Departure to a new time!Act3
1
「準備の具合・・・どうですか?山崎さん」
TOKYOベイの宇宙戦艦専有ドッグ内のメンテナンス要員用休憩室で、インスタントのコーヒーに口をつけようとしていた男は背後からいきなり声をかけられ驚き振り返った。
そこには彼とは2回りほども若そうな見慣れた青年が二人・・・
笑いながら手を上げて立っていた。
「古代艦長代理、島航海長!・・・・お久しぶりですね」
「山崎さん、ご無沙汰しちゃって・・・・ヤマトをすっかり押し付けてしまった形で申し訳ありません」
「いえいえ・・・・むしろこっちは感謝するほうで・・・・
ヤマトを全面的に任せていただいて感謝しているくらいですよ。」
軽く会釈する古代に山崎は照れたように笑った。
「それで・・・・・・ヤマトの調子はどうですか?」
「波動エンジンフルチャージ状態で150%の性能UPを想定して改造の方を進めています。
そうするとワープ時の飛距離を現在の2倍近くに伸ばせる計算になるんです。
それにより波動砲の威力も大幅アップする予定です。
そうすると波動砲口の装甲の補強の方もかなり重点置かねばならなくなりますけど・・・・
その辺りの改修も真田さんのおかげでほぼ終っていますから・・・問題はないでしょうし・・・
あぁ・・・真田さんは新規格のレーダーも装備するんだと張り切ってみえましたし・・・・・
消耗品類などの積み込みさえ終ればすぐに発進してもなんら問題はない・・・と言った状態ですよ」
『それが気になるんでしょ?』とでもいいたそうに、山崎は二人に対し軽く笑った。
「真田さんの新規格って・・・それは真田さん『の』規格だろう?こりゃ期待できるなぁ〜・・・・
なんていったって防衛軍規格のものとレベルが段違いだからなぁ〜」
「・・・・たまに恐いこともあるけどな・・・・」
山崎の言葉に古代も島も思わず複雑な笑いを頬に浮かべた。
真田の天才的ひらめきによる様々な発明品、開発品によりヤマトは何度も窮地を脱していた。
それも事実は事実なのだが・・・・
時々とんでもない代物も作り出してしまうことも事実でもあったのだ。
(性能的には飛びぬけて素晴らしいものではあっても・・・膨大な消費エネルギーのため一度きりでお蔵入りになった『開発品』がどれほどあったか・・・・)
「そんなことを言われると真田さんが気を悪くされますよ。
今度のは試験に試験を重ねて問題は一切ないからヤマトに設置されたものなんですから・・・・」
「真田さんがそこまで力を入れられたものなら心配なんかしてませんよ」
「あぁ!な!!山崎さん・・・今のことは真田さんには・・・・」
「はい、内緒にしておきましょう」
「よろしくお願いします!!」
焦ったように頭を下げる二人に山崎は笑いを堪えるように答えた。
こんな年相応の二人の様子を見る機会は・・・これまで彼にはない体験であった。
彼が知るこの二人は・・・年こそは自分よりずっと年下ではあるが・・・・年長の機関長の徳川と対等に会話をするまさにエリートクラス・・・・・だが・・・・
『たまに食堂でみんなと楽しげに話をする二人の姿を見ても遠巻きに
見ている機会くらいしかなかったから・・・・でも彼らもまだまだ若いんだよな』
“若いからこそしっかり見ていてどっしりと後ろでわしらが構えていてやらんとな・・・”
逝ったかつての上司が何気なくこぼした言葉が今更ながらに胸に沁みた。
『今度は・・・・私が彼らを見守ってやる番なんですな・・・・機関長・・・・・』
山崎は師に心の中でそっと囁いた。
2.
「さっき本部の方から連絡が来ましたよ。あさっての午前6時に発進決定したそうですね」
「急なことになって・・・慌しくってもうしわけありません」
「新規格レーダーの方は・・・・真田技師長から説明があると思いますから私からは説明はしませんが・・・・
今からヤマト艦内に・・・入られますか?」
休憩室の窓外から目線が離れない二人に山崎は声をかけた。
「いや・・・・今俺たちが入ったらかえって作業員達に迷惑でしょう?遠慮させていただきますよ」
「そうだな・・・・俺たちはあとでじっくりとヤマトの感触を楽しませてもらうこととしよう・・・・」
そういいつつ・・・・・クレーンに囲まれたヤマトの巨体から目を離すことが出来ないふたりだった。
ヤマトが地球に帰って来て下艦して以来だから・・・
ヤマトの外観をじっくりと眺めるのは本当に久しぶりだった
(島にいたっては地球に帰って来たとき意識がなかったので・・・本当に久しぶりの感覚であった)
「にしても・・・こんな短時間でヤマトの全面改造が滞りなく進むなんて・・・・奇跡的なことだよな・・・」
「・・・・本当に山崎さんがいてくれたこその話だよ・・・・本当に感謝の言葉しかありませんよ、山崎さん。」
と、いいながらこちらを向き直り、改めて頭をたれる若い二人に山崎は思わず苦笑した。
「私はこのヤマトの機関長に抜擢していただいた上に、ヤマトのエンジン部の全面改修工事に
携わらせてもらったんですから・・・・本当に感謝するのはこちらの方ですよ」
「それにしても・・・徳川さんの片腕だった山崎さんが無事だったことは・・・
本当にヤマトにとって大幸運なことだったですよ・・・・
なんて言ったって山崎さんは徳川機関長の片腕だったんですから・・・・
今現在ヤマトの波動エンジンのことを一番わかってもらってる方なんですからね・・・・」
休憩室の片隅に設置されているコーヒーの自販機からカップのコーヒーを取って、
一つを古代に手渡しながら島は笑った。
「でも・・・・本当に・・・・山崎さんが無事でなかったらこんなに早くヤマトの波動エンジンを全面改修するなんて荒業・・・絶対に考え付きもしなかったですよ」
「私なんか・・・・そんなにお役に立っているかどうか・・・・」
苦笑しながら謙遜する山崎の姿に、古代も島も懐かしい徳川の姿を思い出さずに入られなかった。
「おやっさんが生きてみえたら・・・・と思うとちょっと苦しいものもありますけどね・・・」
「山崎さん・・・・・」
無理もない・・・・
ヤマトに乗り組む前から山崎は機関士として徳川の片腕として辛苦をともにし・・・・そのままヤマトにも乗艦したと聞いている・・・・
徳川のヤマトのエンジンに対する愛情の注ぎ方をそのまま・・・伝授されているのが山崎だった。
「おやっさん・・・・最後までエンジンを守って逝ってしまいましたから・・・・ね・・・・
私は・・・私なりに出来うる限りヤマトに手をかけてやりたいんですよ・・・・。
私なりにね・・・波動エンジンに対する思いはおやっさんにも負けてはいないつもりですよ・・・・・・
んナことを言ってしまうとおやっさんにきっとどやされるでしょうけどね」
「それだけじゃないでしょう?山崎さん」
休憩室の窓外・・・ドッグで巨体を休ませているヤマトを愛し気に眺めている山崎に対し・・・
島は少しいたずらめいた瞳で笑いかけた。
「手をかけてやりたいもの・・・・もう一つもうじきここに来るかもしれないんですよね」
「もうじき・・・・・・あぁ・・・・・例の・・・・!」
その言葉の意味を古代もすぐに気がついた。
「楽しみですよね!山崎さんも・・・・」
「ハッハッハ・・・そうですね・・・ただ、私がおやっさんの代わりにアレをどこまで導いてやれるのかどうか・・
正直自信がないのも確かなんですけどね」
「山崎さんならだいじょうぶですよ!僕らが保障しますって」
古代・島二人の目線に山崎は少し照れたように笑いながらも・・・・目線を外しコーヒーの表面を見つめた。
