまう連中は・・・・ね」

黙ったままの加藤に背を向けたまま・・・南部は歩を進める。
「・・・・だって・・・・あの人さえ無事ならヤマトも無事って思えるし・・・ヤマトさえ無事なら・・・
地球は絶対に守られるって自信あるし・・・・あの人を守りきるってことはある意味地球を守りきるってことに繋がっている・・・
どこかにあるんですよね・・・そんな思いが・・・・俺達の中に・・・でも・・・・そんな俺達の思いは・・・
あの人にははた迷惑なことでしょうがね・・・・」

「そんな・・・・!」
南部の言葉に思わず異論を唱えようとする加藤に南部は静かに・・・きっぱりといいきった・

「そうでしょ?こっちの勝手な思い込みをあの人は背負わされている訳ですよ?これがはた迷惑って言わずになんて言います?
俺なら・・・・・そんな役目まっぴらごめんです!」



確かにそうかもしれない・・・・・
他人に勝手に荷物を背負わされて・・・・それを迷惑に思わないような人間・・・いるはずがない。


「でもね・・・古代さんはそんな俺達の思いを受け止めてくれているんです。
俺達が勝手に背負わせたような荷物をあの人は受け止めて立ち上がってくれるんです。
それが『古代進』って人なんですよ?」

「・・・・・・」

「でもね・・・・あの人はそれだけの人じゃない・・・あの人は・・・・俺達のためになら平気で命くらい投げ出してしまうような人なんです・・・・・自分の命なんか惜しくない・・・とばかりね・・・・あんな危うい人を黙って見ていられる訳がないでしょう?」



加藤にもそれは感じていた。
あの時・・・・


自分達が飛び込んできたCT機体に驚き身がすくんでしまったあの時・・・・・
あの人だけがあの爆発の可能性を帯びたあの機に飛びつき仲間を助け出した・・・・・

自分の身が傷つくのも厭わずに・・・・・。





あぁ・・・・・・そうか・・・・・あァいう人だから・・・兄貴は・・・・・・・






「でも傷つくことを恐れない人間はいませんよね・・・・古代さん・・・艦長代理もそうなんですよね・・・・」
「そりゃ・・・人間ですからね・・・あの人の場合・・・自分が傷つくよりも他の人が傷ついたり失ったりすることの方が
恐いようですけどね・・・・」


「あの人が傷つかないようにするために・・・・俺達が命がけで自分達を守ればいいってことですよね・・・」

「加藤・・・・」

「俺は・・・・あの人を許した訳ではありません。ただ・・・あの人を守りきって逝った兄貴を尊敬します。
俺の前にあの人を立たせてくれてありがとうと・・・・感謝したいです」


加藤はそういうと南部に一礼し・・・そのままざわつく住居ブロックの方へと歩いていってしまった。
その加藤の後姿を南部は苦笑いを浮かべながら見送った・・・・。



その時だった

《古代艦長代理・・・大至急第一艦橋にお戻り下さい!通信が入っています》

相原の声が艦内中に響いた。
おそらく古代の耳にも届いたことだろう・・・・・

何か事態に変化が起こったのだろう・・・・
南部は自分も急ぎ第一艦橋へと足を進めた。



7.


「どうした?相原!」
古代が第一艦橋にかけ戻ったとき、相原の通信席の周りには古代以外のメインスタッフ達が集まり小さな人だかりが出来ていた。

「あ・・・・古代さん・・・・・」

古代の存在に気づいた相原が席に座ったまま振り返る。
「ガミラス・・・デスラーからの直接通信が繋がりました。すぐに繋げますか?」
「そうか・・・・頼む」

相原の言葉に頷くと古代は自席に腰を降ろし、上部のメインパネルを見上げた。


“一体・・・・この宙域で何が起こったんだ・・・・・何故ガミラスが消滅しイスカンダルがこんな目にあう羽目になったんだ・・・・・
デスラーは詳しい事情を知っているだろうが・・・・”



ふと目を閉じると・・・・・先の戦いで直接対峙したことが蘇る・・・・


一度目に直接対峙したのは・・・・ヤマトの艦内であった。
艦内に放射能を移入し・・・・デスラーは自らその艦内に乗り込んできた。

デスラーが初めてまともに接した地球人が・・・・古代だった。

自分達をここまで追い詰めた戦艦を統べるものがこんな幼さが残る少年だったことに・・・・彼は少なからずショックを受け・・・・・
その名を心に刻み込んだ・・・・・醜恨の対象として・・・・・・星を滅したこの艦の名と共に・・・・


そして爆発炎上を繰り返すあのデスラー艦の炎の艦橋部で二人は2度目の直接対峙をした。


ヤマトは今度はデスラーによりギリギリまで追い詰められていた。
身を投じて骨を絶たねばならぬほどに・・・・そしてそれを実行した。

危険な小ワープにより突っ込んできたヤマトが衝突したショックでデスラー艦内は手もつけられぬほど
修復不能な状態に追い込まれていた。

今度もヤマトの捨て身的な作戦により形勢は逆転していた。

「総統!ここは既に危険です。他の艦に・・・・・」
側近のタランの言葉を受け、移動を開始しようとしたデスラーの前に・・・・古代は立っていた。

だがその時の古代は・・・・戦闘中に傷を負い意識も朦朧としていた状態であった。
ただ・・・・デスラーの姿のみを求め彷徨い歩き・・・・意志の力のみでその場に立っていた。

しかし・・・意志の力のみでは限界があった。

互いに銃を向けあったあの瞬間・・・・全てが歪み混沌とした闇の中へと古代を誘った。


だから・・・・その後一体何が起こったのか・・・古代自身はよくわかってはいない。
しかし・・・・
直後物陰から飛び出してきたユキがデスラーの前に身体を投げ出し自分をかばったことをおぼろげながらに憶えていた・・・・。

“ユキ!!来るな!危ない!!”
叫ぼうとしてものどから空気が入ってこない・・・・
かばわれた身体を起こし彼女の身の盾になろうとしても指先一本動きもしない・・・・

そんな身体の状態で脳裏に浮かぶのは・・・・今まさに危機的状況に追い詰められていた地球のこと・・・
ここで倒れてしまっては・・・・地球は・・・・地球はどうなる?



