Departure to a new time! −Act5−






1.


「よぉ、古代・・・調子どうだ?」
古代が第2艦橋に足を踏み入れると、意味ありげな笑みを浮かべた島が振り向いた。
その背後に・・・・同じような笑みを浮かべた太田の姿も・・・・・

「調子がどうだもなにも・・・・ッたく・・・・」
古代は手近に空いていたイスにどっかと腰を下ろした。
「ご親切にどうもっ!」
「ハッハッハ・・・・そう怒るなって・・・・久々の二人っきりの時間・・・気を利かせてやったんだからさ」
「なぁ〜〜にが気を利かせただよっ!」

古代の視線はそのまま島の背後でなにやら計測中の太田のほうへと注がれた。

「誰かさんたちがまたなにやらうろついているとはどういうことなんだ?え?」
古代の痛い視線を背中に感じながら太田はわざとらしく咳払いをしつつ計測データの上に目を泳がせる

「ほぉ・・・・」

古代の言葉に島の瞳が怪しく光る
「じゃ、古代・・・お前は邪魔が入らなかったら何かスルつもりだったのか?」
「・・・・!!ば・・・バカヤろう!!誰がそんなこと言ってる」

実のところ・・・・少なからず心の中に後ろめたいものを感じる古代は怒ったように島に食って掛かる。
しかしそこは慣れたもの。

「そんなことってどんなことさ?ん?」
「どんなって・・・・・その・・・・あの・・・・」

「・・・しっまさぁ〜〜〜ん・・・・そこら辺にしてくれないと、仕事・・・目いっぱい詰まっちゃってるんですけどぉ〜」

太田の声が降ってきた・・・・と思った瞬間、島の手元のモニターがいきなり作動した。
太田が送ってきたのだろう・・・・航路計算の結果データが一気にモニターに流れ込んでくる。

「おぉ!データ解析終ったのか?太田」
「航路計算も終ってますし、デメリットデータのほうもいっしょにそっちに送っておきましたよ・・・
イスカンダルまでの航路予想図も今転送しました」

キィが設置されたデータ処理用の席から太田が得意げに指を立てて合図を送る。

太田の声を待っていたように、第2艦橋内の大型スクリーンに鮮やかな星図が浮かび上がった。
そのある数箇所が点滅する

「んじゃ・・・・ま・・・仕事を始めるとしますか・・・・」
そのスクリーンの前に立つと島は指し棒で点滅する光点の一つをコンッと指し示す。

「さて・・・・ヤマトは現在太陽系外を目指し太陽系内最大速度を保ちつつ航行中だ・・・・第一目標地点は・・・」
島の指す地点がぐるっと変化する。そしてある一点でピタッととまる。

「ここだ・・・・第11番惑星から100万宇宙キロ・・・・」
「何でそこが第一目標地点なんだ?そこに何か小惑星とか・・・ヤマトの目的とする何かでもあるのか?」

「現在計算上で・・・・太陽系の重力場の影響されない一番近いポイントなんですよ」
古代の問いかけにデータ処理席に座ったままの太田が答える。
太田の答えに満足げに頷きながら島が言葉を繋いでゆく。

「以前のワープなら・・・・エンジンの出力の関係であまり長距離のワープとかは不可能だった。
だが・・・今回改良されたエンジンの出力は以前のものと比べようもないほどの高出力を保つことが出来るんだ」

「つまり・・・・それだけ長距離ワープが・・・可能というわけか?」
「そうだ。すごいぞ!出力が以前の1.75倍になった関係でワープ距離は約3倍・・・・
距離にして1〜2万光年に伸びたんだ・」

「へぇ〜・・・・3倍?!そいつはすごいなぁ」
素直に感心する古代に島はチッチッチと指を立てた。

「それで驚かれても困るな・・・・その上今のヤマトは連続ワープが可能なんだ。」
「連続ワープ?何回くらいなら連続で可能なんだ?」
「それがな・・・・」

島の顔に苦笑が浮かぶ
「ヤマトのほうはそれこそ・・・・一日に10回や20回のワープも可能なんだがな・・・・・」
「・・・・・・が?」
なにやら含みのある島の言葉に古代は首をかしげる

「何か問題があるのか?」

「そんなことをしたら中の人間が持たんよ・・・せいぜい一日に2回・・・・
よほど無理をして3回と言ったところだろう・・・・・それ以上やったら中身の人間がいかれちまうさ★」