「徳川さんの影・・・大きいですか?」
古代の言葉に山崎ははっとしたように顔を上げた。
「徳川さん・・・・立派な方でしたからね・・・・」
「・・・・尊敬していましたからね・・・・あの人以上の機関士・・・・私は知りませんよ・・・」
「徳川さん・・・沖田艦長・・・・
どうしてあの人たちはこうも残された者たちに影響を与え続けているんでしょうね?」
「おじさんパワー炸裂?ってことですか?」
少しふざけたような古代と島のセリフに山崎は思わず吹き出した
「いいんですか?そんなことを言って・・・・」
「いいんですよ、今から謝っておきますから」
古代が冷めかけたコーヒーを一気に流し込みカラのカップをつぶし、思いっきり投げた。
宙に見事な弧を描いてカップはゴミ箱内に吸い込まれた。
「今から『英雄の丘』でみんな集まる予定なんです・・・・で、山崎さんも誘いに来たんです。
でも忙しそうですね?」
「あぁ!・・・そうですね・・・・・わざわざすみません。でも私はヤマトについていてやりたいので・・・・」
「そうですか・・・わかりました」
「私の分もおやっさんや・・・沖田艦長に挨拶しておいて下さい・・・・
私はその分ここでヤマトといっしょにみんなの話ししてますよ」
「じゃ、ヤマトをよろしくお願いします。」
「任せてください、明日までに完全に整備しておきますよ。期待していてください」
山崎の言葉に安心したように手を軽く振りながら去ってゆく二人に、同じく軽く手を振り替えして・・・・
山崎は踵を返した。その視線の先には・・・・装甲を鈍く煌かせた巨体・・・・
『訓練生どもにヤマトのすごさを見せ付けてやるためにも・・・・
ヤマトの改修を完璧なものにしておかないとな・・・
生意気なヒヨッコどもにお前の姿を焼き付けてやらないとな・・・』
心の中でそう話しかけると山崎はヤマトの艦内へと戻っていった。
3・
「よぉ!北野!」
宇宙戦士訓練学校の寮の通路をただ歩いていた訓練生・・・・
北野 哲は自分より小柄ですこし恰幅のいい・・・同級生に呼び止められた。
「どうしたんだ?教官室に行くんじゃないのか?」
「徳川・・・君たちも呼ばれたのか?」
「俺たちだけじゃなくってどうやら特別クラスの連中全員らしいぜ・・・・
寮の寮監の教官室に呼び出しを食らったの・・・・」
「なんだろう・・・今頃・・・カリキュラムはとりあえず全規定終了したんだったよな・・・・」
「あぁ・・・ところでさ・・・聞いたか?なんでも緊急発進することになったらしいぞ・・・ヤマト」
「聞いたよ・・・・だからなんだろう?訓練生が呼び出されたのって・・・・」
「らしいよ・・・・どうやら危険が伴うから・・・・乗務の希望を取るらしいね」
二人は並んで歩き始めた。
寮は棟続きの建物が並ぶ構造になっていた・・・・
棟同士は中庭を突っ切るように渡り廊下で繋がっている・・・・
僅かではあるが庭木も植えられており、微かながらの自然を感じることもできるよう構成されていた。
そんな渡り廊下を二人は並んで通り抜けてゆく・・・・・。
まだ夏の空気を含みつつ秋の気配は確実に周囲に染まりつつあった。
「せっかく・・・出した配属希望が受理されるかもしれないって処なのにさ・・・・
何かことが起きてそれがパァになっちまったら泣くに泣けないよなぁ〜・・・・」
「配属希望って?」
「・・・・・・・・・宇宙戦艦ヤマト機関部配属希望・・・・・・」
徳川は丸めの小さな目を輝かせるように前を見つめた。
「俺の・・・・子どものときからの夢だったんだ・・・・。
いつかヤマトのような艦に乗艦して親父のような機関部員としてやっていきたいってさ・・・・・・」
「・・・そういえば・・・君のお父さんは・・・」
「・・・・ヤマトの機関長だったよ・・・・この前の戦いのとき死んじまったけどな・・・」
徳川は、ンッと腕を伸ばし天井に目をやる。
「やっと俺が何とかここまでたどり着いて・・・・親父の足元がもう少しで見えた!って思ったとき・・・
親父のヤツ・・・あの世に行っちまってたんだよ・・・・」
「そうだったんだ・・・・」
「そんなしけた面するなって!親父だってあのヤマトのエンジンルームで波動エンジンに最後まで
組み付いてあの世に行って満足してるのは間違いないんだからさ・・・」
少し伏せ目がちになった北野の背中を徳川は思いっきり叩いた。
その拍子に思わず体が前のめりになり、軽い咳が喉からこぼれた。
「と・・・徳川!!」
「・・・・へっへ!!俺はサッサと乗艦希望書出しちまったよ!!
俺は何があってもヤマトに乗る。何がなんでもな!だって・・・・・俺の今までの目標だったんだからな・・
・お前は・・・・辞退するのかい?」
「お・・・俺も乗務・・・・希望つもりだぞ・・・・いまから・・・・書類を出そうと思っていたところだ」
北野は焦ったようにどもりながら・・・手にした書類を徳川の前にちらつかせた。
そんな彼の手の中の書類を、徳川は意外そうに眺めた。
「な・・・なんだよ・・・・」
「い・・・いや・・・別に・・・意外だなぁ〜って思ってさ」
背が低い徳川は長身の北野を下から見上げた形になる。
「だって・・・お前って・・・幹部候補生で中央入リ希望だろう?だから何も危険が伴いそうなものには手を出さない
かと思ってたから・・・・」
「・・・・・今でも中央入リ希望だよ・・・僕は・・・」
少しおどけたような徳川の態度に北野は失笑してしまった。
「ただ・・・中央に入るにはある程度スキルが上がっていた方が有利だと思うからね・・・・。
たとえ訓練に伴う航海だからといって・・・・ヤマトに一度でも乗艦したという事実は確実に僕の今後の
スキルアップには充分役にはたつだろう?」
「そういうことなんだ・・・・・」
「軽蔑するかい?」
目を一瞬そらした徳川に北野は笑いかけた。
「人それぞれだから・・・・俺は・・・・気にしない・・・・俺は・・・・俺なんだし・・・
北野は北野ってことなんだからなぁ・・・・」
『北野らしい・・・・っていやぁ〜北野らしいんだけどさ・・・・』
徳川は隣を並んで歩く優等生面した同級生の横面を盗み見た。
ともすれば女とも見まごうばかりの細面の顔立ち・・・・
どっちかというと屈強な体格の訓練生が多いこの学内で北野はかなり場外れな存在であった。
おまけに・・・北野は全学部通してのTOPでもあった(目立つなという方が無理な話である)
実のところ・・・所属学部が違うこともあり、徳川が北野と親しく話す機会は今まで皆無だった。
が、噂だけは学部の枠を飛び越え轟いていた。
まともに話しかけるようになったのは・・・・この特別訓練生に互いに抜擢されてからのことだった。
根っからの技術者な性格の徳川に対し・・・北野は典型的な官僚的な性格といってもよかった。
(机上の論理を重視するような・・・・・とでも言ったらいいのか?)
教官すらいい負かす、冷静沈着な独特な論理展開を持つ北野は・・・・
学内でもかなり浮いた存在でもあったのだ。
「特別訓練生に抜擢されたってことは・・・僕の今後にとっても有利なことは間違いがないから・・・」
そう豪語する北野におもしろく思わないものはなかった。
『悪いやつではないとは思うんだけど・・・・・・論理重視なやつだからな・・・・こいつって・・・』
徳川は過去に耳に入ってきた彼の噂を思いつつ・・・・小さなため息をついた。
「徳川?」
「いや・・・なんでもない・・・・あ、そうだ!それ提出したらいっしょに外出しないか?
