Departure to a new time ・・・・・Act4
1.
ヤマトはその巨体を地球上空・・・・大気圏内の気流に乗るように滑空していた。
徐々にその高度が増してゆく・・・・
高度が増してゆくほど、青かった窓外の空の色が徐々に暗黒色・・・・闇色に染まり、
やがて星の姿も目に映るようになっていた。
その頃にはヤマト下方の地球は美しい蒼い球体の姿が手に取るようにわかるようになっていた。
「大気圏離脱完了・・・・・ヤマト地球重力圏内を離脱します」
北野の言葉に島が静かに頷く
「外翼収納・・・・・・」
静かにヤマトの両サイドに出ていた翼が収納された。
「よくやったな・・・北野」
古代のねぎらいの言葉に北野は答えなかった。
あん?という表情で古代が隣の席に目をやると・・・・・
北野が前上方のメインパネルを見つめていた。じっとみつめ動けない様子だった。
そのパネルには、今ヤマトが飛び立ってきた美しい蒼い球体が浮かんでいた。
「本当に・・・・蒼いんだ・・・・・」
北野は誰に言うともなしに呟いた。・・・・いや思わずこぼしたといった方が間違いではないようだ。
北野がハッと我に返ったとき・・・・周りの視線を一身に集めている自分に気づき、顔面赤色化したのだ。
「蒼いんだよ・・・・北野・・・・」
島は静かに隣の席の若造に笑いかけた。
「地球は本当に蒼かったんだ・・・・な・・・・」
「北野?」
「すみません・・・・僕は・・・・・僕達は・・・・蒼いこの星を知りませんでしたから・・・・」
北野の思いもかけない言葉にその場にいたものは言葉を失った。
古代たち・・・そして北野たちは「紅い星」に潜り込むように成長した。
紅い星の地下に潜り・・・・いつ果てるともない恐怖と戦いながら・・・生きてきた人類。
古代たちは宇宙に出て直接敵と渡り合うという形の戦いを繰り返してきたが・・・・
北野たち・・・いや地球に残った人類達は別の意味での「戦い」を余儀なく強いられ続けていた。
ヤマトが冥王星基地を破壊して行ってくれて以降・・・遊星爆弾の直接の恐怖こそなくなりはしたものの・・・・
放射能という・・・目には見えない・・・しかし、確実に死へと蝕む恐怖が全人類を支配し続けていたのだ。
そういった状態の中・・・多感な少年時代をすごさねばならなかった北野たち・・・
「実際・・・放射能がヤマトのおかげで取り払われ・・・・イスカンダルからもたらされた科学力により
海も陸も徐々に蘇り・・・・僕らは地上で生活できるようになって・・・・・でも・・・・
なんかまだ本当に地球が「蒼い」って実感がわかなくって・・・・・」
まだ復興途上の地球にとって軍人でも宇宙勤務者以外・・・・地球を「外」から見る機会などなかった。
やっと民間企業の分野が宇宙開発に少し手を伸ばし始めたところ・・・・
まして一般人の宇宙旅行など夢また夢の話・・・・
訓練生が直接「出る」のはガミラス戦後、北野たちが初めてだった。
北野は憧れ続けてきた「蒼い」星を今直接目にすることが出来て感無量な状態なんだな・・・・
古代たちはそう解釈していた。
しかし・・・・北野の本心は微妙に違っていた。
『この「蒼い」星に住みながら・・・・その蒼さの幸せを実感できていない連中が・・・
地上にゴロゴロしてるんですよね・・・・その連中の狗に成り下がろうと決めたのは僕自身なんだけど・・・・
でも・・・・この美しいものだけを純粋に守っていることのできる・・・・この人たちが本気で羨ましいと思えるのは
何故なんだろう・・・・なんか・・・腹立つくらいに・・・・羨ましい』
誰に気づかれることもなく、自嘲気味にため息をついた。
そしてキッと瞬くことなく煌く星々が無数に点在する前見つめる。
『僕は・・・・どうしたいのだろう・・・・』
彼が今置かれざる得なかった立場にがんじがらめにいることに気づくはずもない・・・・他の人間達には・・・
2.
「さて・・・そろそろまた新しい連中をお出迎えしてやらねばならん時間ですよ?」
はるか彼方に浮かぶ月を見上げながら手元の機材をチェックしつつ・・・相原が仲間達に告げた。
相原の手元のスピーカーからはそろそろ月基地からもれてくる管制官の無線の声が微妙に
強弱をつけながら漏れ始めていた
「なんであいつらは地上乗り組みじゃなったんだ?」
太田の素朴な疑問に
「そんなの・・・元々月にいる連中をわざわざ地上に連れてくるなんて余分なエネルギーが
もったいなかったんじゃないの?」
と軽く突っ返すのが南部だった。
・・・月基地は白色彗星の巨大戦艦の攻撃のおかげで壊滅的ダメージを被ったかのように思われていた。
だが・・・・運のいいことに着弾地点が月の黒面地帯・・・月基地の反対側だったことから基地そのもののダメージは
それほど大きなものでもなく・・・・復興するも早かった。
「艦載機というものはそもそも大気中で行動する前提のものではない。
だから月基地が復興して間もなく艦載機乗務希望・・・・つまり飛行科の特務組の連中を
月に送って月で訓練を続けていた・・・というわけなんだよ」
南部の説明に「なるほど」と頷く太田。
「月のほうが艦載機の訓練には適してるからな・・・
民間人に気を使うことなくいつでも発着することもできるし・・・
これからも飛行科の訓練は地上じゃなくどこかの基地に併設することになるんじゃないのかな?」
席に収まったまま古代も背後を振り返りながら相原の方に指でチェック指示をしつつ会話に混じってきた。
「ま、飛行科っといえば・・・命知らずの連中の集まりだろうし・・・他の科の何倍も叩き込んでやっておかないと
・・・・・な・・・・風防一枚の外は・・・・死に繋がってるしな・・・・」
軽い口調ではあるが・・・自分の言った言葉にに古代の眉は僅かに歪まずにはいられなかった。
古代にとっては痛い言葉だった。
かつての『命知らずな連中』は・・・・古代に全てを託し散っていってしまった。
今も・・・・火を吹くコスモタイガーの風防越しに微笑みサッと古代に向けて敬礼をする山本の顔が・・・
古代をようやくヤマトに連れ帰ってきた安堵の表情を浮かべ事切れていた加藤の安らいだ表情が・・・・
いつも浮かんでは消えることはなかった。
『若いこの連中に・・・あんな顔をさせたくはない・・・・そのためには・・・俺は鬼にでもなる』
島と次の行動のチェックを続けている北野の背中を見つめ、古代は両拳をギュッと握り締めた。
そのつらそうな古代の姿に気づいたのは・・・・ユキのみだった。
フッと・・・自分の肩に乗せられた暖かな手に心の安らぎを覚えずにはいられなかった。
「だいじょうぶだ・・・俺は・・・・」
古代は振り向くこともなくその手にそっと手を重ねた・・・・・
二人にとっては永遠のような静かな時間が流れた・・・・様な気がした。
その間には暖かな大気の様な暖かな気が包み込んでいた・・・・
・・・・・・が、それは本当に一瞬のことだった。
「・・・・・二人の世界に浸ってるところをお邪魔しちゃって申し訳ないんですけど・・・・
月から艦載機の発進報告が来ましたから・・・」
相原が半分笑いを含み凝らしながら・・・・だが、顔だけはいたって真面目そうな表情で報告をしてきた。
「もうよろしかな〜って思ったものですから・・・・すみません、古代艦長・・・・だぁ〜いり♪」
辺りを見わたすと・・・・北野以外の他の連中の視線が自分に集まっていることに気づいた。
そして・・・自分の背後で少し困ったように顔を赤らめているユキの姿も・・・・
「いつものこととはいえ・・・・ったく単純なんだよなぁ〜お前ってばよ!!」
「・・・・・うるせぇ〜・・・・」
反論できず・・・・抵抗も出来ず・・・・今さら言い返す気にもならず・・・・古代は自席のコンソールに突っ伏した。
「・・・・・か・・・艦長代理?」
一人状況が理解できない北野を尻目に、他の連中は大笑い。
「こんなことに目を回しているようじゃここでやっていけないぞ?」
笑いが止まらなくなってるメンバーの代わりに真田が北野の肩を軽くポンと叩いた。そして・・・・・
「ほら、もういい加減にしろ。もう新コスモタイガー隊がヤマトの射程距離に到達する頃だぞ。」
「だ・・・だいじょうぶですよ。真田さん・・・・格納庫の方には既に着艦準備に入るよう伝令を出しておきました」
未だ笑いが止まらず、しゃくりあげたようになりながら(目には涙を浮かべながら)相原が告げた。
「整備員たちも待機するように言っておきましたし・・」は南部
「着艦口オープン準備も機関室に申し付けております」は山崎
太田は笑いながら・・・・しかしレーダーから目を離していることはなかった。
その目は確実に、近づいてくる光点をおっていた。
なんだかんだいいながら・・・・やることには抜かりがない連中なのだ。
3.
「なんで・・・・」
北野の呟きに気づいたのは島だった。
「なんでそんなに楽しげなんですか?ここは・・・戦艦なのに・・・・軍なのに・・・・
気にならないんですか?!軍律とか・・・・・上層部とか!?」
「北野・・・・」
「僕は・・・僕にはわかりません!!・・・・なんでここがこんなに空気が穏やかなのか・・・・」
北野は居たたまれなかった。
自分だけがこの場の空気になじんでいないことはいたいほど感じていた。
なじめないのだ・・・・
「軍律とか・・・上層部とか・・・・そんなもんがここに関係あると思うか?北野・・・・」
「・・・・・・・ですが・・・・・ここは戦艦です・・・・軍の・・・・それに皆さんは・・・
あの・・・・軍の・・・エリート官僚・・・というか・・・地球の英雄だし・・・・」
「そんなもん・・・・気にするようなものがここにいると思うか?北野・・・・第一ここには一人としてエリート官僚も
・・・・まして英雄なんてもんは一人もいやしない。そんなもん・・・ここにはいないぜ」
「?!」
「ここには・・・・・・英雄なんかいない・・・・ここの連中は・・・ある意味犯罪者集団の集まりさ」
北野は愕然とした。島の言葉にその場に居合わせている全員が肯定の目で自分を見ていたから・・・
「地球でどう発表されていたかは知らないが・・・・俺達はな・・・・防衛軍の命令を無視して・・・・旅立ったんだよ。
白色彗星に攻撃を受ける少し前にな・・・・反逆者さ・・・・いわば・・・・・」
「え?!」
北野にとって初耳だった。
防衛軍の正式発表の限りでは・・・・ヤマトは事前に情報収集のため情報提供者の元に
旅立ったということになっていた。一度は・・・・・敵“白色彗星帝国”の降伏勧告を受けた形をとった
地球政府ではあったが・・・・それはあくまで“敵を騙すならまずは味方から・・・・”ということで・・・・
裏ではヤマトと防衛軍上層部が合意して奇襲攻撃をかけるための時間稼ぎのための芝居だったと・・・・
事実、ヤマトは白色彗星帝国を満身創痍になりつつも・・・・
乗務員の90%以上を失いつつも地球を守り抜いてくれた。
これの・・・・これのどこが英雄の働き以外なんだというのか?!
