Departure to a new time! Act10
1.
「もう・・・・・・やめて・・・・・やめて下さい・・・・」
崩れ落ちるように床に跪くスターシャと、その肩を抱き彼女を労わる守の姿がスクリーンに映し出された。
「これ以上・・・・だれも傷つけないで・・・・」
宮殿のスクリーンに映し出されているのは・・・おそらく敵の司令官の姿なのであろう。
スターシャは懇願するかのような瞳を浮かべていた。
『それはそちらの出方次第というもの・・・・・ご理解していただきたいな・・・・イスカンダルの統治者よ・・・
我らとて無駄な殺生など求めてはいない』
イスカンダルに送られる通信がモニターを通じヤマトの第一艦橋内にも響く。
『我らが求めているものはイスカンダリウムのみ。それ以外はなんら求めてはいない。
その意味が賢いあなたになら理解できるというものであろう?』
守の腕の中で俯いていたスターシャの顔が僅かに動いた。
その瞬間・・・・古代は見たような気がした。
長い金髪が顔を覆うその隙間から覗く美しい瞳に憎悪の炎が燃えていたのを・・・・・・それはホンの一瞬のことだった。
ハッとし・・・思わず目をこすった。
だが次の瞬間にはいつもの哀しげで憂い含んだ瞳のスターシャの姿しかなかった。
“俺の・・・・目の錯覚か?”
古代はいぶかしんだ。
『あなたがその星を去るのになんの邪魔だてなどしはしない・・・むしろこちらとしては歓迎すらする』
司令官の言葉にスターシャは大きくため息をついた。
「・・・・ガミラスにも・・・・ヤマトにもこれ以上危害を加えたりしないと誓えますか?」
『彼らが我らの邪魔をしないというなら・・・・約束しようではないか』
「・・・・・わかりました・・・・・イスカンダリウムが欲しければ・・・・・差し上げます・・・・・」
スターシャの視線がこちらに向いた。
『進・・・・私達は地球へ参りたいと思います・・・・。私達を受け入れていただけますか?』
スターシャの言葉に一瞬息を飲むと・・・・古代は頷いた
「当然です。我々はあなたのお越しを歓迎します」
『ありがとうございます・・・・』
古代の言葉にスターシャはニッコリと微笑んだ。
その微笑みはあまりに切なく美しかった・・・・・。
2.
「進さん・・・・よかったわね」
ようやく分かり合えるようになったデスラーを自らの手で葬り去ることを逃れホッとする古代の
肩にそっと手を置き微笑みかけるユキに
「あの二人を受け入れるんだ。生活班の仕事が忙しくなるぞ、ユキ」
と、古代は明るく笑った。
そんな古代の様子に黙っている第一艦橋の面々ではない。
「久しぶりの兄弟対面だな!古代」
「よかったですね!古代さん」
「しかし・・・面食いの兄弟だよな〜・・・どっちの奥さんも絶世の美女ときたもんだからな」
「かたやイスカンダルの女王・・・こなたヤマトの超アイドルときたもんだ!」
「ヤマトだけじゃないぞ!ユキさんはなんていったって防衛軍の看板娘だからな〜」
「え?看板『娘』?そりゃきついんじゃ・・・・・」
「・・・・・いいたい放題ありがとうございますっ!!後で憶えておいて下さいね!み・な・さ・んっ!!」
「え?冗談ですよ!!今もユキさんはヤマトのアイドルには間違いないんだし・・・・」
「もぉ〜・・・・どういう意味なんだか!!」
スターシャたちを無事このヤマトへ迎えることが出来るかもしれない・・・
という安心感が第一艦橋内を包み込み、一気に盛り上がっていた・・・・。
誰もがイスカンダルの悲劇に心を痛めていた・・・・が・・・・
せめてあの二人だけでも救い出せる・・・・
その喜びが室内に満ち溢れていた。
「せめてもの救いだな・・・・二人を救い出せるのなら・・・・」
呟く声に古代は振り返った。
いつの間にか・・・・真田が古代の背後に立っていた。
厳しい表情を浮かべ、真田は赤黒く変色しつくしたかつての『蒼の星』を睨みつけていた。
「これを・・・・救いといってもいいんでしょうか・・・・?真田さん」
「・・・・何がいいたいんだ?古代」
「あいつらですよ・・・・」
古代は未だデスラー艦が突っ込んだままの姿で浮かぶ敵の要塞・・・・ゴルバを顎で指した。
「ガミラシウムやイスカンダリウムを・・・・あいつらは星間戦争に必要なエネルギーだといった・・・。
それはおそらく・・・・」
「・・・・あぁ・・・防衛とか防御とか・・・そういった類のエネルギーではないな・・・
間違いなくとてつもない破壊力を持つ武器へ利用するエネルギーへと変換するつもりだろう・・・・」
「このまま・・・・見過ごしにしてもいいんでしょうか・・・・」
「古代・・・・・」
「宇宙のどこかで・・・・あの星のエネルギーが平和を打ち砕く道具として用いられるんです・・・
宇宙の平和を願って自ら滅びの道を歩んだあの星のエネルギーが・・・・・!!」
ダン!!