「そ〜いうことか・・・・・」

納得顔の古代も島の苦笑に思わずつられてしまう・・・・・。

「まだまだ波動エンジンの改良の余地はかなりありそうだから・・・・
今後まだまだヤマトの心臓は強くなってゆくぞ・・・・今はまだ途中段階だ・・・
エンジンの出力UPに伴い装甲強化作業をしていかなくてはならないしな」

「そこらは機関長の腕の見せ所だな・・・・あと技師長と・・・・」
指で天井を指し笑ってしまう。
「でもあの二人にかかったらとんでもない“ハイパーヤマト”にこいつが生まれ変わっちゃっても不思議に思え
ないところがなんともいえないんだがなァ〜」

「違いない!!」

そこに居合わせた航海班員たちも思わず噴き出し第2艦橋内は笑いに包まれた。





2.



「さて・・・・本題に戻すが・・・・・」
ひとしきり大笑いした後・・・島が一息をつき話を戻した。

「イスカンダル・・・・大マゼラン星雲太陽系サウザーへの距離はみんなも知っているとおり約14万8千光年だ・・・・」
モニター上の右端に光点が点滅を始める。

「前回はこの距離をヤマトが航海するのに約3ヶ月という試算を出した・・・」
「結果的にはガミラスの攻撃のせいで予定より倍以上かかってしまったんだがな・・・・」

古代の言葉に島が頷く

「そうだ・・・・が、今回は少なくとも航行中どこからも攻撃を受ける心配だけはない・・・・というわけで・・・・」
島があるスィッチを入れるとヤマトの現在位置とイスカンダルを示す光点との間に光のラインが生まれた。

「この間を・・・・できるだけ早く航行するには・・・・」
「ワープしかないよな・・・・」

島の言葉に古代は頷く。
その古代に合意するように頷き、島はまたスィッチを入れる。その光のラインが一定の幅に分割された。

「現在・・・・ヤマトの一介のワープ限界距離は約2万光年だ・・・・一日一回・・・・ヤマト限界のワープを繰り返して・・・
イスカンダルまでは約7日ほどかかる・・・・が・・・この間を4日で航行させる!」

島は航路図が表記されたモニターを平手で叩いた。
「・・・・一日2回の限界ワープの実行は・・・ヤマトはもとより・・・・中の人間に大きな負担を強いることになる・・・
だが・・・今は一刻を争うときだ・・・・古代、あとはお前の判断に任せる」

「我々旧乗務員はそれほどの負担もないだろうが・・・・新人達は大丈夫か?無理をしていざと言うときに役に立たなくても困りもんだぞ?」

「そんなの・・・やってみないことにはわかるもんでもないだろう?」
腕を組み、困り顔の古代の眉間を島は手にした指し棒で軽く突付いた。

「第一・・・・人間土壇場になれば何とかなるもんだ・・・・そういうもんじゃないか?ん?古代」


土壇場になれば何とかなるもんだ・・・・


島のこの言葉には説得力がある意味あった。
なんといったって・・・今ここにいる古代をはじめ、島も太田も・・・その“土壇場”をくぐり抜け一人前になったの

だから・・・・・
いや、この3人だけではない。
あの旅も経験者の存在が数限られた状況の中・・・・
訓練学校を卒業したばかりの新人達が研修も何もなくいきなり行く宛てがあって無きに等しいあの旅に放りだされたのだったのだから・・・・

古代たちにとって研修も何もかも全てが実戦を伴った現実だった・・・・
“失敗”は即“死”に繋がる・・・・・


そのことを考えれば今回の航海に乗艦している新人達はなんと羨ましい待遇なことか?!
(本人達はそのことに全く気づいてはいないが・・・・・)


「新人にいきなり限界のワープを一日2回はきついだろう・・・・・
初日は限界距離のワープを1回行い2日目以降8時間おきのワープを2回ずつ繰り返す・・・・・
というのではダメか?」

古代の言葉に腕を組みしばらくじっと考えていた島だったが・・・・『仕方がない』とばかりに大きくため息をついた。

「8時間おき2回か・・・・・通常業務も加減もあるから・・・・ま、そんなところだろう・・・・わかった、太田!」
「はい!!」
「すぐに今のデータを打ち込んで航路計算して最適な航図を作成してくれ」
「了解、すぐ作成に入ります」

太田はすぐにコンピューターに向かいなおすと必要データを打ち込み航図作成に入った。

「航図が完成次第第一回目のワープに入りたいんだが・・・それでいいか?」
「OK・・・その辺りはお前に任す・・・・航路関係では俺が口を挟む余地は全くないからな・・・・」

古代の苦笑いに島は『違いないな』とばかりにその肩に手を廻した・・・・
が次の瞬間、力任せに一発その肩をはたき倒した。



3.