ヤマト乗艦が決定したら外にも思うように出歩けなくなるからさ・・・、準備とか忙しくなると思うし・・・・
俺、ちょっと寄るとこがあるけど・・・その後は時間があるから・・・・・」
「ごめんな・・・僕はこの後チェックしたいことがあるから・・・・ヤマトに本当に乗艦することになるのなら・・・
とりあえず手法の操縦もある程度マスターしておかないとね・・・・ま、マニュアルがあるから・・・どうにかなると
は思うけど・・・所詮人の手で出来ることなんて・・・しれているとは思うけどね・・・」
『おいおい・・・・北野・・・親父から聞いてるけど・・・ヤマトはそんな甘いもんじゃないらしいぞ・・・・
それに・・・さっき聞いたんだけど・・・・今回の訓練航海・・・・ただの“訓練”じゃないっていうし・・・・・
いいのか・・・・・・?ンなこといって・・・・』
北野の言葉にポカァ〜ンと口を開けたまま応えることも出来なかった徳川を残し、北野はゆっくり廊下を去って行った。
4・
ヤマトの出航が正式に決まった・・・・・
英雄の丘のふもとに設置された駐車場に一台の赤いマニュアルカーが滑り込んできた。
駐車場の脇で人待ち顔で立っていた男がその車を見つけ近づいていった。
「やぁ!やっと来ましたね・・・・相原たち、待ちくたびれちゃって上の売店に先に買い物に行っちゃいましたよ」
「悪い悪い!南部・・・・途中でユキを拾いに廻っていたら道が混んできてしまったんだ」
「ヤマト乗組員たるもの・・・いかなるときにも時間厳守!!って常日頃訓示たれてるのは・・・誰でしたっけね?」
「だから・・・悪かったって!!」
「え〜?誰も古代さんがどうとかっていってやしませんよ?」
南部は少しにやけたように笑いながら、必死で謝るような素振りの
古代をからかって内心楽しんでいた。
「ごめんなさい、南部君・・・・防衛軍本部周辺がこの時間いつも
混んじゃうものなん・・・・・・」
南部の突っ込みにやられ気味の古代の助け舟を出そうとしたユキの肩を
ポンと叩き、島がニヤニヤと笑いながら小さく首を左右に振った。
「だいじょうぶだよ・・・ユキ・・・二人ともおもしろがってるだけなんだからさ」
「でも・・・・」
南部も古代も・・・このやり取りを半分楽しんでいることはユキも重々承知してはいた。
(南部の場合、半分どころか・・・100%楽しんでいたのではあるが★)
そうであってもやはり、あまりからかわれている古代をみているのはユキにとっては
忍びないことではあったのだ。
「南部!ユキが古代を心配でたまらないんだと、そのくらいでやめておいてやれよ」
「ユキさんが気にすることなど何もありませんよ」
と、いいながら南部はユキの耳元にそっと近づき・・・・
「だいじょうぶですよ、ユキさん♪古代さんとの付き合いは心得ていますからね」
と耳打ちをした。
そしてさりげなくユキの手を取ると・・・・
極めて自然にユキに対し敬意を表するかのような仕草を取った。
思わず手を取られたユキは頬を染め・・・・そのユキの旦那の顔色は蒼白になった。
「ユキさんを待つことなんか少しも気になりませんから・・・・気にしないで下さいね、
ユキさんを待つ時間はまさに至福の時といっても過言ではありませんから・・・・・・・」
南部の言葉に(古代をからかうためのセリフだとわかってはいても)ユキは思わずニッコリ微笑んでしまった。
そのユキの微笑みに古代はますます不機嫌になってゆく。
「お前は・・・・アナライザーか?南部」
憮然とした古代に対し・・・・南部は全然動じることを知らない。
「やだなぁ〜〜古代さん、いいじゃないですか〜僕はユキさんを尊敬してるんですよぉ〜〜♪
なんていったって・・・・・こぉんなやきもち焼きで厄介な旦那さんをうまく操縦されているんですからね♪
こんな女性、他に知りませんよ」
南部は楽しげに古代の鼻先に指を突きつけた。
「・・・・・・・・・・・・(怒)」
言葉にすることもできないほど怒り心頭な古代を前にしても南部の毒舌は留まるところを知らない。
「それに・・・・・・ほら、ユキさんだってまんざらじゃないんでしょ?」
南部の言葉にはっとしたように古代が隣の愛妻のほうに目をやると・・・・ユキは少し焦ったように・・・・
だがわざとらしく古代の視線から目をそらした。
その瞳にはいたずらめいた光を宿しながら・・・・・
「ユゥ〜〜〜キィ〜〜〜〜〜」
「え?何?何??進さん??私、何か言ったかしら?ね?島くん」
「いや?ユキ・・・・ユキは何も言ってやしないさ・・・・・なぁ〜〜コ・ダ・イ♪」
いきなりユキにふられた島ではあったが・・・そんなことは想定範囲内のことだったのだろう。
慌てふためくこともなく即答で切り替えしてみせる。
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」
この場は古代以外全員・・・・・古代“で”楽しんでいた。
こうなると、古代のほうに分が悪い・・・・・
古代はいきなりユキの腕を掴むと、そのまま引っ張るように丘へと続く階段に向かって早足で歩き始めた。
「ったく・・・アナライザーより女性の扱いがうまくないってのもかなり問題がありますよぉ〜古代さぁ〜〜ん♪」
ズンズンズン・・・・・ユキを引きずるように歩く、古代の背中に向かって畳み掛けるように、南部が駄目押しをかけた。
「う〜〜〜〜〜〜!!うるさい!!!ユキ!あいつらなんか放っておくんだ!」
遥か彼方で古代の叫び声が轟いた。
古代に腕を取られたまま、ユキはちょっと後ろを振り向き、舌をチロッと覗かせた。
まるで・・・・『ちょっとからかいすぎちゃったかしら?』とでも言ってるかのようだった。
「あぁあ・・・・・ちょっとからかいすぎちゃいましたね、島さん」
「・・・・・・・お前がな★」
一瞬互いの顔をマジマジと見合い・・・・・次の瞬間“プッ”と吹き出さずにいられなかった。
5・
「相原たちはどこで待ってるんだ?南部」
すぐに追いついてきた気配を背中で感じ取ったのだろう。
古代は振り向くこともなく尋ねてきた。
「そこの踊り場にある売店で先に花輪を買って待ってるって言ってましたよ」
そんな古代の態度を当たり前のように受け取り、南部は応えた。
「花ぁ〜?!なんかあの連中のイメージとはかなりかけ離れてるよな」
「かけ離れていようと・・・・やはりこの場合は花でしょう?古代さん」
いつの間にか・・・・ユキの歩調に合わせながら歩きつつ、振り返り素っ頓狂な声をあげた古代に対し、
南部が意義を唱えた。
「常識的には花だけど・・・・上にいる連中の中で花のイメージにあうのって・・・・いるか?」
「・・・・・・・いませんね」
今、丘の上で彼らを待っていてくれるであろう・・・・・
メンバーは賑やかで、男気があって、そして強かった。
古代たちといっしょに笑い、語り合い、そして派手に喧嘩もし・・・・そして逝ってしまった。
「あいつらに似合うものといえば・・・・・やっぱりアレしかないよな・・・・」
「アレですよね・・・・」
「アレねぇ・・・・・アレといえばアレだよな・・・・」
ヤマトの仲間達が集まっている場所に必ず出てくるお約束のもの・・・・・・
「アレの手配はぬかりない人がいるし・・・・心配はないでしょう?」
もちろんユキにもそのブツはわかっている。
「そっちの手配は佐渡先生がいれば・・・・・持ってこないわけがないしな♪」
「・・・・・佐渡先生が酒を手放すはずないし・・・・・」
「違いないや!!」
互いに顔を見合わせ大笑いしたメンバーだった。
が、次の瞬間・・・・・ユキ一人急に真面目な顔になった。
「でもね・・・・私としては先生にはお酒をもう少し控えてほしいんだけど・・・・・
あれこそ本当に“医者の不養生”としか思えないんだけど・・・・・・」
「だけどなぁ〜・・・・・ユキ、佐渡先生から酒を取っちまったら・・・・いったいどうなってしまうか・・・・
想像できるかい?」
古代の言葉にユキに全員の目が集中した。
“佐渡先生から酒を取ったら・・・・・?”
ユキの脳裏にはしょぼくれたような佐渡の寂しそうな背中が容易に浮かんだ。
「想像できるけど・・・・想像したくはないかも・・・・・」
ユキの答えに誰も言葉で答えることはなく・・・・・・ただ辺りに賑やかな笑い声のみが響いた。
「すごく賑やかだなって思ったら・・・やっぱり古代さんたちだ!」
前方数段上がったところからひょっこり顔を見せた相原は、古代たちに気づき大きく手を振った。
「もうみんな待ちくたびれていますよぉ〜」
「すまない!!相原」
残りの階段を一気に駆け上った古代たちを懐かしい顔が出迎えてくれた。
「やぁ〜!お前らがあんまり遅かったからもう少しでこいつを飲んじまうところだったぞ!!」
「ワタシガオサエテナカッタラ、ホントウニノンデシマウトコロデシタヨ」
「佐渡先生!!アナライザー!!」
相変わらず飄々とした佐渡とともに・・・・
真っ赤なボディーのずんぐりむっくりなロボットがカタカタ音を響かせながら近づいてきた。
「ユキサァ〜〜〜〜〜ン、オヒサシブリデス」
「アナライザー、元気だった?」
アナライザーは古代たちになんぞ目もくれず、一目散でユキのそばに寄ってきた。
次の瞬間・・・・・・・ユキの絹を引き裂くような悲鳴があたりに轟いた。
アナライザーの伸縮自在な腕がユキのスカートを器用に捲り上げたのだ。
ご丁寧にも今日ユキが着用していたのは女性らしいフォルムが人気の流行の
フレアワンピースだった。
スカートは風に煽られでもしたかのように大きく舞い、一瞬ユキの白いものが外気にあらわになった。