古代は自席のコンソールに両拳を叩きつけていた。
シ・・・・・・・・・ン
室内は一瞬静まり返った。
「お前のいいたいことはよくわかるぞ・・・、古代」
真田は古代の肩に手を置いた。
「だがな・・・・・今のヤマトでは・・・・あれに太刀打ちする統べは・・・・おそらく皆無だろう・・・・」
古代は、自分の肩に置かれた真田の手が僅かに震えているのに気づいた。
敵の科学力の前に・・・・自らの敗北を認めざるえない・・・
真田にとってそれはどれほど屈辱的なことか・・・・。
「何故・・・あの星なんでしょうか・・・・」
窓外のイスカンダルに目をやったまま北野が呟いた。
「僕は・・・・イスカンダルからの恩恵を受けただけで・・・・あの星の美しかった頃を知りません。
僕らに生きるチャンスを与えてくれたあの星の・・・・こんな痛めつけられた姿を
この目に焼き付けなくてはならないなんて・・・・・なんか・・・僕はむちゃくちゃ悔しくて・・・・情けなくって・・・・・」
浮かぶ涙を堪えきれずグッと拳で拭う北野に全員が言葉を失った。
悔しくて情けない思い・・・・・・を抱いているのは北野だけではなかった。
ここにいる全員が同じような苦い思いを抱いていた。
3.
『さて・・・諸君らも聞いたであろう・・・・あの星の権限を女王は我々に開け放つと言ったのだ・・・・。
諸君らも無駄な足掻きをやめたまえ・・・・女王の意思を無駄にするものではない』
悔しかった・・・・情けなかった・・・・だが・・・・スターシャがそう決意したのだ・・・・。
無駄な足掻き・・・・・
敵の司令官の言葉そのものだった。
今まさに自分達のしていることは無駄な足掻きでしかないであろう・・・・。
だが・・・・せめて一糸報いたかった・・・・
母なる星の仇を・・・・・・
デスラーは唇を噛み締めた。
「総統・・・」
「総統・・・・・ご決断を・・・・」
デスラーは自分の周りにいるものたちを見わたした。
敗軍の将と成り下がった自分についてきてくれた者達・・・・
彼らのデスラーを見つめる目は“総統にお供します”と語っている・・・・。
このような・・・・無謀な闘いにも少しも躊躇することもなく自分と共に来てくれる・・・
デスラーの胸は痛かった。
イスカンダルを失う痛みより・・・・自分をまだ統治者としてみてくれている彼らの忠誠心が彼の心を突き刺した。
我を信じてここまでついて来てくれた同胞を失う訳には行かない。
ガミラス本星は消滅しようとも、ガミラス民族が存在する限り・・・・滅することはないガミラスの誇り・・・。
「・・・・・・タラン・・・・エンジン逆噴射・・・・ゴルバから離脱せよ」
「総統・・・・・!!」
デスラーの言葉に側近のタランはホッとしたように部下に指示を下した。
“これでよい・・・・ガミラスを失った今・・・・イスカンダルの運命もまた火を見るより明らかなこと・・・・。
スターシャがヤマトに移れば・・・・イスカンダルの栄光もまた・・・・永遠のものとなる・・・・
我が偉大なるガミラスのように・・・・・・”
ゴルバの砲口に完全に食い込んでいたデスラー艦は剥ぎ取られた金属片を大量に撒き散らしながら後退していった。
離脱した傷ついた旗艦を庇うかのように他のガミラス艦隊が集まり・・・・
徐々にゴルバからの距離を開いていった。
“どこの輩かは知らぬが・・・・・このデスラーにこれほどまでの屈辱を与えたこと・・・・・
いつか必ず後悔させてやるわ・・・・・”
離脱しつつ・・・・デスラーは苦々しい思いでゴルバを睨み付けた。
4.