「お前・・・今回はやけに新人達に気を使ってやしないか?」
島は古代にのみ聞こえるような小さな声でその耳元に囁きかけた

「なっ!!」
古代は思わず大きな声が出そうになり・・・慌てて口を押さえ辺りを伺う。

だが・・・・周りに人間達はそんな古代に気を止めることもなく自分達の仕事に没頭していた。

「そ・・・そんなつもりはないんだけどな・・・・」
古代は島の声にあわせるように同じようなボソボソ声で囁いた
「・・・・過保護なガキはロクなものにはならんぞ?お前もわかってはいるだろうがな」

島の言葉に古代は黙ったままだった。

「普通でいろ・・・・お前はお前だ・・・・お前以外何者でもない・・・・お前があいつに妙な気を使えば使うほど・・・
こじれるもんだぞ?」
島の真剣な視線に耐え切れなくなったように古代は俯いた。


自分でも頭の中ではわかってはいる・・・だが、感情が彼に思わぬ態度をとらせてしまっていた。

島もそのことには気づいていた・・・・・だからあえて口に出してみた。

「他の連中は気づいているかどうか・・・俺にはわからんがな・・・・・」
「なぁ島・・・・どうしてもあいつの最後の顔を思い出さずにはいられないんだ・・・・やつを見ていると・・・」

古代は頭を抱えるように両手で覆った。

「俺・・・そんなにおかしいか?」
呻くような古代の言葉に島は軽くその背を叩いた

「ま、お前ではそんな風になっても仕方がないとは思うがな・・・それがある意味お前のいいところであり・・・
悪いところだ・・・・だがな・・・以前のお前ならきっとこういったぞ?『なんでもやってみなけりゃわからんさ』とな・・・」

「・・・・・・」
古代は言葉に詰まった。

「正直・・・あいつを含め、あの連中を失うのが恐いんだよ・・・・お前はさ・・・・・」


古代自身はあの戦いで負った目に見える傷は皆無だった・・・だが・・・その心に負った傷は誰よりも重症だった。


心の傷は医者では治せない・・・・ただ自分で治癒するしか・・・・・方法はない・・・・・

「わからないでもないがなぁ・・・・お前は優しすぎるんだよ・・・・古代・・・根本的に・・・・」
島はため息をついた。

「お前の優しさに気づくには・・・あいつらはまだまだ修行は足らないがな・・・・」
「俺は・・・優しくなんかはないさ・・・・意気地がないだけなんだよ・・・・俺はさ・・・・」

古代の言葉に島はクシャとその頭に手を置いた。

「自分が意気地がないというヤツほど・・・・世の中には強いヤツが多いんだがな・・・・
自分の弱さがわかって理解できているヤツほど自分に対して厳しいもんなんだよ・・・・そういうもんさ・・・・・」

「そんなことないんだがな・・・・」
古代は島の手を煩そうに避けてニヤっと笑った。

「勝手なことをいいやがって・・・・・」

「俺じゃなきゃ言わんさ・・・・・」

「違いないがな・・・・」

「ありがたく思え」

「思えないな・・・・絶対この借りは返してやるさ・・・・倍にしてな・・・・・」

「無理だな・・・・お前には・・・・絶対にな・・・お前が俺に勝てるはずがない」

「無理なんかじゃないさ・・・・・!」

「無理だよ〜〜!」

「無理なんかじゃないって言ってるだろっ!!」




「・・・・・・・島さん、古代さん・・・・・何をそんなところでコソコソ話してるんですか?いいんですか?
上(第一艦橋)の準備に入らないと・・・・・・ワープの時間設定は今更変えることできませんよ?
もう計算は完璧に設定してデータを打ち込んじゃっているんですからね!!」

太田の声で二人は我に返った。

「あ・・・・まず!!」

「さっさと上に行って仕事してくださいよ!!」

太田に尻を叩かれるように責任者二人は頭をかきつつ第2艦橋を後にした。

残された太田はフッと笑うと“しょうがないなァ”とばかりに一瞬ため息をつくと、再び航路計算を続けるべく、コンピューターのキィボードに向かいなおした。




4.


