4
アクエリアスの脅威が去って、地球復興に向かって全員が一丸となって動き始めていた。
古代も・・・・そしてユキもその一員として激務をこなしていた。
そして、二人っきりの時間もなかなか取れないまま・・・・地球に帰還してから2ヶ月あまりの時間が過ぎて行こうとしていた。
二人が久しぶりに二人っきりの時間をもてたのは・・・・・島の退院を見届けた日であった。
古代はあの日にこやかに笑いながら島に告げた
「島、ま、ゆっくりしていろよ。俺達がお前の分まで地球を復興させておくからさ」
古代の小さなガッツポーズに島はいつもの軽グチをたたく・・・・
「何を抜かす。俺がいなきゃお前なんかどうにもならないさ」
「言ったなァ〜・・・・見ていろよ。お前がリハビリを終えて普通任務が可能になる頃には地球はすっかり元通りになっているさ!」
「その割には・・・お前なんか痩せたんじゃないか?」
少しやつれたかのような古代の姿に島は眉をひそめた。
「そんなにやせたか?ここんところ忙しくってな・・・・お前も今の内にのんびりしているといいさ!完治したらこき使われるぞ〜」
明るく笑い飛ばす古代の姿を・・・その横でそんな古代を・・・そして島を微笑みながら見つめているユキの姿に島は安心を覚えた。
島は心配していたのだ。
“ヤマト”という拠り所を失ってしまった古代の心中を・・・・・。
ヤマトは・・・・古代にとってただの“艦”などではなかった・・・・・
古代にとってヤマトは・・・・・“父親”とも慕っていた沖田艦長とのつながりを持つ・・・・まさに拠り所・・・・
それを失ってしまった古代を島は気にかけていたのだ。
『俺が心配することもなかったか・・・・』
自分が思ったよりも元気そうな古代の姿に島は胸をなでおろした。・・・・
だが・・・・現実は少し違っていた。
島の前では明るく笑っていた古代であったが・・・・・・
ユキも感じていた・・・・
古代の「痩せ方」の異常さに・・・・・
(病み上がりの島の前でそんな心配そうなそぶりを見せるわけには行かないから普通に振舞っていたユキではあったのだが・・・・)
“まさか・・・・・まさか古代君・・・・!例の・・・・・・”
古代が置かれた諸刃の剣の状態・・・・・・
全てを知っているユキは今の古代の様子に胸騒ぎすら覚えた。
だがユキがどんなに問いただそうと
「どうもない・・・・・大丈夫だよ、ユキ・・・・」
と、微笑み返してくる古代に対し、彼女は何も言葉が出てこなかったのだ。
島と別れ・・・・古代たちは久しぶりの二人っきりの時間を持とうと彼の部屋へと訪れた。
二人っきりで恋人としての時間を過ごすのは・・・いつ以来のことだろう。
軽くキスを交わし、軽く抱きしめあった・・・・
それだけでも心の平穏を取り戻せるかのようなゆったりとした時間が二人の間に・・・このときは流れていた。
少し疲れた表情を浮かべていた古代ではあったのだが、リビングのソファにもたれて夕食の支度で台所に立つ
ユキの後姿をうれしそうに見つめていた。
「なに?」
ユキが視線に気づき振り返る。
「いや・・・・こうしてこの部屋で君の背中を見るのも久しぶりだなってさ・・・・」
柔らかい古代の笑みにユキは思わず微笑んだ。
ユキは久しぶりの恋人としての時間の心地よさに酔いしれていた・・・。
だからか・・・・・そのときのユキは古代の瞳の奥に潜むどす黒いものを見落としてしまっていた。
「さ、用意できたわ・・・・」
ダイニングに手料理を並べたユキは冷蔵庫からよく冷えたワインを取り出した。
古代の好みのよく冷えた赤ワイン・・・・・・。
その冷たい口当たりを古代は自分の料理と共に舌鼓を打ってくれる・・・・
そうしてユキは古代が待っているはずのリビングの方にそっと目をやった。
しかし・・・・
その時ユキが目にしたのは・・・・・
リビングのソファーにうずくまるように沈む古代の姿だった。