「呻くようにうわごとで地球のことを繰り返すあなたの姿を見ていたデスラーの目は・・・・・優しかった・・・・
辛そうで哀しそうだったけど・・・・・・・優しかったわ・・・・」
ヤマトに戻り意識を取り戻した古代にユキは静かに告げた。



地球を想う古代の姿に・・・・かつてガミラスのために心血を注いでいた頃の自分を思い出したのか?
デスラーはユキを通じ白色彗星の弱点を残し・・・・ヤマトの前から静かに去って行った・・・・・

そして・・・・・今再び目の前に存在する・・・・
今度は共に一つの星の命運を守ろうとして・・・・・

“本当に・・・・不思議な因縁なものだな・・・・・・・デスラー”

窓外に展開するガミラス艦隊に目をやり、古代は複雑な思いに苦笑した。


かつての最悪の敵・・・・・両親や仲間達の仇・・・・・がいまや・・・・・ともに手を取り合うことになった存在・・・・。

複雑な想いでガミラス艦隊を見守っているものは古代だけではない
今、このヤマトに乗り組んでいた全員が・・・複雑な想いでかつての敵艦隊を見守っていた・・・・。




8.

「ガミラス艦・・・・通信接続・・・・・メインパネルに接続します」
相原の声にハッと我に返った古代は身を正し、メインパネルを見つめた。

ツィィィ・・・・・・ン・・・・

小さな機械音と共にメインパネルが起動する・・・・
一瞬の電子信号の後、画像が一気に鮮明に映し出され・・・・そこにはかつての敵・・・デスラー総統の姿が映し出された。

「デスラー・・・・・」
複雑な想いで呼びかける古代に対し・・・・デスラーは

「古代・・・・・必ず来てくれるものと信じていたよ」
と静かな微笑を浮かべた。

「信じていた」・・・・・・

かつてそのものの口からは「限りなくこぼれるはずもない」言葉
その言葉が古代の中のわだかまりを少しずつ溶かしていった。

“過去に囚われてもすべては始まらない・・・・・”
今の古代にはそれが理解できた。

未来を紡ぐのは現在だ・・・・過去ではない・・・・・
未来を見つめるために・・・・現在を過去に囚われさせてはならない・・・・


画像の中のデスラーは・・・・やや憔悴し・・・・・それでもヤマトの姿を自分の目で確認し安堵すら浮かんでいる。

古代が笑みをふと浮かべ頷くとデスラーはほっとしたように微笑み小さく頷いた。

「いったい・・・・何があったというんだ?デスラー」
一瞬の間の後古代が口を開いた。

正直・・・今の状況ではあまりにデータが少なすぎる・・・・


なぜ・・・・ガミラスが消滅したのか?
イスカンダルの暴走の主原因となったのがガミラス星の消滅にあるということは・・・容易に想像できる。
ならば・・・・先ほど闘ったあの敵は?


「・・・・・君達と別れた我々は長き旅に出立しようとしていた。
必ず新たなる新天地を発見し偉大なるガミラス民族を再興しようと心に誓い・・・・・・・
最後に母なるガミラスに別れを告げその後旅立とうと・・・この宙域に戻ってきた・・・・・」

デスラーは淡々と語り始めた。

「我々が別れを告げようと・・・・・ようやく我がガミラスにたどり着いたとき・・・・・・」

デスラーの顔色が一気に変わる・・・・・
ガミラスの最後の姿が脳裏に浮かんでいるのであろうか・・・・・


「敵の・・・あいつらの目的は一体なんなんだ?」

言葉が途切れ・・・・苦しげにうな垂れるデスラーに古代は声をかけた。

「敵の・・・・あやつらの目的は・・・・われらが母星の地殻に埋蔵される地下物質の採掘にあったようだ・・・・
我々がガミラスに戻ってきて最初に見たものは・・・・奴らの採掘艦隊がガミラスの地殻にドリルを打ち込み
マグマを吸い上げているところであった・・・・・」


・・・・・ガミラス本星は・・・・もはや死に行く星であった。
その地殻も限界をきたし・・・・いつ崩壊しても不思議ではない状態・・・・

その上ヤマトとの本星対決のためなおさら叩きのめされ・・・・
もはや生きとし生けるものが存在することすら不可能な星となってしまっていた。

無人と化したガミラス星に地下物質を見い出し、採掘に現れたものがいたとしても不思議でもなんでないといえば
それまでのことなのだが・・・・・・

そんな傷つき死に行く星であろうとも・・・・ガミラス民族にとっては何者にも変えがたい母なる星には違いがない・・・・・。
たとえ・・・・・すでにその身抱かれることが出来なくなっていたとしても・・・・母には違いないのだ。
他人に土足で踏みにじられることを・・・・許せるはずがない


デスラーの怒りが爆発した。

デスラーは採掘中の敵艦隊を攻撃した。
敵の護衛艦隊も蹴散らし・・・・採掘艦隊も殲滅した。

ところが・・・・予期しないことが起こった。

逃げようとした採掘艦隊の数艦が・・・・ガミラス星の大気圏内にて爆発を起こしたのだ。
艦の残骸が固まりとなり・・・・・ガミラス星に落下してゆき・・・・地上で大爆発を引き起こした。

既に・・・・限界に達していた地殻が・・・・悲鳴をあげた。


地上で起こった爆発は・・・・地殻を通じ星全体に亀裂を走らせ・・・・・ガミラス星は瞬く間に崩壊・・・・砕け散った。

「・・・・我々は・・・・どうすることも出来ず・・・・ただ・・・・・呆然と見ていることしかできなかった・・・・・
母なる星の最後の姿を・・・・・静かなままであれば決してこの目で見ることもなかったであろう・・・・
母なる星の壮絶な最期の姿をこの目で・・・・・・・・まさかこの目で見ることになろうとは・・・・・・・」



デスラーはまるで阿修羅のように目を見開き・・・激しい形相を浮かべていた。
目はパネル越しに古代の方を向いてはいるが・・・・・見ているものはガミラス星の崩壊の瞬間なのであろう。
その拳は固く握り締められ・・・・ブルブルと小刻みに震えている・・・・

デスラーの背後に立つ側近・・・・兵士達も、自ら母なる星の最後の姿に立ち会わねばならなかった
苦悩を抱かえ苦しげにうな垂れていた・・・・

デスラー艦艦内の悲しみの空気がパネルを通じヤマトにも流れ込んでくるかのようだった。

致し方がなかったこととはいえ・・・・
自らの手で母なる星の崩壊を導いてしまったようなもののガミラスの哀しみは・・・・・計り知れないものだ・・・・・

その哀しみは古代たちにも容易に想像できるものであった。



9.