「・・・・・そもそも最初から間違っていたんだよ。北野・・・」
「艦長代理・・・・」
「詳しいことは今更言わない・・・・ただ・・・・はっきり言えることは・・・・
俺達は・・・・血にまみれてしまった犯罪者集団とさほど違いはしない・・・・ということだ・・・・」
古代は軽く北野の肩をポンと叩くと前方のメインモニターに改めて目をやった。
「今・・・・ここにあるのは・・・・軍律とか・・・・そんな妙なもんに縛られたりはしない・・・
ただ・・・・生きるためにせいいっぱいを出来うる限る努力をする・・・・最後の最後まで諦めたりしない・・・・
それがあえて言うならヤマトの『魂』だ。わかるか?」
北野には古代の言ってることがわかるようで・・・・わからなかった。
「今はわからないかもな・・・・・だが・・・・一回この艦で航海を経験することによって・・・・
本当に大切なものがなんなのか・・・・理解できるようになる・・・・かもな」
『英雄と・・・・・地球人類の尊敬を一身に受けているような人たちなのに・・・・・なんだろう・・・・
ここの人たちを包んでいる焦燥感のようなものは・・・・・』
古代の横顔を見つめながら北野は考えずに入られなかった。
その時だった
「月から発進したコスモタイガー編隊・・・・2編隊に分かれてヤマトへ向かってきます・・・」
「ユキ!メインパネルスイッチオン」
太田からの報告をうけ、古代はユキにメインパネルへの表示を命じた。
「なんか凄腕なのがいるらしいな・・・・」
「へぇ〜・・・・」
颯爽とヤマトへ向け飛行を続ける艦載編隊に古代は感無量な思いに包まれた。
「2編隊ということは・・・・リーダー格になりうるのが二人いるということか・・・・・」
「そいつは頼もしいなぁ〜」
メインパネルに映し出されたコスモタイガーの姿に個々各々いろいろ語る。
その声の隙間を縫うように・・・・スピーカーから声が漏れてきた。
《坂本以下コスモタイガーA隊・・・・15名・・・・ヤマト勤務を命ぜられました》
《加藤以下コスモタイガーB隊・・・・14名・・・・ヤマト勤務を命ぜられました》
「加藤?!」
「加藤だって?!」
一瞬第一艦橋ないがどよめいた。
加藤・・・・その名を忘れようもない・・・・特に古代は・・・・
その古代は・・・・・呆然と立ち尽くしている状態だった。
が、一瞬後・・・我に返った古代はすぐに伝令管に向かって叫んだ。
「コスモタイガー隊、着艦を許可する。艦尾着艦口から速やかに着艦せよ!!」
声こそは力が篭ったものだったが・・・コンソールに置かれた古代の両拳はいつになく振るえ、
その顔色は土色に近いものに染まっていた
4.
「はぁ〜・・・近づけば近づくほど・・・やっぱヤマトの迫力はすげぇ〜やぁ〜」
宇宙空間を疾走するコスモタイガーのコクピット内で坂本がヒュ〜と口笛とともに呟いた。
まだかなり離れた空間に今からの目的地が地球を背景に浮かんでいた。
その存在感に坂本は体が身震いするのを覚えた。
《さすがヤマトだよな・・・・迫力が違うぜ》
《おまえ〜ビビって◎っこちびるなよ》
《ばかやろぉ〜人のこと言えるか!てめぇこそちゃんと◎しめつけてきたのか?》
コクピット内の無線から仲間達の様々な戯言が漏れてきて思わず吹き出してしまう。
言葉だけを聞いていると緊張感の欠片もないように感じるが・・・・
実のところどいつもこいつも緊張ギリギリの状態だった。
なにせ・・・・初めての出撃乗務命令が(たとえ訓練であっても)あの、『ヤマト』なのだ。
緊張するなという方が無理というものである。
だが・・・・他の連中と違い坂本にはちょっとした自信もあった。
このコスモタイガーを手足のように扱うことにかけては・・・・誰にも負けたりしないという・・・・
自信が過剰になってる・・・・なんてことに気づいてはいない。
周りのおだてに乗って今の坂本は恐いもの知らずだった。
ただ・・・・自分の背後の隊を率いているもう一人の『リーダー』の存在以外は・・・
「ヤマトっていや・・・・やっぱり地球で一番の戦艦だからな・・・・俺達が乗り込むには最高の条件だぜ!」
坂本が意気揚々と無線の向こうの仲間達に向かって言ったとき・・・・
無線が割り込んできた。
「坂本さん・・・・ヤマトに期待するのは勝手ですが・・・・その中身の連中に期待するのなら無駄なことですよ」
それは・・・・坂本が率いている編隊の後ろから編隊を組んで飛んできているもう一隊のリーダーからだった。
「加藤?いつも平和ぁ〜なお前にしては随分手厳しいな?」
「そうですか?ならいい方を変えます。」
一瞬・・・・声が途切れ・・・・・・
「艦長代理の古代 進は作戦のためなら仲間を見殺しにすることも厭わない人間です。
まさに軍人・・・・いや鬼人って言う言葉はあの人のためにあるって言っても過言ではないですよ・・・・・・・・・」
加藤は忌み汚いものでもはき捨てるかのように言い捨てた。
「また言われたもんだなァ・・・・・・古代艦長代理ってのも・・・・」
加藤の氷のように冷たい言葉に一瞬たじろぎながら・・・・・
だが坂本はすぐに気を取り直しいつもの調子を取り戻した。
「ふ・・・・・・・・・・・・・ん・・・・・よし!!」
それまで編隊の先頭を取って飛んでいた坂本であったが・・・いきなり操縦桿を引いた。
その機体は華麗に宙を舞い宙返りを決める。
それまで坂本機に従っていたコスモタイガー隊は目の前のリーダーを突然失い、
慌てふためいているのが手に取るようにわかる。
「加藤!お前・・・・全機をまとめてくれ」
「坂本さん?!何をする気なんですか?!」
それまで颯爽としていた前隊の様子の変化に気づき、すぐに前方に機体を飛ばしてきていた
加藤は坂本の動きに戸惑いつつも、密集隊形のフォーメーションに全機を取らせた。
「俺はヤマトの先輩方にご挨拶にいってくらぁ〜」
グィ・・・・と機首をあげるとそのままヤマトの前方空間を目指していった。
『加藤のいうような・・・・・・連中ならおれぁ〜命令なんざクソ食らえだぜ・・・・・
さて・・・こうやって出て相手がどう出てくるか・・・・楽しみだぜ』
坂本は一機のみ宇宙空間を疾走しながらほくそえんだ。
5.
「なんだあの態度は!!!」
第一艦橋で次の計画を島たちと練り始めていた古代はあまりの驚きと怒りで目を見張った。
目の前にいきなり飛び込んできたもの・・・・ヤマト前方の空間を一機のコスモタイガーが突然飛来したかと思うと、
なにやら曲芸飛行を披露し始めたのだ。
一瞬、あっけに取られ、その動きを見入ってしまった古代ではあったのだが・・・・・すぐに我を取り戻した。
“何を考えてるんだ!!あの野郎は・・・・・”
ふざけたように右に左にと曲芸を続けるコスモタイガー機に古代ははらわたが煮えくり返る想いがした。
古代にとってコスモタイガーを含め艦載機類は神聖といってもいいすぎではない代物である。
その代物をコクピットを陣取っている若造はまるで子どもが手に入れたおもちゃのように
やりたい放題操っているのである。
古代の頭の中で血が沸騰し逆流するかのような思いに囚われた。
「貴様!!何をいつまでも下手くそな芸当を晒しているんだ!!サッサと着艦しろ!!!!」
古代にドスの利いた凄まじいばかりの怒号に、恐れを抱いたのか・・・・それとも単に「ちょっとやりすぎたか?」
と軽く感じたのか・・・・それは定かではないが・・・・
とにかく、曲芸飛行を続けていたばか者は待機しながらヤマトの周りを飛行していた仲間達の隊に合流し、
艦尾着艦口へとその矛先を変えて飛んで行った。
「たぶん・・・・坂本ってヤツですよ・・・・」
怒りに未だ肩を震わせている古代の背中に南部が呆れたような口調で呟いた。
「地上の教官達から噂は聞いています。やたらめったら艦載機の操縦の腕はいいんですが・・・・
あの性格が問題で・・・・・」
「性格ってのは・・・あの目立ちたがりやな性格か?」
目が据わったまま・・・・古代はクイッと親指を窓外に向け突き出した。
「艦載機・・・コスモタイガーをなんだと思ってるんだ・・・・・というか・・・
今から向かう先がどういったところなのか・・・・あいつは理解できてるのか?!」
「目立ちたがり・・・・ってのも性格上の問題ですけどね・・・それと自信過剰・・・・・
それに伴ってワンマン的な性格で・・・・リーダーとしての素質は今のところいまいちらしいんです。ただ・・・・・」
「ただ?」
「やたら人望はあるらしいので・・・・うまくそちらを育てられれば・・・・・
いいリーダーに育ちそうだとは思うんですけどね・・・・僕としては・・・・」
直接本人に会ったことがあるわけではないが・・・・
訓練学校で坂本本人の噂を教官連中からゴマンと聞いてきた南部はそう古代に告げた。
「だから・・・ってわけではないんでしょうが・・・このコスモタイガー隊は2連編成に分類されているんです。
A隊のリーダーであり、全隊のリーダー格となる坂本と・・・・もう一人・・・・・」
「加藤・・・・・・四郎・・・・だな?」
「知ってるんですか?古代さん?!」
南部は目を見張った。
一応新人乗務員達の全名簿には目を通しているであろうから・・・・
基本的プロフィールは古代のことだから、その頭には叩き込まれているであろう・・・・・
だが・・・・・加藤に関してはそんな雰囲気ではなかった。
「南部・・・・・わかってるだろう?加藤のこと・・・・その兄弟が・・・・・」
「・・・・・はぁ・・・・・まぁ・・・・・」
南部はあえてそのことを黙っていたのだ。
古代が傷つくであろうことを恐れて・・・・・。
「わかってる・・・・南部・・・・・あいつが・・・・加藤の・・・加藤三郎の弟だということもな・・・・・・」
『加藤・・・・・・とうとうお前の弟がここに乗り込んできたぞ・・・・・・
俺は・・・あいつの顔を真正面から見ることができるんだろうか・・・・・・』
古代は少し自嘲気味に笑った。
ー加藤四郎ー
その名前を手渡された新乗務員ファイルで見つけたとき・・・
古代は背筋に冷たいものが走るような感覚を感じた
まだ・・・・その名前をここで見るはずはなかった。のに・・・何故?
その時、古代は生前加藤と話した時のことを思い出した。
それは・・・・まだヤマトがテレザートへ向かっている途中の航海でのことだった。
比較的静かな時間が流れていたとき・・・・・古代は加藤の弟のことを聞く機会を得たのだ。
『俺の弟はな・・・・すっげぇんだぜ!俺なんかよりも数倍な♪
なんと・・・・・訓練学校の学年を飛び級しちまってこの春から選科に編入しちまったんだ!!
それも特例で飛行科へだ!!』
加藤は寛ぎ茶を飲んでいた古代の脇にドッカと腰を据えるといきなり話し始めた。
『特例?!ちょっと待て・・・』
加藤のいきなりの行動に古代は口にした茶を吹き出しそうになるのを堪えつつ聞き返した。
『お前の弟って・・・・いくつだっけ?』
『俺より3つ下・・・・今年17だ』
『17でどうやって飛行科へ入れるんだ?!少なくとも飛行科へ編入されるためには
飛行ライセンスが必要だろ?!アレを取得するためには17歳以上って規定があったはずじゃ・・・・』
古代の疑問に“待ってました!!”とばかりに指を振り回した。
『へっへぇ〜そこがミ・ソなんだよ!あいつ・・・・半年前にアメリカの飛行学校で16で取っちまったんだよ・・・
頭は元々俺なんかより数段上だし・・・真面目さにかけてはそれこそ絵で描いたようなやつだからなぁ・・・・・
ペーパー関係なんかとっくの昔にクリアしちまって、この度晴れて飛行科への編入と相成ったらしい』
『すっごいなぁ〜・・・・・おい・・・・本当にお前の弟なのか?実はお前が貰われッ子とかって
話じゃないだろうな・・・・』
『失礼なヤツだなァ〜お前も・・・・あのな・・・俺の家系はみんな飛行機やろうなの、
兄貴達も俺も四郎もちっこいころから飛行機のコクピットを見て育ってきたから飛行機関係にはめっぽう強いんだよ!