その顔色は真っ青で・・・・信じられないくらい憔悴しきっていた。
「古代君?!」
ユキの声に古代ははっとしたように顔を上げると、彼女の方に笑顔をむけた
「もうできたのか?ユキ・・・・」
「古代君・・・・大丈夫?顔色が・・・・・」
「平気だよ・・・・少し、ここのところ忙しかったからね・・・疲れただけさ・・・・」
「古代君は無理しすぎなのよ・・・・」
「心配ないって・・・・そういう君こそ無理しすぎなんじゃないのか?」
古代はユキの栗色の髪に指をからめ、軽くその柔らかな唇にふれた。
「さ、君の手料理をいただこう」
ユキは古代の・・・自分に触れた唇の血の気のなさが妙に気になった・・・・。
冷たいくらいの唇・・・・・それに・・・妙に影が薄く感じる古代の背中にユキは不安を感じずにはられなかった。
「久々にまともなものを食ったような気がするよ」
ユキの手料理に舌鼓を打ち食後の紅茶を口に運びつつ、古代は微笑んだ。
「久々って・・・いったい古代君何を食べていたの?まさか・・・仕事が忙しいからって
栄養補助食品みたいなものだけで食事を済ませていたんじゃないでしょうね?」
古代のこぼした言葉を鋭く聞きつけ、ユキは少し眉を潜めた。
「ほ・・・ほら、テレビディナーとか・・・だよ。あれをレンジでチンして一人で食べるほど味気ないものはないよ」
ユキの様子に古代は焦ったように言い訳を繰り出した。
「もう〜・・・そんなのだけじゃ、栄養が偏っちゃうわよ・・・私、時々お惣菜を作って冷凍庫に入れておくわ・・・
一食分ずつに分けてあれば簡単でしょ?」
「あぁ・・・・助かるよ・・・」
そう呟いた古代が・・・・・・いきなり顔面を蒼白にして崩れこむようにうずくまった。
「!!!」
古代はそのまま洗面所に駆け込んだ。
「古代君!!!」
古代は苦しげに何度も嘔吐を繰り返した・・・・それこそ今食べたもの全部・・・・それどころか胃液すら吐き出すほどに・・・・・
古代の様子にただならぬものを感じたユキはあわてて洗面所に飛び込むと・・・・・
苦悶の表情を浮かべて脂汗をかいている古代が洗面器に顔を埋めていた
そんな古代の背をさすりながらユキは少しでも楽になるように身体を締め付けているものを全て緩めた。
その間も彼は苦しげに吐き続けてた・・・・
しばらくして・・・・吐き戻すものもなくなったのか・・・・・古代は肩で息を切し、洗面器に掴まりながらもなんとか立ち上がった。
「・・・・・・いつからなの?」
鏡に映るやつれた古代の背後に待ち受けていたのは・・・・・・さすようなユキの鋭い視線だった。
「大丈夫だ・・・・心配ない・・・」
「大丈夫じゃないじゃない!!何が心配ない・・・・よ・・・・・・」
ユキは古代を包み込むように抱きしめるとそっと身体を支えながらリビングに移動し、静かにソファーに座らせた。
「はい・・・・ゆっくり飲んでみて・・・・」
ユキは人肌よりほんの少し熱めの白湯を古代に渡した。
古代はそれを受け取ると静かに口にした。暖かなお湯が胃液で荒れてしまった喉を通ってゆく・・・・・。
「ありがとう・・・・こんなつもりじゃなかったんだけどな・・・ごめん」
「ごめんじゃないわ・・・・古代君・・・佐渡先生に見ていただきましょう」
ユキの大きな瞳に涙が溢れた。
「ごめん・・・心配をかけるつもりなかったんだけど・・・・」
「心配かけないつもりって言ったって・・・そういう問題じゃないじゃないっ・・・・いったい・・・いつからなの?」
「いや・・・・こんなにひどいのは初めてだよ・・・。島が無事退院したから安心したのかな?」
「お願い・・・・・とにかく・・・明日絶対病院行ってね・・・・私も行くわ・・・・」
「ごめん・・・・・・心配かけて・・・・」
古代はそのままうずくまるように眠ってしまった。
まるでユキがいることに安心しきっているかのように・・・・・
“まさか・・・・でも・・・・・”
ユキは自分の中に湧き上がってくるどす黒い不安を否定するかのように頭を振った。