古代は固まってしまい・・・他の男達はやんや喝采で・・・
そして当のユキは慌てたようにスカートの裾を両手で押さえた。
「ア・・・・アナライザー〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」
顔を真っ赤にさせたままユキはキッとアナライザーを睨みつけた。
そんなこと気にもしないアナライザーのほうはまるで
「やったやった♪」とでも言いたげにランプをカラフルに点滅させている。
「もぉ〜許さないんだから・・・・待ちなさい!!アナライザー」
「マテマセン!!」
辺りに笑い声が響き・・・・・ユキはアナライザーを追廻し・・・・アナライザーは楽しげに逃げ回る。
笑うに笑えない古代のみそこに立ちつくしていた。
「あいつのあの癖はどうにもならんからなぁ〜」
「先生っ!!真田さん!!あいつの癖、どうにかならないんですか?!」
「俺があいつを制作した訳ではないからなぁ〜・・・下手にいじくれないさ」
「そんなぁ〜!!」
情けない声をあげる古代に再び笑い声が響き渡った。
6・
ヤマトに乗艦する前のみならず・・・・何か事があるごとに古代たちはその《場所》に集っていた。
そこは古代たちの心の拠り所であり・・・・
彼らが心から慕い続けるものがみなを“見守り続けてくれている場所”でもあった・・・・・。
この地の変貌の姿を彼ならなんと言ったであろうか・・・・・。
古代の心の中にわだかまる心の苦悩を光り溢れる街の灯はあざ笑うかのように煌き放ち始めていた。。
夕闇が建造物に長い影を落とし始めていた・・・・空は急速に茜色を夕闇色に染めてゆく・・・・
初秋とはいえ・・・日中のほてりが舗装されつくしている街中の空気をよどませていた。
だが・・・・・
街から高台に上がったところにある、この場所には涼しげな清涼感のある風が吹きぬけていた。
中央に巨大な銅像が建ち・・・その回りを囲み守るかのようにいくつかのレリーフが佇んでいた。
そのレリーフの一つの前にうずくまるように祈っている人影に古代たちは気づいた。
静かにそっと・・・・その祈りを妨げないように気をつけつつ・・・・そっとその場を去ろうとした。
しかし、その人影は一瞬の差で背後の古代たちの気配に気づき、サッと立ち上がった。
次の瞬間・・・・・サッと敬礼を構える。
「君は・・・確か・・・・・」
見覚えのある面影のある顔立ちと制服に島が声をかけた。
「はい!!と・・・・徳川彦左衛門の次男・・・・た・・・太助です!!」
「徳川さんの・・・・?!あぁ・・・確かにお父さんによく似てるな・・・・」
徳川の顔にかつての機関長の面影を見出し、真田が懐かしげに呟いた。
「み・・・・みなさんのことは父からよく伺っていました。こうしてお目にかかれて本当に光栄です」
直立不動の・・・顔には緊張を浮かべ徳川は真顔のまま答えた。
年齢的には2歳か・・・せいぜい3歳しか違わないであろう古代たちではあるが・・・・
あまりにその2,3歳のの差はあまりに大きかった。
片や・・・・・・学校をようやく卒業するかしないかのガキ・・・
片や・・・・・・地球を守り抜いた英雄・・・・
徳川はその差をその身に感じ身震いがする想いだった。
徳川の家に父・・・彦左衛門の悲報を古代たちが伝えに来た際・・・徳川は在宅してはいなかった。
その時にはすでに訓練学校の訓練生として学校の寮に入っていたから・・・・
たとえ父から年が比較的近い古代たちの話題を聞いていたとしても直接こうして逢うのとはわけが違っていた。
それほど古代たちは・・・・徳川にとって大きすぎる存在であったのだ。
「君のお父さんには僕達はとてもお世話になったんだよ。いや・・・・本当に懐かしいな・・・・」
古代たちのほうは年も比較的近い徳川に親近感も持ったのだろう。親しげに話しかけてくる。
「確か・・・・特務メンバーに抜擢されていたんだよね?さすがは徳川さんの息子さんのことだけはあるよ」
「は・・・はい!!この度、特務メンバーにも選ばれ、ヤマトに乗務できることになりました」
だが、徳川の方はそのことで余計緊張が増し、頭の中が真っ白になっていく。
はっきり言って何を話しているのかもよくわかってはいないようだった。
「そうか・・・・じゃ、今度の航海乗務に志望したんだ・・・・徳川さんも喜ぶだろうな・・・・・」
「いろいろ大変でしょうけど・・・がんばってね♪」
留めに、優しくユキが微笑みかけられたものだから徳川の緊張は一気に頂点へと達してしまった。
「は・・・・はい★で・・・ではヒつれいします!!!」
声はひっくり返り、去ってゆくその両手は足も同時に出てしまっている状態・・・・
そのギクシャクした後姿を見送りながら・・・・・思わず失笑してしまったメンバー達であった。
7・
「古代・・・・・・」
真田に即され、古代は手にした花輪を整然と並ぶレリーフの前にソッと添えた。
島を始め他のメンバー達は古代の動きを目で追いながら、横列に並ぶ。
静かに・・・・・遥か下方の・・・・・・煌き始めた都市群を見下ろすように沖田の巨大な銅像が建ち・・・・・
そしてその足元・・・・・それに追従するかのようにかつての戦士達のレリーフが並ぶ・・・・・。
その一つ一つの顔に・・・・・・・様々な思い出が重なる・・・・・・・
いつも互いに馬鹿なことをいいつつ・・・・しかし互いを信頼しあい・・・・
ヤマトを守り古代に後を託し散って逝った加藤,山本を始めとするコスモタイガー隊の面々・・・・・・
いつも若年者の古代たちを見守り・・・・
時には叱咤激励しつつ厳しい旅の中でも父親のような大きな愛情で支え続けてくれた徳川機関長・・・・・
途中・・・11番惑星の悲劇を背負いつつ・・・
ヤマトに乗り込むことになり互いに最初の頃こそ意思疎通不足から派手にやりあいもしたが・・・・・
空間騎兵隊員たち・・・・そして結果その身を張って白色彗星帝国エンジン部攻略を担ってくれた斉藤・・・・
「英雄の丘に眠る96名の戦士の皆さん・・・・明後日、再びヤマトが発進することになりました。
今度こそ地球が宇宙の平和を担う戦いを背負うべく我々は旅立ちます。
徳川機関長・・・・加藤・・・山本・・・斉藤・・・・不幸にして戦いに散っていた仲間達よ・・・・
我々はあなた達を決して忘れないとともに、その魂が再びヤマトとともに旅立ち我々を見守ってくれるであろう
ことを願ってやみません。」
古代の綴る言葉に他のメンバー達も頭をたれ静かに聞き入る・・・・
その脳裏にはそれぞれ・・・・かの戦いの想いが過ぎってゆく・・・・
自分の片腕にとも思った部下のちょっと頼り無げながらにこやかな笑顔が過ぎる・・・・
擦れ違いざまに互いの無事を喜び、地球の未来を語り合った仲間達の姿が過ぎる・・・
最後まで地球とヤマトのことだけを思い、散っていった仲間達の最後の姿が過ぎる・・・・・
そして・・・・・・悲壮なまでに美しかったかの女性の面影が星の天空に浮かび島に語りかける・・・・
『島さん・・・・私はあなたの中で生き続けるのです・・・・哀しまないで下さい。
私は今やっと・・・・幸せを自分で見出したのですから・・・・・・あなたとともに生きると言う幸福を・・・・・・』
「我々はあなた方の犠牲の上に成り立ったこの平和な時間を決して失わないためにも、
再びヤマトとともに旅立ちます・・・・・・宇宙戦艦ヤマトの戦士達の英霊へ・・・・・黙祷っ!」
一同静かに黙祷する・・・・・
それぞれの想いに胸を痛めつつ・・・・・・それでも新たなる決意を胸に抱き・・・・・・前進してゆくために・・・。
「黙祷終わり!!敬礼!!」
静かに夕闇迫る丘に古代の声のみが轟いた。
8.
「古代・・・・お前達ヤマトの乗員名簿に別姓で登録されていたな?」
祈りの時間が終わり・・・佐渡が持参した酒を紙コップで傾けながら真田が尋ねた。
その問いに全員の顔が古代・・・そしてユキに集中する。
「ま・・・・確かに・・・・“古代艦長代理”に“古代生活班長”ではややこしいものがあるがな・・・・」
「元々そうするつもりだったんです・・・・」
古代は手にした酒を一口含み、軽く笑った。
「本来夫婦同時乗艦というのは常識から逸脱していますからね。今回の状況の場合、
極度の人員不足から仕方がなくユキの乗艦が認められたようなものですし・・・・
今後機会があったら・・・できれば・・・・・俺としては・・・・・」
「・・・・・・・・・」
古代の言葉に一瞬全員言葉を失った。
同じ男として・・・・古代の気持ちはわかる。
愛するものを危険にさらしたくはない。出来ることなら・・・・安全なところに静かに幸せにしていてほしい。
「・・・・・じゃ・・・・お尋ねしますけど・・・・・」
隣の古代の顔をユキは覗き込み上目遣いにその目を見つめた。
「私には選択の余地はないというわけ?」
じっと見つめるその瞳に古代は圧倒された。
「地球で静かにあなたとともに幸せになりたい・・・・それは私の願いよ」
「俺は・・・・君をこの地球で幸せにすると誓った・・・・」
「でも私は一人で幸せになる気は全くないの。あなたと幸せになりたいって誓ったのよ?
憶えてる?あ・な・たと!」
ユキはあえて“あなた”という言葉を強調し、古代の胸にその人差し指で突いた。
「それは屁理屈と言うものじゃないのか?ユキ」
「屁理屈ですって?ならあなたが言ってるのは何?それこそ屁理屈意外なんだと言うの?」
「君を危険な目にあわせたくないというののどこが屁理屈だと言うんだっ!」
「じゃ、言わせていただくけど私だってあなたを危険な目にはあわせたくなんかないわ!