《ヤマトは地球時間○○時にワープを決行する。新人の諸君には初めてのワープになる。
事故など起こらないように気を引き締めて行動をとるように・・・・!》

艦内に響いた古代の言葉に機関室で仕事中の徳川は額に浮かぶ汗を拭いつつ感無量の思いだった。
『いよいよワープ体験かァ・・・・・・父さん・・・そういや話してくれたことがあったっけ〜〜〜』





徳川・・・太助はたまに自宅に帰って来た父が酔うと話してくれるヤマトの話を聞くのがたまらなく好きだった。
機関長だった父が話してくれるのはもっぱら・・・ヤマトの・・・その心臓部機関室の話が中心だったのだが、
父のような機関員になることを夢見ていた太助にとってその話はまさに夢物語のようなものだったのだ。



「ワープを知ってるか?太助・・・・」
「ワープ?んなもん知ってるよぉ〜〜学校で習ったから・・・バカにするなよな!父さん」

当時訓練学校に入学して間もなかった太助は最近習ったばかりのワープについて教科書の内容を暗唱して見せた。
まだそれぞれ希望の学科に分かれていないほどの時だったが・・・・
ワープ航行など基本的なことは新入学時に既に学ぶ項目に入っていたのだった。

「う〜〜む・・・・教科書どうりならま、90点だな」
「えぇ〜?!100点じゃないのかよ。」

『機関士になりたい』・・・・強い意志を持つ太助は特にこのワープに対する項目も空で論じられるほど理解している・・・・
つもりだった。(というよりエンジン部署関係の部分だけは頭に叩き込んでいたはずだった)

「ん・・・・じゃあ太助・・・お前はワープは時間と空間の接点の繋がりだといったな?」

「あぁ・・・時間から時間への跳躍だろ?だからその時間の空間から目的地の時間の空間へ飛ぶことがワープ航法の原理だよ・・・・違わないだろう?」
太助は自慢げに答えた。・・・が、

「あぁ・・・大正解だ・・・・だがな・・・現実のワープ体験はそんな言葉では言い尽くせないものだぞ?」
現実にワープを体験している父はニヤニヤ笑いながら未経験の息子を眺めた。

「ワープはな・・・・・まさに一瞬で永遠の苦痛を味わうことだ・・・・口では説明できんなぁ・・・あれだけは・・・・」
「あ、人間への身体的負担のことだね?」

太助の頭の中の教科書のページが音を立ててめくられてゆく・・・・


『3次元の人間が4次元5次元と別次元に叩き込まれるようなものであるから、
ワープ航行中の人間の身体的負担は言葉に絶するものがある』


その言葉をそっくりそのまま口にする太助に父は大きな口を開け大笑いした。

「なんで笑うんだよ!」

自信を持って言った答えを思いっきり一蹴されたような思いがして太助は唇を突き出し講義した。
「すまんすまん・・・・いや・・・久しぶりに教科書どおりの答えを聞いて懐かしくてな・・・・いや・・・本当に懐かしいな・・・
あいつらもそんな感じで自慢げに教科書の論理をワシに自慢げにしゃべっていたよなことを思い出してな・・・・」

徳川の頭の中にはその時・・・
ヤマトに乗艦したばかりの頃の生意気盛りだった島をはじめ若い航海班のメンバー達の顔が浮かんでいた。

「今は教科書をしっかり覚えるのも勉強だ・・・いいぞ!太助」
徳川は息子の頭を乱暴にくしゃくしゃにすると、少し真面目な顔をした。

「今は本で勉強するんだ・・・そしていざ、外に出る機会に恵まれたら・・・・
今度は身体に叩き込んで学ぶんだ。いいか?太助・・・・・」

「父さん・・・・・」
「お前がヤマトに乗り組めるほどに成長したらなァ〜・・・・その時は覚悟しろ!ワシが目いっぱい叩き込んでやるからな!」

「なんかちょっとおっかないなァ〜」
太助は興奮気味に顔を紅潮させながら父の顔を見つめたものだった・・・・

父といっしょにヤマトに乗務する・・・・その夢は永遠に潰えたが・・・・・・・
ヤマトの機関士になるという夢のほうは着実に進行中だった。




・・・・・・・・・・

たすけ・・・・・



太助・・・・・・




太助!!!!!





