「古代・サーシャ・澪さんですね?ようこそ・・・・聖マリア学院へ・・・・学院長先生がお待ちです」
サーシャ親子を迎え入れてくれたのはサーシャが今まで見たこともない服装をした若い女性だった。
(修道女の姿なのだが・・・・サーシャはその知識はもっていなかった)
清楚な感じの女性の後ろを神妙な面持ちで二人は付いて歩いていった。
ここは山の奥深くに広がった広大な土地に建造された、石造りの建物だった・・・・こういった建物すらサーシャには初めてだった・・・・・
重厚な感じで・・・・かといって暖かさが感じられるような建物・・・・
緑の森の中にその建物は一体化しマッチしていた。
窓から見える森に目をやりながらサーシャはこの落ち着いた雰囲気が気に入り始めていた・・・・
「澪さんはこういった建物は初めて?」
「は・・・・はい!!」
いきなり声をかけられ、サーシャは驚き、声が上ずってしまった。
「そんなに緊張しないでもいいんですよ・・・・ここはあなたと同じ年頃の女の子達が集まっているのですから・・・すぐにお友達ができることでしょう・・・・。」
「はい・・・・・えっと・・・」
「あぁ・・・ごめんなさい。私は石田洋子・・・シスター・洋子って呼んでくださいね・・・・。私はここの寮長も兼ねています。初めてご家族と離れて過ごすことになるお嬢様たちのお世話をさせていただいているんです。澪さん・・・・あなたも最初は不安でしょうがすぐに慣れますよ・・・・何かありましたら私や同室のお友達にご相談なさいね?」
彼女はにこやかに・・・優しげに微笑み、その微笑がサーシャの緊張した心を癒していった。
やがて、突き当たりに大きなドアが現れ、シスター洋子が軽くドアをノックした。
「古代・サーシャ・澪さんと保護者の方をお連れしました。学院長先生」
「どうぞ・・・」
ドアの奥から少し年配の女性の声が聞こえた・・・と同時にドアが音もなく開かれた。
「ようこそ、聖マリア学院へ・・・・歓迎しますよ。澪さん」
サーシャたちが部屋に入るのと同時に大きなデスクの向こうに女性が立ち上がった。
年のころは50代くらいか・・・・。少し体格が良い、メガネの奥の瞳に優しい光が佇んでいる・・・そんな感じの女性だった。
その学院長は二人を部屋へ招き入れると同時に、守の手を両手で握り締めた。
「で、大きくなったわね・・・・守君」
「守君は止めてください。富田先生・・・・もう40近いのおじさんですよ。私は・・・」
「そうね・・・いまじゃ、地球防衛軍の参謀ですものね・・・でも、あなたがいくつになっても私のかわいい教え子には変わりはありませんよ」
「お・・・・お父様??」
にこやかに院長と笑いあう守にサーシャは恐る恐る声をかけた。
「あぁ・・・・ごめんな、サ・・・いや・・・澪。こちらはここの学院長の富田泰子先生・・・・実はな・・・・先生は俺と進の小学校の先生でもあるんだよ」
守はサーシャの耳元で囁いた。
「そうなのよ、澪さん。古代守君は私が大学を卒業した1年目に副担任として受け持った6年生で、あなたのおじさまの進君はあの学校を辞める最後の年に受け持った1年生だったの・・・・驚いたわよね・・・・私が受け持った生徒の中からこんな大人物がそれも兄弟で二人も輩出されちゃったんですから・・・・」
学院長は楽しそうにコロコロと笑った。
どうやら気さくな感じの人柄らしい・・・・緊張していたサーシャ自身もホッとしたような気がした。
「それにしても・・・・あなたこんな大きな娘さんがいたのね〜・・・私がおばさんになってしまうわけだわ」
「いや・・・・その・・・・ま、その辺りは・・・・」
「はいはい・・・深くは聞きません。約束ですものね。わかりました。澪さんは私が責任をもってお預かりしますわ。安心なさい。守君・・・・」
「先生・・・・お願いします」