ま・・・俺の場合・・・ぺ^パー関係はちと危なかったけどな・・・・・』
少し鼻を指でこすりながら・・・・照れくさそうに・・・・それでも弟の自慢を楽しそうに話す加藤の顔を・・・・・
弟のいない古代は少し羨ましく思いながら相槌を打った。
その顔を見てからそう何日もたたず・・・・・加藤は逝ってしまった。
古代の生還だけを見届け・・・・古代に全てを託し・・・・安心しきったかのように眠るが如く・・・・・。
古代が加藤の実家に弔問に行った際・・・・・その時話題になった四郎の姿はその場になかった。
全寮制の訓練学校に入っている手前・・・合同葬こそは出席したが・・・・個人的な事柄では自由が利かなかったのだ
「あいつが志を託したあなたがこうやって地球を救ってくれたんです。
あいつもこの上なく喜んでいると思います・・・・・まして・・・・普通宇宙で戦死したものは遺体すら帰ってこないことが
常だというのに・・・・こうして身体を地球へ返してくれたんです。本当に感謝しています。」
加藤の兄は頭をたれる古代に向かいそう語った・・・・・・。
加藤のあの笑顔を焼きついて離れない・・・・・・
古代の心の中は複雑な思いでいっぱいになった。だが・・・・・いまはそんなことを言っていられる場合ではない。
「着艦口へ行って来る・・・・・・」
ボソっと一言残し、古代は第一艦橋を後にした。
「加藤さんの弟ってそんなにすごいんだ?」
相原がすぐそばの南部に尋ねた。
「まぁ・・・・すごいんだろうなぁ・・・この春飛び級で飛行科に編入になったっていうツワモノだっていうからなぁ〜・・・・」
「はぁ〜・・・飛び級ねぇ・・・・・そんなことあり?」
「そりゃ、まぁ〜現実にあったわけなんだから・・・・ありなんだろうなぁ・・・・・」
太田は大きなため息をつき、目の前のモニターに目をやる。
モニターにはコスモタイガーの機影を現す光点がヤマトの背後に点在し・・・・
少しづつその艦尾へと消えていくところであった。
「古代さん・・・なんか様子が変だったけど・・・・だいじょうぶかな・・・・・?」
南部は古代の消えた入り口の方に心配げに目をやった。
6.
古代が艦載機格納庫に到着したのと・・・・
坂本たち新コスモタイガー隊が着艦しその機上から身を躍らせ着地したのとほぼ同時だった。
「君が坂本か?!」
古代は少し生意気気な・・・・少年の面影が残る角刈りの一人を捕まえた。
「艦載機はおもちゃじゃないんだぞ・・・・・」
低く・・・・静かだが・・・・地の底から響くような・・・・との表現があまりにぴったりのような・・・・
ドスの利いた声があたりに響いた。
若干名以外の隊員達は・・・・その声に顔を引きつらせた。
・・・・・が名指しされた張本人はといえば・・・・悪びれる様子もなく一言
「お気に召しませんでしたか?」
とつげた。
その頬には不敵な笑みすら浮かべている・・・・・・・が、
その言葉が終るか終らないか・・・・・まさに一瞬だった。
バキッ!!!
鈍く鋭く低い音とともに坂本の身体が宙を舞い・・・・・格納庫の冷たい床に叩きつけられた。
「これからはこういうふざけた真似は決して許さない!!わかったな!!」
古代の顔は蒼白で・・・・そして今激しく叩きつけられた拳は細かく震えていた。
「あの程度の腕で過信するのではない!宇宙空間では一瞬の判断ミスが最後になることすらある。
そのことがその他全員を致命的な状況に陥れることすらある。わかったら今後あぁいった行為は一切禁ずる。わかったか!!」
古代の勢いに恐れをなしたか・・・・・
坂本は一瞬顔を引き締め・・・・直立不動の体勢を取り「はい!」と返事を返した。
「・・・・・申告・・・・」
古代の低いの言葉に坂本は一瞬何を言われたのか・・・理解できなかった。
「申告しろ!貴様がこの隊のリーダーなのだろ?!」
古代は手にしたファイルから目だけ外し坂本をにらみつけた。
「は・・・・はい!!坂本茂以下・・・コスモタイガーA隊B隊・・・・総勢29名・・・・ヤマト配属を命じられました」
古代の勢いに坂本は慌てふためきながらも申告をした。
「A隊リーダーはお前だったな・・・・B隊リーダーは?」
「私です」
「名は?」
一歩前に出た男に目を留めるでもなく古代は尋ねた。
「コスモタイガーB隊を率いる加藤 四郎・・・・です」
加藤はファイルから目をあげようともしない古代の横顔を睨みつけるように視線を向けながら・・・申告をした。
「・・・・ふん・・・・飛び級生か・・・・」
古代は鼻でせせら笑うとそのままファイルを閉じ顔を上げた。。
「ここは実戦社会だ。いくら飛び級してこようがどれほど「飛ぶ技術」があろうが関係ない。
そのことを肝に命じておけ!ここで大切なのは“生き残る技術”だ!」
それだけを言うと古代は壁のインターフォンを押した。
《艦橋です》
きりりとした相原の声が響いてくる。
「古代だ。今から太陽系内最大速度を取りこの空間を離脱。
攻撃想定ポイントアステロイドベルト内Xー02ポイントへ向かえ」
《了解!島航海長に伝達します!!》
「聞こえたか・・・・攻撃想定ポイント到達直後から即攻撃実践訓練を開始する。
それまでゆっくり自分達のその「自慢の腕」を洗っておけ」
そう告げると古代はくるりと踵を返し・・・・その場から立ち去って行った。
後に・・・・・怯えたように互いに目を合わせる新コスモタイガー隊員たちと・・・・
古代に殴られた頬を押さえつつ・・・それでも挑むような目を向ける坂本・・・・・・
そしてその古代の背中に憎しみに満ちた瞳をぶつける加藤のみが残された。
7.
「来たな〜♪四郎くん♪」
コスモタイガー隊の控え室に徳川が顔を覗かせたのは・・・・
古代の《今から1時間後に戦闘実践訓練を行う!それまで各自15分ずつ交代で軽食を取るように。
新人の諸君に告ぐ!諸君にとっては訓練とはいえ実質上初めての戦闘体験となる。
気を引き締めて各自自分達のなすべきことを遂行してほしい。以上》
という艦内放送が響いて間もなくのことだった。
「徳川さん・・・・・」
それまで苦虫を潰したような顔をしていた加藤の顔から初めて緊張の色が消えた。
徳川と加藤は・・・・訓練学校の上級下級の関係のみならず・・・
元々共にヤマト乗務員の家族ということで顔を見知っていた・・・・その上互いに前回の戦いでその“家族”を失ってしまう・・・・
という共通の悲劇に見舞われことがこの二人をそれまで以上に結び付けてもいたのだが・・・・
「まだ・・・・こだわってるの?」
徳川は加藤の座っているベンチの横に腰を下ろした。
「こだわってるもなにも・・・・・こいつガッチガチだぜ!徳川」
バタン・・・
自分にあてがわれたロッカーのトビラを閉じながら坂本が振り向いた。
「お、うまそうじゃないか!!一つくれよ」
と、徳川が手にしている軽食として配給されたサンドウィッチに手を伸ばそうとした。
「ば・・・・ばかやろう!これは俺の分だ!お前達の分はちゃんと食堂に用意されてるんだから
自分で取って来いよ!!」
危うく自分の食料を奪われそうになった徳川は自分の身体でサンドウィッチを隠しながら唇を尖らせた。
「ところで・・・ガッチガチってなんだよ」
徳川の問いに、加藤の方を向き直った。
「こいつはな〜あいも変わらず死んじまった兄ちゃんに囚われちまったままなんだよ!
俺が何を言っても聞きゃしねぇ」
「そんなことないです!!坂本さん」
坂本の言葉に加藤は激しく否定した。
「僕は・・・・僕はただ・・・・・あれほど『生きる』ってことにこだわっていた兄さんが・・・
あの人を助けるためだけに最後命をかけたってことが・・・・どうしてもわからなくって・・・・・・・・ねぇ徳川さん!」
「ふぁ??」
いきなり声をかけられた徳川は、口に一口含んだサンドウィッチを喉に詰まらせそうになりつつようやく返事を返した。
「徳川さんは・・・・お父さんの死に対し何も思われないんですか?」
「どゆこと?」
「お父さんを見殺しにしたヤマトの連中を・・・・あの連中を怨んだりしないんですか?!」
加藤の激しい言葉に眉を潜めながら徳川は“うぅ〜〜ん”と天井を仰いだ。
「怨んでないよ・・・・・というより・・・・怨む訳がないじゃない」
しばらくの時間天井を仰ぎつつ考え込んでいた徳川は加藤のほうに目を戻すとニヤッと笑顔で返した。
「なぜ?!」
「何故って・・・・・だってそれが親父の生き方だったんだろうし・・・・親父が望んだことだったんだろうから・・・・。
あの頑固親父がさ・・・誰かに何かを強制されて大人しく“はい、了解”って言うこと聞く訳ないし・・・・
何よりさ・・・・・・」
徳川は目線を自分の膝元に落とした。
「・・・・・・・親父・・・ヤマト好きだったし・・・・・・っつぅか・・・・絶対愛していたし。」
徳川の瞳は寂しげだが穏やかな光に満ちていた。
「“ヤマトが望むことを精一杯してやりたい・・・”ってのが親父の口癖でさ。
俺達家族の前でも何かといえばヤマトのことばっか!本当にヤマトが好きなんだなァ〜・・・・ってさ・・・・
だから四郎くん・・・・君の兄さん・・・加藤さんも満足な最後だったと思うよ。そのことだけは保障する」
「そ・・・・そんなこと・・・・わかってます・・・・」
加藤はうな垂れ呟いた。
「そんなこと・・・・兄さんが思い残すことなんか何もなかった・・・・そんなことはわかってます・・・・でも・・・・
でも!兄さんはそれでいいかもしれないけど・・・・・・残された方の思いはどうなるんです?!僕は・・・・
どんな形でもいいからあの人に生きていてほしかった」
「そうだ・・・・な・・・俺も確かに生きていてほしかったよ?親父に・・・・・
でも過去にこだわっても何も戻っちゃ来ないし・・・・前に進めやしないじゃん。
俺達は俺達・・・・前に進んでいかなくっちゃ・・・・な?違うかなぁ?四郎くん・・・・」
大粒の涙をこぼし呻く加藤の背中を徳川は軽く叩いた。
「それにさ・・・・お前・・・あの人を絶対誤解してるよ。」
「何を誤解してるっていうんですか?徳川さん・・・・俺・・・よくわかんないですよ。何故あの三郎兄貴が・・・
あんな人に何もかもを託そうとしたのか・・・・」
「ん〜・・・・今はさ・・・今のお前じゃきっと誰に何を言われても否定しか出来ないと思うよ。
だけど・・・・自分でその答えを見つければ・・・・きっと四郎くんの兄さんの思いも・・・・理解できるんじゃないのかな?・・・・
四郎くんならきっとわかるって思うけど・・・・」
「加藤・・・俺は・・・・あの人・・・・古代艦長代理のことは世間一般程度のことしかわかんないぜ・・・・」
徳川の言葉に継ぐ様に坂本が言葉を続けた。
「だけどさ・・・あの一発は効いたぜ。あれは・・・・マジだった。」
「坂本さん」
「もう少し・・・・目を開いた方がいいかも知れんよな・・・・お前も・・・さ」
坂本はまだ腫れが引ききらない左頬をなでながら笑った。
8.