『ヤマトの皆さん・・・・今から非常時用の脱出のポッドを発射します。
このポッドには発射機能のみで推進機能が設置していません。そちらからの回収をよろしくお願いします』
スターシャの通信が入った。
「わかりました。スターシャさん。こちらの受け入れ態勢は万全です。いつでも準備できています」
古代の言葉にスターシャは満足げに頷いた。
『進・・・それからユキ・・・・・これから・・・・支えてくださいね』
「スターシャさん?はい・・・任せてください。これからは我々があなたの力になりたいと思っています」
いきなりのスターシャの言葉に、古代は不審を抱きつつ、それでも彼女が安心するよう笑いかけた。
「地球はあなたから受けた恩を忘れたことなどありません。安心して下さい」
『たぶん・・・・あなた方の支えがきっと・・・・・救いになることでしょうから・・・・・よろしくお願いします』
古代の言葉にスターシャはホッとしたように微笑みを浮かべると目礼をしモニターから消えていった。
・・・・・見知らぬ星での新たな生活にやはり不安を抱いているのだろう・・・・
その時の古代たちはその程度しか考えなかった。
ただ・・・ユキだけは一抹の不安を感じていた。
“なんだろう・・・・この胸のモヤモヤは・・・・”
ユキは漠然とした不安を抱いたまま、スターシャの消えたモニターから目が離せなかった。
「イスカンダル・・・ダイヤモンドキャッスル上部から脱出ポッドが発射されました!!」
数分後、太田の声が第一艦橋にこだました。
だが・・・太田の声を聞くまでもなく・・・全員がその様子をメインパネルを通じジッと見詰めていた。
「よし・・・救命艇発進!!脱出ポッドに接触し、内部の人間を収納しろ!!」
既に待機していた救命艇がヤマト後部ハッチから発進し、大気圏を突き抜けて宙を漂っている脱出ポッドへと
近づいていった。
その様子を少し離れたところからデスラーも見詰めていた。
イスカンダルを失うのは身を切られるように辛い・・・・だが・・・・
あの星の気高い女王が救われることだけは・・・・救いというものか・・・・。
自らそう心に言い聞かせながら、デスラーは脱出ポッドを見詰めていた。
《脱出ポッドよりイスカンダルよりの避難者2名救命艇に収納!直ちにヤマトに帰還します!!》
救命艇からの報告に古代たちはホッと胸をなでおろした。
救命艇には2名収納された・・・・つまりイスカンダルの2名は無事・・・・脱出したのだ。
古代は矢も立てもたまらず・・・・「二人を出迎えてくる!!」と言葉を残し第一艦橋を駆け出していた。
5.