「しかし・・・・地下物質というのはいったいなんなんだ?」
「・・・・・我々の星に埋蔵されていた地下物質には・・・・宇宙航海や戦闘などのエネルギーに変換できる・・・
放射性物質が存在したのだ・・・・・・」

「放射性物質?!」

「ガミラシウムとイスカンダリウム・・・・・だ・・・・・」

「ガミラシウムとイスカンダリウムか・・・・・」
その名を思わず復唱してしまう・・・・・

前回・・・イスカンダルに逗留した際・・・・ヤマトの修復用にとスターシャから提供されたイスカンダルの物質があった・・・・
おそらくそれが・・・・・

「ガミラスとイスカンダルは地殻構造が極めてよく似た双子星だ・・・・
そっくりな地下物質が存在してもなんら不思議なことではないな・・・・・」


古代たちの会話を黙って聞いていた真田が小さく呟いた。

「イスカンダルとは連絡が取れたのか?デスラー」

古代は今の懸念を口にする・・・・

「イスカンダルが磁気嵐に覆われているためか・・・こちらからは一切連絡が取れない状態なんだ」

「・・・・・本格的に暴走を始める前に・・・一時期通信が繋がったときがあった。その際にイスカンダルには呼びかけを行った・・・・・」






ガミラスが崩壊し・・・イスカンダルが動き始めたことに気づいたデスラーは即イスカンダルへの通信回路を開くよう命じた。


まだ通信状態がよかったのであろう・・・・イスカンダルからはすぐに応答があった。

懐かしい・・・・そして恋焦がれ続けた美しい声が艦橋内に響き渡った。

「スターシャ・・・・私だよ・・・・ガミラスの総統・・・・デスラーだ」

デスラーからの思いもかけない通信によほど驚いたのであろう・・・・すぐに画像が開きメインパネルに美しいその姿が映し出された。

「デスラー!あなた・・・・・・・・生きていたのですか?」

幻か幽霊か・・・・・


とにかく信じられないとばかりに目を見開くスターシャの姿にデスラーは一瞬苦笑を浮かべすぐに真顔に戻った。

「スターシャ・・・ガミラスが崩壊してしまったことに既に君は気づいているものと思う。
その星がとてつもなく危険な状態に晒されるのは目に見えている。すぐにわれらの艦に移るがいい・・・・歓迎しよう」


デスラーの言葉にスターシャの眉が潜む。
無理もない・・・・スターシャの知っているデスラーと言う存在は・・・・・尊大で冷酷で・・・・・非情な男だった。
そんな男からこんな救いの手が差し伸べられるなどと・・・・・何か策略があるのではないか?
と疑うのも仕方がないことであった・・・・とデスラー自身わかっていることだった。

「スターシャ・・・・君が私をいぶかしむのも無理はない・・・だが、今はそんなことを言っている場合ではないのだ。
すぐにこちらの艦に移ってほしい・・・・・これは・・・・ガミラスの総統としての申し出ではない。
隣の星にかつて住んでいた君の友人として君を救いにきたのだ・・・・・頼む・・・・」

不思議だった・・・・・デスラーは何のためらいもなくパネル内のスターシャに頭を垂れていた。
そんなデスラーの姿にスターシャも驚きためらいつつも微笑んだ。

「デスラー・・・・あなたからそのような行為を申し出ていただけるとは・・・・思いも寄りませんでした。
本当にありがとう・・・・・・でも・・・・そのお申し出・・・お受けすることは出来ません」

スターシャの笑みからこぼれた言葉は・・・・静かな・・・しかしきっぱりとした拒否であった。

「私はこの星を統べるもの・・・・この星に生まれこの星に生きてきたもの・・・・・この星と運命を共にしたいのです・・・・
あなたならお判りでしょう?デスラー」

「だが・・・そのままではイスカンダルはあの燃え盛るサウザーに飲み込まれてしまうのも時間の問題なのだ!!
頼む、スターシャ・・・・ここへ移ってきてはくれまいか?」

美しく微笑むスターシャに懇願するようにデスラーは叫んでいた。

「・・・・・・デスラー・・・・ガミラス星の最後をご覧になったときのあなたの想い・・・・・私も同じです・・・・
私はイスカンダルの女王なのです・・・・・この星を離れるわけには参りません」

スターシャがそう答えるであろう・・・・デスラーにはわかってはいた。
それでも・・・それでも彼女をこの艦に連れて来たい。
このまま・・・むざむざと燃え盛る星への美しき人身御供になどしたくはない!


そのとき・・・・スターシャの傍らに一人の男が立った。見覚えのある面影にハッとするデスラーに男は複雑な笑みを浮かべた。

「デスラー・・・・君がこの人を救いたいという気持ち・・・・私には判る。だが・・・・・この人がこの星と運命を共にしたいという気持ちも理解が出来るんだ・・・・申し訳ないが・・・・判ってほしい・・・・・」

「・・・・・スターシャが選んだ男だね・・・・・地球の・・・・・」

モニターごしに初めて対面した男の面影は・・・・地球のために命を懸けて闘っていたかつての好敵手の姿と重なった。

「デスラー・・・・君に頼みたいことがある・・・・もし・・・・・君が・・・・・・・地球へ訪れる機会を得たのなら・・・・・
古代・・・進というものに伝えてほしい・・・・・ヤマトの・・・・宇宙戦艦ヤマトの艦長代理を務めている男だ・・・・」

徐々に悪くなってゆく通信の中で男は必死で語っていた。

「進は・・・俺の弟だ・・・・進に・・・・伝えてほしい・・・・・兄は・・・・守は・・・・この星で・・・イスカンダルでスターシャと共に・・・・・
幸せだったと・・・・・・・・」






「地表を襲う磁気嵐が激しくなったのだろう・・・・・それ以上イスカンダルとの通信は困難になった。
スターシャの伴侶となったあのが君の兄上とはな・・・・・・なんと不思議な因縁であろうな・・・・古代・・・・」

静かに微笑むデスラーの表情に複雑なものを古代は読み取っていた。

“デスラー・・・・もしかして・・・・・・・?”



「だが・・・・少なくとも彼の言葉で地球へと連絡を取ろうという気にはなった。あの二人を見捨てる訳には行かぬ・・・・・」


その時だった・・・・!太田が叫んだ

「イスカンダルが・・・・第5番惑星の重力場に囚われました!!」




サウザー星系の第5番惑星・・・・・それは巨大なガス性惑星であった。

その表面の重力場は・・・・・イスカンダルの数百倍はありそうだった・・・・

このままあの星の重力に引きづりこまれたら・・・・すでに崩壊寸前のイスカンダルは耐え切れずに押し潰されてしまう・・・・・・・・
重なる緊急事態にその場に居合わせたものたちの顔色は失っていた。



10.