「だいじょうぶですか?古代さん」
全艦放送を終え、艦内スピーカーのスイッチを切りため息をつく古代の背中に南部が声をかけた。
ふと見わたすと艦橋内の心配げな視線が全て自分に集まってることに気づく
「何を心配してるんだ。ったく・・・・・俺がなんだっていうんだ?」
古代は憮然としたままどっかり自席に身を沈めた。
その様子はいつもとあまり変わらない・・・・といった感じではあったが・・・
長い付き合いの連中の目をごまかすことなど出来るはずがなかった。
艦載機格納庫で何があったのか・・・・・・・
古代は何も言わない・・・・だが何があったのかは容易に想像はついた。
「ったく・・・・あの坂本ってやつ・・・・クソ生意気な野郎だぜ。ふてぶてしいといったら・・・・」
わざとらしく唇を尖らせ前方を見据えた古代の背中に・・・・・・
“今は聞かないでくれ”という言葉を見た想いがし、他のメンバー達は互いに顔を見合わせた。
いつもなら古代をとりなす役目を担っているユキが作戦前の生活班作業のため・・・・今はここにいなかった。
拒絶するような古代の背中に・・・・その場に居合わせたメンバー達は途方にくれ、ため息をついた。
「・・・・・・・古代・・・・・」
その時、作戦前の休憩に入っていた北野に代わり操縦席に座っていた島が、古代の方に向き直り指でちょいっと
『こっちこい』と合図を送った。
「なんだ?」
古代は島に呼ばれるがままにその席へと近づいた。
何の疑いもなく近づいてきた古代の頬を・・・・・・
島はいきなり両手で思いっきり引っ張った。
「あだだっだっだっだ!!!」
あまりにいきなりのことに・・・・周りにいたもの達も唖然とするしかなかった。
「てめぇ!いきなり何しやがる!!!」
古代は一歩島から飛び離れると、引っ張られた両頬を押さえながら叫んだ。
「・・・・・・・・・頭冷えたか?」
島の落ち着いた声が第一艦橋内に響く。
「なに?!」
「頭冷えたか?ッて聞いたんだよ。このボケッ!」
「なんだとぉ〜?!いきなり人のほっぺたを引っ張りやがったくせになんだ?!そのいい方は!!」
「・・・・・・お前自分で気づいたいなかったのか?」
そういうと島は自分の眉間に人差し指をトントンとさした。
「・・・・・・お前・・・・さっきからずっと・・・・・ここに皺が寄りっぱなしだったぞ?」
「は?!」
古代は怒りを忘れ、口がパカンと開いたままになってしまった。
「・・・・ヤマトに乗ってからって言うもの・・・・お前緊張の連続だっただろう・・・・
緊張はいい意味で周りを締めるのにはいいが・・・・
過度の緊張は周りにも悪影響を与えるというもんだ・・・・・」
「だからって・・・・頬を思いっきり引っ張ることないだろう・・・・おぉ〜イテぇ・・・・」
そういいながら擦る古代の両頬は・・・・少し赤らみを帯びていた。
「少し腫れちまったじゃないか・・・・・みっともねぇ・・・・ったく・・・・どうして・・・・」
「それは俺のせいじゃない。元々お前の顔が下膨れ気味なんだ・・・・この童顔男」
と、島は間髪入れず古代の文句を遮った。
プッ!!
そのあまりの絶妙なタイミングに周りに笑いが沸き起こった。
「〜〜〜〜〜・・・・・・ブッ!!」
文句を続けようとした古代も周りの大笑いに釣られてしまい・・・・・もう笑うしか出来なくなってしまった。
第一艦橋内は笑いの渦に包まれ、一気に雰囲気が盛り上がりを見せた。
「さっすが島さん・・・・・いいタイミングですよね」
笑うあまり涙が浮かんでしまった相原は脇の南部に声をかけた。
「っとに・・・・この絶妙さはあの人にしか出来ない業だよな♪まさにさ・・・・」
「・・・・・というか・・・・あの古代さんの頬を思いっきり引っ張るなんて荒業・・・・あの人以外誰もしませんって」
「・・・・・なんかあれって・・・・何かに似ているような・・・・」
南部はうぅ〜〜んと首を捻り・・・・何かを思いついたように手をポンと打ち鳴らした。
「猿回し?!・・・・操る方と操られる方?!そんな感じに似てないか?」
「それ言ったら・・・・古代さん・・・ユキさんとの関係の方が・・・・・だよ。絶対」
「いい!!それ!ぴったり!!」
「な!!言い得て絶妙だろ〜〜〜♪」
「うんうん♪」
いいたい放題の二人は・・・背後に近づく影に気づかなかった。
パコッ!!パコッ!!
「猿なヤツで悪かったよな・・・・・・・え?お二人さんよ」
後頭部を軽く叩かれ、驚き振り返ると・・・・・・口元に不敵な笑みを浮かべた古代が立っていた。
「あぁあ・・・・なんか火をつけたようだな・・・」
自席に座ったまま呆れたように真田が呟いた。
その視線の先には・・・・真田の席の背後壁際の席の大騒ぎが映っていた
「でも技師長・・・・あの人が落ち込んでいるとこの艦橋内が火の気が消えてしまったかのようになってしまいます
から・・・・少しくらいは大目に見てもいいんじゃないですか?」
山崎が真田の席に笑いながら近づいてきた。
「ヤマト全体の雰囲気がここから始まるのなら・・・この第一艦橋内の雰囲気はあの人中心となって
握っているようなものですからね・・・・・」
「つまり山崎さんは古代がヤマト全体の活気を握っていると・・・・山崎さんはおっしゃりたいと?」
「いいすぎですか?」
「・・・・・いいえ・・・・その通りかもしれませんね・・・・」
山崎の言葉に真田はフッとため息をつきつつ微笑んだ。
「あいつが落ち込んでいると・・・・ここが暗くていけないですからね・・・・でもいい加減にさせなくては・・・」
真田は腕の時計に目をやり席を立った。
「古代・・・・そろそろミーティングの時間だぞ?いいのか?」
「あ?!す・・・すみません!!真田さん!ありがとうございます!!南部、太田!!中央作戦室へ行くぞ」
「わかりました!」
「了解」
真田の言葉に慌てたように顔を引き締めた古代たちは颯爽と第一艦橋を飛び出して行った。
「ハッハッハ・・・・さすがは古代だよ・・・・見たか?さっきまでここで大騒ぎしていたヤツとは
とても同一人物とは思えないな!」
真田たちは笑いながら古代たちが出て行った扉を見ていた。
9.
「では、訓練の説明をする」
中央作戦室に新人達の中の揃った主だった者たちの顔を揃えているところへ
古代が一部のメインスタッフたちと共に入ってきた。
一瞬で空気がピンと張り詰める。
「太田。作戦スクリーンを入れてくれ」
今までブラックアウトしていた足元にボォ・・・・とグリーンの淡い光が浮かび上がった。
「いいか?アステロイドを敵艦隊に想定した攻撃訓練を行う。」
アステロイドベルトが光の点在となりスクリーンに現れる。
「アステロイド内にCT隊ABが左右より波状攻撃・・・・攻撃終了後速やかに攻撃ポイントを離脱・・・。
CT隊の動きを把握しつつヤマトから艦砲射撃にて敵艦隊を撃破する・・・そして・・・・」
作戦内容に合わせながら足元のスクリーンに指し棒で動きを指し示しつつ古代の説明が続く
「・・・・・・・以上が大まかな作戦内容となるが・・・・何か質問は?」
さし棒を手中に収めながら古代は辺りを見わたした。
誰も・・・何も言わない。
作戦内容を完璧に把握しきっている・・・・
もしくは作戦内容を把握しきれないため質問自体どう繰り出したらいいのかわからない・・・・・・・・・
のどちらかであろう。
「・・・・作戦中相手が流星群とはいえ・・・・まともにぶつかれば撃墜されることもある。充分気をつけるように」
「流星を避けることくらい・・・・わけないっすよ・・・・・」
坂本はそう呟くと、ニヤッとふてぶてしい笑みを浮かべた。
「・・・・・・油断は禁物だぞ・・・・・坂本・・・・・舐めてかかると宇宙って処はどこに
魔物が潜んでいるかわからないところなんだからな・・・・・」
古代はそう一言緊張感が乏しい坂本に注意を促す。
こういう自信過剰のヤツにどう言葉で言ってもわからない。
古代自身の過去がそれを、物語っているといっても過言ではないから・・・。
こういうヤツは身を持って体験させるのが一番の薬だ。
坂本自身は古代にクギを刺され・・・・・首をすくめ隣の加藤の方に軽く視線を送っている様子である。
「艦長代理。」
その時初めて言葉を発したのは北野だった。
「なんだ?北野?」
「はい、艦砲射撃のタイミングなんですが・・・・・CT隊離脱後どのくらいの時間差で
射撃を開始すればいいのでしょうか?」
「北野・・・・・・」
『おいおい、お前・・・・それって幼稚園児が“トイレ行ってもいいですか?”って
言ってるのとなんら変わんないぞ・・・・・』
古代は一瞬軽い眩暈を憶えた。
「CT隊の動きを把握しつつ・・・・と俺は言ったはずだぞ?その場の状況で判断をするんだ。
状況はその場にならんとわからん・・・・・」
『ま・・・・南部のヤツが砲撃指示補佐に入るから・・・・その辺りは何とかだいじょうぶだろう』
不安げな表情を浮かべている北野にも不安を覚えないでもないが・・・・変に自信過剰なCT隊の坂本・・・
あいも変わらず古代を睨みつけてる加藤にも若干の不安を覚えつつ・・・・・
『お前ら・・・本当にだいじょうぶなのか?!』って叫びだしたい思いをグッと堪える古代だった。
「ではそろそろ仮定敵攻撃空域に達する・・・・総員持ち場へ戻って待機しろ」
古代の言葉にキッと身を正すと、新人たちはそれぞれの持ち場へと散り散りに散っていった。
10.
ヴゥ〜〜〜〜ヴゥ〜〜〜〜〜ヴゥ〜〜〜〜
艦内に緊急警報が鳴り響き・・・・隊員達・・・・新人達もはそれぞれ自分達の割り当てられた持ち場へ
飛びつき行動を開始していた
機関室でも太助たち新人達の顔に緊張の色が浮かんでいた。
軽快な唸りを上げる波動エンジンの周りを蜘蛛の子の様に右往左往しながら作業を続ける。
・・・・とはいえ・・・・慣れない作業の連続である。
マニュアルとして頭の中には叩き込まれているはずなのに・・・・
現実にこのでかい波動エンジンを目の前にしてしまうと頭の中は真っ白になったかのように・・・・・
なにがなんだかわからなくなってくる。
その額には・・・暑さからだけではない汗がにじんでいた・・・・
《機関部に支障を来たしたらそれこそ全て終わりなんだぞ!性根をすえてしっかりやれっ!!わかったか!!》
伝令管を通し、山崎の指示と叱咤激励・・・そして怒号が飛びかっていた・・・・
「前方に敵艦隊発見!!ビデオパネルの投影します!!」
太田の声が第一艦橋内に轟いた。と、同時にメインパネルに大きく・・・・アステロイドの岩片が現れた。
「距離・・・・・左舷前方10宇宙キロ!!大編隊です!!!」
手元のレーダーを操りながらユキがその数値を読み報告する。
その声に合わせるかのように古代は席を立った。
「よし!総員コンバットA体勢!!」
伝令管を通じ、各所に古代の声が艦内中に響き渡る。
「CT・・・A・B隊・・・発進!!」
その命令を受け、格納庫では既に待機していた坂本・加藤たちCT隊が発進準備に入った
「CT隊の第一波攻撃終了と同時にヤマトは主砲攻撃で敵艦隊を殲滅せよ」
古代は脇で緊張気味に自分の方に目を向けている北野に
「俺はCT隊といっしょに外に出る、砲撃態勢の方は任せたぞ!!北野!!いいな!!」
「は・・・・・・・・」
という言葉を残し、その返事も待たずあっという間に走り去っていった。
「・・・・・・島さん・・・・」
いきなり艦側の攻撃の全責任を押し付けられた形となった北野は、さすがに不安げな表情を浮かべ、
島の方に目をむけた。
「自信をもて・・・・北野・・・・お前ならできるさ・・・・」
島は前方から目を離すこともなくそう告げた。
『い・・・・いくらなんでも・・・・艦側の全砲撃の指揮をするなんて・・・・』
北野は自分顔から血の気が引いていくのを感じた。
そのくせ、暑くもないのに額に汗が噴出してくる・・・・。
握るグリップの中の両手が汗ばんでいるのがわかる。
『・・・・・だいぶんビビッてるな・・・・・だがな・・・・北野・・・・・現実はこんなものじゃないぞ?
いきなり本番を味あわされたりしないだけありがたく思うことだな・・・・・』
島の冷静な目に気づいてるのかいないのか・・・・真っ青になったまま前方を見据えたままの北野の眼前を・・・・
古代を乗せたコスモゼロが・・・・・そして、その後ろをCT隊が颯爽と飛んでゆく・・・・
そのコクピット内では古代が次々と指示を送っていた。
「CT隊・・・・A隊は坂本機について敵背後右舷上方より・・・・B隊は加藤機について同じく敵後方左舷上方よりそ
れぞれ攻撃せよ!!俺は加藤機の背後に付く・・・・・両機できるか?!」
古代の問いに坂本、加藤両機から「任せてください!」「はい!」と答えが返ってくる。
「よし・・・・しっかり頼むぞ!!」
先頭を切っていた古代はすっとスピードを落とすと加藤の隊の背後へとぴったりと付いた。
古代はできる限り自分が口を出すことを控えておこうと決めていた。
今はこのCT隊がヤマトの防衛の要となる・・・・・
少しでも早く一人前になってほしい・・・・・古代はそう願っていた。
獅子は千尋の谷へ子を落とす・・・・・・・今まさに古代はその心境だった。
CT隊は二手に分かれると勢いよく・・・・
それぞれ坂本機・加藤機を先頭に目標とするアステロイド流星群へと突っ込み・・・・早速攻撃を開始した。
訓練が始まりもう数時間が過ぎようとしていた・・・・・
ヤマト艦内は緊張感疲労感・・・・様々なものが入り乱れていた。
「敵艦隊へ全速前進!!機関長!エンジン増幅願います!!」
操縦桿を自由自在に操りながら、実戦さながら・・・・・
緊張感の帯びた(ふり)島の言葉が第一艦橋内を響いていた。
「了解!!」
即、機関長を通じ島の指示が機関室へ伝令管を通し飛ぶ。
《くぉら!!なにやっとるか!!遅い!!遅すぎるぞ!!もっと早くパワーアップしろ!!