守は神妙な面持ちで頭を下げた。それを見てサーシャも慌てて真似をするかのようにペコっと頭を下げた。
小さく
「よろしくお願いします・・・・」
と言葉を付けて・・・・
「ここはセキュリティーは万全です。敷地内は少なくとも関係者以外は完全にシャットアウトされます。ここの学院はそういった設備の必要なお嬢様たちをお預かりしていますから・・・・」
学院長の言葉にサーシャは首をかしげた。
何故自分がそんなセキュリティーが必要な学校に行かねばならないのか・・・サーシャは理解しかねていた。
そんな様子を見た学院長はドアの脇に待機していた先ほど、サーシャたちを案内してきたシスターに声をかけた
「シスター洋子・・・澪さんに学内を案内して差し上げてください。それから寮への案内を・・・・」
「わかりました・・・・澪さんこっちですよ。」
シスターに即されて席を立ち上がったサーシャは不安そうに守の方を見つめた。
「大丈夫だよ。今日は俺もこちらにお世話になるから・・・・先生とお話があるから、サーシャは学校を見学してきなさい」
力強く頷く父に不安ながらも微笑んで、サーシャはシスターと共に部屋を出た。
6.
「あなたはあのことを澪さんに話していないようですね?」
サーシャが部屋から出たのを確認すると、学院長が静かに守に語りかけた。
「・・・・はい・・・・あれ以上あの子の心に負担をかけたくはありませんから・・・自分の存在のために関係のない人が巻き込まれて怪我をしたなどと・・・・」
「そうですか・・・それがいいのかもしれませんね・・・・子供に必要以上の心の負担を与えることなどありませんから・・・」
それはサーシャがイカルスから帰って2週間ほどした頃のことであった・・・・。
サーシャの存在は「守の親戚の娘」という事で公認されていた。(戸籍上は間違いなく「守の娘」なのだが、いきなり守にこんな大きな娘が現れたらパニックが起こりうる可能性があるため、落ち着くまではそういうことになったのである)
ところが・・・秘密というものは破られるためにあるものなのか・・・・
サーシャが守の実の娘であるということはいつの間にか公然とした秘密となってしまっていた・・・・
防衛軍という組織に反抗する者達がサーシャを狙った。サーシャを人質に守をおびき出そうとしたのである。
(守は防衛軍の中でも重要役職を担った人材だから・・・・)
もっとも既にその情報をキャッチしていた防衛軍側はあらかじめサーシャの身柄をさりげなく他の場所に移していたのだが・・・その際、相手と交戦した防衛軍側の人物が数人・・・怪我を負った。
そのことはサーシャには硬く伝わらないようにされた。
「あいつらが・・・・澪の特異な体質を狙ったのか・・・それともただ単に私の娘だから狙ったのかはわかりません。口を割る前に死んでしまいましたから・・・・。ただ・・・・私がいくらあの子を手近においてこの手で育ててやりたいと願っても、常にあの子の身の回りにいて守ってやれるものではないということをあのことで痛感しました。」
守は膝の上に置いた拳をギュッと握り締めた・・・・。
「ここなら安全ですよ・・・ここの事はあなたもよくご存知でしょう・・・・ここにいればあの子には誰も指一本触れさせやしません・・・・。」
「信じていますよ・・・先生・・・・ここは藤堂長官から紹介されたんですし・・・・」
「そうでしたね・・・あの方のお孫さんもここに在籍されているんですものね・・・・」
「来年・・・・ご卒業でしたっけ?」
「今年は学生会長をされて見えますよ・・・・とても聡明なお嬢さんです」
「・・・澪は・・・・あの子は今まで一人で成長してきました・・・・まさしく一人です。友人という存在も知りません。自分以外の同じ年頃の人間と知り合う機会がなかったんです・・・・」
「大丈夫ですよ。あなたの娘さんでしょう・・・・ここできっといいお友達を作りますよ・・・」