でもあなたは黙って放っておくと自分から危険な目に飛び込んでいくじゃない。
だから私がいつもそばにいればそんな気起こすこともないでしょ?それがわからないの?!
このわからずや!!」
「わからずやとはなんだ!!わからずやとは!!」
挑発的なユキの言葉に古代は思わず熱くなり語気が荒くなる。
互いが互いを思うがあまりに・・・・二人の言葉は次第に荒くなり・・・
今にも一発触発の状態になろうとしていた。
その時、それまで静観していた島がボソッと呟いた
「・・・・・お前達が離れがたいということはとてもわかった・・・
だから頼むから、こんなところで痴話げんか始めるのはやめてくれよな」
島の一言に他の全員失笑してしまい・・・・古代とユキはそこが英雄の丘であることをはたと思い出した。
二人の顔が一気に染まる。
「仲が良すぎるのも喧嘩の原因ってよく言うけど・・・お前らの場合まさにソレそのものだよな・・・・」
「ったく・・・・二人ともお熱いなぁ〜〜〜〜・・・・参った参った!!」
相原が顔を手で覆い、その指の間から二人を覗き茶化す。
「もぉ〜相原さんっ!!」
顔を染めたままのユキが溜まらず相原に抗議するが・・・・いっこうに効き目はない。
周りを囲むメンバー達も真っ赤な顔をして互いに顔を見合す古代たちをにこやかに笑ってみている。
「まぁ〜・・・仲良きことはいいことではあるがな♪
程々にしてくれんと今度のヤマトは新人共がうじゃうじゃしておるからなぁ〜
あいつらには目の毒というもんじゃぞ?古代、ユキ」
「ま、この二人が新婚さんということは世界中が知っている事実だから・・・今更という気はしますけどね」
「思い出させるな・・・・南部」
“結婚式の情景”が脳裏を走り、古代は思わず頭を抱えるしかなかった。
「そういえば・・・・古代」
「なんですか?真田さん」
『助け舟が来た♪』とばかり振り返った古代に
「艦内のユキの部屋の隣室にお前の個室のプレートをセットしておいてやったぞ。
お前が希望するなら内装の突貫工事も可能だ。なんなら真ん中の壁をぶち抜くか?」
と留めの一言を繰り出し・・・・古代を再起不能に撃沈させた真田であった。
「真田さんがもしかして一番積極的だったりして・・・・・」
思わず互いの顔を見合わせてしまった残りの連中であった。
9.
朝の陽光が煌く海上・・・・・
静かに波間に漂うように巨体が佇んでいた。
その艦内では・・・すでに発進の準備が整いつつあり、旅立ちのときをは刻一刻と近づいてきていた。
休みなく最後のメンテナンスに余念がない地上スタッフの中に、
昨夜から艦内に泊り込み続けているヤマトのスタッフ達も忙しげに走り回っていた。
その中でやはり昨夜から艦内に泊り込み、生活班長の職務を遂行していたユキは
腰のポーチが小さく振動していることに気づいた。
チェックしていた備品のファイルから目を外し、ポーチの中から携帯端末を取り出す。
携帯端末はユキがセットした時間にアラームが発動し振動するようセッティングされていた。
ポチ・・・・・と携帯の振動を止めると、ユキは後を他のスタッフに任せ、机の上に用意しておいた乗員ファイルを手に、備品倉庫になっているその部屋からでた。
生活ブロックの廊下は今はまだ静かである。
ここもじきに多数の新たな乗員達の熱気に溢れることだろう・・・・。
「よぉ、ユキ!もう準備万端なようじゃなぁ〜」
忙しく抜けてゆこうとするユキの背中に声がかかった。
「佐渡先生!」
「昨夜から大変じゃなぁ〜ユキ」
医務室の前でトレードマークともなった酒瓶を抱きかかえながら、佐渡がユキを見上げていた。
「すみません、医務室の方の備品チェック、先生にすっかりお任せしちゃってすみません」
「なんのなんの・・・・お前さんの忙しさに比べたらなんでもないことじゃよ・・・
お前さんのほうはかなり忙しそうじゃな・・・・こっちのことは気にせんでいいからな・・・・」
「すみません・・・・すっかり甘えちゃって・・・
備品の漏れがあったらみんなの士気にかかわりますからね・・・・ここが生活班の腕の見せ所ですもの。
今回は新人さんたちが多いですから・・・・その辺りも気を使わなくっちゃいけませんものね」
ファイルを抱きしめながらユキはニッコリ微笑んだ。
「もう訓練学校の卒業・入隊式が終る時間ですから・・・・タラップのところでみんなを出迎えてあげるんです。
佐渡先生もいっしょにいかがですか?」
「新人共の出迎えか!よし!!わしも行こう!!」
ユキは佐渡を伴ってタラップの入り口に立った。二人の瞳には蒼いの朝の光に煌く海が広がる・・・・。
爽やかな風が二人の頬を掠める。
「気持ちいいもんじゃな・・・・やはり海風は・・・・」
「えぇ・・・・本当に・・・こんな気持ちのいい風・・・・幸せだわ・・・・」
美しい栗色の髪を絡めるかのように風が舞い踊り、その髪をうるさそうにユキは手で押さえた。
「こんないい風を受けてヤマトに乗艦するとは・・・あいつらはとんでもない幸運の持ち主じゃな・・・・」
・・・・桟橋の賑やかな見送りを受けながら颯爽とこちらへ向かってくる数台のランチが
遠く眺める佐渡の目に入ってきた。
「おまけに・・・ヤマトの女神様にお出迎えいただけるんじゃからナァ〜こんな幸運滅多にもないわ!なぁユキよ」
「もぉ・・・・やだわ、佐渡先生ったら」
ユキは少し頬を染め苦笑いしながら・・・・海上を滑るようにこちらへ向かってくるランチに目を向けた。
ランチの上には・・・・若い戦士達が緊張の面持ちと・・・そして希望に溢れた瞳を煌かせでいた。
ユキの目には・・・
かつて同じように緊張の面持ちをしながらヤマトへ乗艦していった古代たちのかつての幼さが残る顔が映っていた。
ただ・・・・あの頃と大きく違っているのは・・・・・
あの時、古代たちは地球人類の存亡を賭けた重い枷を背負っていたということで・・・・
たとえそうであったとしても・・・・・・・
「昔の古代君たちを見ているようだわ・・・・・」
ユキは呟かずにはいられなかった。
『なァ〜にを言っておるか・・・・お前らもまだまだ青いワイ・・・わしから見たらな・・・・・』
懐かしげに微笑むユキの美しい横顔を佐渡は笑いながら見守った。
その時である
「あら・・・・?」
ユキが一台のランチの動きがおかしいことに気づいた。
他のランチはこのタラップへと続くステップに近づこうと左へハンドルを切ったというのに・・・
そのランチだけはまっすぐヤマトの装甲へ突っ込んできたのだ!
「やだ!!危ない!!ぶつかっちゃう!!!」
「やややっ!!!」
ユキは思わず手で目を覆い・・・佐渡は思わず肩をすくめた。
ぶつかる寸前で気づいたのだろう。
そのランチは大きく左へ廻ろうとしたのだが・・・・・バランスを大きく崩してしまい・・・・・・
あっという間に転覆してしまった。乗っていた十数人があっという間に海へと投げ出される。
そぉ〜・・・・・・と指の間から覗くユキの目に海面でアップアップしながらも必死で
タラップにたどり着く投げ出された新人達の姿が映った。
全員無事な様子を確認しホッと胸をなでおろす。
・・・・と同時に呆れるやら・・・・このかわいいドジな後輩達にいいようのない愛しさで胸がいっぱいになった。
その想いは佐渡も同じなのだろう・・・・
「まぁ〜ったく!!何たるざまじゃ!!・・・・・・・っとに★先が思いやられるワイ!・・・・ったく・・・!!」
と怒り呆れるような口調の中・・・佐渡の目が溢れていることに気づかないユキではなかった。
10.
