14・
「古代君・・・・島くんに・・・・ばれちゃった・・・・」
島が帰って・・・・ユキは一人物言わぬ古代の元に帰ってきた。
「島くん・・・もうリハビリに飽きちゃったんですって・・・・・しょうのない人よね・・・・でね・・・・
人事コンピューターにアクセスをかけて・・・・あなたのこと・・・ばれちゃったんですって」
ユキは古代の上にかけられているブランケットを直してやり・・・その額に乱れた髪に手をかけて直してやる。
「相原くんをけしかけて軍のコンピューターにハッキングしてここのことを知ったって・・・・・
本当にあなたの仲間はどうしようもない人たちね・・・軍のコンピューターにハッキングをかけるような
大胆な人たちなんてあの人たちくらいよ?・・・・きっと・・・真田さんにそんなことできないようにメンテナンスしてもらうようにお願いしなくっちゃいけないと思わない?ね・・・・あ・・・・きっとあなたのことだから笑いながら呆れたように言うわね・・・ 『あいつらは俺の仲間でもあるけど君の仲間たちでもあるんだからな』って・・・・」
ユキは古代の身の回りを軽く整えてやりながら・・・クスッと吹き出した。
「島くん・・・・すごく元気になっていたわよ・・・・よかったわね・・・・」
何の反応も示さず・・・・ただ虚ろに何もう映さない瞳を天井に向けている古代にユキは話しかけ続けた。
「島くん・・・すごく怒っていたわよ・・・・・『何故知らせなかったんだ』って・・・・フフ・・・当たり前よね・・・・
怒られて当然だわ・・・・島くんがあの調子だもの・・・・他のみんなも怒ってるわね・・・でも・・・仕方がないわよね・・・佐渡先生とお兄さんの守さんと・・・真田さん以外・・・誰にも知らせずにここに来たんですものね・・・・」
ユキは点滴に繋がれたまま・・・ピクッとも反応を示さない古代の手の甲にそっと触れた。
・・・・・・哀しいくらい・・・痩せ細ってしまった・・・かつての力強いその手・・・・
いつも優しく・・・そして力強くユキを抱きしめてくれたその腕・・・・・
「でも・・・こんなあなた・・・・誰にも知らせたくなかったもの・・・・あなたもでしょ?」
今の古代は・・・・頬はこけ・・・・虚ろな目は何も示さず・・・・ただ生きているだけの“屍”のような姿・・・・
ユキはそのこけた古代の頬にそっと手を寄せた。そして優しくさすり続ける・・・・。
愛しげに・・・・静かに・・・
『この状態になってもう2ヶ月あまり・・・・・森さん、あなたも医療関係者だから隠し立てしても始まらないから
はっきりと言いますが・・・・あまり期待をもたれない方が・・・・もし・・・もし古代さんの意識が戻ったとして・・・・
何らかの影響を覚悟なさった方がいいかもしれませんね・・・』
昨日・・・・古代の主治医から地獄のような宣告を受けた。
それは・・・古代が元の「古代進」を取り戻すことができないかもしれないという宣告。
期待を持たない方がいい・・・・・・
崩壊した古代の心はもう二度と戻ってくる事はない・・・・・・・
その言葉がユキの脳裏に突き刺さる・・・・
ユキは激しく頭を振ってその言葉を否定した。
古代君は・・・私の古代進はそんな弱い人じゃないわ・・・・この人は今もまだ闘ってるのよ・・・
私にはわかるわ・・・・この人は負けてしまうような人ではない・・・
だって・・・古代君・・・私に約束したんだもの・・・・・
絶対に・・・絶対に私の元に戻ってくるって・・・・この地球で二人で幸せになるって・・・・
そのために『あの時』決意をしたんだもの・・・・・
「古代君・・・・私はあなたを信じてるわ・・・・あなたは必ず私の元に戻ってくる・・・・そうでしょ?古代進・・・・・・それでこそ私のあなたなんですもの・・・・」
ユキは古代の手に頬を摺り寄せた。
されるがままの古代の手に・・・・・ユキの涙がこぼれ流れた。
「信じてるんだもの・・・・私・・・信じてるんだもの・・・・・!古代君を・・・・信じてる・・・・!だって・・・・古代君・・・・きっとだいじょうぶって・・・・言ったんですもの・・・・・」