・・・・それは新たな・・・「内なる古代」との戦いの始まりでもあった。
5
「え?先生・・・どういうことですか?」
地球防衛軍付属中央病院の内科診察室でユキは佐渡と対峙していた。
「全身衰弱状態って・・・・・いったい・・・・・」
佐渡は眉を潜めながらカルテを見つめていた。
「先生・・・・・・・」
「残る理由はただ一つ・・・・・・・・わしらが恐れていたものが現実に表面化してしまったようなんじゃ・・・・・ユキ・・・・」
あの時ユキが古代に飲ませた白湯をも・・・・結局古代は嘔吐してしまったのだ。
・・・・・・つまり何も古代の胃は受け付けないということだった。
今・・・・・古代は・・・・・病室で点滴を受けながら眠っていた。
まさにこんこんと眠っている・・・・・・状態だった。
「ユキ・・・・こいつは厄介なことになるやも知れんぞ・・・・」
佐渡は厳しい瞳をユキに投げかけた。
「先生?」
「・・・・・・はっきりしたことはいえん。じゃが・・・・・たぶんこりゃ・・・・わしの力だけではどうすることもできん」
「先生の・・・力だけでは・・・・?ということは先生の専門以外の分野ということなんですか?」
「わしだとて医者じゃ・・・それもヤマトの艦医じゃ・・・・ある程度専門外のことも診ることもできるわい・・・・
じゃが古代の場合・・・・・ちと厄介なことになりそうなんじゃよ・・・・」
「先生っ!回りくどいいい方なんかなされずにはっきりといって下さい!」
ユキはいらだつ心を抑えきれずに叫んでしまった。
(一体古代君の身に何が起こっているのか・・・・?何が彼の体を蝕んでいるのか?)
その時、ユキはハッと思い当たったことがあった・・・・
「先生・・・・ま・・・・まさか・・・・やっぱり『あの薬』の副作用・・・・の症状なんでしょうか?」
「・・・・・思い当たったようじゃな・・・・・」
佐渡はユキからスッと目をそらした・・・・。ユキは・・・・ジッと佐渡の背から目を逸らさず見つめ続けた。
「ユキ・・・・お前さんもナースの資格を持っているもんじゃ・・・隠し立てしても始まらんじゃろう・・・・」
佐渡は小さな目に寂しそうな光を浮かべ・・・・脇にあった酒瓶を掴み取ると・・自らを落ち着かせるためかのように一気に中身を煽った。
しかしその表情は・・・・いつものようにいかにもうまそう・・・・・というには程遠いものであった。
「ユキ・・・・お前さんも憶えているじゃろう・・・・この前のディンギルとの戦いの直前・・・・・
古代が致死量の放射性物質を身体に浴びて生死の境に陥ってしまったことを・・・・・」
「はい・・・・もちろん・・・・憶えています」
ユキは苦虫を噛むかのような表情を浮かべ足元に目をやった。
そう・・・・忘れたくても忘れられない一瞬・・・・
満身創痍で倒れこむかのように地球にたどり着いたヤマト・・・・
その艦内でユキが始めてみたものは累々と横たわるヤマト乗組員達の遺体・・・・
そして・・・・たどり着いた第一艦橋で目に飛び込んできたのは・・・・・・
宇宙服を不完全に身に付けて倒れた古代の姿・・・・
ユキは古代を永遠に失ってしまったと思い込み・・・・・自らの手でその命を絶とうとしてしまい、一瞬の差で気づいた真田に助けられた。
だが・・・・古代の生命は奇跡的にも繋ぎとめられていて・・・・
佐渡等医療班の賢明な処置により再び蘇った・・・・。
「じゃが・・・・あのときの治療は完全なものとはいえなかった・・・・そのことはお前さんにも話してあったな?」
「はい・・・・知っています・・・・」
致死量を遥かに超えた放射能によって蝕まれた古代の身体を完治させるには・・・・あまりに時間がなかった。
あの後すぐに敵の攻撃が始まってしまったのだ・・・・
佐渡は苦渋の選択を強いられた・・・・
このまま完治するまで古代を病院のベッドに縛り付けておくか・・・・それとも・・・・・?