タラップの下方の騒ぎに既に乗艦手続きを済ませようとしていた北野たち先発隊が
気づくのにそう時間がかかるはずもなかった。
思わず顔を覗かせてみると・・・・
ちょうど転覆したランチに乗り込んでいた連中が濡れ鼠になったまま階段を上がってくるところだった。
「何を仕出かしたんだい?徳川」
北野は上がってくるその連中の中に比較的親しくしている人間の顔を見い出し声をかけた。
「たはは・・・・やっちまったい」
制服をずぶぬれにさせて、全身から水を滴らせながら徳川は照れ笑いをするしかなかった。
「憧れのヤマトに見入りすぎちまってさ・・・・気づいたら装甲が目の前にあって・・・・
『うゎ!!やべっ!!!』って思ってハンドルを思いっきり切って回避しようと思ったら・・・
そのままバランス崩してランチ転覆させちまったい★・・・・・・・・ぶわっくしょい!!!」
日中は夏の名残のような日差しがあって暑い日もあるのだが・・・・
早朝のこの時間帯はかなり涼しさを増しており・・・・。
全身ずぶぬれの徳川は思わず盛大なくしゃみをとばした。
その勢いで飛んできたツバを器用に避け、北野は眉を潜めた。
「風邪引くなよ・・・・宇宙空間はでは菌によっては異常繁殖してしまうものもあるんだからな。」
「本当に・・・・今、ずぶぬれのみんなは、後で医務室に行ってきなさいな」
涼やかな声が背後から聞こえた。
そこに立っていたのは・・・・女神ともみまごうばかりの女性。
スレンダーな全身のラインがはっきりとする女性用艦内服に身を包み、栗色のセミロングの髪を背中に流し・・・・
小さめの顔には長い睫毛に彩られた、澄んだ泉を思わせるような瞳がこちらを見つめている・・・・。
「ようこそ、宇宙戦艦ヤマトへ・・・・・私はこの宇宙戦艦ヤマトの生活班長を務めさせていただいている
森 ユキです。みなさんの身の回りのことをはじめ健康面生活面においての責任者です。
この艦に一歩足を踏み入れたからにはあなた方はたとえ訓練生であろうとも、このヤマトの乗務員です。
そのことを肝に銘じて任務に当たってください。」
きりっとした表情のユキに対し・・・・その訓示を聞いている方といえば・・・・・
あまりのユキの清々しい美しさにボォ〜〜〜と見惚れているもの共続出の有様。
中には涎までこぼれそうな表情のものまでいる。
無理もないといえば無理もない。
この『森 ユキ 宇宙戦艦ヤマト生活班長』殿はそれこそ・・・・・
この連中にとって雲の上のそのまた上の人物の中の人物の一人・・・・・・。
「コラ!ボォ〜ットシテオルンジャナイ!!!シンジンドモ!!!」
その連中の度肝を抜いたのは・・・ユキの背後に突如現れた、真っ赤なボディの“時代遅れなデザイン”
のロボットだった。
「セイカツハンチョウハ コノカンニイッポアシヲフミイレタラ、オマエタチミタイナモノデモ、
ヤマトノイチインダトオッシャラレテルンダゾ!!!」
「わっわっわ・・・なんだぁ?こいつ??」
「ナンダトハナンダ?!センパイニムカッテ!!!」
「みんな、彼はアナライザーという立派なヤマトの乗務員の一員よ。
彼に従ってそれぞれの配属ブロックにいっちょうだいね」
「ワカッタカ!シンマイドモ」
ユキの言葉にアナライザーはふんぞり返り頭の点滅を自慢げに繰り返した。
「あ、アナライザー・・・濡れちゃってる人たちを先に配属ブロックに連れて行ってあげてちょうだいね。
早く着替えなくっちゃ・・・風邪引いちゃうとソレこそ大変なことになっちゃうから・・・わかった?」
「リョウカイシマシタ、セイカツハンチョウ、ボクニマカセテクダサイ・・・・オイ!サッサトツイテコイ」
新人達に対する態度と露骨に違うアナライザーに呆れつつ・・・
でも彼についてゆくしかない新人達はブツブツいいながらアナライザーに従ってそれぞれの配属へと散っていった。
「・・・・あ、北野 哲君、徳川 太助君は代表として第一艦橋に報告に行ってね。急いで・・・ね」
「はい」
「ふぁ・・・・・・・・くっしょん!!ハイ★」
ユキに即され・・・・二人は第一艦橋への通路を走っていった。
「あらあら・・・・大変ね・・・・」
緊張の面持ちのまま走ってゆく二人の背中にユキはクスッと笑ってしまった。
11.
その少し前・・・・第一艦橋では
そろそろ現れるであろう訓練生をてぐすね引きながら待っている面々がいた。
先ほどユキから訓練生達全員が無事到着したという報告も入っている・・・・。
(もちろん・・・転覆騒ぎのトラブルもモニターを通し古代たちの失笑を買っていた)
「結局・・・今回はどういう構成で乗務する予定になってるんだ?」
「ん・・・・旧乗組員で乗務可能なメンバーが15人で・・・新しく配属になったのが15名。後は軒並み訓練生」
「たっはぁ〜・・・・3分の2が訓練生なのか・・・・だいじょうぶなのか?!」
「ま・・・・俺達のときも似たようなもんだったし・・・・その場になったら火事場のなんとやらで・・・・
どうにかなるもんだろ?」
「結局訓練生の乗務は最終的に何人なんだ?」
「特務クラスの連中全員がヤマト乗務を希望したから・・・・計85名だな・・・・」
そういいながら古代は乗務員ファイルに目を通していた。
その目には不安など微塵も感じさせない。むしろ今までの経験が自信となり現れているかのようだ。
「なんか活きのいいのもいそうだな・・・・」
古代はファイルを括りながらニヤッと唇の角を上げた。
「活きがいいのじゃなくっちゃここでは勤まらないんじゃないんですか?」
通信機のチェックを続けていた相原が振り向いた。
「そういや・・・・・一人おもしろそうなのがいることはいるぞ?」
「へぇ〜どいつだ?島」
島はファイルのページをパラパラめくってゆくと・・・・一人のファイルのところで止めた。
その手元を古代が覗き込む。
「こいつ・・・・俺が講義に行ったときになかなか生意気なことを言ってくれてな・・・」
「へぇ〜・・・あ、こいつ訓練学校でTOPをとったヤツでしょう?
教官の話じゃ、教官達もこいつの組み立ててくる論理にやっつけられたこと・・・
一度や二度じゃないってぼやいていたよな・・・」
直接訓練学校の講義に赴いたことのある南部も覗き込んできた。
「私の講義にも数度出ていたことがありますけど・・・・かなりの切れ者のようですね?」
同じく・・・訓練学校の講師もやっていた山崎が話しに入ってくる。
「なんでも・・・中央司令部入リを志望しているらしいから・・・・
机上の論理だけはそこいらの連中顔負けっていうわけらしい・・・・・・・」
そういいながら、島はファイルをじっと食い入るように見つめていた。
「島・・・・?」
「決めた!古代!!」
「なんだ?!」
「俺・・・こいつに今回の航海の操縦桿を任せたいんだが・・・・いいか?」
「・・・・・えぇ〜〜〜?!」
島の宣言に第一艦橋中に驚きの声が響き渡った。
何が起ころうと・・・・自分が倒れたりしない限り誰にも譲ったことがない操縦桿を・・・・・
自分から任せるという・・・・それも・・・まだ一人前にもなっていない訓練生に!
「こういうヤツは早いうちにしっかり育ててやるべきだ。
現実は机上の論理なんかじゃことは進まないってことを身を持って教えてやるほうがこいつのためさ!
頭でっかちばっかりではろくなことはないと・・・ね」
島はパン!とファイル上の写真を指で弾いた。
「こういうヤツが・・・本当に大事なことを身を持って知ったとき・・・・本当にいい戦士に成長するだろうしな・・・」
「・・・・・お前はこいつが気に入ったというわけだ・・・・」
古代の呟きに島は小さく頷いた。
その顔は・・・・・なにやら思惑を含めたような笑顔だった。
「なんか・・・・恐いな・・・・島さんのその笑い」
「僕ならゴメン被ります・・・・よ★島さんに気に入られるのだけは・・・・・」
「そうそう・・・いいようにいびりまくられそうだもんな〜」
「失礼なやつらだな・・・人聞きの悪い・・・」
「そうだよなァ〜島。“いびる”んじゃなくってお前の場合いいように
“おちょくる”に繋がっているんだけだからなァ〜別にいじめてるわけじゃないんだからなぁ」
「古代・・・・・・おまえのが一番人聞き悪い」
苦虫を潰したような島の顔に第一艦橋中笑いが渦巻いた。
「失礼します!!」
その時第一艦橋の後方に配されているエレベーターから二人の訓練生が現れた。
二人ともいかにも新人といった様相である・・・・が、
一人はきりりとし、自信に満ちた表情で・・・・
もう一人は無残に濡れ鼠で情けない様相になっていた。
その場にいたメンバー全員、一瞬吹き出しそうになった・・・・が、そこはグッと堪え・・・・顔を引き締めた。
「し・・・申告します。徳川 太助以下機関部卒業生 計30名ヤマト配属を命ぜられました!!」
「よく来たな・・・・といいたいところだが・・・・なんだ?!そのざまは?」
「じ・・・実はその・・・・着艦時・・・乗船していましたランチが転覆してしまいまして・・・・・」
古代の呆れたような言葉に徳川は丸い身体を縮こまらせながら報告するしかなかった。
「ばっかもん!!ヤマトの機関部員を目指すようなやつがなんてざまだ!!」
身を縮こまらせた徳川の頭上に山崎の雷が落ちた。徳川の肩は一層縮こまった。
「申告します!!北野 哲以下 戦闘・砲術部、航海部計26名ヤマト配属を命ぜられました!!」
対照的に・・・北野は緊張しながらもそつなく報告を済ませた。
「よく来たな・・・これから君達は訓練生としてではなくヤマトの新乗組員として扱うから・・・
覚悟をしておいてくれ。わかったな・・・・」
古代が二人に近づき、その肩に手を置いた瞬間・・・・・
ぶ・・・・ぶわっくしょん!!!