貴様らはヤマトを撃沈させたいのか!!》
熱気の帯びた機関室に山崎の怒号が響き渡った。
次々飛んでくる指揮、怒号・・・・そのたびに太助たち新人達はあたふたとエンジンメカの間を走り回る・・・・
「ったく・・・・こうも何時間もやられたんじゃ・・・・身体がもたねぇよな・・・・・」
頬を伝い滴る汗を手の甲で拭いた機関部員の一人がボソっグチた。
「こんなもんじゃねぇらしいぞ・・・・」
徳川はスィッチの一つをがちゃんを入れ、次のスィッチに手をかけつつ愚痴った仲間の方に目をやった。
「何しろ・・・・防衛軍では有名な話だからな・・・・・・“鬼の古代”ってのはさ・・・・
音を上げるのはまだまだ早いってことさ・・・・・」
《パワーアップが足りんって言ってるのがわからんのかぁ〜〜〜〜!!!!
こら!!徳川!!親父さんが泣くぞ!!》
「ひぇ・・・・・」
頭の上から名指しで跳んできた怒号に首をすくめながら、徳川は慌てて手元の増幅スィッチを次から次へと倒し
ていった。
グォ〜〜〜〜ン・・・・・・
エンジンのファンが今までにも増して勢いを付け回り始める・・・・。
「お前らなんか・・・・まだいいぞ?・・・俺なんかイチイチ親父つきで怒鳴られるんだからな・・・・・・」
仲間達にそうグチた徳川の声が聞こえたのか?
《なぁ〜〜んか言ったか?!徳川!!文句言うのは一人前になってからにしろ!!》
と再び山崎の罵声が降ってきて、徳川は首をすくめずにはいられなかった。
11.
「ひゃっほぉ〜〜〜〜♪」
流星が飛び交う空間を滑空するコスモタイガーのコクピットの中で坂本が妙に浮かれたようにはしゃいでいた。
身体を・・・・高揚感が支配する・・・・
目の前の岩片をレーザーで蹴散らし、その破片を突き抜けるように飛び抜ける。
他のCT隊の連中の中には緊張から通常の操縦が取りきれない者がいたり、
いきなり現れてくる岩片に怯えたようにただ避けるのが必死なものもいるようだ。
『ケッ!なっさけねぇ〜』
坂本はそういった仲間達を尻目に次々と現れる流星の破片を撃破し続けていた。
《坂本!!何を浮かれている!!お前はそのCT・A隊のリーダーだろ!!
ゲームをしにここに来ているわけじゃないんだぞ!!貴様は無駄な動きが多すぎるぞ!!》
ときおり痺れを切らしたような古代の声が無線機を通じ流れてくるが・・・・
一応口では「はい!申し訳ありません!!」といいつつも・・・・坂本はお構い無しだった。
むしろ・・・・『あいつらの狙撃しぞこなった破片を片付けてやってんだ・・・・なんか文句あるのか?』
などと、頭の中で毒付くくらいだった・・・・・
そんな中・・・・坂本の目線の端に一機のCT機が入った。
B隊リーダーの加藤の機だった。
B隊の方は加藤の機に従いフォーメーションをとりながら・・・・まるで教科ビデオのような動きをとっていた。
『ったく・・・あいつももう少し気楽に物事を考えることが出来りゃ・・・・・なぁ〜・・・・死んじまった兄貴にそんなに
気を取られちまっていてもろくなことがねぇってもんだよな・・・・・・・。生真面目すぎるってのも問題だよなァ〜』
生真面目・・・・・・
その言葉があまりにぴったりな加藤の機の動きを眺めながら・・・坂本は呟いた
「・・・・・・人間楽に生きることも肝心なんだぜ・・・・坊やよ・・・・・」
その時だった!!!
《坂本ッ!!!!!危ない!!!!》
古代の怒号がコクピット内に轟いた。
ハッと我に返り周囲を見渡した坂本の視線に・・・・坂本機のすぐ背後に近づいていた巨大な岩片が飛び込んできた。
「うゎ!!!!」
坂本は思わず首をすくめた。
操縦桿を握る拳の中に冷や汗がにじむ・・・・・
『ぶつかるっ!!!!』
と覚悟をし思わず目をつぶってしまった・・・・・次の瞬間
ガッガッガッガッガッガッガ!!!
激しい爆撃音が背後で響き・・・・凄まじいエンジン音と共に一機の機体が坂本の操縦するコスモタイガーを
掠めるように追い抜いて飛び去った。
「か・・・艦長代理っ!!」
《ばかもの!!ぼやぼやしていると本当に死ぬぞッ!!!》
古代機は加藤たちB隊の一番後ろを伴走していたはず・・・・・先頭を飛んでいた加藤機ならいざ知らず・・・・・
はるか彼方から坂本機の背後に近づいた流星片に気づき、古代はそれを撃破したのだ。
『さ・・・・さすが・・・・・艦長代理だよな・・・・・・』
坂本は古代の注意力の鋭さに舌を巻かずに入られなかった。
12.
《コスモタイガー隊・・・前機敵艦隊周囲から離脱!!》
古代の声が無線のスピーカーを通じ第一艦橋内に響いた。
「・・・・!!しゅ・・・主砲発射準備!!」
古代の声に即されるかのように北野が指示を下した。
「主砲発射準備!!・・・・・・・・・・遅いぞ!!北野!!主砲発射準備指示はコスモタイガー隊の攻撃中に
下しておくもんだぞ!!」
伝令管を通じ主砲発射室に準備命令を送った南部が北野を叱咤する。
それでなくても・・・・砲術室の連中も慣れていない新人が中心なのだ。時間がどうしてもかかる・・・・
時間がかかるだけではなく、照準自体なかなか合わせることが出来ない。
主砲の砲塔が攻撃空域の方を向いた・・・・がその砲塔は微妙なずれを見せている。
照準機を見なくても一目瞭然なほどに・・・・・
「こら!!第一番砲塔!!上下角0.5度ずれてるぞ!!すぐに照準を合わせろ!!
副砲塔!!さっさとセット完了しろ!!」
南部の叱責に慌てふためく砲術室の様子が伝令管を通じ伝わってくる・・・・。
新人達が身につけてきた技術は・・・正直なところここ・・・
ヤマトでは全く通用しないと言ってもいいすぎではないものだった。
新人達が身につけていたものは・・・・マニュアル化しコンピューターにより完全制御された最新鋭(?)技術だった。
ところがこのヤマトは・・・・・・最低限のこと以外は全て手動作業が付きまとう。
かなりアナログな戦艦だった・・・・・。
一応参考例として頭の片隅にある程度の知識を・・・ここでは前面に引きずり出さなくてはならなかった。
そのことが余計に新人達を右往左往させていた。
それは・・・・第一艦橋で顔を引きつらせている北野にとっても同じことだった。
訓練学校で培ってきた知識・・・技術がほとんどといって通用しない・・・・
ここまでで北野はいやっというほど思い知らされてきていた。
自分の頭の中に入っているはずの・・・・身体が覚えているはずのものが何の役にも立たない・・・・
自分の中の今までの自信が見るも無残に音を立てて崩れ去ってゆくのがわかる・・・・・
北野にとって屈辱としかいいようのない事実だった。
いや・・・・それ以上に・・・・
その自分が手を余しているこの艦をここのメンバー達はまるで自分達の手足の如く自由に扱ってゆく・・・・
北野は焦っていた・・・・・
焦りはとんでもない事態を招いてゆく・・・・・
CT隊が流星群を離脱して行きつつあるのが目に映る・・・・・
流星群はゆっくりとヤマトに近づきつつあった。
だが・・・・北野はその流星群が今にもヤマトに襲い掛かるような錯覚に陥った。
岩片の激流が今にもこの艦を襲う・・・・・・!
恐怖と焦りが北野を支配していた。次の瞬間、北野は叫んでいた。
「しゅ・・・・主砲発射ぁぁぁ!!!」
「まッ!!待て!!!まだ早ッ・・・・・・・!!」
南部が主砲発射を中止しようと緊急装置に手を伸ばそうとしたときには・・・・遅かった。
グォ〜〜〜〜〜〜〜ン!!!
「あぶないっ!!全機緊急回避!!!」
螺旋状の数本の光の束が流星群に襲い掛かった。
あっという間に流星群は蹴散らされる。
流星群を通過した主砲の発射痕は周囲の空間にも影響を与えた。
弾き飛ばされた岩石片が激流があちこちに沸き起こり・・・・
荒くれ龍のように逃げ切れてなかったCT隊機に襲い掛かる・・・・・
それでも岩片に機体を傷つけられながらも・・・・なんとか無事全機その激流から逃げ出すことだけは出来た。
「オイオイオイ・・・・・・・何をやってるんだよ・・・・・北野のやつ・・・・仲間の機を潰す気なのかよ・・・・」
全機の一応の無事をコクピット内で確認した古代は思わず頭を抱え大きくため息をつくしかなかった。
「全機・・・・帰還!!」
古代は気を取り直したように叫んだ。
少しよたつく機もありはしたが・・・・CT隊機はヤマトへ帰還の途についた。
13.
古代がコスモタイガーを上部カタパルトへ着艦させ、格納庫へと降りてきたとき・・・・・
格納庫は異様な雰囲気に包まれていた。
「どうした?何があったんだ?」
古代は手近の整備隊員に声をかけた。
「あ・・・艦長代理・・・・CT機が一機・・・・・帰還不能に陥ってるんです!」
「なんだと?!」
古代はヘルメットをつけたまま慌てて格納庫を走った。
ヤマトの下部にぽっかりと開いた格納庫口の向こうに一機のCT機がヨタヨタ跳んでいるのが見える。
「いったいどうしたんだ?!」
「先ほどの流星群の破片で機体下部前車輪格納庫を損傷したらしくて・・・・・
前車輪を出すことが出来ないらしいんです」
心配げに整備員も古代のそばで説明をする。
「おい!!だいじょうぶか?!」
古代はヘルメットの無線のスィッチをいれ、CT機に声をかけた。
《か・・・・艦長代理!!》
CT機内の新人隊員の今にも泣き出しそうな声が古代のヘルメット内に届いた。
《しゃ・・・車輪が・・・、前の車輪が出ないんです!!着艦できませんっ!!!》
コクピット内でパニックに陥りかけているのであろう・・・・無理もない
ついこの前まで安全な場所にいたものがいきなり命の危機に晒されているのだ。
「あぁ〜あ・・・・岩ぶつけちまったのか・・・・」
「ばかだよな・・・あいつも・・・・・車輪でなかったら艦内着陸なんて無理だよな・・・・」
「下手に飛び込んだら・・・・・みんな巻き添え食っちゃうんじゃないのか?」
「近くの基地から救助に出てもらって拾ってもらった方がいいんじゃないのかなぁ・・・・・?」
既に着艦を済ませたほかの隊員たちがその様子を見守りに集まってきていた。
口々に無責任なことを勝手に言っている・・・・・
心配ではあるが・・・・・とりあえず自分の身に降りかかったわけでもない。
自分の身に降りかかってこなかったことを感謝しつつ・・・他人の不幸は高みの見物・・・というわけである。
「うるさい!!」
古代は一旦ヘルメットの無線を切ると・・・・背後の連中の方を向き直り一喝した。
「あいつはまだ一人闘っているんだ。無責任にごちゃごちゃいってるのだったらこの場にいるな!!