それはユキが自分の心に言い聞かせている・・・・叫びであった。
不安に押しつぶされそうになっている彼女の心は・・・今この呪文のような言葉で支えられていた。
「もう・・・・いい加減に目を覚ましなさいよね・・・・古代進・・・・男の眠り姫は似合わないわよ・・・・
眠り姫が似合うのは女性(私)なんですからね・・・・」
ユキは少しおどけたような口調で悪態を囁きながら、かけられたブランケットの上から古代の胸に
顔を埋めてみた。
トク・・・・トク・・・・トク・・・・トク・・・・・
規則ただしい古代の心音が・・・ユキの耳に心地よく響いてきた・・・・・
「生きてるんだもの・・・・古代君・・・・・それだけで私・・・信じられるわ・・・・」
心地よく響く古代の心音に包まれてユキはフッと瞳を閉じた。
「あなたが・・・・私を必要としているのであれば・・・・・私・・・・どこにでもいくわ・・・
あなたが私を守ってきてくれたように・・・今度は私があなたを守りたいもの・・・・」
『ユキ・・・・・』
そのときユキはかすかな声を聞いた。思わず顔を起こし古代の顔を見た。
その表情は・・・・見た目には。なんら変わってはいなかった
しかし・・・・ユキは確かに聞いた。古代が彼女を求める声を・・・・
「古代君?!」
『ユキ・・・・・どこにいる?』
「古代君・・・わたしはここよ・・・ここにいるわ!」
ユキは古代の頭をその胸に抱きしめた。
彼女の意識はそのままスゥ〜っと何かに吸い込まれるように遠のいていった。
ビービー・・・・
けたたましい警告音がナースセンターにこだました。
ハッとしたナースの一人がモニター群に目をやると・・・・一つのモニターの波動が異常を示していた。
彼女は手近のインターフォンに飛びつきその患者の主治医を呼び出した。
「集中治療室の古代進さん、急変です!」
医師たちが古代の部屋に飛び込んだとき・・・そこには不思議な光景が広がっていた。
やせ衰え意識さえない古代の頭を胸に抱きしめたまま気を失っているユキの姿がそこにあった・・・・。
「森さん!森さん!!」
ナースの一人がユキの意識を呼び戻そうと彼女の身体を揺さぶった。
だが・・・・・
ユキの意識は戻ることなく・・・その身体は古代にぴったり寄り添い離れようとしない。
離れることを拒否するかのように・・・・
一人が強引にユキの身体を古代から引き剥がそうとした。
その時!
「患者の心拍急激に低下しました!脳波に異常な乱れ」
「なんだって?」
その言葉に一瞬気後れしユキの体から手が離れ・・・・また彼女の身体は古代に寄り添った形を取った
すると・・・・
「バイタル安定・・・・・」
ホッとした声が流れた。
「ど・・・いうことなんだ?」
「わ・・・わかりません・・・」
その後何回か試しに古代の体からユキを離そうと試みてみた。そのたびに古代の身体はそれを拒否するかのように激しい反応を示した。
「森さんをそのままにしておくんだ」
「先生・・・・一体・・・・?」
「私にもわからないよ・・・・ただ・・・・」
主治医は寄り添い眠る二人に目をやった
「この二人になら・・・奇跡を起こせるのかもしれない・・・・と、そう思えてならんのだよ・・・私にはね・・・
とにかく・・・・この二人から目を離すことはないように・・・・少しでも変調があったら即刻私に知らせるんだ。」
「はい」
ナース達の慌しい動きの背後で彼はふと窓の外に目をやった・・・
「今夜は・・・・荒れそうだな・・・・・」
窓の外は・・・・季節外れの嵐の様相を示し始めていた・・・・・。
15・
外は・・・・・激しく雨が建物を叩き付け始めていた。
「古代参謀」
ひどく混み合う遠距離リニアの駅の構内を足早にすり抜けようとしていた古代守は・・・・背後からいきなり声をかけられた。
「・・・!南部か・・・・・」
守はそこでにこやかに立っていた人物が彼の弟の仲間内の人物と見て一瞬息をついた。
「お急ぎのようですね?どこかに出張ですか?でも参謀がこんな公共交通で出張なんてありえませんよね?