学院長は守に静かに笑いかけた・・・・
「でも・・・・・あなたからこんなに真面目なお話を受けるとは夢にも思いませんでしたね」
「?」
「考えても御覧なさいな?小学校時代のあなたと来たら・・・・元気で活発で・・・・勉強もできてスポーツマンで・・・なのに信じられないくらいのいたずらっ子で・・・・」
学院長のいたずらっぽい目の輝きに守は思い当たることがあった。
「あ・・・・・あれは・・・・・」
「でも、優しくって・・・いつでしたっけ?木に登っちゃった子猫・・・・助けようとして、そこまでたどり着いたはいいけど、子猫を抱き寄せようとしたときにおびえちゃった子猫に思いっきり引っかかれちゃって・・・・木から落っこちちゃったのは?」
何も言わず、守は真っ赤になりながら照れくさそうに頭をボリボリかいた。
「落っこちちゃったあなたはそれでも子猫を放さないで・・・・あちこち引っかき傷を作って・・・・擦り傷に打ち身を作っちゃって・・・・おまけに腕を骨折・・・しちゃったんでしたよね?・・・そういえばそんなあなたを見てまだ小さかった進君・・・怯えて大泣きしちゃったんでしたよね?自分が怪我でもしたかのように・・・・そんな進君をあなたったら・・・『大丈夫だよ、進・・・兄ちゃんは平気だよ』って・・・真っ青な顔をしながら無理に笑顔を作って・・・・反対に慰めていた・・・・」
「ドジだったんですよ。単に・・・・」
「いいえ、弱くておびえているものを見たら放っとけない性分なんでしょ?あなたも・・・・そして弟の進君も・・・」
「損な性格ですから・・・二人とも・・・」
「いいえ・・・・とっても素敵な性分だと私は思いますよ・・・・そんなあなたの娘さんです。澪さんもきっと素敵なむすめさんですよね?彼女の瞳を見ていてわかりましたわよ・・・・」
「あの子は・・・・」
「あなたがあの星に残ったことは・・・・人づてに聞いたことがあります・・・・。私達を救ってくださった方のお嬢さんなんですよね?」
「先生・・・・・あの子には・・・・普通の地球の幸せをというのが・・・・妻の言葉でした・・・・この自然の中で、おおらかに優しく・・・普通の地球の少女として生きてゆくすべをあの子に身につけさせてやりたいんです」
「わかりました。そのことも含めてお引き受けしましょう・・・・」
「よろしくお願いします」
守は再び頭を下げた。
7.
シスターに連れられ部屋を出たサーシャは長い廊下を歩いていた。
先ほどから学内の基本的な施設を案内してもらい、いよいよ生活の場である寮へと向かっていた。
石造りに見える壁は実は精巧に作られた特殊金属製であるのはサーシャは感じ取っていた。
でもあえてこの古めかしい雰囲気を作り出しているのは、ここの人たちのノスタルジックな趣味のせいらしい・・・
どっしりとした・・・そのくせ暖かい雰囲気にサーシャはいつの間にかゆったり心が落ち着いてくるのを感じた。
後は・・・・いっしょに暮らす人間である。
サーシャは今まで子供と接触したことがほとんどなかった。(イカルスでは大人が彼女の話し相手であったから・・・)
一体何を話したらいいんだろう・・・・
サーシャは不安に駆られていた。
長い廊下の末、木製(にみえる)ドアがあった。シスターが前に立つとそのドアは静かに開いた。
「ここはオートメーションで個別認識していますからドアの前に立つと自然にチェックされますからね」
そういいながらシスターは一番近いドアを軽くノックした。
「はい」
中から軽やかな少女の声がしてドアが中から開かれた。
「ミス世志子・ミスケイト。以前にお話したルームメートですよ。仲良くね」
部屋の中には癖のある黒髪の少女と赤金髪にそばかすが少し目立つキュートな感じの少女が立っていた。
「では二人とも・・・・澪さんが早く学院になじめる様によろしくお願いしますね」