「はい〜〜〜〜〜〜〜!」


「なぁ〜〜〜にをボサぁ〜〜〜〜としてるんだ!!!ワープテスト前のエンジンメンテナンスのスケジュールが混んでいるこんな時にほうけてるな!!!!!
お前〜〜〜そんなこっちゃ親父さんが泣いてるぞっ!!!」


ぼんやり思い出に浸っていた徳川の頭上に雷を落っことしたのは現機関長の山崎だった。
「すっみませぇ〜〜〜〜〜ん★」


徳川はおろそかになっていた手を慌てて動かした・・・が、ブツブツと口の中でグチってもみる

「・・・・・・・・親父親父って・・・・・・こっちは親父じゃないんだからな・・・・ったく・・・・たまんないよなァ・・・・」


機関室はエンジンの音が激しくなかなかまともな声も届かない・・・・・はずなのだが

「なァ〜〜ンか言ったか!!太助っ!!」

この音に慣れっこの山崎には全て筒抜けであった。

「す・・・・すみませぇ〜〜〜〜ん!!!」



首をすくめ作業に再び没頭し始めた太助の背を見つめる山崎の温かい瞳に今の太助が気づくことはなかった。





5.


太助たち新人機関士たちが文字通り戦場のようなエンジンルームを緊張の頂点の中走り回っていた頃・・・・
同じく新人航海士の北野は航海士のイスに身を沈めながら、同じく緊張の頂点の中にいた。

他の部署とは大いに違う点は・・・・ここに詰めているメンバーは彼以外は全て・・・・・経験者も経験者・・・
ベテランぞろいという点である。

そのことが彼の緊張をより増す結果となっていた。


もちろん・・・・ワープのことも彼の頭の中には完璧に叩き込まれている・・・・はずなのだが・・・

ヤマトに乗り組んでたった数日・・・・
だが、教科書と現実の差を彼の身体は嫌というほど味わう羽目になっていた。

彼のプライドを支えていた自信という土台が・・・・・ユラユラと不安定なものに感じていた。


「どうしたんだ?北野?」
ポンと肩を叩かれ北野は自分の背に立つ人物の顔を見た。

「な・・・南部砲術長・・・・」

この第一艦橋ではあまり目立たないといってもいい・・・だが、それでも自分には雲の上の存在・・・・
南部の存在はそんな感じなところか?どちらかというと・・・
彼の右隣の通信長とよく会話を交わしている姿は目に付くのだが・・・・・北野自身に話しかけてくることは初めてだった。
(もっとも最初の訓練ミッションの指示失敗の際目いっぱい怒鳴りつけられはしたが・・・・・)

「なんだか『悩んでます』って文字が顔に書いてあるぞ?」
その言葉に北野の手は思わず自分の頬を抑えてしまった。

「・・・・・・別に・・・・悩んでいる訳ではないんですが・・・・」
次の瞬間・・・・ハッとした様に我に返った北野は、バツが悪そうに俯きながら呟いた。

「自信が・・・・なくなった・・・・今まで自分が積み上げてきたもの全てが無意味なような気がしてきた・・・・
といったところかな?」

「!!」

南部にずばり指摘され北野は驚くしかなかった。
正確には・・・自分でも釈然としなかったものが見事言い当てられた・・・・といったところか?

「気にすることはないさ・・・・お前も外に出たばかりなんだから・・・な・・・」
南部の言葉はまさに『お前はまだ何もわかっちゃいないんだ』といっているのと同じことだった。
だが、今の北野にはそれに対し否定し、抗議することもできなかった。



まさにその通り・・・・

それ以外言葉が見つけることが出来なかったから・・・・


南部にとってこんな姿の者を見るのは・・・・実は初めてではなかった・・・・・
というより珍しくもなんともなかった。

過去に・・・このヤマトに乗艦してから何度こんな風に自分に自信をなくし落ち込み傷つきそれでもなんとかその
場から這い上がろうと必死で立ち向かってきた連中の姿を何度見続けてきたことだろう・・・・

おそらく・・・今から始まる彼らにとって未知の世界が北野の不安をより一層煽っているのだろう。
それは・・・まさに3年ほど前・・・・ヤマトが初航海に出たばかりの頃・・・・この艦内に満ち満ちていた若い感情。

いや・・・・正確には南部自身も囚われた感情。

北野の落ち込みうな垂れる姿に南部はある一種の懐かしさを感じていた。


「でもな、北野・・・・焦るばかりが能でもないんだぞ?今のお前は真っ白なんだからな。
今までお前がもっていた物の価値もこれから発揮される・・・・
今までお前が学んできたものも決して無駄なものではないっていうことがわかるのはこれからなんだから・・・・さ」