「徳川ぁ・・・早く機関部へ行って艦内服に着替えろ。風邪引くぞ」
その勢いのいいくしゃみにちょっと呆れながらも・・・島は操縦席から立って少し気の毒な徳川に退室を促した。
その言葉にほっとしたのか・・・・・徳川は「はい!」と勢いのいい返事とともに第一艦橋を去った。
大きなくしゃみをまた一つ残しながら・・・・・。
「徳川さんの息子にしちゃ・・・でき・・・あまりよくないんじゃないのか?」
去った徳川の背中を見送った南部がすぐ隣の席の相原に話しかけた。
「お前だって新人の頃はそう変わらなかったじゃないの?」
相原は通信システムから目を離すこともなく答える。
「そんなことを言ってもいいの?相原君。ヤマトの歴史に残っちゃうほどの脱走劇を仕出かしちゃった人が〜」
「・・・・・またそのことを言う・・・・あれはある意味仕方がなかったんだよ!!
わかっていてわかってなかったんだから・・・・不可抗力だったんだよ!!」
二人の会話に苦笑しながら・・・
「ま、一航海すればあいつらもまた一人前になるさ・・・・きっとな・・・さ、発進前の最終チェックに入るぞ」
古代は戦闘班長席に身を収め、手にグローブをはめながら全員に次のシステムチェックを指示する。
『さ・・・島・・・・お前の番だぞ・・・・・。そいつのことはお前に任せたからな』
古代は言葉に出さず、自分の席の後方に立ったままの親友の背中にエールを送っていた。
12.
「さて・・・・君の持ち場だが・・・・」
徳川退出後・・・・島は退出許可が出ず身の持ち場に困って立ち尽くしていた北野に近づいた。
その表情は極めて穏やかだった。微笑さえ浮かべている。
(いや・・・・その“微笑み”は毎度の仲間達から見れば・・・・“悪魔の微笑み”ともいう・・・・)
「今から君は第一艦橋勤だ」
「え?!」
北野は驚いた。
いくら自分が訓練学校をTOPで卒業したのだとしても・・・さすがに最初は情報処理システム・・・
をこなすために第2艦橋勤務くらいが関の山だと思っていた。
が・・・・いきなり第一艦橋勤務・・・・
「いまからヤマトの発進プロセスを実行してもらう」
「えぇ?!」
それも・・・いきなりメイン桿を握るとは・・・・
「君は航海部をTOPで卒業しここへ来た。戦艦の発進プロセスマニュアルくらい頭の中に叩き込んであるんだろう?」
島の優しげではあるが挑発的な言葉に北野は反応した。
戦艦のプロセスくらい・・・・もちろん叩き込んである。
発進プロセスをプログラミングされたシムでの結果も上々というか・・・ほぼ完璧な成績を収めている。
・・・・という自負が北野にはあった。
「もちろん・・・・できます!!」
『あぁ・・・・できるさ!この人だって訓練学校卒業と同時にこいつを発進させたんだろ?!
なら僕にだってこんなもんくらい・・・・・できないはずがない・・・・大体・・・新鋭戦艦ならともかく・・・・
こんな時代遅れの戦艦一隻・・・操縦するくらいわけないさ!』
妙な自信が北野の全身を支配していた。
「じゃ・・・・任せた。」
島に即され、北野は操られるかのように中央の操縦席に近づいた。
その横の補助席に島が着く。そして・・・・北野をは挟んで反対側の戦闘班長席には古代・・・。
つまり北野は二人の先輩のど真ん中に押し込められた形になった。
それだけでも緊張が頂点に達するかのような気がする。
席に身を沈め、北野の喉からゴクッと大きな音がなった。
一応・・・・ヤマトタイプの戦艦の発進操縦マニュアルのシムもクリアしてきている。
それもほぼ完璧な結果を収めて・・・・出来ないはずはない・・・・・・・・はず・・・・・・。
「さて・・・・お手並み拝見・・・・といきますか・・・・」
操縦席で固まったまま、目の前の操縦桿を見つめている北野の横顔に島が呟いた。
ここまで来たら・・・・もう後には引けない。
北野は覚悟を決め操縦桿を握った。
「ヤ・・・・ヤマト発進プロセス・・・開始します」
「どうぞ」
ニヤニヤとした笑みを浮かべたまま・・・・(古代曰くの“チェシャネコ笑い”)島は頷いた。
13.
「よぉ!似合うぞ!!」
エンジンルームに接した小部屋・・・機関部部員のためのロッカールームで徳川たちはヤマトの制服に着替えていた。
今まで・・ずぶ濡れの訓練学校の制服を身につけていたという理由だけでなく・・・・
オレンジのシンボルマークの入ったこの制服を身に着けて・・・初めて自分達がヤマトの艦内にいることを実感する。
「やっとこれが着られたか・・・・・」
自分が現実に身につけた“ヤマトの艦内服”を眺め、徳川は感無量だった。
父親のあの“ヤマトの機関長の制服姿”をどれほど眩しく見つめていたことか・・・・。
徳川は父にとってかなり年を取ってから生まれた次男だった。
兄とは15歳ほど離れていた。
その兄は・・・・機関関係とは無関係・・・・どころか軍とは全く無関係の普通の企業のサラリーマンに収まっていた。
そのことをほとんど口に出すことはなかったが・・・・
(いや・・・きっと徳川が幼かったゆえ家族の葛藤に無関心でいられたのだと思う)父は本音は残念であったのだろう・・・・
徳川が成長し、機関関係に興味を持ったことを・・・・父はことのほか喜んでいた。
「お前が訓練学校を卒業して・・・いっしょの艦で勤務できたら・・・・遠慮なく鍛え上げてやるからな・・・・
覚悟しておくんだぞ」
家で酒を口にしたときなどによく口にした父の口癖だった。
やっとその訓練学校を卒業し・・・・父が機関長として存在したこの艦に・・・・自分がようやくたどり着いたとき・・・
父はこの世にはいなかった。
ホンの少し・・・・・ホンの数ヶ月のことで・・・・永遠に擦れ違ってしまった。
『皮肉だよな・・・親父・・・・だけど・・・俺・・・がんばるよ。』
壁際に設置された姿見に自分の姿を映し・・・改めて心の中で誓った。
その時だった。
いきなり頭上のスピーカーから声が響いてきた。
「総員各部署に着け!!」
その気迫の篭った迫力のある声に徳川たちはビビラずにはいられなかった。
中にはその声に首をすくめた者さえいる。
「新乗務員達に告ぐ。宇宙戦艦ヤマトはただいまよりテスト航海を兼ねたマゼラン星雲までの航海に出航する」
「マゼラン・・・・・・・」
その場に居合わせた人間全員がざわめいた。互いの顔を見合す。
急遽ヤマトが重要任務を得て長距離航海に出航することは・・・・・乗艦前に既に聞き及んでいた。
ヤマトが派遣されるような航海だ。
普通の航海などではない・・・・ということは重々承知だった。
しかし・・・・その向かう先があの・・・・・“マゼラン”とは・・・・・。
「この航海の目的の一つはイスカンダルの現状確認。そして君達新乗務員達に一日も早く立派な宇宙戦士に成長
してもらうことにある。したがって・・・・・・・・訓練は実践同様に行う。心してかかってほしい。」
徳川たちは古代の声が流れてくるスピーカーから目を離せなくなった。
緊張から脂汗が流れ落ちているものさえいる。
「我々は君達を一人前の宇宙戦士として扱う。そのことを肝に銘じ任務を遂行してほしい。以上!!」
シーン・・・・・・・
機関部新人達は言葉を失った。・・・と同時にある種の覚悟が心の中を占めていった。
『一人前の宇宙戦士として扱う』
その一言に若者達は武者震いがする思いだった。
「・・・・・・・・・・・俺達も・・・・・・行くんだな・・・・・」
誰かが呟いた。
「あぁ・・・・そうだ。俺達もこのヤマトで行くんだ・・・・!」
徳川はその手の平をギュッと握り締めた。手の平はじっとりと汗ばみ、不安と緊張・・・・
そして期待が入り混じった思いが胸を支配していた。
「出航準備!!総員配置に着け!!!!!」
古代の怒号がスピーカーから響き渡る。
徳川たちはその声にハッと我を取り戻し・・・・それぞれの持ち場へと散っていった。
14.