「あの重力に完全に捕まってしまったら・・・・元も子もないぞ・・・・」
操縦桿を握ったままの島の額から汗が滴り落ちる。

目の前の巨大な惑星は・・・・少なく見積もってもイスカンダルの数百倍はある密度を保持している・・・・
その重力たるや・・・・想像に絶するものだろう・・・・

そんな星の重力に捕らえられ大気圏内に落下などということになったら・・・・・・イスカンダルは愚かこの星系全体が
崩壊することは間違いない・・・・

そしてこの場に居合わせるすべてのものが巻き込まれるのは・・・・想像に容易い。
こうしている間にもイスカンダルから放出していたマグマの噴出は次第に収まり始め、
今度は捉えられた重力場の影響を受けイスカンダルはどんどん巨大な惑星へと流れ始めていた。

時間があまりない・・・・・。


「完全に囚われる前になんとか方法を考えるんだっ!」
誰もが同じことを考えていた・・・・。
同じことを考えてはいたが・・・・誰もがどうしたらいいのか答えに窮していた。


じっと流れてゆくイスカンダルを見つめる全員の握る拳に汗がにじむ。

「技師長・・・・波動砲は無理なんですか?」
ふと思いついたように顔を上げた北野が進言した。

全員の視線が北野に集中する・・・・・のせいで北野の顔は紅潮した。

「言ってみろ、北野・・・いらん遠慮など必要なない」
真田の言葉に、一瞬俯いた北野は意を決したように顔を上げた。

「見てください。あの第5番惑星の周囲には地球の土星の輪のような岩石群が散らばっています。
その岩石群を目標に波動砲を打ち込んだら・・・・その弾みでイスカンダルの進路は変わらないでしょうか?」

北野のアイデアは一見よさそうにも見えた・・・・・が

「・・・・・・・おそらく無理だな・・・・」

真田の言葉が遮った。


「確かに・・・・あの輪になっている岩石群を狙って波動砲を打ち込むことは可能だろう・・・。
そのぐらいのことはわけない・・・だが・・・・あの岩石群に波動砲を打ち込んだら・・・・」

真田は手元の端末からコンピューターにアクセスをした。
打ち込んだデータに基づいたシュミレーションがすぐに表示される・・・・


「波動砲のエネルギーを最小限にしてあの岩石群に打ち込んだとして・・・・
そのエネルギーが起爆となりあの輪全体が誘爆を起こす可能性が高い。
そんなことになりでもしたら・・・・弾き飛ばすどころかその誘爆に巻き込まれてイスカンダルは一気に消滅してしまうだろう・・・・・
あの岩石群にもイスカンダリウム・ガミラシウムとほぼ成分的に近い物質が含まれているとデータで検出されているから・・・・・・・
な・・・・・・」

同じ星系内の星なのだ・・・・同じ成分の物質が検出されたところでなんの不思議でもない・・・・

「・・・・申し訳ありません・・・・差し出がましいことをいいました」

「いや・・・・アイデア的には悪くはない・・・・今回の場合には向かなかったというだけだ」
うな垂れ黙り込む北野の肩を真田は励ますように軽く叩いた。

「波動砲が無理なら・・・・一体どうしたら・・・・・いいんだ・・・・あの星を重力圏外にはじき出す方法は・・・・」


腕を組みメインパネルを見上げる古代の背中をユキが心配げに見つめていた。

彼女も気が気ではなかった。
イスカンダルにいる二人は・・・・ユキにとって家族同然の二人・・・・
古代の実の兄とその妻であるかの星の統治者なのだ・・・・・。

二人の無事を祈らずにはいられない・・・・・
愛する古代のためにも・・・・・

古代は決して口には出さないし、その表情からは決して読み取ることは出来ないが・・・・
誰よりもあの二人の無事に心砕いているということは・・・・痛いほど感じている。


その脳裏に・・・・嵐の吹きすさぶ星で互いに抱き合い不安げに空を見上げているであろう・・・・二人の姿が浮かんだ。


“お義兄さん・・・・・スターシャさん・・・・・・どうか無事でいてください”

思わず胸に組む両手に力が篭った。





11.



ふと・・・・古代の目にイスカンダルの表面のある一点が止まった。

基本的に蒼で包まれたその星に浮き出た、赤い斑点・・・・・

「真田さん!もう一度マグマを噴出させては無理でしょうか?」

古代の言葉に全員わが耳を疑った。

「あの噴出孔にもう一度ミサイルを撃ち込みマグマを放出させてその勢いを利用して推進力をつけるんです。
あれだけの星です。一度弾みがつけばしばらくは持続されます。その放出するエネルギーを利用してイスカンダルを動かすんです」


古代の言ってることは、先ほど北野が進言した波動砲を使用するというアイデア以上に突飛なものだった。

「しかし・・・古代・・・・今のイスカンダルは磁気嵐が吹き荒れているとてつもなく危険な状態だぞ?
そんな状態で正確確実に同じ地点へ投下させなくては意味がないんだぞ?だれがその危険な作業を行うというのだ?」

「わかっています・・・・・だから・・・その作業には俺が行きます」

「何を言い出すんだ」
「危険って判っていて責任者のお前を出すわけにはいかない」
「危険すぎます!!通信だってまともには使えない・・・レーダーだって使用不能な状態なんですよ!」

「危険な場所だから俺自身が行くんだ。危険と判ってい他の奴らをむざむざ危ない目にあわせることもあるまい?」

口々に叫ぶ仲間達の心配の声を古代の言葉が一蹴した。


自ら進んで危険な虎穴に飛び込んでゆく・・・・・古代はそんな男だということを全員痛いほどわかってはいた・・・だが・・・



その時だった。

「失礼します」

申告と共に二人の男達が艦橋内に入ってきた。

「その役目・・・俺達にやらせてはもらえませんか?」
「坂本・・・・加藤・・・・・」

「曲芸飛行なら艦長代理にでも負けない自信があります!荒れた環境での訓練飛行も経験あります」


「・・・・ここでのやり取りはモニターを通じて見ていました」

・・・・・・艦橋内の動きを乗務員達に知らせるために各ブロックごとのモニター画面が設置してあった。
特に・・・・今の状況のような“特別待機”の場合、いつ新たな動きが始まるか・・・・・
乗務員達はモニターをチェックしながら緊張の時を過ごしているのだ。

「お前達を行かせるわけにはいかない・・・・・この作戦は俺が実行する」
古代は二人から目を背けながらきっぱりと言い放った

「そうやっていつも自分が矢面に立てばいいと思ってるんですか?」

低くきつい声が古代に突き刺さった。
キッとして振り返る・・・・・が、その視線の先の加藤を見て古代はそれ以上言葉が出なかった。

加藤は半分泣き出しそうな表情を浮かべていたのだ。
悔しくて・・・・悔しくて・・・・・・そういった表情・・・・・・

「俺達はあなたから見れば半人前かもしれない・・・・・でもここに乗り組んだ以上一人前として扱って欲しいんです。
あなたの庇護欲しいんじゃない・・・・・・・あなたの信頼が欲しいんです!!」

加藤の心の叫びだった。

古代は胸が痛かった。
自分は加藤を・・・・他の訓練生たちを見守っていると言いながら・・・・必要以上にかばいすぎていたのか?