何を話そう・・・・・
あのイスカンダルでの再会後・・・・。
『地球に帰る道中で・・・・いや・・・地球へ帰ってからでもゆっくり話す機会もある』と思い、
あまり兄弟の時間を持つ機会もなく・・・・・・再び別離の時間を向かえることになってしまった。
ただ・・・以前のような絶望に満ちた別離ではなく、互いに希望に満ちた納得ずくの別離ではあったのだが・・・。
あれから流れた時間で・・・・一体何から伝えればいいのかもわからないほど・・・・・
様々なことが古代の脳裏を走馬灯のように流れる・・・・・
兄に語りたいことが限りがないほどその胸の中に溢れかえっていた。
・・・・息急くように格納庫に走りこんだ古代の目に飛び込んできたのは、ちょうど開いた救命艇の扉の中に立つ
守の姿だった。
心なしか・・・・モニター越しで会話していた時には気づかなかったやつれのためか・・・・
幾分疲れたような守は何かカプセルのようなものを愛しげに胸に抱きしめ立ち尽くしていた。
「兄さん!!!」
古代の呼びかけにようやく気づいた守は哀しげな笑みを浮かべた。
「無事でよかった!!」
と兄に駆け寄り、古代はハッと気づいた。
「・・・・・・・・・・スターシャさんは?」
「脱出ポッドにおみえだったのはこの方と・・・・・」
救命艇の搭乗員は歯切れの悪い言葉で、チラッと守の手の中のカプセルに目をやった。
カプセルを覗き込んだ古代はハッとした。
カプセルの中には・・・・・生まれて間もない嬰児が安らかな笑みを浮かべながら眠っていた。
「二人というのは・・・・」
「俺の娘だ・・・・進・・・・」
守はカプセルを抱える腕に力を込め、寂しげな笑みを浮かべた。
「古代君!!」
「古代っ!!」
「話は後だ!!ちくしょう!!!」
後を追ってようやく格納庫に追いついたユキ、真田たちの間をすり抜けるように格納庫から走り抜けようとした
古代は一瞬振り返り叫んだ。
古代は艦内を走った。
走ったところで事態を変える事などできようはずもない・・・
わかってはいたが、走らずにはいられなかった。
心の中で叫び続けていた。
畜生・・・・畜生・・・・・畜生!!!!
その罵声は誰に向けられたものでもない・・・・・
自分自身に向けられた怒りだった。
スターシャなら・・・・・あの気高い魂を持つ女王ならこういう結果が容易に想像できたことだったんじゃないのか?!
古代は自分の浅はかさを詰らずにはいられなかった・・・・・。
転がり込むように第一艦橋に飛び込んだ古代の目に映ったのは・・・・・・・・
恐ろしいばかりの一条の閃光がゴルバを貫く瞬間の姿と・・・・・・
包まれていた淡い光を失い、マグマの海へと崩れ去るように倒壊してゆくダイヤモンドキャッスルの姿だった。
光りに包まれイスカンダルへと沈むゴルバを古代は呆然と見つめることしかできなかった。
6.
「どういうことなんだ・・・・守」
真田は一人静かに救命艇から下りてきた守に対し、詰め寄るように詰問した。
「・・・・・・俺を・・・・・いや・・・俺とこの子を脱出させるために・・・・彼女は初めて俺にウソをついたんだよ・・・・
彼女は・・・・・女王として最後まで生きることを望んだんだ」
俯いたまま・・・守は静かに語った。
「本当に・・・・本当にいいのか?スターシャ・・・・」
ヤマトへ救助要請を出したスターシャに守は尋ねた。
本当に・・・・本当にスターシャがこの星を捨てられるのか?