「お任せ下さい。シスター」
黒髪の少女がにこやかに・・・・微笑んだ。活発そうな・・・利発そうな少女だった・・・。
「詳しくはこの二人に聞いてくださいね・・・・じゃ、仲良くね」
そういうとシスターは部屋を去っていった・・・・
残されたサーシャはどうしたらいいのかがわからず・・・部屋の入り口でモジモジ・・・・立ち尽くしてしまった。
「どうぞ、あなたのベッドは窓際にしておいたわ。荷物はベッドの脇においてあるわよ」
黒髪の少女は一つ空いているベッドの方を指差しサーシャに話しかけた。
部屋にはベッドが3つ・・・それぞれのベッドの脇に小さな机・・・クローゼット・・・
部屋の中央には女の子らしくかわいらしい小さな花をあしらわれたセンターラグが敷かれ、壁は柔らかなクリーム色であった。女の子らしい暖かな印象の部屋だった。
「あ・・・・ありがとう・・・・」
サーシャはオズオズと部屋の奥に進んで自分のスペースに指定されたベッドの上にちょこんと腰を下ろした。
「どういたしまして。私は南部世志子・・・彼女はケイト・オーシャン・アイハラ・・・・二人とも14歳よ。あなたは?」
「あ・・・・澪です・・・・古代 澪・・・・13歳です・・・・中等部・・・?・・・・2年生です」
サーシャは父に言われたとおり“サーシャ”という名を隠し、年は13歳と名乗った。
「同じ年なんだ。よかったね!ケイト!」
世志子はセンターラグの中央に立ったままのケイトに話しかけた。ケイトはといえば・・・・ニッコリ笑ったまま・・・小さくコクンと頷いただけだった。
その時、ふとサーシャは気がついた。シスターがいるときと今では・・・・ケイトはともかく・・・世志子の雰囲気が全然違う?
サーシャの顔にその思いが出ていたのであろう・・・世志子はニヤッと笑うとサーシャのおでこをツンと突付いた。
「シスターの前では大人しく装っているのよ♪私・・・・だって、ここはお行儀にうるさくって・・・みんなそんなものよ。でも、安心して♪寮ではみんなこんなものよ」
といいながら、世志子はケイトの肩を抱えた。
「この子はちょっと人見知りが激しいだけなの。すぐになじむから気にしないでね。」
「やだ・・・・世志子・・・・」
ケイトは真っ赤になりながら・・・それでも恥ずかしそうにサーシャに向かって小さく
「よろしくね・・・澪さん」
と、話しかけてくれた
そのことで、澪の緊張した心が少しずつほぐれて行った・・・・
8.
部屋で荷物を取り出したり、世志子たちと少し話したりしていてしばらくした頃・・・・
コンコン・・・
部屋のドアがノックされた
「はい」
今までから一転・・・・急に人が変わった世志子がドアを開けた
「澪さん、お父様は客間の方で休まれますが、あなたはどうされますか?」
そこには先ほど、澪を部屋まで案内してくれたシスター洋子がにこやかに立っていた
サーシャは一瞬迷った。
このまま世志子たちとここで休むのも楽しいかもしれない・・・(サーシャにとってまさに生まれて初めての経験・・・)
しかし、守とは今夜を逃したらしばらくは一緒にはいられない・・・・
「澪さん・・・・お父様と休んだら?私達とは明日からずっと一緒なんだから・・・」
ケイトのその言葉に押されるかのようにサーシャは決心した。今夜は父と過ごそうと・・・今度、共に過ごせるのはかなり先のことになりそうだから・・・・
「澪・・・今夜、客間の窓の鍵・・・・開けておいて・・・」
そのサーシャの耳元に・・・・世志子はシスターには聞こえないように囁きかけた思わず後ろを振り返ると、世志子はにこっと笑っている。
その顔には「大丈夫・・・」と書かれているかのようだった・・・・
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