失いたくない・・・・そう思うあまりにこいつらの自尊心を傷つけていたのだろうか?




古代はグッと唇をかみ締め、両の手を加藤・・・そして坂本の肩に置いた。

「わかった・・・・・・・お前達に任そう・・・・・・・任した以上・・・・失敗は・・・・許されないぞ?判ってるな?」

「はい!!全力を尽くします」
「任せてください!!」


大きく頷くと古代は真田の方を向き直った。

「すぐに必要な火器類の計算と投下地点のデータベースをCT隊A機B機に送ってください!!時間がない!
すぐに格納庫へ行ってれ!坂本!!加藤!!」

「はい!」
「了解!坂本、加藤両名作戦に入ります」

古代の指示に軽快な返事と敬礼で返すと二人は颯爽と艦橋から駆け出していった。



「やられたな・・・・・古代」
からかうような島の言葉に思わず軽く苦笑で返す・・・・・がすぐにその顔は真顔に戻った。


その間にも第5番巨大惑星はその強大な魔の手をイスカンダルへ伸ばそうとしていた・・・・・・・。



12.


《コスモタイガー・・・・発進!!》

コクピット内のスピーカーから古代の声が響いた。
同時に坂本と加藤を乗せたCTのシルバーに輝く機体は宇宙空間に躍り出た。


漆黒に近い闇の中・・・・遥か彼方にこの星系の太陽・・・・サウザーが燃え盛っている。
その炎を横目でみつつ・・・・二人の機体はイスカンダルを目指し疾走していった。





『いいか?よく聞け・・・・チャンスは一度っきりだ。ただ一回のチャンスの逃せば後はない』
発進の数十分前・・・・第一艦橋で工作班長の真田が作戦遂行者の二人を前に言い放った言葉だった。

『失敗は許されない・・・・』

二人は思わず生唾を飲み込んだ。

『イスカンダルの大気圏内は激しい嵐に見舞われている。それは磁気を帯び渦巻いているから・・・実質通信機、
レーダー等・・・・・検知に必要なものは一切役には立たないだろう・・・・・目的地はこの谷だ。』

真田はそういうと地図上のある一点を指し示した。

『ここは数時間前のミサイル投下のために地表部と地殻部が極めて接している。このポイントに
ピンポイント爆撃をして欲しい。ただし・・・・・今この星は極めてもろい状態になっていることがわかっている。
もし間違いでずれた地点に投下すれば・・・・・この星自体が暴走どころか・・・・地殻が崩壊を起こし地表部に亀裂が走り・・・・
大爆発を起こしてしまう危険性もはらんでいる・・・・だから作戦執行は極めて精密性を必要としている。
これは・・・・目隠し状態で目的地の針の穴に糸を通せと言っているようなものだが・・・・それでも・・・・
やってもらわなくてはならない・・・・・・・・頼んだぞ?』

真田の説明に緊張の面持ちで聞き入っていた二人は互いに頷きあうと真田の方を向き直った。

『はい!なんとしてもこの作戦を成功させてみせます!任せてくださいって♪技師長ぉ』

自信ありげに答える坂本に
『調子に乗るんじゃねぇよ・・・ブァ〜カ・・・・・』
と、脇に立っていた古代が頭に拳を落とした。

『ってぇ〜〜〜〜〜〜』
思わず頭を抱える坂本に周りの全員が思わず苦笑した。

『いいか・・・・作戦の成功もいいが・・・・何でもいいから帰って来い・・・・生きてだぞ・・・・・わかったな』
古代の意外な言葉に坂本も加藤もわが耳を疑った。


今から作戦に出るものに対し《何でもいいから帰って来い》っていうのも・・・・・・
少し複雑な表情の二人に対し、島が含み笑いをしながら

『とにかく・・・・帰って来いってことだよ・・・・お前らが帰ってこないときっとこいつのことだからきっと
自分が飛んで行きかねないからな・・・・・俺は・・・・止められんぞ?覚悟しろよ』

『こ・・・・航海長ぉ〜〜〜それって立派な脅しっていうんじゃナいっすか?』

『情けない顔するなよ、坂本・・・・・お前らがちゃんと帰ってこれば何の問題も起こんないんだからな』

『砲術長まで・・・・・・』

『そうよ、いい?二人とも・・・・絶対に帰って来なさいよ?帰ってきたら特別サービスにコーヒーサービス
してあげるから・・・・楽しみにしていてね♪』

『げっ!!それは・・・・・やめたほうがいいんじゃ・・・・・ないっすか?ユキさん』
ユキの言葉にいの一番に太田が反応した。他の連中は意味ありげに互いの顔を見合わせニヤニヤしている。
(古代のみわざとそっぽを向き我関せずといった態度を取っていた)