守には半信半疑だったのだ。
傷つき見るも無残になってしまったこの星を・・・・スターシャがどれほど愛していたか・・・・
守は痛いほど知っていたから・・・・
だがスターシャは静かに微笑んだ。
「この星ではもう・・・・・せめてサーシャが幸せになれる道を見つけてあげることが私達の責任だわ・・・・
そうでしょ?ね?守・・・・・」
スターシャはその腕の中に眠る嬰児・・・・・彼女の失った妹の名を貰った娘を愛しげに見つめた。
「平和になった地球でならこの子は幸せになれるわ・・・・・この子にとってそれが一番幸せなのよね・・・・
私はもうこの子のことと守のことだけを考えて行けばいいのよね・・・・?」
「スターシャ・・・・・」
守は思わず妻の身体を抱きしめた。
細いその身体は小さく震えていた。・・・・・スターシャは守の胸の中で声も出さずにただ涙を流していた。
自分の全てだった星を捨てる切なさ・・・・そして新たなる星への不安・・・・に涙している・・・・
守はそう思っていた・・・・。
「スターシャ・・・・・地球で必ず幸せにする・・・・君も・・・・サーシャも・・・・・」
「きっと・・・・この子を見守ってくれるわよね・・・・みんな・・・・」
「あぁ・・・・ヤマトの・・・地球のみんなも君を歓迎してくれるよ・・・・心配することなんかない・・・・
みんな守るよ・・・・俺の命にも変えてでも・・・・・」
「そうね・・・・心配することはないわね・・・・きっと」
スターシャは守の胸に抱かれ・・・・そして守の手で梳かれる髪の心地よさを楽しむように静かに目を閉じていた。
「暖かいわね・・・・守・・・・・私本当に幸せだわ・・・・こんな時間が私に訪れるなんて・・・・
数年前までは思いもよらなかった・・・・。こんな満ち足りた時間を過ごせるなんて・・・・
私は本当に幸福者だわ・・・・ね?守・・・・」
「スターシャ?」
いぶかしむ守の胸からそっと離れたスターシャは柔らかに微笑んだ。
そして自分の手の中で眠っているサーシャを乳児用の移動カプセルに収めると、
もう一度愛しげにその柔らかな頬を確かめるかのように撫でた・・・・・。
背の方に立つ守からは見ることはできなかったが・・・・眠るサーシャの頬にスターシャの涙が一粒こぼれた。
意を決したようにそのカプセルを閉めると、そっと抱き上げ守の方を向き直り、そしてもう一度微笑んだ。
「私は最後の準備があります。守・・・・この子を抱いていてくださいね」
そういうと、そっと守の腕に愛し子の入ったカプセルを抱かせた。
「よく眠ってるね・・・・サーシャは・・・・」
「本当に・・・・」
二人はカプセル越しに自分達の娘を愛しげに見つめ微笑みあった。
だが・・・・次の瞬間・・・・スターシャの微笑が曇った。
「・・・・・・・・・この子がいつもいるから・・・・・私達はどこへ行っても・・・・一緒よね?」
ハッと守が顔を上げたときには・・・・スターシャの身体はその部屋から躍り出て、
扉が閉じられてゆくところだった。
「スターシャ!!!」
ドアの脇にあるセンサーを何度も押す・・・・何も反応を示さないセンサーに対し思いっきり拳を
何度もたたきつけた。
その時・・・・扉がプシューと密閉された音が小さく響いた。
「スターシャ!!スターシャァ!!!」
守は叫びながらドアに体当たりを繰り返したが・・・・全ては徒労に終った。
ダイヤモンドグラス越しに向こうの壁に身体をもたれさせ遠ざかろうとするこのポッドを見送る
スターシャの姿が見えた。
スターシャはもう隠すこともなくただ涙を流しながら立ち尽くしていた。
7.
「俺は・・・・もうどうしたらいいのかわからないよ・・・・ただ言えるのは・・・・
俺は彼女を守りきることが出来なかった・・・・・俺という存在はいったいなんだったんだろう・・・・・」
守はカプセルの中から眠る我が子を抱き上げ抱きしめながら呟いた。。その声は僅かに震えていた。
「スターシャさんの言ったことは・・・・本心だと思います」
その声に守は初めて顔を上げ声の主を見た。
真田の少し後ろに立つ・・・・彼女に見覚えがあった。
進が・・・・自分を見送ってくれたあのデッキで・・・弟の傍らに立っていた少女・・・・
スターシャの面影にも似たあの少女は・・・・今は・・・・
「ユキ・・・さんだったね・・・・・」
ユキは小さく守に会釈した。
「お久しぶりです・・・・・お義兄さん・・・・」
ユキは少し顔を赤らめながら微笑んだ。
「お義兄さんか・・・・なんか少し・・・照れちゃうね・・・・」
守は苦笑した。
その表情は古代にも似ていて・・・・ユキは思わず微笑んだ・・・が、その表情は締まった。
「守さん・・・スターシャさんは生きてほしかったんだと思います。守さんに・・・
そしてそのかわいい赤ちゃんに・・・・・」
ユキは守の腕の中の赤ん坊・・・・サーシャを覗き込み微笑んだ。
「こんな可愛い赤ちゃんを授かって・・・・スターシャさんは本当に幸せだったんだと思います。
守さんはさっき・・・スターシャさんは女王として生きることを選んだっておっしゃいましたよね?