肩に置かれた南部の手の大きさに北野はなんとなく安心感すら覚えていた。

「そういうものなんでしょうか?南部さん・・・」

「お前なんか立派なもんだよ。よく周りを把握しようと努力している・・・・と俺は思うけどね。だいじょうぶさ、
きっとな・・・・今は自分のできることに対し自分で判断しつつ周りの状況をよく見極めることが出来るよう
がんばってみるんだな・・・・」

「・・・・・・・・」

南部の言葉は自分に自信を植え付けようとしている・・・・
北野にはそう、確信があった。

「僕は・・・・」
北野にはそれ以上言葉が出てこなかった。

今の自分は“ヤマト(ここ)”には必要ない存在なんだ・・・・
そういう思いが北野全体を占めている・・・・・様な気がしていたのだ。

「ったく・・・・ここに来る連中はどうしてもう・・・・こう素直ではないのかなっ」
呆れたような南部の言葉に顔を上げた北野の視線には、メガネの奥に困ったように光る彼の笑顔があった。

「あのね、北野君・・・・君は知らないことなんだけどさ・・・・・」
南部は北野の首に腕をまわし、その耳元でなにやらゴソゴソ・・・・と耳打ちをした。

その言葉を聞いている北野の目が・・・・・・驚きに丸くなってゆく。

「ね、だから・・・・君も自信をもって・・・・・・」

「通信班長!艦長代理と島航海長が将棋の勝負が原因で大喧嘩して格納庫掃除させられたって・・・・
本当ですか?!」

いきなり話を振られた相原は一瞬、目を白黒させ・・・・「うん」と小さく頷いた。
「古代さんはさぁ〜〜〜、最初の航海の際は本当に問題児でさ・・・・・艦長に反抗するし、
命令違反なんて日常茶飯事だし・・・・」

「そうそう〜〜〜航海長だってね〜前の機関長の徳川さんって・・・ほら太助の父上ね♪
あの人を思いっきり「バカ」呼ばわりして艦長に怒られたり・・・・喧嘩も結構したし・・・・・
あ、そうそう・・・・この前の航海なんか危うく僕のこの大切な通信機壊されそうになっちゃうし・・・・・!!」

相原は艦橋の入り口のドアが静かに開いたことに気づき、ハッとし言葉をとめた
ところが南部は北野のすぐ脇に立っていたため自分に近づいてくる人物に気づかなかった。

「つまりさ・・・・最初っからまともに出来る人物なんかいないってことさ・・・な、北野・・・そのいい例がすぐそばにいるんだから・・・
しっかりお手本にするんだなっ」

南部の方に目をやっていた北野もその人物に気づき血の気が引いた。




「ほぉ〜〜〜〜んで、それから?」

「それからさ、古代さんといや・・・・って・・・え?!」

背後の視線にようやく気づいた南部が恐る恐る肩越しに後ろを見てギョッとした。

「南部・・・・続きは?俺がどうしたって?」
「いやぁ〜〜〜〜別に〜〜〜〜〜あ、俺砲塔の新人達のワープ時の指導に行ってこよぉ〜〜っと♪」

「待て!!こら!!!って・・・・なんて逃げ足の早いヤツなんだ」

言葉だけ残しスタコラと逃げていった南部に呆れつつ・・・・古代は苦笑するしかなかった。
北野の様子を見ると・・・・コレはどうやら色んな自分の過去をばらされたのが明白である。

「ン・・・・ま、南部が何をばらしたのかは知らんけどな・・・・・最初ッからうまく行ったヤツなんか一人もいないってことだ。
ウン・・・・・・俺だって・・・・ここにいるみんなだってな・・・・・」

顔を少し赤らめて言葉を選びつつボソボソと語る古代に北野はなんとなく親近感を覚えた。

『最初っからうまく行ったヤツなんか一人もいない・・・・』
南部と古代からこぼれたこの言葉は少なからず北野の心に染み入ったのは本当だった。

「さて・・・・俺も砲術以外のほかの連中のところに行って来るか・・・・」
古代は再び第一艦橋を出ようとして・・・・何かを思い出したように振り返った。

「北野!言っておくけどな・・・・・将棋が原因で島と取っ組み合いの喧嘩したのは本当だけどな、
それが原因で格納庫掃除をしたわけじゃないからな!
それから・・・・・・あそこの通信長以上のことをやらかしたヤツ今のところはいないから安心しろ!」
「こ・・・・・古代さんっ!!!!」