どうされたんですか?」
「そういう君は?」
「たった今、関西方面から戻ってきたんですよ。今日は日帰りであっちの施設のシステムチェックでした。
いやぁ・・・ひどい目にあいましたよ・・・・もう少しで帰ってこれないところでした。
この後の便は上りも下りも全便運休だそうですよ。
あっちの方の嵐はすごいですよ。これからこっちの方へもっと流れ込んでくるんじゃないんですか?
この時期にこんな激しい嵐が発生するなんて・・・・これもアクエリアスのもたらした影響の名残なんでしょうかね?」
そういいながら・・・南部は守の表情が浮かないことに気づいた。
「・・・・何かあったんですか?」
「いや・・・そうか・・・あっち方面へのリニアは運休か・・・・」
守は困惑気味に時刻表に目をやりながらつぶやいた。
「・・・・・急を要することのようですね・・・・・」
いつもおどけたような南部の表情がまじめに引き締まった。
「・・・・・古代さん・・・・弟さんの方に何かありましたね?」
「南部・・・・何故・・・・?」
「少し考えれば容易に想像がつきます。いつも冷静なあなたがうろたえるようなことは・・・
そんなにありませんからね。娘さんのサーシャちゃんのことか、古代さん・・・・弟さんのことくらいでしょう?
まして古代さんは今九州の病院に入院されていると聞いています・・・・とすれば・・・・・」
彼のメガネの奥の瞳が鋭く光った。
「古代さんに・・・・何があったんですか?参謀・・・・いや、守さん」
「君たちは・・・・・」
守は南部を一瞬驚いたように見つめたが・・・・すぐに小さくため息をついた。
「何もかもばれてる・・・って様子だな・・・その調子じゃ・・・」
「俺たちの間に隠し事は不可能です・・・とまではいいませんけどね」
南部は両肩を少しあげてみせた。
その時
《ただいま、リニア全面運休が決定いたしました・・・・繰り返します・・・・ただいま・・・・》
やっと構内に運休の放送が流れ・・・周りが騒然となった。
「困ったな・・・・空港が使えないからこっちに廻ったんだが・・・・」
その声に守は眉をしかめながらため息を付いた。
「九州へですよね・・・公用機も無理ですね・・・確かにこの気象条件じゃ・・・・」
「急いで行きたいんだがな・・・・」
「あなたがそんなに急いでるということは・・・・古代さん・・・そんなに容態がよくないんですね・・・・」
「いや・・・・詳しいことはわからないのだがね・・・・とりあえず緊急で呼ばれたんだよ・・・病院からね」
守は言葉を濁し苦笑した。
南部はその守の瞳をジッと見つめ・・・今の状況をなんとなく察した。
「昔、地下都市に張り巡らされたラインは使用できないんですか?」
南部はふと思いついたことを口に出した。
「地下なら地上の荒れた気象も関係ないでしょう?確かヤマトの造営の関係で九州の方面にも
チューブカーのラインが伸びていたはずですよ?」
「地下か・・・しかし・・・あれはもう使用することもないだろうとメンテナンスもされてはいないはずだから・・・
使用できるかどうか・・・」
「そうですね・・・・防衛軍は昔の備品関係なんかのメンテナンス・・・放りっぱなす傾向がありますからね・・・」
その昔「ヤマト」もあった手痛い仕打ちを思い出し、南部は苦笑する。
「だが・・・地上、空の交通機関がダメとなると・・・どうしたものか・・・」
「・・・・・そうだ・・・・」
しばらく考え込んでいた南部が何かを思い出したように顔を上げた
「もしかしたら・・・うちの親父の会社の工場からならまだ繋がってるかもしれません」
「どういうことだ?南部」
「ご存知の通りヤマトの造営の際うちの親父の会社が技術提供してるんです。
その関係でうちの工場の地下からもあの坊ケ崎の地下工場にチューブカーのラインが伸びていたんです。
ヤマトの造営工場の跡地はうちの会社の研究所に下げ下ろされたんで地下のチューブカーもそのまま
使用可能のはずです。坊ケ崎の工場からは四駆の車を用意してくれるようにあっちに手配します。
守さん。それで行けませんか?病院まで・・・・」
激しい風雨の中では・・・・今時のエアカーの使用は不能だ。むしろ昔ながらのタイヤで転がして走る車の方が無難だ。