きっとスターシャさんは・・・・・一人の女性として・・・母として生きる道を選ばれたんだと思います」
ユキは守を真正面から見据えた。
「女王として生きることを選んだのであれば・・・・自分の心を痛めてまで脱出させようとなんてきっと考えは
しないでしょう・・・・・二人に生きてほしい・・・・そのために自分のなすべきことをしよう・・・
スターシャさんはそう決意されたんじゃないでしょうか?」
幸せだった月日・・・・・
それが守の脳裏を静かに流れた・・・・。
あの日々は永遠に失われるものではない・・・・・。
確かに・・・・自分達はあの美しい蒼の星で二人っきりで穏やかに・・・・
安らかにこの上もなく幸せな時間を過ごしていた・・・・・
その現実は何者によっても奪い去られるものではない・・・・・。
ユキの・・・・静かに潤む瞳を見つめているうちに・・・それは妻の瞳に重なり・・・・双頬はいつの間にか涙に濡れていた。
守の肩を真田は静かに叩いた。
「・・・・・艦橋へ行くか?」
真田の言葉に守は静かに頷いた。
8.
ダイヤモンドキャッスルを包んでいた淡いイスカンダリウムのバリアはその瞬間・・・・・
華やかとも言うべき光を放った。
その光はキャッスル自体を包み込んだかと思うとそのまま一条の閃光の螺旋と化し・・・・
敵の強固な装甲をも軽々と貫き・・・・・宙の彼方へと四散していった・・・・・。
守りを失ったダイヤモンドキャッスルはそのまま・・・・・マグマの海へと崩れ落ちていった。
ガタン・・・・・
ガミラス艦艦橋で・・・・全てを目の当たりにしたデスラーは思わず床に膝から崩れ落ちてしまった。
冷や汗が浮かべ呆然としたデスラーの目に映っていたものは・・・・
崩壊しマグマの海へと消え去ろうとするキャッスルの姿だった。
「・・・・・・イスカンダリアの雷・・・・・・・」
辺りの者達は・・・・目の前で起こったことが信じられなかった。
呆然とした者から言葉がこぼれた。
それは・・・・かつて存在したガミラスに伝わっていた・・・・イスカンダルの伝説。
イスカンダリアの雷が放たれた時・・・・・全てを崩壊しつくすであろう・・・・
ガミラスにとってイスカンダルは憧れの対象であり・・・・・恐怖の対象でもあった。
かつてイスカンダルにも武力とも言うべき力が存在していた頃、開発されたという
イスカンダル王家最大の武器・・・・・それはまさに秘術と言ってもいい代物であった。
その威力を目の当たりにすることはなかった・・・・が、その存在は充分すぎるほどガミラスに対する抑止力となり・・・・・
二度とガミラスの手がイスカンダルに及ぶことはなかった。
王家の人間にのみ、その鍵(キィ)とも言うべき能力を受け継がれたという・・・・・。
それはいわゆる・・・・王家の人間そのものがキィとも言うべき存在・・・・。
デスラーはその立場ゆえ、その存在を承知していた。
そして・・・・いかなる場合にいかなる方法にてその“秘術”が発動されるのかも・・・・・。
デスラーは周囲を顧みる余裕すら失い我を失った。
髪を掻き毟り、全てを呪うが如く吼える様に泣き喚くだけだった。
ガミラスの人々は見た。
いかなる時にも威厳に満ち自分達を導いてきた大いなる者の嘆き哀しみ、ただ涙する姿を・・・・・。
そして知った
彼が・・・・・・・我が身よりも尊いものをたった今・・・・・・失ったのだと・・・・・・。
9.