あいつはヤマトへ連れて帰る!!絶対だ!!わかったな!!」
全員シンとなってしまった・・・・・全員罰が悪そうに下を向いている・・・・。
その中で加藤一人・・・・呆然とした表情で立ち尽くしていた。
『この人は・・・・・こんな新人のためにも必死になれる人なのか?・・・・なら友人だった兄貴はどうして帰ってこなかったんだ?
・・・・この人なら兄貴を何が何でも連れて帰ってくれそうなのに・・・・何があったんだ?ここで・・・・・』
目の前の現実と自分の中のイメージのギャップが加藤の脳裏に渦巻いていた。
古代は再び前を向き直り、一息大きく息を吐くと無線にスイッチを入れた。
「落ち着くんだ・・・・だいじょうぶだ」
古代はコクピット内の新人を無駄に刺激しないように落ち着いた声で話しかけた。
「だいじょうぶだ・・・・・いいか?よく聞くんだ・・・・車輪が出なくても着艦くらいなんとでもできる・・・・。
そのまま突っ込んできたところでだいじょうぶだ。ヤマトはビクともしたりしないから・・・・安心しろ」
《そんなっ!!僕には出来ません!!このまま突っ込むなんてっ!!》
「心配するな。お前ならできるさ・・・・いいか?今お前の機で使用不能なのは前の車輪だけだ。
後ろの車輪は無事なんだろ?」
《は・・・・はい・・・・・》
「なら・・・・・非常用緊急フックを使え。格納庫内上部ににワイヤーをセットする。
着艦口に突入同時に後輪ブレーキを目いっぱいかけるんだ。そしてフックにワイヤーを引っ掛け機体全体に
一気にブレーキをかけるんだ!わかったか?」
《わ・・・わかりましたが・・・・僕には自信がありません・・・できません!!》
「出来ないんじゃないっ!!いいか・・・・やるんだ!!諦めるな!!」
不安げなCT隊員に古代は無線を通し一喝した。
「出来る・・・・お前ならできる・・・・お前だって特務クラスに選抜されてそこにいるんだろう?
なら絶対にだいじょうぶだ・・・・・できる!俺がタイミングを補佐する!自信を持て!!
最後の最後まで諦めるんじゃない!!」
《・・・・・・・・・・わかりました・・・・・やってみます》
しばらくの沈黙後・・・・意を決したような応答がCT隊員からあった。
古代はほっとしたような表情を浮かべると周りの隊員達に非常着陸態勢の指示を飛ばした。
格納庫内は着艦の邪魔になるものを取り払われた。
格納庫の上部にワイヤーが引かれた。
そして万が一のために隔壁にて壁の補強がなされ・・・・・火が出た場合のため消火班・工作班も召集された。
「よし!!いいぞ!!」
古代はCT内の新人に合図を送った。
傷ついたCTの上部にフックがせり出した・・・・・下部車輪格納庫から後輪のみ顔を覗かせる・・・・・
レーダー関係に異常はないのだろう・・・・まっすぐ正確に格納口の真正面に機体を捉えることが出来た。
《・・・・・・・・いきますっ!!》
緊張に満ちた声が古代のヘルメット内に響いた。
CT機は一瞬の差を置いて・・・一気に艦内に飛び込んできた。
ギッギッギッギギィ〜〜〜〜〜〜〜〜!!!ガッガッガッガガガッガッガ!!!!!
嫌な金属を削られる音・・・・火花が散るきな臭い臭いが辺りに広がる。
上部にせり出されたフックが格納庫内にセットされたワイヤーを捕らえた。
ガクンっ!!
すごい衝撃が飛び込んできたCT機を襲い・・・・・バウンドを繰り返すかのように何とか停止した。
「よし!うまく行ったぞ!!」
歓喜の声が格納庫内に轟いた。
だが・・・・喜ぶのはまだ早い。いつ機体から漏れ出したオイル類に火花が引火するとも限らないのだ。
消火班がすばやい対応で中和剤を損傷機体に慎重に撒いてゆく。
だが・・・・古代は引火とかそんなもの・・・・頭に中になかったようだ。
飛び込み半分機体を傾けなんとか停止したCT機が停止したと同時に・・・・
僅かにでも立ち上る煙もものともせずよじ登った。
外部緊急脱出装置のボタンを手探りで押す。
ガッ!!ブォン!!!
勢いよくCT機の風防が弾き飛ばされた。
「!!!」
前のめりになっていた古代の体に弾かれた風防が激突し一瞬・・・・その身体が仰け反ったように見えた・・・・
が、古代は何事もなかったかのように再びそのコクピット内を覗き込んだ・・・・。
CT機内の隊員は・・・・着艦時の衝撃で気を失っているようだった。
ヘルメットを外してやり、首筋に指を当て・・・・生きていることを確認した。
「医療班!!!すぐに医務室へ連れて行ってやってくれ!!!」
古代はその新人を背負うようにコクピット内から出してやると、待機していた医療班にその身を預けた。
その送り出される姿を見送ると・・・・古代は初めてほっとしたように自分のヘルメットを脱いだ。
「す・・・・・・げ・・・・・・・・ほんとに・・・・・着艦させちまったよ・・・・・」
その光景を固唾を呑んで見守っていたほかの隊員達は声もでなかった。
“生き延びるための技術”・・・・・・・
古代がいうその意味を始めて実感せざる得なかった。
《はい、第一艦橋です》
「古代だ・・・・全員無事帰還した・・・・。今回の訓練はこれで終了とする・・・・そう全艦に伝えてくれ」
《了解しました》
古代は壁際のインターフォンを通じ第一艦橋に伝達をすると・・・こちらを向き直った。
「・・・・・・坂本・・・・加藤・・・お前達は後処理の後、すぐ第一艦橋に出頭しろ・・・・いいな」
古代は一言そういい残すとサッと踵を返し格納庫内を去っていった。
14.
「坂本、加藤両名・・・・入ります!」
二人が第一艦橋に足を踏み入れたとき・・・・
ここのメンバー達はまだ忙しくそれぞれの席でデータ処理に余念がなく・・・・・
二人が来ても誰も気にとめるものはいなかった。
『第一艦橋に出頭しろ』
古代の言葉のままに出頭したものの・・・・・この場に二人の身の置き場はなかった。
ただ・・・・二人が入ってきたことに気づいたユキが『そこで待ってなさいね』と目配せしたのみだった。
二人を呼び出した古代本人など・・・一瞥をくれる様子もない・・・・
二人が直立不動の体勢のまま・・・・その場に立ち尽くしどれほどの時間がたったことだろう・・・・
現実はほんの4,5分もかかったかかからなかったか?程度のものだったろう・・・
だが・・・立たされているほうは永遠とも思えるほどの時間が流れていた・・・。
手元にあった最後のファイルのチェックを終え・・・・ふっとため息をつくと・・・・
古代は初めて二人の方を向き直った。
「待たせたな・・・二人とも・・・・北野も話がある・・・ちょっと来い」
二人と同じ思いに囚われていたのか?
窓際に座っていた北野は弾かれたように立ち上がり、坂本たちの横に立った。
「・・・・・・・北野・・・・・・」
3人を前にし、古代は大きく一つため息をつくと・・・・キッと彼らを見据えた。
「回避中の仲間機に砲撃を仕掛けるやつがあるか!!」
古代の言葉に・・・・・心当たりが大有りの北野は思わず肩をすくめた
そうなのだ・・・・自分が発射命令を下した主砲がCT隊を掠め抜けたのを目の当たりにしていた
北野の今までの自信は・・・・根底からガラガラ音を立てて崩れ去っていた。
事実・・・その影響に一機のCT機が巻き込まれ損傷し・・・・
危かったことも北野を落ち込ませる原因となっていた。
今まで自分がやってきたことは一体なんだったんだろう?
「砲術班の連中も新人そろいだったから事無しを得たが・・・・
普通なら2,3機撃墜していてもなんら不思議じゃないタイミングだったんだぞ!」
「・・・・・申し訳・・・・ありません」
「・・・・・・・訓練学校での知識だけじゃ実際は役に立たないこともあるということが少しはわかったか?
確かに訓練学校での知識も重要だ。俺達の今も訓練学校で学んだ知識が元になって現在がある。
だがな・・・・これからは実戦での経験での積み重ねが大きくなって来るんだ。
頭の中の計算だけではすまないことも出てくる・・・・・・
計算上だけではうまく行かないことも山ほど出てくるだろう・・・そのことを少しは実感したか?!」
古代の言葉に北野は何も返事が返せなかった
それは・・・・すべて事実だから・・・・。
『この人たちの自信は・・・・全て実戦の積み重ねから来ている事なんだ・・・・・』
北野は自分の中にあった『プライド』がどれほどちっぽけなものだったのか・・・・
嫌というほど実感せざる得なかった。
「以後・・・・気をつけます・・・・」
『こいつは・・・・たぶんだいじょうぶだろう・・・・きっといい航海士になってくれる・・・・』
シュンとなった北野を前に古代は誰にも気づかれないように小さくフッと笑った。
さて・・・・問題児が残った。
「坂本・・・・加藤!お前らは何故ここに呼ばれているのか・・・あまりわかってはいないようだな?」
古代はCT隊の制服に身を包む二人の方を向き直り・・・・わざとらしく大きく息を一つ付いた。
北野が古代に叱責を受けている間・・・・この二人は直立不動の体制を取っていたものの・・・・
その顔は不満がありありと浮かんでいた。
「坂本・・・お前の技術は確かに天才的だ・・・・下手したら俺なんか足元にもおよばないかも知れん・・・・。」
古代の言葉は坂本の『プライド』をくすぐったようだ・・・・その片眉は自慢げにピクッと上がる。
「だがな・・・・実戦ならお前は今日確実に死んでいたぞ!自分の隊の機を数機巻き込んでな・・・・」
「そんな!!確かに少し気づくのが遅れたかもしれませんが・・・・
艦長代理の援護がなくても流星は回避できましたし・・・・仲間の機を巻き込んだ事実もありません!」
『あんな援護なんか必要なかった。自分ならあんなもの自分で何とかできた』
坂本はそう言いたげに反論を続ける。
「・・・・・・・・・忘れたのか?流星を「敵艦隊」とみなして攻撃せよ・・・・といった俺の言葉を・・・・・
あの流星・・・“敵艦隊”はお前に攻撃なんかしては来なかったんだからな・・・・・」
古代は『そんなことも気づいていないのか?』と呆れたように言葉をこぼした。
「・・・・・加藤・・・お前は坂本機の背後の敵に気づいていたよな・・・・何故友軍機の危機を回避しなかった?」
「はい・・・・しかし・・・あの時は作戦途中でしたし・・・・勝手に編隊を離れることは軍律違反になります・・・・」
そこまで告げた加藤は続きを言うことが出来なかった。
加藤が続けようとした言葉は・・・・・『坂本ならあんな流星ぐらいわけなく避けることできるだろうから・・・・』
が、加藤は気づいていた。
古代は『流星』とは言わなかった・・・・そうだ・・・・あのときのあれは『敵機』だったはず・・・・
あれが『敵機』だったとしたら?その結果は・・・・・?
「ほぉ・・・・じゃ、こうなったらどうかな?・・・・・実戦だったら、坂本機は間違いなくあの敵に撃墜される・・・
加藤・・・・お前の目の前でだ。撃墜された坂本機は炎上しながら宙返りをし、他の機を巻き込み・・・・
すぐ脇をすり抜けたお前の機に操縦の利かなくなった仲間機が体当たりしてくる・・・・
その後どうなるか・・・・わかるな?」
古代は身振りをつけながら『結果』を淡々と説明する・・・・。
仲間機の撃墜に巻き込まれた加藤機は間違いなく・・・・他の自分の編隊をも巻き込み・・・・・
CT隊は一気に殲滅される・・・・・・
加藤は目の前に起こるであろう・・・・『結果』を頭に浮かべ・・・・身の凍る思いがした。
「・・・・・あれが訓練で感謝するんだな・・・・でなければ二人とも・・・・
いや今日訓練に参加していたCT隊は全滅の憂き目にあっていたことだったろうからな・・・・・」
さすがに坂本も事の重大さに気づいたのだろう・・・・・僅かに俯いたその顔は蒼白なものに変わっていた。
「まぁ・・・・いい・・・・・3人とも・・・・実戦のミスは厳重罰だぞ・・・・わかってるか?」
「は・・・・い・・・・・」
自分達の重大ミスにそれぞれが気づいた・・・・。
厳重罰・・・・・
独房行きか・・・・降格か・・・・・それとも・・・・・?