南部の配慮はそこまで考えてのものであった。
「あ・・・・あぁ・・・・助かるよ・・・・」
守は安心したように大きく息をついた。
彼もお手上げ状態でほとほと困っていたのだ。・・・・気象変化が相手では一介の人間などに太刀打ちできようはずがない・・・・。
「ただし・・・条件があります」
「条件?」
守は南部の顔を見つめた。
「はい・・・僕も病院までいっしょに行きます。病院までかなりかかりますよ?嵐の中慣れないマニュアル使用の車を転がしていかなくてはいけないんです。 交代要員・・・・必要でしょ?」
南部は軽く笑いながら守の荷物を手に取った。
「じゃ、このまま急ぎましょう」
「ったく・・・ヤマトの連中は君も・・・・真田もだが・・・・強引というか・・・言い出したら聞かない連中が多いんだからな」
「仕方がありませんよ。これが『ヤマト戦士』なんですから・・・・あなたの弟もいっしょですよ」
「・・・・違いないな・・・・」
守は思わず苦笑した。
激しく叩きつける雨を蹴散らすように二人を乗せた車は滑るように疾走して行った。
「・・・・で、どういうことなんだ?」
南部重工の工場に到着した南部は手続きのために事務所へと向かい・・・
そして先に地下工場に向かった守を待ち受けていたのは・・・・
島・相原・太田・・・・そして真田だった。
「君ら・・・一体どういうことなのか説明してくれるかな?」
守は上目遣いで目の前に立ってる男達を見据えた。
「古代の一大事に黙って指をくわえてるような俺たちだと思ったんですか?守さん」
「お前からの連絡があって部屋を出ようとしたときこいつらと鉢合わせになったんだよ」
真田は少し苦笑しながら守の肩を軽く叩いた。
「ま、こいつらの気持ちもわからなくはないからな・・・・」
「病室にまでいっしょに・・・とは言いません。せめて・・・病院まで・・・」
「お願いします・・・参謀・・・いえ、守さん」
「守さん・・・古代が・・・あいつが俺たちの前に立つまでは・・・・俺たちの闘いは・・・・終らないんですよ・・・・
あいつも戻って・・・ユキと二人俺たちの前に立って初めて・・・・俺たちのあの『闘い』が終るんです・・・・。
俺たちにできることは何もない・・・。だが・・・・せめて・・・・お願いします」
島たちは守の前で頭を下げ、同行を懇願した。
「ったく・・・本当に・・・君たちは『ヤマト戦士』だよな・・・・」
守は諦めたようにため息を付いた。
「はい?」
「いい意味も悪い意味も言い出したら聞かないって事だよ」
守はフっと微かに笑うと改めて雁首を並べている連中の方を向き直った。
「すまないな・・・・あんなヤツのためにそこまで心を砕いてもらって・・・・ったくあの馬鹿・・・・・
どうしようもない大ばか者だよな・・・・」
守は胸が熱くなってくるのを感じながらつぶやいた。
「チューブカー使用可能です。あっちの研究員の人に大型車をレンタルしてもらえるように手配しておきました。
大の男がこの人数ですから普通車サイズでは無理でしょう?用意はいいですか?」
南部が事務所から戻ってくると全員に声をかけた。
彼はこの連中がそろっていることに何の違和感も感じていないらしい。
むしろ『そろっていて当たり前』とでも取っているかのようだった。
『地球人類のために命を賭けて一丸となって闘う』連中は『たった一人のためにも一丸となる』らしい・・・・。
それが・・・・・ヤマト戦士・・・・たる存在。
守は今までの『ヤマトの強さ』を初めて身近に感じたような気がした。
「じゃ、急ぎましょう!」
南部の誘導で6人は靴音を響かせながら少し湿った臭いが篭る通路を早足で抜けていった。
その先には・・・・10人ほど定員の小型のチューブカーが鈍い光を放って男達を待っていた。
「約30分もあれば到着します。その後は・・・・あっちはかなりひどい嵐だそうですから・・・・ 変な行程になることだけは覚悟しておいて下さい」
そういうと南部は全員が乗り込んだことを確認し、チューブカーのスタートレバーを下ろした。
チューブカーは音もなく滑り始め真っ暗なトンネルへと消えていった。