イスカンダルのマグマ流にゴルバは激しい火花を散らしながら墜落し・・・・やがて消滅した。
全員・・・・・その様子をただ見つめていることしか出来なかった。
「俺は・・・・俺達は一体何をしたんだろうか・・・・・?ここまで・・・・・」
古代は前方を見据えたまま低く呟いた。
「あの星を救いに行きたい・・・・なんておこがましいことを考えていた自分が腹ただしいよ・・・・。
俺達は結局・・・・救うどころか・・・・何一つ手を出せやしなかった・・・・。
自分達の無力さをさらけ出しに来ただけだった・・・・・」
自席のコンソールに拳を握り締め呟く古代の姿に、北野は初めてこの艦の姿を見たような気がした。
地球の人々からみればこの艦は・・・・まさに『英雄が指揮する』浮沈艦に見えた。
事実北野もこの艦に乗るまでは・・・・いや乗ってからもこの艦の強さは古代という英雄により導かれてこそ
成り立っているもの・・・・・と確信していた。
だが・・・現実にこの艦を動かしていたのは・・・・『人間』だった・・・・。
操縦桿を握り締め・・・・悔しげに唇を噛む島・・・・・・
自席に身を埋め・・・・天井を仰ぎメガネのブリッジの下の鼻頭を押さえている南部・・・・
席を立ちモニターから顔すら背けている太田・・・・
通信機から繋がるイヤホンを外し、機器に顔を埋めるように顔を突っ伏している相原・・・
山崎も座ったまま、辛そうに目を閉じて・・・・・
ここにいる全員が哀しみに暮れていた・・・・・・。
地球でヤマトを待っている時・・・・ただヤマトの雄姿の姿しか目に浮かばず・・・・
ヤマトの戦士達の勇戦の姿のみ目に追っていた自分達がいた。
だが現実のヤマト・・・・ヤマト戦士たちは泣きも笑いも・・・・嘆きもする・・・・
そういう人間らしい人間達が動かしてる艦・・・・
ただヤマトによってもたらされる奇跡だけを信じて待っていただけの自分達には到底思いも付かないほどの
重い現実を背負い・・・・この人たちは何度も闘って来た・・・・。
この「人」たちは強くなんかない・・・・・・
この人たちの思いの強さがヤマトの強さなんだ・・・・・。
北野は・・・・・ヤマトの「本当」の強さがようやく理解できたような気がした。
10.
その時・・・・背後のドアが静かに開いた・・・・・・。
真田とユキに伴われた守がエレベーターから出てくるところであった。
「みんな・・・・イスカンダルのためにありがとう・・・・・」
第一艦橋に足を踏み入れた守が静かに頭をたれた。
「イスカンダリウムを・・・・・・災いの元になるようなことを望まないスターシャの選んだ結果なんだ・・・・
君たちは哀しまないでくれ・・・・・」
「古代・・・・」
「守さん・・・・・」
全員の視線が守に集中した。そして見た。
守の後ろに・・・・・スターシャがそっと寄り添っている・・・・・姿を見たような気がした。
守は自分の腕の中の小さな命に目をやり、静かに微笑むと・・・・静かに室内を横切り、イスカンダルの一番よく見える
弟の席の横に立った。
目の前の窓外には・・・・・かつては蒼く美しかった星の残骸が広がっていた。
《守・・・・・・ウソをついてごめんなさい・・・・・・》
守の胸に美しかった妻の姿が蘇る・・・・・。
《短い間だったけど・・・・私は本当に幸せでした・・・・・私達は本当にいつも一緒にいたんですもの・・・・
あんな穏やかで幸せな時間を過ごせたのですから・・・・・》
『本当に・・・・・俺も幸せだったよ・・・・スターシャ・・・・・・幸せすぎたんだよね・・・・・きっと・・・・』
《お願い・・・・哀しんだりしないで・・・・・私は幸せだったって言いましたでしょう?・・・・・それに・・・・
これからもあなたと私はいつもいっしょに過ごせますわ・・・・これまで以上に・・・・・・でしょう?》
胸の中の妻の微笑みに即されるように、守は腕の中の娘に目をやった。
自分の腕の中で・・・・何も知らず・・・・自分の身に訪れた悲劇をも知らず・・・・
サーシャは健やかな笑みを湛えながら眠っているようだった。
『そうだね・・・・・俺達の間にはこの子がいたね・・・・・・』