『なんか言った?太田君!言っておきますけど!ちゃんとコーヒーの入れ方だって練習したんですからね!』

『古代さんの味覚って怪しいと思うんだけど・・・・・』

『・・・・・一度試してご覧になる?今度太田さんにコーヒーサービスをして差し上げるわ』

『お!よかったじゃん〜♪太田っくん』

『他人ごとだと思ってるだろ・・・・・その時はお前も巻き込んでやる〜〜〜〜南部!!』


作戦前の緊張感が一気に抜けた。
心地よい程度の開放感が室内に満ちていた。


それは・・・・これから飛び立つ二人にしても同じことだった。


コレまでの戦闘は《古代》という道標の元それに添って動いていたに過ぎず・・・・
今度の発進が二人にとって本当の意味での《初陣》だった・・・・


それだけに二人の緊張はこれまでになく最高潮に達していた。

・・・・が、第一艦橋のメンバー達のやり取りはそんな二人の心も解すものだった。

そんな坂本と加藤の肩を軽く叩いたものがいた。

『艦長代理・・・・・・・』

『さっきの言葉・・・・肝に銘じておけ・・・・・忘れるな・・・・・』

ハッとし周りを見わたすと・・・・全員の視線が自分達に注がれていることに気づいた。
優しく・・・・・だがその視線の中に確たる意思を持った瞳・・・・

『忘れません・・・・・』
肩に置かれた手に額を当てるように加藤が呟いた。

『俺は・・・・・《加藤三郎》じゃないから・・・・・何が何でも帰ってきます・・・・・・ここへ・・・・・』

そういい残し、二人は第一艦橋を飛び出してきたのだった。







激しい気流の流れがヤマトから発進した小さな機体を翻弄する。
イスカンダルの接近で激しく影響を受けた第5番惑星から放出された大気の残骸がこの空間に激しい流れを築き

始めていたのだ。

「ったた!!このヤロウ・・・・・・大人しくしろっての」

操縦桿を操りながら思わず悪たれ口を叩く坂本に思わず加藤が苦笑した。

「何をのんびり笑ってやがるんだよ!この坊やは・・・・」
無線からの雰囲気で加藤の様子を感じたのだろう。坂本が少しふてくされたかのような言葉がスピーカーからこ

ぼれてきた。

「笑えもしますよ。今のこの状況ではね・・・・」

のんびりとそう答える加藤の手元は・・・・めまぐるしく動く。

「いよいよ・・・・・イスカンダルが近くなってきたことだし・・・・・・」


二機のCT機の眼前に美しかった蒼がどす黒く濁り始めているイスカンダルの姿があった・・・・・。








「加藤、坂本機・・・・通信途絶えました!イスカンダル大気圏内に到達のもよう」

相原の報告に古代は視線をメインパネルから動かすこともなくただ頷いた。


『俺は《加藤三郎》じゃないから・・・・・何が何でも帰ってきます・・・・・ここへ・・・・・』
古代は心の中で加藤のあの“言葉”が何度も反芻していた・・・・・。


『俺を誰だと思ってるんだ!俺は《加藤三郎》だぞ?帰って来るに決まってるだろうが!・・・・
お前を連れて必ず俺はここ(ヤマト)へ帰って来る!』

あの最後の闘いの前・・・・・・・古代がまともに加藤三郎と交わした最後の言葉・・・・

そのリンクするような言葉に古代の心が乱れずにはいられなかった。



“四郎・・・・お前は約束を守って帰って来い!!必ず生きて・・・俺の前に立ってくれ!!”

古代は拳を固く握り締めることが出来るだけだった。




13.


「っくしょう・・・・こいつは結構な歓迎だぜ・・・・・」


イスカンダル大気圏内に突入したCT機は互いの機との連絡が取れなくなり・・・・
判っていたこととはいえ・・・やはり坂本の表情に焦りの顔が浮かんでいた。

イスカンダルの荒れ狂う空の中に見えるのは・・・・濁りきった大気の嵐のみ・・・

“わ・・・判っていたこととはいえ・・・・・やっぱりこの光景はめげるぜ・・・・・”

坂本はグッと機体の体勢をなんとか取ろうとする。

進入してきた地点は・・・・・投下目標地点とそれほど離れてはいない場所のはず・・・・

だが・・・・目の前のレーダー等の機材はめちゃめちゃな指示を出すばかりだった・・・
機器類が何も役には立たなくなるということは既にわかっていた。


“有視界飛行しかどうっしょ〜もないって言ってた技師長の言葉の意味・・・・やっとわかったぜ”
ニヤッと笑う坂本の頬に汗が伝う。


“有視界か・・・・・むかぁ〜〜〜し・・・・訓練学校の特別訓練でやったっけなぁ〜・・・・うわぁ〜・・・・なっつかしい”

その時坂本の視線は端に何かが引っかかった。
ぐっと目を凝らす・・・・視線の先に映るのは・・・・・激しい嵐の向こうの空の中・・・・



光だった・・・・
この激しい嵐の中光の点滅が浮かんでいた。



「加藤か?!」
坂本は思わず叫んでいた。





『坂本さん・・・・イスカンダルでは通信もレーダーも利かないそうですから・・・
何らかの対策を講じておいたほうがいいんじゃないでしょうか?』

格納庫へと走る坂本の背中に加藤が話しかけてきた。

『対策ったって・・・・通信もレーダーも利かないんじゃ・・・・カンで飛ぶしかないんじゃないかよ?』
『カン・・・・・って・・・・いくら機器系統がすべて不能になるってわかっていても・・・・それは・・・・』

『じゃ・・・・いいアイデアでもあるのか?加藤』

坂本の言葉に今まで後ろを走ってきていた加藤が少しスピードを上げて横に並んできた。

『モールス信号・・・・・って知ってますか?』

走りながら答える加藤の横顔を見ながら坂本は呆れたようにこぼす。

『モ・・・・・モールス信号?!あの19世紀に作られたって言うあの・・・・モールス信号のことかよ?!』
坂本は加藤の言葉に仰天した。

19世紀に発明(確立)され・・・・20世紀に多用され・・・21世紀頃徐々に衰退していき・・・
今では本当に教科書の参考程度にしか表記されてはいない・・・・・超古典的信号

というか・・・・・ほとんども何も今は使用されることなど・・・・・まずない。と考えられていたほどの代物だった。


『名前は知ってるが・・・・ま、参考までにも一応頭には入っているはずだけど・・・・』

『全く計器類が動かなくなっても・・・・光のモールス信号なら可能性あるとは思いませんか?
互いの連絡方法として・・・・・・』
加藤は少し悪戯めいた表情で坂本に笑いかけた。

確かに・・・・すべての計器が使えなくなったとしても・・・・各自の機体の識別信号を発している先端のライトを使い
その点滅を利用して・・・・・・かなり可能性が高い。

『まさか・・・・こんな宇宙でモールス信号を使うことになろうとは・・・・19世紀では想像もできなかっただろうな』

『・・・・・でしょうね』

思わず天井を仰ぎながら呟く坂本に笑う加藤がいた。




その“点滅”が今目の前にあった。

「ちっくしょう・・・・・・えっと・・・・ツートンツー・・・ツーツーツー・・・・・・・・・・ワレ、ココニアリ・・・・・
やっぱりモールス信号・・・・・加藤か!」

光を目指し坂本は一気に近づく。


激しい嵐の向こうに霞むように加藤機の姿が浮かんでいるのが判る。

坂本は自分の機体の存在を知らせようと識別信号の点滅を送った。
それに気づいたのだろう・・・加藤機から再び信号が送られてきた。

それは・・・・“投下地点コノ付近・・・”と送ってきていた。

「投下地点・・・・・か!!よし!!」

坂本は機体の頭をグッと下げた。より確実に投下地点を捉えるため地表すれすれを飛ぶことを思いついたのだ。
加藤機もそれに続く・・・・

頭を下げ地表を目指す二機のCT機は機体のバランスを失いそうになりながらも、
目的の場所に向け嵐の中を疾走して行った。



14.


