9.
「楽しそうだね、サーシャ」
客間に入ってきたサーシャの顔を見て、守はうれしそうに話しかけた。
「え?」
サーシャは思わず自分の顔に手をやった。
「自然に顔がほころんでいる・・・・いいことだよ」
「お父様・・・・・」
「同室の人たちはいい人みたいだね」
「うん・・・・3人部屋でね・・・・2人ともいい人みたいなの・・・世志子とケイトっていうのよ」
サーシャは守がかけているソファーの前の床に直接腰を下ろし、彼の膝に頭をもたれさせた。
そんな娘の頭を守は愛しそうになでる・・・・
滑らかな金色の髪を慈しむかのように・・・・ずっと以前からそうしてきたように・・・・・
「ここでは楽しく過ごせそうかい?サーシャ・・・」
「まだわからない・・・・けど、そういうことは自分で切り開いてゆくものなんでしょ?自分の幸せのためですもんね」
サーシャは微笑みながら父を見上げそういった・・・・その美しい微笑の中に、スターシャの面影が微笑んでいた。
サーシャの言葉に一瞬守の瞳は大きく見開き・・・思わず彼女の細い身体を強く抱きしめていた。
その瞳は・・・わずかにではあるが潤んでいるかのようだった。
「お・・・・お父様?」
守のいきなりの行動にサーシャのほうが面食らった。
よく自分を抱きしめてくれる父ではあるが・・・・今日のはいつもとは違った。
「あ・・・・すまない・・・・」
守は慌てたようにサーシャの身体を離し、隠れるようにそっと目頭を押さえた。
「どうしたの?いつもと違うわ・・・お父様」
「ごめんな、サーシャ・・・・サーシャが、お母様とおんなじようなことを言ったもんだから・・・つい・・・な」
守は照れたようにサーシャのほうを見て笑った。
「お母様と?」
今度はサーシャの瞳が大きく見開かれた。
「うん・・・そうだよ。スターシャはヤマトが地球からイスカンダルにようやくたどり着いたときこう言ったそうだ・・・・
『自分の運命は自分で切り開いてゆかなければいけないものですから・・・・』とね・・・・サーシャがさっき言った言葉でそのことを思い出したよ・・・・サーシャ・・・・お母様は君の中で確かに生きているんだね・・・・」
「私の中で・・・・お母様が生きている・・・・・」
今までサーシャにとって、母スターシャは身近な存在ではなかった。話の中にだけ存在する、物語のお姫様のような存在。
いくら、二人の父が自分に母の素晴らしさを語っても、どうしてもその存在を感じることができなかった。
(幼かったサーシャを置いて自ら命を絶ってしまったという事実のため、サーシャ自身がスターシャを認めたがらなかったのかもしれない・・・・・サーシャの心はそれほど幼かったのだから・・・・)
「お母様は・・・・自分の意思で私の未来を切り開いてくださったのね・・・・・」
今初めてサーシャは自分の内に母スターシャの存在を感じた・・・・。暖かな優しい波動がいつも自分を包んでくれていたことに今やっと気づいたのだ・・・・。
サーシャは自分の身体をその両手でギュッと抱きしめた・・・・。「お母様・・・・」と呟きながら・・・・
そんな娘に守は亡き妻の姿が重なっているのを感じた。サーシャの華奢な身体を包み込むかのような・・・・昔と変わらず気高く・・・・気品高く・・・・そして母の微笑で・・・・
眩しげに見つめる守に気づいたかのように幻のスターシャは彼に向かって幸せそうに微笑ん
だ。
“よかったね・・・・スターシャ・・・・サーシャに気づいてもらえて・・・・・君のその姿をサーシャが気づくのももうすぐだよ・・・”
守の心を感じ取ったかのように幻はわずかに頷いたかのようだった・・・・
10.