小さく頷いた守の動きに気づいたのか・・・・・・腕の中のサーシャが小さなあくびをしながら目を覚ました。
寝起きのためか・・・・ぽやぁとした目で周りを一瞬見わたし・・・・・見慣れた顔を見つけニコニコ笑い始め甘えだした。
娘の笑みに守は思わず優しく微笑み返した。
そうだ・・・・スターシャはこの子の幸せを願っていた・・・・
この子の人生に幸多かれと願っていた・・・・・
でも・・・この子のこのかわいらしい笑みを・・・・母であるスターシャは二度と目にすることはできない・・・・
彼女の哀しみを思い、守の胸は張り裂けそうに切なかった。
守に甘えていたサーシャは・・・・・すっかり目を覚ましたのだろう・・・・
自分が見慣れないところにいることに気づいた。
見覚えのないところに・・・・見覚えのない人間達の集団に囲まれている・・・・。
サーシャは辺りを見わたした。
いつも・・・・やさしく微笑んで・・・・優しく抱きしめてくれたはずの人の姿が見えないことに気づいた。
「フェ・・・・・・」
守の腕の中でサーシャは顔をあちこちに巡らせた。
「マ・・・・・?」
いくら見わたしても・・・・身体を乗り出しても・・・・いない・・・・いない・・・いない・・・・・
不安げに自分を抱きしめてくれている父を見上げても・・・・・哀しげに自分を見つめるだけ・・・・・
「フェァ・・・・・?」
いつもそばにいてくれた優しい笑みが見えないのか・・・・赤ん坊のサーシャに理解できるはずがない。
「フェェ・・・・・・・・」
とうとう守の腕の中でサーシャは大泣きを始めてしまった。
守は慌ててサーシャを宥めようとするが・・・・・こうなってしまうと男親ではどうすることも出来ない。
周りの連中など・・・もっとオドオドするだけでなんの役にもたちはしない・・・・・。
「フェ?」
サーシャが一点を見つけ、手を伸ばし泣き止んだ。
その場にいたのは・・・・・涙を浮かべて立つユキの姿があった。
ユキは伸ばされた小さな手をしっかりと取り、守の腕の中からサーシャを受け取った。
「アァ〜〜チャ?・・・・・アァ〜・・・・」
ユキの腕の中に納まったサーシャは守に甘えてた以上にうれしげにユキに甘えだした。
「サーシャ・・・・よかったな・・・・・」
守はほっとしたようにユキの胸に抱かれる娘の髪を優しく撫でた。
『スターシャ・・・・・・サーシャはだいじょうぶだよ・・・・・地球できっと幸せになれる・・・・』
《そうね・・・・・守・・・・・サーシャは地球で幸せにきっとなれるわよね・・・・・・》
「守さん・・・・サーシャちゃん落ち着いたみたいですよ?」
ユキに声をかけられ守はハッと我に返った。
ユキの腕の中できょとんとした丸い目を父に向けていたサーシャは、今度は父を求め手を伸ばした。
その小さな手の求めに応じてサーシャをユキの腕から受け取った。
『この子のことは心配するな・・・・スターシャ・・・・・俺が必ず守るから・・・・・』
《心配など・・・・してはいません・・・・私もサーシャをいつまでも見守っていますから・・・・》
その時だった・・・・
イスカンダル星が一瞬鋭く光り、第一艦橋の中が光り渦巻いた。
あまりの眩しさに全員が目を覆った。
守もサーシャを全身で庇った。
光が広がったのは本当に一瞬のことだった。
全員がそっと目を開いたとき・・・・・目に飛び込んできたのは床に突っ伏し倒れているユキの姿であった。
「!!!ユキ・・・・ユキ!!!」
古代は弾かれたようにユキを抱き起こした。
ユキは真っ青な顔色をしたまま・・・・すぐに目を開いた。
「だいじょうぶか?ユキ!」
「え・・・・えぇ・・・・・緊張が続いていたから・・・・貧血を起こしちゃったみたい・・・・」
ユキは古代に助け起こされながら、守の方に目をやった。
「守さん・・・・スターシャさんはお二人をいつまでもきっと見守っていらっしゃいます・・・・きっと・・・・」
青い顔をしながらも微笑むユキの言っている意味を・・・・理解できるものが今は誰もいなかった。
ACT10完
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