「わしは・・・・・医者としてはやってはいかんことをしてしまったのかもしれん・・・・・。
いくら軍上部の命令とはいえ・・・・完治していない古代の身体に
あの“試験薬”を打ち込んでヤマトに乗り組ませてしまったのじゃからな・・・・」
急性放射能障害に蝕まれた古代の身体は・・・・完膚なまでに痛めつけられていた・・・・。
そのままではとても正常な判断で戦艦を指揮することなどできないほどに・・・・・。
かといってその時の地球には・・・・ヤマト以外・・・・古代以外頼るべきものがいなかった・・・・
それほどまでにヤマト・・・・古代という存在自体が全ての地球人たちを奮い立たせるだけの意味を持っていたのだ。
そんな中、軍上層部はとある『薬』を古代に使用することを佐渡に命じてきた・・・・
それは『今』だけ古代が正常な判断で指揮をできるように・・・・後の副作用、後遺症等のことは考えなくてもよい・・・・
それはそういう意味を持つことでもあった。
佐渡は迷った・・・・上層部の命令は確かに今の地球には正しい判断なのかもしれない・・・・
しかしそんなことをしたら古代の身体は・・・・古代自身の・・・
そして彼に寄り添って生きてゆこうと誓ったユキの未来は?!
「上層部が指定してきた薬を使えば・・・・確かに数週間の間・・・正常な判断をする精神を保つことができた・・・・
じゃが・・・その後は・・・・一つ間違うと廃人になってもおかしくないほどの激しい副作用を伴うほどの・・・・薬じゃッた・・・・
そのために実用化されずお蔵入りになっていたほどの薬だったンじゃからな・・・・・・」
「でも・・・・・その“薬”を最終的に使うことを決めたのは・・・・あの人だったんですから・・・・佐渡先生の責任ではありません」
佐渡の苦悩の顔とは裏腹に・・・・だが寂しげにユキは微笑んだ・・・・
「だって・・・先生が上層部に言われたからといって『はい、そうですか』とそんな薬を患者に使うような医師ではないことを・・・・
私誰よりよく知っています。古代君が使ってくれるように先生にお願いしたんでしょう?」
佐渡は何も答えなかった・・・・ただ、苦しげにうつむいているだけであった。
『先生・・・・俺は自分のできうることがしたい・・・・地球のため自分ができることをしたいんです。
俺を・・・俺をヤマトに帰れるようにしてください!お願いします・・・・・』
佐渡は古代の食い入るような瞳を思い出していた。
放射能の影響で全身が悲鳴をあげ・・・・腕一本・・・・まぶたを動かすことすら激痛が走ったであろう
その状況で彼は佐渡の腕に食い下がって懇願してきた・・・・・その瞳を見て・・・・
佐渡は・・・・・・・苦渋の選択に迫られ・・・・・追い詰められ・・・・・
そして・・・・古代の希望に沿うことを選ぶしか道が残されることはなかったのだ。
古代の・・・・やつれ細った腕に・・・・『それ』は打ち込まれることになった。
佐渡自身の手によって・・・・・・
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