客間は暗闇の中・・・・シンとしていた・・・・いや・・・シンというのは正確ではないかもしれない・・・・
サーシャの小さな寝息と・・・・かなり大きな守の寝息が響いていたから・・・・
その時、窓辺のレースのカーテンが風に揺れた・・・・
客間の窓がそっと開かれた・・・外側から。そっと音もなく何者かが室内に侵入した。
「澪・・・・澪・・・・起きて・・・・」
サーシャの耳元で小さな声が囁かれた・・・・
「う・・・・ン・・・・・ねむ・・・・・い・・・・」
サーシャは一言うめくと身体を寝返らせ・・・・・次の瞬間ガバッとベッドの上に起き上がった
「な!!!」
大きな声を上げようとした瞬間!彼女の口は細い手でふさがれていた。
「大きな声を出しちゃダメ!あなたのお父様が起きちゃうでしょ?」
口を押さえられたまま、サーシャは首だけをブンブン・・・縦に振った。
「さ・・・・準備はできたわ・・・・いらっしゃいな。あなたの歓迎セレモニーの始まりよ」
「いらっしゃいって・・・・私・・・パジャマのまま・・・・よ?世志子・・・・」
「何言ってるの?よく見なさい。私だってパジャマよ。」
そうだった・・・わずかばかりに入ってくる月明かりによく目を凝らして見てみると・・・・進入してきた世志子はシルク素材らしい光沢のある素材のシンプルなパジャマにカーディガンを羽織っているだけの姿だった。その手には・・・ライトを持参。
「さ、風邪を引いたらダメだから・・・・上着だけ羽織って・・・・」
世志子はベッドの上に広げてあったガウンをサーシャの肩にかけてやると彼女の手を取って窓辺へと連れて行った。
「ちょっと待って・・・・確かここって・・・・3階でしょ?」
「そうよ」
「どうやってここから出るの?ううん・・・それよりどうやってここへ入ってきたの?」
「だから澪に窓の鍵を開けておいてっていったでしょ?ほら・・・・これよ」
世志子に窓辺に連れてこられてサーシャは目を向いた。窓の外にはベランダが設置されていて・・・・その向こうには・・・
「リフト?!」
高所作業用のリフトがベランダの外側に接続されていた。
誰が運転しているのかと下を覗いて見ると・・・・
「ケイト?!」
白いネグリジェを身につけたケイトがにこやかに運転台から手を振っていた★
「ケイトは年齢的に免許は持っていないけど、地上走行車両なら何でも動かすことができるのよ。一種の特技ね。あれも・・・最も・・・・足が届かないのが欠点だから補助部品をくっつけてあるんだけど・・・」
下を見つめたまま声が出ないサーシャに世志子は楽しそうに笑った。
「大丈夫よ。そんじょそこらの大人よりよっぽど安全運転だから・・・学校の敷地内だけは運転を認められているのよ。彼女・・・・」
「誰に?」
「決まっているじゃない・・・・学院長よ」
世志子はひらりとベランダの手すりを乗り越えて、サーシャのほうに手を差し伸べた
「行こう・・・・澪・・・・私達と一緒に・・・・」
それは・・・新たなる世界への導きのようにサーシャは感じた。
力強く光る世志子の瞳に吸い込まれるかのように、サーシャはその手を取った。
二人を乗せたリフトは静かに音を立てることもなくベランダを離れ地上へと滑り降りた・・・・。
「こんばんは・・・・」
とてもそのごつい運転台には似合いそうもない・・・・ケイトがはにかみながらそこには微笑んでいた。
「ケイト、急いで行かなくっちゃ・・・・寮のみんなが首を長くして待っているわ」
「これはこのままでいいの?」
作業所の後部に設置されていたリフトから飛び降りたとき、サーシャは気がついた。
客間の真下に・・・・巨大キャタピラ&リフトつきの特殊作業車・・・・どう考えてもここにあるはずのない代物★
「だって、これ片付けちゃったらどうやってあなた客間に帰るつもりなの?」
「へ??」
「ばれないようにちゃんと夜明け前に客間に帰んなくっちゃ!遊びにだって、何にだって作戦は必要よ。それを遂行して成功させる・・・・・それが快感なの♪ばれないようにね♪・・・・大丈夫。ケイトがばれないように動かすから・・・ね♪ケイト」
「うん・・・・大丈夫・・・・」
世志子の言葉に最後に運転台から降りてきたケイトが静かに頷き微笑んだ。
いたずらっぽく世志子の目が光る。
その時、サーシャは気がついた。
「世志子・・・・ってめがねかけていたっけ?」
月明かりで光って見えていたのはメガネだったのだ。彼女は今フレーム無しのメガネをかけていた。
「普段はコンタクトよ。でも・・・・こっちのほうが性にあっているから・・・・普段はこっちなの!家系みたいなんだけどね・・・私の兄貴もコンタクトがあわないとかいって時メガネだし・・・お父さんもお母さんもそうだしね」
メガネのふちに手をかけ少しずれを直しながら世志子は笑った。
「そうなんだァ・・・・でも、メガネ、似合うわ。世志子」
「ありがと♪そういってもらうとうれしいわ。」
「みんなが待っているから・・・・急ぎましょう・・・・世志子・・・・澪」
3人は寮のある森の向こうへと一目散に駆け出していった。
11.