蒼白になりながら古代の次の言葉を待った。
「・・・・・3人とも・・・・パンツ一丁で艦内一周だ・・・・・」
「えぇ?!」
意外と言うか・・・・・とんでもない罰則に3人は顔を見合わせた。
「さっさと走って来い!!」
古代の怒号に首をすくめた3人はそのまま弾かれたように第一艦橋から飛び出していった。
15.
「・・・・・どうする・・・・・?」
生活ブロックの空き室にもぐりこみ・・・・坂本は他の二人の顔を見回した。
「・・・・・まさかこんな罰則になるとは・・・・・」
北野は生活感のない空きベッドに腰を下ろしたまま大きくため息をつき頭を抱えていた。
「この僕がまさか・・・・しょっぱなに罰則を食らうことになるとは・・・・」
「こんなところでくさぶっていてもどうにもなんないぞ?」
部屋の入り口のドアを少しだけ開け・・・・坂本は辺りをうかがった。
訓練後・・・今は僅かな時間の休憩に入っていた・・・・
疲れきった仲間達はそれぞれの部屋で休息に入っているのだろう・・・・
生活ブロックの廊下は妙に静かで人の気配がなかった。
「今なら少なくともここは人がいない・・・・少しでも晒し者になりたくはないのなら・・・
今がチャンスだぞ?二人とも・・・・・」
坂本は背後の二人に合図を送った。
ゴクッと二人の喉がなる・・・・
どうせ走らなくっちゃならない・・・・それもパンツ一丁で・・・・
覚悟を決めるしかなかった・・・・
互いに顔を見合すと・・・・3人は一気に制服を脱ぎ捨てた。
そしてドアから通路へと躍り出た。
3人が晒し者にならず走ることが出来たのは・・・ほんの数メートルだけであった。
運が悪いことに・・・・たまたま部屋から出てきた仲間に遭遇してしまったのだ。
「なんだ?!お前ら!!その格好〜〜〜〜っ?!」
その叫びに他の連中がワラワラと部屋から出てくるのに・・・それほど時間がかかるはずがなかった。
「がんばれぇ〜坂本!!」
「ほら!!前しっかりみて走れよぉ〜加藤!!」
「いいぞぉ〜北野!!」
あっという間に3人は仲間達の容赦のない言葉が浴びせかけられる。
その騒ぎはすぐに医務室に待機していた佐渡の耳に届いた。
『何事だ?!』とドアから顔を覗かしたその前を3人が走り抜けて行き・・・・
その3人をはやし立てるような声が廊下中に響いていた。
『はっはぁ・・・・・古代の仕業だな・・・・・こりゃ・・・・・』
3人の様子に佐渡はすぐに状況を察知した。
『パンツ一丁とは・・・・随分思い切ったことをさせてるもんじゃなぁ・・・・』
佐渡は・・・・ほんの2年前・・・・よく当時の艦長の沖田から罰則を食らいブツブツいいながらこなしていた・・・
あのふてくされた表情の古代を思い出し・・・・ほくそえんだ。
「ほらほら・・・・・見ないでやれや・・・・」
佐渡は医務室からでると、周りではやし立てている連中の間に立った。
「お前らの失敗を引っかぶったようなもんじゃろう?こいつらは・・・・・
見ないでいてやるもんじゃぞ?!ったく・・・・」
「ブシノナサケダ、ブシノナサケ・・・ホラチッタチッタ」
佐渡の言葉に今まで医務室で待機していたアナライザーも
見物人たちの目から3人をかばうような素振りを見せながら付いて歩いてゆく・・・・
・・・・・・・・3人はあちこちの部署で笑いものになりつつ・・・気の毒がられつつ・・・・
ようやくの思いで艦内一周をやり遂げることになった・・・・
「佐渡先生・・・・先ほどはありがとうございました」
なんとか『罰則』を終えた3人が医務室に現れたのは・・・・それから間もなくのことだった。
「ん?あぁ・・・気にするこたぁないさ・・・・」
佐渡はデスクから一瞬顔を上げると・・・こともなげにそう呟きまた机の方を向いた。
「あのぉ・・・先生・・・・・さっき運ばれてきたあいつは?」
坂本はずっと気にかかってることを口にした。
さすがに自分の仲間が怪我をしたのだ。気にかからないわけがない。
「あいつ?あァ・・・・・だいじょうぶだ。軽い全身打撲と脳震盪を起こしとるだけじゃよ・・・・
なんなら見舞ってやるか?」
佐渡はペンを持ったままの手で病室の方を指した。
「わしは用事でもう出かけるが・・・・まぁ〜勝手にして行けや・・・」
佐渡の言葉に神妙な表情で頷くと3人は病室を覗き込み、その中へ入っていった・・・・
間もなく・・・・・新たな来訪者が医務室を訪れた・・・・・・。
16.
その少し前・・・・北野たち3人が情けない表情を浮かべながら第一艦橋を去っていった直後・・・だった。
3人の前では虚勢を張っていた古代ではあったが・・・・その問題の連中が去ると・・・
少し疲れたような表情を浮かべ、自分の戦闘班長席に身を沈めるように座り込んだ。
完全に身を席に預け・・・・大きく息を吐く・・・
「・・・・・進さん?」
その様子に気づいたユキが古代の元に近づいてきた
「疲れちゃったようね?だいじょうぶ?」
「やんちゃな奴らの相手を散々させられたからな・・・・」
ユキの優しい呼びかけに古代は彼女を安心させるかのように笑いかけた。
「ムチャなことをするから・・・・聞いたわよ?格納庫の一件・・・・」
ユキは美しい眉を少し潜めた。
そしてそっと・・少し汗ばむ古代の額に手をかけようとした。
「いくら新人さんの身を案じたからって・・・・本当にムチャばかりするんだから・・・・怪我は?」
「ムチャなんかしてないよ・・・バカだな」
自分の額に当てられようとした白い手をさりげなく避け・・・・古代は苦笑した・・・・
「よぉよぉ〜お二人さん・・・・ここは熱い新婚家庭ではないんですがね♪」
の声に我に返った。
ハタと振り向くと少し呆れたように笑いながら操縦桿にアゴを乗せてこっちを見ている島と目があってしまった
。
その瞬間・・・島の目がニヤッと笑うのに気づかない古代ではなかった。
頬がカッと熱くなってくるのがわかる。おそらく・・・・今の自分の顔は真っ赤に染まってることだろう・・・・
「バ・・・・馬鹿なことを言うな!!島・・・・そんなことより・・・
今後のイスカンダルまでの航行計画を早く立てないと・・・・・・」
と、照れ隠しに言いながら自席を立とうとした古代の腕を、ユキの手がしっかりと捕らえていた。
「ユキ?」
「私に何か隠してはいない?進さん・・・・」
腕をつかんだまま・・・ユキは古代の目をじっと見つめた。
その目には甘いものなど微塵もなかった。
「な・・・何を言ってるんだ?ユキ」
「・・・・私の目は節穴だと思ってるの?」
ユキには確信があった。
さっき不自然なまでにユキの手を避けた古代・・・・あれは自分に触れさせたくはない・・・・
ということだと言うことを・・・・そうする理由に思い当たるものはただ一つ・・・・
「なに言ってるんだ・・・ほら!!島!!さっさと行こうぜ」
ユキの鋭い視線を避けるように古代は島の方に歩みよった。
「・・・・・・・・・」
じっとそんな二人の様子を見ていた島は・・・・おもむろに古代の胸板に軽く拳を入れた。
それは・・・・普段の古代にならなんらダメージを与えるほどのものでもない程度のものだった・・・・・が
「ぃッッツ・・・・・・・・・!!」
今日の古代は島の拳を食らうとうめき声を上げ、そのまま床に膝を付いてしまった。
その額から脂汗が吹き出す。一瞬痛みから呼吸困難を起こしたのだろう・・・・息をするのも苦しげだった。
「・・・・・・ユキ、怪我人一丁、医務室行き頼むな」
「な・・・・何をしやがる!島」
ようやくそのダメージから立ち直ったのか?
胸を押さえ咳き込みながらも何とか立ち上がった古代は島に食って掛かろうとした。
「怪我人はさっさと医務室に行け。帰って来てからでも相手くらいゆっくりしてやる」
「島っ!!!」
「進さん!いい加減にしなさい!!」
まだ島に食って掛かろうとする古代に対しユキが一喝を食らわせた。
そして嫌がる古代の手を握り、額に手を当てる・・・・。
その汗ばむ額の熱さを手の平を通じユキは感じた。
「ほらやっぱり・・・・熱がある。さっき格納庫で何かあったときにどこか怪我したんでしょう?」
ユキに手を握り締められ額に手を当てられたまま・・・・古代は少しふてくされたような表情を浮かべ、まだ
「たいした事ないのに・・・・大げさなんだから・・・・・」
とブツブツ言っている・・・・。
「大したことがなくても怪我をしているのなら治療するのが当たり前でしょう?
っとに・・・・・島くん、この人を医務室に連行してもいいわよね?」
「どうぞ?こっちは今のところ心配事はないから・・・・・ごゆっくりぃ〜」
「お・・・おい・・・島ッ!!」
島はわざと二人に背を向け手をヒラヒラさせた。
古代はあせって辺りを見回す。
その場に居合わせた全員・・・・わざとらしく二人から目をそらした。
中には耐えられない・・・・とばかりに、肩を震わせ笑いをかみ凝らしているものもいた。
「ほら!!進さん!!諦めて医務室へ行くわよ!!」
こうなったユキを止められるものなど・・・・一人としていない・・・・
(というか・・・・・今回の場合誰一人として止める気がないのも事実・・・・・)
「わ・・・わかったから・・・ユキ・・・・ちゃんとついていくから・・・・手をそんなに引っ張らないでくれって」
「そんなこと言って・・・すぐに逃げ出そうとするくせに!!」
ユキに腕を取られたまま・・・古代は引っ張られるように第一艦橋を後にせざる得なかった。
残された仲間達の大爆笑に見送られながら・・・・・・・・・。
17.
「先生・・・いいですか?」
「なんじゃ?ユキ・・・・おや?なんじゃ?古代もか?どぉしたんじゃい?」
仕事を一段落つけたのか・・・佐渡はいつもの丸イスに腰をすえ・・・酒瓶を手に振り向いた。
「この人・・・怪我したみたいなんです。先生診て下さい」
「まぁたか、古代!・・・しっかしまぁ・・・おまえさんは付き添いの一つもないと素直にここにこれんのか?」
「いや・・・・・あの・・・・そういうつもりじゃなくて・・・・別にたいした怪我ってこともないから・・・
こなかっただけなんですけど・・・」
ユキの勢いに圧倒されつつ・・・古代は頭をかきながら照れくさそうにぼやいた。
・・・が、それを聞き逃すようなユキではなかった。
「たいした事ないかあるかを診断するのは先生でしょう?ほら・・・早く上着を脱いでベッドに横になって!!」
「ったく・・・大げさなんだから・・・・」
ブツブツいいながら古代は上着を脱ぐとベッドに横になった。
その胸部は・・・・赤くはれ上がっているのが傍目からも一目瞭然だった。
「ほら・・・こんなに真っ赤に腫れているじゃない・・・・」
「ちょっと打って痛いだけだよ・・・・そんな大騒ぎすることじゃ・・・・」
「問答無用です」
ユキはその古代の身体に診察用のモニターをセットする・・・・
古代の現状況のデータが瞬時に佐渡の手元へ流れてゆく・・・・
そのデータモニターを眺めていた佐渡は素っ頓狂な声を上げた。
「おやまぁ・・・・・古代!・・・お前、肋骨にヒビはいっておるぞ?」
慌ててユキも佐渡の手元を覗き込む・・・・その顔色がサッと変わる・・・・
「進さん・・・・・!」
「いや・・・・痛いなとは思ったけど・・・・・我慢して我慢できないほどのものでもなかったし・・・・」
焦ってしどろもどろの古代に対し、厳しい表情を浮かべたままユキはものも言わずその身体に
速やかにかつ迅速に治療機器をセットしてゆく。
「ったく・・・お前さんも懲りないヤツじゃな・・・・ユキを怒らせるようなことばかりしよってからに・・・・
このばか者が・・・・・わしゃ・・・・知らんぞ?・・・・ありゃ相当怒っておるからな・・・」
そう耳打ちをする佐渡に『面目ない・・・』と苦笑するしか出来ない古代だった。
佐渡に言われなくても・・・・ユキの全身から漂ってくるオーラというか・・・
怒りの感情はさすがの古代でもいたいほど感じ取ることができた。
「ま、肋骨のヒビだけだから・・・・シップでもしてバンテージでしっかり固定をしておけばいいじゃろう・・・と、
後、炎症を起こしておるようじゃから消炎剤と解熱剤・・・それから鎮痛剤も処方しておこうかの・・・・・
ユキ、こいつが処方箋じゃ・・・・こいつを一発注射しておいてやれ」
「・・・・ついでに大人しくさせておく薬も処方しておいて欲しいくらいだわ・・・先生」
「オイオイ・・・・ユキ!!」
「そんな注射の一本や二本でも打っておかなくっちゃ・・・・あなた大人しくなんかしていないでしょ!