過去に・・・・ホームシックのあまりヤマトから家出(艦出(?))をして宇宙遊泳で地球まで帰ろうとした過去を
もつ通信長としてはいきなりばらされた自分の過去の汚点に焦って危うくインカムを取り落としそうになってしまった。

大笑いをしつつ古代は艦橋を去って行った。

残されたのは・・・・・・・顔を青くした通信班長と・・・・なんのことやらわかってない北野のみだった。






「北野の自信喪失・・・・・なんとかなったでしょ?」
艦橋からの直通エレベーターを出たところに、先に出て行ったはずの南部が腕を組んで
古代が出てくるのを待ちわびるように立っていた。
「悪かったな、南部・・・面倒なことを頼んでさ」
「いいえ・・・・あんなくらいでしたら・・・・」

南部は小さく笑った。




北野の自信喪失・・・・・優秀であればあるほど陥りやすいジレンマ・・・・に北野も例外なく陥っていた。

「俺が何を言ってもどうにもならん・・・・」

南部が古代から相談を受けたのは・・・・実は古代が医務室を出た直後だった。
「厳しくするヤツも必要だが・・・・・受け止めてやるヤツも必要なんだよ・・・・南部・・・・」
「それを俺にやってくれっていうわけですか?古代さん・・・・・」

南部は『自分は不適格なんじゃ・・・』と断ろうとした。だが、結局受けた。

「うまく行くかどうか・・・・知りませんからね」
と一言付け加えて・・・・・。

だが、これに一番適任なのは彼しかいない・・・・と古代は踏んでいた。

南部は砲術では古代なんかよりずっとエキスパートだ。
古代は器用貧乏でなんでもそれなりにできた・・・・・から、今の地位にいた。

だが南部は逆に砲術のみにその才能がずば抜けていた。
それゆえの悩みも大きかった・・・・・

古代に対し少なからず嫉妬もあった・・・・・。
そして砲術に対し優秀だったからこそ・・・・・シム(訓練)と現実(実戦)の差の大きさに苦悩した。


それを克服した南部だからこそ今の北野を受け止めることが出来る・・・・

古代の判断は間違ってはいない・・・・。そう判断したから受けた。

「俺達もこんな風に見守られていたのかな?」
ふと漏らした古代の言葉に南部はプッと吹き出さずに入られなかった。

「でしょ?・・・・沖田艦長や徳川機関長・・・・たちはきっとみんな頭が痛かったことでしょうね」
「・・・・だろうなぁ〜・・・・北野たちのような優秀な乗員じゃなかったからなぁ〜俺達・・・反抗的だったし」
「あれ?艦長に反抗的だったのは古代さん・・・・あんただけですよ?」

南部の言葉に古代は一瞬固まった・・・・後、
「このヤロォ〜〜〜〜!!感謝はするけどな・・・・・妙な入れ知恵をするんじゃねぇよな・・・・!」

とその肩に強引に手をまわし大笑いするしかなかった。




6.


《ワープまで後5分・・・・・・各自持ち場に待機しワープ態勢を取れ・・・》

島の声が艦内隅々に響き渡る・・・・・

経験者でも緊張するワープ・・・・・
新人達にとっては未知の体験・・・・・・


新人達は緊張の面持ちでそれぞれの部署に配された自分の座席を用意していた。
機関部でも太助たちが普段使わない座席をセットし、自分の身体にあわせシートをセットしていた。


「・・・・ワープか・・・・教官たちに話は聞いていたけどな・・・・」
仲間の一人が不安げに呟く。

「でもさ・・・実際にワープの体験なんかしてなかったんだろ?あの教官は・・・・」

ワープエンジン搭載タイプの戦艦は過去にもいくつか造艦されてきた・・・・
が、そのほとんどがその機能を目いっぱい使うこともなく破壊撃沈されていた・・・・・

現状実際にワープの経験を持つ人間は今、このヤマトに乗艦している旧ヤマト乗務員くらいであった・・・・。
訓練学校の教官クラスなど・・・ワープの体験を持つものはいなかった。


「外周艦隊にでも配属されてなくちゃ・・・・ワープの体験なんかできないしなぁ・・・
実際にワープでまともに旅をして帰って来てるのはこの“ヤマト”だけだし・・・・」

訓練生時代・・・・『ワープ中の人体に対する影響は想像を絶するものがあるというぞ・・・・
お前らに耐えることが出来るか?』と胸を張ってのたまわった教官をこの場に連れてきたいな・・・・
と太助はほくそえんだ。

自分達に何かと威張っていた教官という名の連中が体験し得なかったものを・・・・自分達が今から体験するのだ。

ふと見ると・・・・・肘掛に添えられた自分の手の指に力が入り・・・・無意識に全身が震えてくるのがわかる。




これは・・・・・・不安・・・・恐怖?
否!・・・・・・これはきっと武者震いだ!