「あぁあ・・・・あんなに急いで走っていって・・・・おまけにサーシャは裸足だろう・・・・」
守は起きていた・・・・ケイトが動かすリフトのわずかな機械音に気づいていたのだ。
世志子が入ってきて・・・サーシャを連れ出す間・・・守は寝たふりを決め込んでいたのだ。
(いや・・・・もしサーシャに危害を与えようとするものが入ってきたらすぐにでも飛び掛るように身構えていたのだが・・・進入してきたのがかわいらしい少女だった・・・・ということで拍子抜けをしてしまっていたのだ)
二人のやり取りの後・・・出て行った少女達の後姿をベランダから守は見守っていた・・・
その時・・・・・コンコン
「どうぞ」
守の言葉を待って入ってきたのは・・・学院長だった・・・・
「来ましたか・・・・あの子達」
「知っていましたね・・・・あのコ達のいたずらを・・・・」
楽しそうに微笑む学院長に守は少し顔をしかめた。(といっても瞳は笑っていたのだが・・・・)
「いいコンビネーションでしょ?ケイトさんは機械関係にとても有能な子です。世志子さんはお家柄のせいかしら?武器などに精通して見えて・・・・様々な作戦計画を立てさせたら、大人さえ舌を巻くことすらあります。ま、今のところ卓上の空論に過ぎませんが・・・・・あの子達二人に澪さんが加われば・・・・考えてもワクワクしませんこと?」
「本当だったんですね・・・ここの裏の教育・・・・・・才能のある娘達を早くから教育して、防衛軍の要所に配属させるって言う・・・・」
「表立ってはいたしませんがね。ここには特殊教育コースがあります。際立って優秀な生徒さんに教育を施しているんです。
あの二人ももちろんそこの生徒です。そして・・・・これから長い間澪さんと共に生きていってもらう・・・・私が選んだ最強のパートナー達です」
「本当にサーシャを特殊任務スタッフに・・・・」
「それが決定です。そのほうが彼女の才能を遺憾なく発揮することもできますし、彼女自身そのことで悩むことも少なくなることでしょう・・・・それに彼女自身もいつまでも親に守られていくような子ではないはずです。その日のためにも自らを守すべを身につけなくてはならないと思います。」
守は小さくため息をついた。
「そうでしたね・・・・」
「大丈夫よ。特殊スタッフといっても普段はそれぞれの省庁に配属されるんですから・・・・彼女の場合、真田さんが手放しそうもありませんけどね・・・・聞きましたよ。科学庁の真田チーフの熱のこもった教育・・・・期待されているんですね。あの方も彼女の才能に・・・・」
守のなんとなく小さくした背中を学院長は楽しそうに叩いた。
「先生・・・・楽しんでいられませんか?」
「わかりますか?才能のある優秀な生徒を招くことができてうれしくってしようがないんですよ・・・・おまけに守クンのそんな姿を見ることもできたしね♪」
二人はベランダに立って少女達が消えた森向こうの寮の方へと目をやった・・・・
「今頃楽しく歓迎パーティを開いていることでしょう・・・・本人達は大人を欺いてやっているつもりですがね・・・・澪さんも楽しく過ごしていますよ・・・あなたは気にすることなくおやすみなさいな・・・・あら??」
学院長は壁にしつらえてある暖炉の方に目をやった。見た目はレトロな暖炉である。(実際使用も可能のようだ)
「まぁ・・・やだ・・・あの子達ったら・・・」
「どうしたんですか?」
「暖炉に設置してあった警報装置が切られているんですよ・・・まぁ・・・澪さんが窓の鍵を開けるのを忘れたら、ここから進入するつもりだったのね?あの子たちったら・・・・最近いたずらが凝ってきて私でも把握しきれないことがあるわ」
学院長は楽しそうに暖炉の中を覗き込んだ。
「そ・・・・!!いいんですか?!先生!!」
「いいんですよ・・・・これで・・・・」
学院長は静かに呟いた。
「ここは自らの意思で自らの身を守るすべを覚えさせてゆく学校なのです・・・・ここの生徒達はそうしなくてはならない生徒達ばかりなのですから・・・・たまには攻撃をかけてゆくことも自らを守る防衛手段の一つです。」