「イスカンダルの地表部・・・・目標地点付近でエネルギー反応あり!」

緊張に包まれた第一艦橋に太田の声が響いた。
「数回の熱エネルギー反応を捕らえました」

「坂本と加藤がうまくやってくれたか!」
弾けたように北野が叫ぶ。


同じ訓練生の特別任務に一番心を砕いていたのは北野だろう。
メインパネルをうれしげに見つめる北野の横顔を古代は眺めた。

仲間達の成功失敗を自分のことと同じように分かち合うことができるようになった・・・・
それはある意味『一人前のヤマトの乗務員』ともいえた。


“帰って来い・・・・加藤・・・・坂本・・・・”

もう一度メインパネルへと目をやる。

濁りの増した蒼の中・・・・僅かずつ赤い光が増してきたのが肉眼でもわかる。


「後は・・・・・あのエネルギーの噴出でうまくイスカンダルの推進となってくれれば・・・・」
真田の苦悩に満ちた呟きに全員の視線が再びメインパネルに集中する。

マグマの噴出が計算どおりにいけなければ・・・・
第5番惑星の重力場が思った以上にイスカンダルへ影響を及ぼしていたら・・・・
イスカンダルの地表が僅かな刺激にも耐えられなくなって崩壊を起こしたりでもしたら・・・・


いかなる場合でもその場ですべては《終る》

相手は宇宙を構成する自然なのだ。
いくら計算をし尽くし計画を張り巡らし行動しようとも・・・・敵うものではない。



その時だった

「CTだ!!」

島が叫んだ。
第5番惑星の周辺岩石群を抜うように小さな2つの光がこちらに向かって来るのがはっきりと捕らえられた。

「よかった!!」
「無事だったか!!」


《こちら坂本機・・・特別任務終了!直ちにヤマトへ帰還します!》
《同じく加藤機・・・・ヤマト帰還します!!》

「・・・・・よし!直ちに帰還しろ!・・・・ごくろうだった・・・・坂本・・・・・・加藤!!」

弾けるように席から立ち上がった古代はマイクに向かった。
古代の身体から一気に緊張が抜けていくのをその場に居合わせた全員が感じた。


危険な任務から無事帰還した仲間達を出迎えたヤマトの視線は再びイスカンダルへと向けられた。


「イスカンダル・・・・少しずつ動き始めました」
太田の報告にも真田の表情は浮かなかった。

「くそ・・・・・もう少しなのに・・・・推進が思ったほど伸びない・・・・」

確かに・・・・目の前のイスカンダルは巨大な魔の手から逃れようと僅かずつにではあるが動き始めつつはあった。
だが・・・・それをあざ笑うかのようにそれ以上の力がイスカンダルを掴んで地獄の海へと引きずり込もうとしているかの
ようだった。

「第5番惑星の重力場が想像以上に大きいようだ・・・・な・・・・・・」
苦しげに呟く真田の言葉に他のメンバー達の表情も浮かない。

このままなすすべもなく見ているしかないのか・・・・?
自然の猛威の前に小さな人類の手ではどうにもならないのか?


「・・・・イスカンダル・・・・マントル部の圧力熱量上昇の兆し・・・・まもなく大爆発を起こします!」

「それだ!!古代!すぐに主砲を準備させろ!最大出力だ!」

太田の報告に真田は叫んだ。

「さ・・・真田さん?」
あまり見られない真田の興奮した様子にみんな驚いた。

「いいか?大爆発と同時に一気にマグマが噴出する。その寸前に主砲を発射するんだ!」
「主砲を発射するのはいいんですが・・・・・目標は?」

「あれだ!!」
真田の指先に全員が集中する・・・・・・

そこには・・・・かなり大きい・・・・ヤマトと同じくらいのサイズの・・・小惑星と言ってもいいくらいの巨大な岩石が
浮かんでいた。

「イスカンダルのマグマの噴出のタイミングと合わせて主砲であの塊を粉砕するんだ。その勢いとイスカンダルから
噴出するマグマのエネルギーを利用し一気にイスカンダルを第5番惑星の重力場から離脱させる。
あそこまで動き始めているんだ。もう少し勢いをつければ一気に推進力がアップするだろう・・・・」

真田の自信ありげな言葉に古代は即決した。

「南部!主砲発射準備急げ!目標はイスカンダル後方の岩石塊!全砲塔出力最大で一気に叩き込めっ!!!」
「了解!!」

南部がコンソールにかじりつくのを確認すると古代は再びメインパネルに向き直った。
厳しい目線の先に哀しげにイスカンダルが浮かぶ・・・・。


「イスカンダル・・・最大噴出予想時間まで後20秒!」
「主砲発射準備完了!」
緊張帯びた太田の声に呼応するかのように南部が叫ぶ

「ここまで来て・・・・ここまでやって来てタイミングを外すな・・・・いいな・・・・」
古代はまるで自分に言い聞かすかのように呟いた。


古代の呟きに全員が頷いた。

「最大噴出予想まで後10秒」

「主砲はっ・・・・・・・・!!」

南部が叫ぼうとしたその時だった。


いきなり目標物が崩壊したのだ。

「!!!!!」

古代は席を蹴って立ち上がった。


ヤマトの主砲が目標とした岩石塊がいきなり激しく崩壊した・・・次の瞬間、イスカンダルのマグマ最大噴出が始まり、
真田が目論んだようにイスカンダルはその影響をうまく利用し一気に重力場から離脱していったのだ。


「・・・・・なんなんだ?いきなり爆発したぞ?」
不思議気な相原のを古代は複雑な表情を浮かべ聞いていた。

「古代・・・」
「真田さん・・・・今の爆発は・・・・・」

「あぁ・・・・・自然発生的なものではない・・・・手を加えられたものに間違いはないな・・・・」
同じく複雑な表情を浮かべた真田が古代に近づいてきた。

「我々と同じ目的のようだが・・・・・」

我々と同じ目的・・・・・イスカンダルをとりあえず「今」の危機から脱せさせる・・・・。
「ガミラスとヤマト以外にあの星に何らかの目的を持つもの・・・・・・」



古代の胸中に嫌な予感が渦巻いていた。


15.