太助はそう信じたかった。
父から聞かされてきたワープ・・・・・


その未知の体験を太助は聞かされている・・・・・。
言葉に出来ない苦痛と不快感が伴うということも・・・・・。

それでもその不安より、ワープを体験できるという期待の方が今の太助を支配していることは間違いなかった。


「な・・・・なぁ・・・・・徳川・・・・・」

右隣に配された友人が不安げに太助に声をかける。

「なんだよ」
「・・・・ワープって・・・・異次元に行っちまうんだろう?」
「・・・・ま、原理的にはそうだよな・・・・
おい、知ってっか?ワープってな・・・一瞬気を失っちまうらしいんだぞ?」
「ほ・・・・ほんとかよ・・・・・」

太助の言葉に不安を煽られた友人の顔色がサッと蒼くなる。

「じ・・・・じゃぁ・・・・・そのまま元に戻んなかったらどうなっちまうんだ?」
「そりゃ・・・・・お前の泣き言をこれ以上聞く必要なくなるから・・・・俺は助かるよな♪」

「チェッ!!なんだよ・・・それは・・・・」

唇を尖らすそいつに周りの連中も太助につられ、機関室は爆笑に包まれた。


《ワープ一分前・・・・・各自ベルト着用・・・・・・新人の諸君にとっては初めてのワープ体験だ。
それぞれ事故が起こらないよう充分気を引き締めて臨んでくれ・・・・・!》

古代の声に今まで大笑いしていた面々の顔に緊張が走る。

「さぁ・・・・いよいよだ!」

太助たちはイスに座りなおし、改めてシートベルトをチェックし・・・・・その瞬間に備えた。




《ワープ!!!》



スピーカーから響く島の声と同時に空間の歪みが始まった。




ゆっくりじわじわと胃に手を突っ込まれるような錯覚に襲われる。





イスの肘掛にしがみつこうにも・・・・・イスの実感がない・・・・掴む事が出来ない。



腰掛けている感覚は残っているものの・・・・何故か上下感覚すらわからなくなってくる。



すぐそばにいるはずの同僚の姿が何故かない。・・・・見えないのではない。ないのだ。
あるのはゆがみ揺らめく空間のみ・・・・




激痛というよりは・・・・・激しい鈍痛と異常なほどの不快感が延々と続く・・・そんな感覚・・・・。




いつ終るともわからない感覚に太助は歯を食いしばり、耐えるしかなかった。



永遠と思える時間にもやがて“終焉”と言うものがある・・・・・・・・・。








どれほどの時間が過ぎたのか・・・・・・気づくと徐々に異空間が実空間に・・・・そして違和感覚も戻りつつあった。


《ワープ終了・・・・・・現在地太陽系外周より2.35光年の地点・・・・・・》

しっかりと周りの全てが実体化したとき・・・・・スピーカーから島のワープ終了を告げる声が艦内に響き渡り、
その声に太助たちの全身から力が抜け、シートベルトを外すことも忘れホッとした




「終った・・・・・・・・」




誰ともなく声が漏れた・・・・・・一体何十分異空間に存在していたのだろう・・・・・?
太助は自分の左腕の時計に目をやり、愕然とした。

「・・・・・・・・1分ちょっとしか経ってない・・・・・・・・」



ワープのショックで立ち上がることも出来ない太助たちを尻目に・・・・
ワープ経験者の乗務員達はさっさと自分達の持ち場・・・・・エンジンのチェックを始めた。

「ま、初めてだからしょうがないけどさ・・・・・俺達もそうだったし・・・・・さっさと慣れてくれよ」

という、先輩乗務員の言葉に力なく「へぇ〜〜〜〜〜〜い」と答えつつ、
自分達もあんな風に慣れることが出来るのか・・・・不安に駆られる太助たちに

「これから一日最低2回は長距離ワープを繰り返すらしいから・・・・・
安心しろ、イスカンダルに着くまでにはワープ酔いにも慣れるだろうからさ」



と、楽しげに話す先輩達の姿を、返事をする気力も失いげんなりとした力ない表情で眺めている太助たち新人達の姿があった。



ACT5完









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