せめて熱が収まる間くらい大人しくしていてくれる?」
「・・・・そいつは・・・・・」
「ほら!!大人しくしているつもりなんかないじゃない・・・・無茶なことばかりして・・・
私の言うことなんかちっとも・・・・・・・」
心配と怒りの余りに涙ぐむユキに太刀打ちできる古代ではない・・・・それは、佐渡とて同じこと。
「わしゃ・・・・ちょっと用事があるから出てくるでな・・・・後は頼んだぞっ!!」
『ユキの怒りのとばっちりをうけちゃ敵わんて・・・・・』という表情を浮かべた佐渡は古代の方にチラッと目をやった。
その目に気づいた古代は『置いていかないで下さいよ』と目で合図を送る。
だが佐渡は、『そんなことわしは知らん』と目線で合図を送ると、サッサと部屋から出て行ってしまった。
後に残された古代は・・・どうすることも出来ず・・・ただユキのいうがままベッドにその身を預けるばかりだった。
「少し・・・冷たいわよ?」
ユキは冷蔵庫から取り出してきたシップを赤く腫れた古代の胸元にそっとのせた。
キリッとした冷たさで痛みを伴うような感覚が襲う。
「・・・ッ!」
ちょっと顔をしかめた古代を心配げに見つめながら、ユキは手際よくシップを固定して、
その上から伸縮のしないタイプの包帯を器に巻いてゆく・・・・・。
「ごめん・・・・・」
自分の上を何度か行き交うユキの手をそっと握り、古代は呟いた。
「心配かけるつもりなんか・・・なかったんだよ・・・・」
「・・・あなたの仕事が仕事なのは私は・・・・わかってるつもりよ・・・」
古代に手をとられ・・・ユキはじっと立ち尽くし呟いた。
俯き加減の大き目の瞳を覆う長めの睫毛が涙に潤む。
「ユキ・・・・」
古代はいいようのない罪悪感に胸が痛む思いがした。
「ほら・・・身体・・・少し起こしてくれる?包帯が巻き難いわ・・・」
ユキはグッと涙を堪えると、わざと明るく、少しいたずら気に微笑んだ。
古代は彼女に言われるがまま・・・・身体を起こすと・・・ユキはその古代の体の上に
その細い肢体を投げ出すように覆いかぶさった・・・・・・・・・・・。
18.
「あれ?誰か医務室に来てる?」
最初に医務室の人気に気づいたのは壁際に立っていた坂本だった。
何気に部屋の境の扉をそっと開け・・・・・・ぎょっとした表情のまま・・・慌てるように再び扉を閉めてしまった。
「どうした?坂本?」
怪我人の横になっているベッドの脇に腰を下ろしていた北野は思いもかけないものを見た・・・ような気がした。
そこにいたのは・・・・顔を真っ赤にさせ天井を仰ぎ見るばかりの坂本の姿だった。
「どうしたんです?坂本さん」
加藤も不思議そうに尋ねた。
「・・・・・・・・」
坂本のほうは落ちつかな気に上を見たり下を見たり・・・・ドアの向こうを気にして見たり・・・・・
「????」
そのようすに同室内の3人が顔を見合わせた。
「おい!さ・か・も・と!」
北野は落ち着かない坂本の両肩にバン!と手をかけると、初めて気づいたように目を見張った。
「あぁ・・・・」
「一体どうしたんだ?ドアの向こうに何かあるのかい?」
「・・・・艦長代理と森生活班長がいた・・・・・・」
しばらくの間の後・・・坂本はようやく一言・・・ポソッと告げた。
「艦長代理!?格納庫で怪我をされたのかな?」
ベッドの上に横たわっていた当事者のCT隊員がうろたえたように身体を起こした。
「さっき第一艦橋で叱責を受けていたときはそんな感じでもなかったけど・・・・」
「でも・・・・艦長代理と生活班長が医務室にいたとして・・・・どうしてそんなに落ち着かないんです?坂本さん」
加藤の素朴な疑問に、坂本の紅潮が一層増した。
「どうしたんだって言うんです?」
「あ、待て!!加藤っ!!」
加藤は坂本の様子に不審を持つと・・・
その背後のドアを少しだけ開け、坂本が止める間もなくその向こうを覗き込んだ
加藤の目に飛び込んできたのは・・・・ベッドの下半分だった・・・・。
そのベッドの上に・・・男の足と思しきもの・・・・と・・・・その上に斜めに覆いかぶさったような
艦内服姿の女性の背中だった。
「!!!!」
誰のものかは一目瞭然である。
加藤は頭の中の血が一気に沸きあがるような気がした。
「加藤っ!!落ち着け・・・落ち着くんだ!!」
加藤の脇からいっしょに中の状況を覗いてしまった北野と・・・そして坂本が加藤の身体を両側から押さえた。
加藤の顔から血の気が引いているのがみてわかるほどである。
「この艦の責任者は医務室で不純行為をしても許されるって言うんですか?」
加藤はすごい様相で前を見据えた。
“こんなヤツのために兄貴は命を落としたのか?!”
なまじ・・・・少し古代に対する思いを考え直そうとし始めた矢先だったこともあり・・・
加藤の怒りは頂点に達しようとしていた・・・・・。
「・・・・・・ユキ・・・・ちょっと・・・・」
自分に覆いかぶさるかのようにしながら包帯を巻いてくれていたユキの細身の身体を、古代はそっとよけた。
もう治療も終わり、しっかりと何重もの固定のための包帯を巻き終えたユキはそっと身体を起こすと脇に避けた
。
古代は足を忍ばせるように床に下りると・・・・静かに部屋を横切り・・・・一つのドアの前に立った。
「こらっ!!!」
古代はいきなり、思いっきりドアを開けた。
「わ!!ばれてた!!」
仁王立ちをした古代の前に・・・・中を覗き込もうとしていた者が驚いたように立ち上がった。
「いつものことだ!ばれない訳ないだろう!!ったく・・・お前らはなんでそうもいつもいつも・・・」
呆れたように腰に手を当て立ち尽くす古代の前で照れくさそうに笑ってるのは・・・・第一艦橋のスタッフ。
相原、南部、太田の3人だった。
「いえね・・・島さんが『航海予定の相談のこともあるから、艦長代理の様子を見て来い』っていうもんですから・・・・
いえね〜僕としては来たくはなかったんですけどね〜お邪魔しちゃったら申し訳ないじゃないっすかぁ〜ね♪、艦長だいり♪」
太田が頭をかきながら言い訳がましく言葉を濁しながら・・・・にやっと笑う。
「何が邪魔だ!ったく・・・・・・第一お前一人で様子を見にこれば話は早いんじゃないのか?」
と、にらみを利かす古代に対し・・・・
「ほら・・・・ね♪旅は道連れっていうじゃないですか?」
「ね♪一人だとなんとなくここに来難かろうと・・・・」
「・・・・ならその手のものはなんだ?!」
「あ・・・?これですか?これは艦内チェックの備品ですけど?何か?」
と、相原は指摘された手中のカメラを隠すこともなくニッコリ笑う。
そんなもんどこ吹く風・・・としらっと答えるおまけの2人に思わず頭をかくしかない古代でもあった。
いまさら・・・・のことではあるが・・・こいつらは俺らのことをなんだって思ってるんだ?!
叫びだしたくなるのをグッと押さえ、古代は脱ぎ去っていた上着をサッと肩にかけた。
「先に艦橋へ戻るから・・・・今後の航路予定のことも気になるし・・・・」
と、振り返る古代に
「わかった・・・・ちょっと待って!」
と声をかけ、ユキは佐渡が処方していった薬を注入した注射器をセットし、その上腕部に押し当てた。
「!!」
一瞬・・・眉を潜めた古代はその部分に乗せられたアルコール綿を手で押さえつつ
「サンキュ」と彼女に声をかけ、他の3人と共に足早に医務室を去っていってしまった。
ユキはその背中を少し寂しげな微笑を浮かべ見送るしか出来なかった。
残されたユキは小さくため息をつくと・・・・くるっと踵を返し、その反対側のほうにあるドアの前に立った。
「もう艦長代理はいないから出ていらっしゃい」
ユキの声に促されるかのように・・・・北野、坂本・・・・・
そして毒気が抜かれてしまったような表情を浮かべた加藤がヨロヨロと出てきた。
「艦長代理に見つかっちゃったと思って驚いたでしょう?3人とも」
・・・・その通り。
先ほどの艦長代理の一喝で驚き、腰をぬかしそうになってしまった3人であった。
「生活班長・・・・俺達のこと気づかれていたんですか?」
「・・・ここは私の職場よ?少しの違和感でもすぐにわかるわ」
「あ・・・・の・・・・・さっき・・・・艦長代理と生活班長・・・・・」
坂本はさっき自分の目が捉えた2人の姿が気になって仕方がなかった。
「え?あ・・・・やだ・・・・もしかして誤解した?艦長代理の胸に包帯巻くのに巻き難かったからなのよ」
ユキは3人の目が自分と古代の先ほどの姿を目にしていたことに気づき顔を少し赤らめた。
「身体ごと抱きついちゃったほうが包帯って巻きやすいのよ」
ユキの答えに変に納得をしてしまった3人は妙に気疲れを起こし・・・へたり込みたい気分に陥ってしまった
ユキはそんな3人にイスを勧め、お茶を提してやった。
「あの・・・艦長代理は・・・・?まさか・・・・」
北野が出されたお茶を手で弄びながら気まずそうに尋ねた。
「フフ・・・・あの人はあなた方がここにいたことはおそらく気づいてないわ。でも危なかったわよ。
相原君たちがこなかったら絶対にあなた達に気づいていたに違いないでしょうから・・・
見つかっていたら・・・・どうなっていたでしょうね」
ユキの優しい物腰とは裏腹の言葉に3人は顔から血の気が引いた。
ユキはそんな3人の様子にクスッと笑ったが・・・・すぐに真顔に戻した。
「加藤君」
「はい・・・・」
加藤はいきなりユキに呼びかけられ驚いたように顔を上げた。
「お兄さんを亡くしてしまったあなたの思い・・・・私にもわからないではないわ。でも・・・そのことで・・・私情を仕事に持ち込むのだけはよしてほしいの。少なくとも・・・それはあなたのお兄さんに対する冒涜にもあたるわ・・・・あなたのお兄さんと艦長代理の間は・・・ものすごく・・・私では言葉にも表しようがないほどの信頼に結ばれていた・・・・それはあなたのおにいさんの最後に対しても同じことだったし・・・今も艦長代理とおにいさんとの絆は少しも揺るぐことはない・・・・。
ただ・・・今は少しずつでいいの・・・・あの人を・・・艦長代理をあなた自身の目で真正面から見てあげて欲しいの・・・・」
ユキの言葉に・・・加藤はじっと聞き入ってはいた・・・・・。
・・・その言葉を素直に取ったかどうかは別物として・・・・ではある。
目の前に見えてくる事実だけを受け止めてみよう・・・・・・そう加藤は心に思うのだった。
ヤマトはアステロイドでの訓練を終えると、その航行速度を上げ太陽系外へむけて航行を開始した。
今は一刻も早くイスカンダルへ向かうだけであった。
ACT4終了
背景イラス“月&地球”
:美馬龍樹さん