「さっきの小惑星の爆発のデータ分析が終了たぞ」
中央分析室からの報告を受け真田は分析結果を手に第一艦橋へ戻ってきた。

第一艦橋に詰めていた全員の視線が一斉に真田に集中する。
その視線の中、真田は自席から分析室のコンピューターからモニターにリンクさせ表示した。

「先ほどの爆発だが・・・やはり自然発生的に起こった物ではなかった。見ろ・・・・」

真田の指し示した先・・・・そこには明らかに熱エネルギーの反応を示す表示が示されていた。

「これは小惑星が爆発する0.1秒前にチェックされた熱エネルギーだ。第5番惑星の影・・・つまりヤマトから
死角になるところから発生したことを示している・・・・」

「ガミラスの関係艦隊・・・残存艦隊からということは考えられないんですか?」
「ありえないな・・・見てみろ、このエネルギー波は所属不明を示している。
ガミラス艦隊ならヤマトのコンピューターにデータがあるわけだから分析可能のはずだからな・・・」

「じゃ・・・やはり・・・なんらかの別の存在がイスカンダルに何らかの影響を与えていると真田さんはお考えなんですね?」

古代の問いかけに真田は頷いた
「そうだ・・・おそらく十中八九・・・ガミラスを崩壊に導いた奴らと見て間違いはなかろう・・・・」

この言葉に室内の空気が凍りついた。

敵が・・・・イスカンダルを含むこの星系に手を伸ばしている敵の存在・・・・先ほどの戦いで終るはずがない。
それは感じてはいた。


敵の規模は想像を絶するほど強大で・・・・その軍事力も・・・・想像を絶するものであろう。


正直・・・関わりたくはなかった。
今の地球の復興状況で新たなる敵からの侵略を阻止することはほぼ不可能であろう・・・・

闘える存在はこのヤマト一艦のみ・・・・
そんな状態で・・・たかが数艦でガミラス艦隊と対等に闘えてしまうような敵の主力隊が地球に目をつけるような
ことにでもなったら・・・・・・



古代の心中は穏やかではなかった。


ここに来た自分の判断はもしかして間違っていたのだろうか・・・・・
イスカンダルの危機を受けここに来た・・・といいつつ・・・・

自分の中では身内を救いたい・・・・
ただ一人の兄を救いたい・・・・




そんな思いが今のヤマトをここに存在させているのではないか・・・・・・




身勝手なエゴで地球を再び危機に陥れようとしているのか・・・・・・・自分は・・・・・・・・・・・・













「バカなこと考えてるなよ・・・・・お前は・・・・・・」


ボソ・・・・・・・・・

背後からの言葉に古代はハッと我に帰った。
振り返った視線の先には・・・いかにも「おもしろくない」といった表情を浮かべた島が立っていた。

「今のお前の顔・・・・鏡があったら見せてやりたいよ・・・・ったく・・・・」

「どういう意味だよ・・・・・・」

「お前の場合無意識に考えが顔に出るんだよな・・・・昔からよ・・・・・特にろくなことを考えてない時にな」


わざと視線を合わせず前方を見据えたまま・・・・吐き飛ばすように呟く島に、古代はケッと別方向を向く。
「何もかも・・・物知り顔のてめぇの方が食えなくって俺は嫌いだぜ・・・・」

「そいつは・・・・・ありがとうよ。俺もお前のそんなわざとらしいポーカーフェィス大ッ嫌いだぜ!」

古代の顔がサッと朱に染まった。
“やられたっ!!”

と思い周りを見わたすと・・・・・その場にいた全員の視線が自分にむいていることに気づいた。

そのどれもが・・・・・


『バカなこと考えるんじゃない』
『ここにヤマトがいるのは全員の意思だ。お前のせいでもなんでもない』

声にならない声が自分に集中していることに気づき古代はたじろいだ。


「今に始まったこと・・・・言わないで下さいよ、島さん・・・・・」
島の肩を抱えるように南部がわざとらしくため息をついた。

「これでもこの人は誰にも気づかれていないつもりなんですから・・・・・気づかない振りしておいてやりましょうよ」

「そりゃ・・・・・そうだなぁ〜・・・・や、悪い!古代・・・・気づかないふりが出来なくってな!」
といわれて・・・・・・素直に喜ぶものなどいようはずもない。

だが・・・・今の古代にはいう言葉すら思いつかなかった。
・・・というよりもわかっていた。

こいつらは・・・・なんだかんだ言いながらも・・・・自分を心配し心配ってくれる。
自分が心底参りそうな時・・・・いつも支えていてくれる・・・・




そして今がその時だった。


正直・・・・今の古代は自分の信念とその感情との狭間で揺れ動き・・・・自分を見失いそうになりかねない・・・・ことが

自ら感じていた。






『あなたは一人ではない・・・・・・・わかっているはずよね?』


優しい・・・・されど鋭い自分を見透かす視線が古代の胸に突き刺す。


あぁ・・・・・・わかっているよ・・・・・・・



古代は思わず自嘲気味に苦笑した。






ったく・・・・・こいつらには・・・・・心底参るよな・・・・・・・




「相原っ!イスカンダルとの通信回路を至急確保してくれ。なんとしてもあの二人のあの星から連れ出すんだ!!」

古代はグッと顔を上げると相原に告げた。
相原は返事の代わりに軽く右手を上げるとサッと自席に戻り通信機の回路を操作し始め・・・
他の連中も安心したかのようにそれぞれの席へと散っていった。


全員がそれぞれの席に戻ったことを確認すると、古代自身もドッカと席に腰を降ろし、
窓外に広がる星の海を見据えるのだった・・・・・・・。




もう・・・・なりふり構ってなんかやるもんか!
俺があの星からあの二人を救い出したいのは事実だ。




他の事は・・・・それから後に考えても遅くはないはずだ・・・・・
今は・・・・・二人の無事な姿を確認し、とにかく救い出すことに専念しよう・・・・・





ヤマトはグッと艦首を転換させると、徐々に離れつつあるイスカンダルを追うように、漆黒の闇の中激しい炎を
後部噴出孔から噴きながら航行し続けていった。






Act7完




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