目の前の計器類に目をやりチェックを繰り返しながらも北野には落ち着きがなかった。
無理もない。
いきなりメインの操縦桿を押し付けられたのだ。
汗の噴出してくる額を手で拭いながら北野は必死で発進前の計器チェックのプロセスを繰り出していく・・・・。
その様子を島は冷ややかともいうべき目で黙って眺めている。
『たっはぁ〜・・・・・島さん・・・・目が据わってますよ・・・・恐いなァ〜』
『恐すぎるよ・・・・俺ならゴメン被るね』
後方左舷壁面の自席に並んだ二人は互いにコソコソ・・・・・自分の任務を怠らず声を掛け合った。
『それにしても・・・・あの北野って坊ちゃん・・・手際悪いというか・・・・・・』
『手際が悪いというわけじゃないよ・・・ありゃ・・・マニュアルそのまんまって言うところなんでしょ?
臨機応変っていうことが苦手だからなんでしょうが・・・・』
『まぁ・・・・まさにそんな感じのヤツだよな・・・・』
二人がそういいあうのも無理はなかった。
北野の動きは無駄が多すぎた。それは・・・・まさにマニュアルファイルに記してある操縦マニュアルそのまんま。
しかし・・・島はあえてそのことを口にはしない。
今は北野の動きをただ見ているだけだった。
一通りの計器チェックを終えたのだろう・・・・北野が一瞬息を呑み前を見据えた。
その目の前には・・・・・・操縦桿。
北野は震える手でそれに手を伸ばし・・・・・・ギュッと握り締めた。
ズシっとした重量感。北野は背筋に電気が走ったように感じた。
重い・・・・・・!!!操縦桿がとんでもなく重く感じるのだ。
ヤマトタイプの戦艦用のシムもなんなくクリアしていた・・・・ヤマトと全く同条件のシムも・・・・
なのに・・・・重量感の感覚がまるで違うのだ!!!
握った操縦桿に手が張り付いたようになり・・・・動かすことすら出来ない?!
『な・・・・なんなんだ?!この異様な重量感は・・・・?!お・・・重過ぎて・・・・・動かない?!』
「重いだろ?」
まるで北野の困惑を見透かしているかのように島は声をかけた。
「ヤマトの重みだよ。お前が今までクリアしてきたシムには絶対にないもの・・・・・
ヤマトの歴史だ。ヤマトはただの機械なんかじゃない・・・・マニュアルどおりに進むものなど何一つない。
今お前の手にかかってる重さは教科書なんかじゃ絶対に理解しようがない・・・・そういう重さだ」
「島・・・・航海長・・・・・」
「そして・・・・今その動けない状態を克服するには・・・・・・・」
そういうと・・・・島はおもむろに北野のわき腹辺りを軽く突付いた。
「ふわっ!!!」
いきなり突付かれ北野は面食らった。・・・・・体中から一気に力が抜ける。
次の瞬間、あれほど動くことのなかった操縦桿が嘘のように軽くなった。
「・・・・・・・・・・肩の力を抜くことだ」
「・・・・島・・・・・おまえはぁ〜〜〜〜★」
いきなりのことに目がまん丸になり別の意味で一瞬硬直した北野に代わり古代が頭を抱えた
「余分ないらない力を抜けさせるにはこれが一番だ。俺はいたって真面目にやってるぞ?」
・・・・未だ緊張の抜けきらない自分の頭の上で飛び交う言葉を無視し、北野は前方を再び見据えた。
目の前には青い海原が広がっている。
「ほ・・・補助エンジン動力接続!!」
「補助エンジン動力接続・・・・スイッチオン!!」
北野の言葉に山崎が復唱をする。
かすかな唸りがヤマト全体を包み込み始める。
「補助エンジン定速回転1500・・・・両舷推進バランス正常・・・・・パーフェクト」
「微速前進0,5・・・・・!・・・波動エンジン内エネルギー注入!!」
次々と機関室から送られてくる波動エンジンのデータを瞬時に読み取り唱和してゆく・・・・
山崎の声、そのデータを元に発進プロセスを(一応)そつなく続けている北野の声・・・・・
とやや大きくなりつつあるヤマトの唸り・・・・振動だけが艦橋内に響く。
おそらく・・・・機関室では徳川を始めとした新人達が今の北野と同じくマニュアル片手に
(マニュアルを手にしている辺りに違いはあるのではあるが・・・・)右往左往しているのであろう・・・・
いつもよりやや遅めの発進プロセスに古代は少々苦笑いをしてしまった。
『まぁ・・・・まさに初めての発進だ・・・・この位は大目に見ておいてやるか・・・・・・・』
と、思った瞬間だった。
「補助エンジン・・・第2戦速から第3戦速へ・・・!!」
「波動エンジン、シリンダーへの閉鎖弁・・・・オープン!!!」
プッシュゥ〜〜〜〜〜〜〜ン・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・その瞬間・・・目覚め始めようとしていたヤマトのエンジンは止まってしまった★
「なぁ〜〜〜にしてるか!!!今のは非常制動装置だぞ!!!
貴様らは訓練学校でなァ〜〜に習ってきたんだ!!!」
普段温厚な山崎が真っ赤な顔をして機関室直通のスピーカーに怒号を飛ばした。
今頃機関室では山崎の罵声が部屋いっぱいに轟いていることだろう・・・・。
『やれやれ・・・・・』
今のところ見守ってるしかやることのないメンバーが互いの顔を見合わせ肩をすくめる。
ま、こんなところでオタオタしていても始まらない。
気を取り直し、途中から発進プロセス再開・・・・である。
15.
「補助エンジン・・・第4戦速へ・・・・!!」
今度は何とか順調に進んでいた。
「波動エンジン内圧力上昇・・・・・」
しかし・・・・北野の操縦はおぼつかないものだった。
ヤマトは外海上を右へ左へと右往左往する・・・・
それはまさに、今艦内で初めての経験をしている新人達と全くいっしょのようだった。
艦本体が揺れるたびに「わぁ〜〜〜〜〜」「ひゃ〜〜〜〜〜」と艦内のあちこちで響いているであろう悲鳴が
ここ・・・第一艦橋にも聞こえてきそうだった。
さすがに・・・ここのメンバーは悲鳴をあげるものは誰一人としていなかったのだが・・・・・
艦が揺れるたびに肘掛にかかった指に力を込め、体勢を整えている姿は見受けられた。
そしてそのたびに小さく「ハァ〜」とこぼれるため息も・・・・・・。
だが・・・当の北野はそれどころではなかった。
まさに・・・まさに必死の形相で操縦桿にしがみついている・・・そういった感じだった。
もうプライドもへったくれもない・・・・そんな感じか・・・・・。
そんな北野の様子に何気に古代が相棒の方にチラッと視線を投げる。
『こいつ・・・どうにかしてやれよな・・・・・』とでも言いたげに。
しかし・・・島は前方を見据えたままその視線を無視していた。
古代もそれ以上何も言わない。任せると言ったのだ。
古代はフッと苦笑いを浮かべると、気を取り直したかのように再び前方を見据えた。
「波動エンジンへの接続準備・・・・フライホイール始動!!!」
「フライホイール始動!」
山崎の声に反応し北野が唱和する。
ヤマトの命とも言うべき波動エンジンが本格的な回転をはじめ唸りを上げ始めた。
「波動エンジン点火5秒前・・・・・・4・・・・3・・・・」
海の上を滑るヤマトのスピードが徐々に上がってゆく
「2・・・・・1・・・・・・」
勢いがドンドンついてゆく・・・・・。
「0!!」
「フライホイール接続・・・・点火!!」
「ヤマト 発進!!」
山崎の声に古代の声が微妙に重なる。
・・・・・エンジンの回転が本格的になりつつある・・・・・
艦全体が鈍いうなりの中浮き上がるような浮遊感がある・・・・
しかし・・・・・・ヤマト本体が飛び立たない!!
『何が起こった?!どこかに何かトラブルでも起こったのか?!』
目の前に・・・・海岸線が迫ってきた。今のヤマトのスピードでは激突するのに数秒もかからない。
第一艦橋メンバー全員の顔に緊張が走る。
そのときおもむろに島が席から立ち上がり北野の背後に回りこむと・・・・初めてその手に手を重ねた。
そしてグイッと操縦桿を手前に引き倒す。
ガッチャン!!!
ヤマトはその海岸線の木々を掠めるかのようにギリギリのところを浮上した。
「し・・・・島・・・・航海長・・・・・・」
「ばかだな・・・・操縦桿を引かなかったら飛びたちゃしないだろ?」
北野の汗まみれの顔に島は微笑んだ。今度は労わりに満ちた笑顔だった。
「何はともあれ・・・・とりあえずはよくやったよ」
「・・・・・・・はい・・・ありがとうござます」
北野はホッと一息つくと前方に目をやった。
太陽がヤマトの艦体を煌かせた。
その光が汗を拭うことも忘れた北野の顔を優しく照らし出した。
「大気圏内航行に入れ・・・・・水平飛行に入るんだ・・・・。地球の大気圏離脱コースを取って大気圏外へ離脱しろ。」
「はい!!」
ようやく自分を取り戻したらしい北野が勢いよく返事をした。
Act3完