遥かな想い・・・・




初夏を思わせるさわやかな季節のなか、一人の男がカウチに座り青く澄みきった空を眺めている。

精悍な面立ちに柔らかな微笑を浮かべながら・・・・





ここ十数年、大きな戦いもなく、太陽系は平和な時を過ごしていた。

古代進も、最愛のユキと結婚をして平和な時過ごしていた。

進の仕事は相変わらず戦艦の艦長という役職についていたが・・・

ユキとの間に、三人の子供も授かり、楽しい時をユキの両親とともに過ごしていた。

双子は、それぞれ自分の道を見つけて、大学へ通い、末息子は、生意気盛りの高校生になっていた。

休日に家族で出かけることが少なくなってきたこの頃、子供達は友達を優先する年齢になっている。

五月晴れのこの日、お互いの仕事を調整して、2日間の休暇をとることが出来たふたり。

久しぶりに家族と出かけようと朝食の時に子供達へ提案した進であったが、子供達それぞれが出かける予定が入っていた。

二人だけで、結婚記念日を過ごすのも悪くないと思いながら、ゆっくりとすごす事は出来そうもなかった。

ユキ自身、朝から今夜の準備を始めている。

何か手伝おうと進がユキに声をかけると、

「うふふ・・・大丈夫よ。

あなたは書斎の方を片付けてくれないかしら?

本棚が寂しそうにしているわよ」

そういわれてしまった進は

「確かに・・・

所定の位置へ本を並べてきますか・・・・

ユキの方がひと段落ついたらお茶にでもしよう・・・」

「後1時間ぐらいでなんとかなると思うわ。

お茶の用意が出来たら呼びますね」





書斎に積まれてある本を所定の位置へ並べる。

一時期、防衛軍を休職して通った大学の専門書までも出てきた。

進が子供達と同じ年齢の頃、青春を謳歌するという事はなかった。

ガミラスの遊星爆弾が降り注ぐなか、訓練を繰り返し、イスカンダルからのメッセージにコスモクリーナーDを受け取るべく、14万8千光年も先の未知なる惑星までの旅。

死んだと思っていた兄との再会。

暖め続けてきたユキへの思いも一時期は告げることが出来なくなってしまったと思いつめ、再びユキのひとみが開いた時、場所も考えずに、告白してしまった。

ほんとうなら、双子よりも大きな子供がいたかもしれない・・・

そんなことを考えながら、本の整理をしていた時、手元で広げていた本の隙間からはらりと一枚の写真が落ちた。

裏返しになって落ちた写真を拾い表に返すと

「あ・・・・」

小さな声を上げてしまったから慌ててドアのほうへ向く。

キッチンにいるユキに聞こえなかったかと焦る進の姿がある。

手にしていた本を机の上に置き、テラスへと足を運ぶ。

大きな窓の脇に置いてあるカウチへと腰を下ろし手の中にある写真を眺める。

この写真はいつ撮られた物だったのだろう・・・・






進とユキが結婚式を挙げたのは結婚の延期を決めてから4年後の事。

ヤマトと艦長の沖田を見送り、進が心の整理をつけた頃ユキへ再度プロポーズをした。

「あの時南部が色々と手配してくれたけど・・・・

新婚旅行から帰ってきて直ぐ南部に呼び出され、出かけた先でこれに着替えろといわれてんだよな・・・・」

懐かしい思い出がよみがえってくる。





『古代、ちょっと頼まれてほしい事があるんだけど・・・・』

帰ってきたばかりの進へ電話をかけてよこした。

『南部の頼み事ねぇ・・・・

あまり乗り気はしないが・・・・』

『そんなコといわないでお願いしますよ。

明日の10時に迎えに行きますから、仕度していた下さいね。

もちろんユキさんも一緒に・・・』

進に断られる前にビジフォンを切ってしまった。

翌日迎えに来た南部にせかされ車に乗り込み連れて行かれたのが、南部の知り合いの写真館。

嫌な顔をした進に

『ここの主にね、結婚式場のパンフレットの依頼がきたんですよ。

お二人が式を挙げた教会と披露宴会場のホテルから・・・』

しらっと言う南部に進は

『そんなこと防衛軍のほうで許可でないだろう?』

『ところが、お二人がおせわになったからと、長官が特別許可を出したらしいですよ。

もちろん1年間という期間付ですが・・・・』

南部の言葉を聞いた進は、くるりと踵を返して、ユキの手を引き帰ろうと歩き出す。

『あ、この依頼お二人が受けないと向こう一年古代さんは参謀として本部勤務になるそうですよ』

にやりと笑いを浮かべながら言う。

『ユキさんはうれしいでしょうけど、古代さんあなたには辛い事ですよね?

大好きな宇宙を飛び回れないのですから・・・』

さぁ、どうしますか?という顔をして、写真館のドアを開けている。

『・・・・・』

無言のまま南部を睨みつけて

『わかった・・・こっちからも条件を出させてくれるのなら引き受けてもいいが?』

苦虫をつぶしたような顔の進に

『ええ、いいですよ。仲でお聞きしましょう・・・』





「その時一着だけしかきないといったら、南部のヤツ・・・・」

写真を見ながら

「普通の格好だと思わせておいて用意してあったのが防衛軍の制服。

それも軍礼服と艦長服。

どちらかに決めかねていたから自分で決めてくれなんて・・・・

全く、俺が何か言うだろうからって先に手を回しておくんだから・・・・」

そうつぶやいた時、書斎のドアをノックしてユキが入ってきた。

「あら、まだ片付かなかったの?」

机の上にティーセットを置きテラスの方へ歩いてくる。

「ん?ちょっと懐かしい写真が出てきたものでね」

手にしていた写真をユキへ渡すと、

「あら、ほんと・・・このときもあなた、嫌々着たのよね」

おかしそうに笑いながら言うユキに

「それは・・・結婚式挙げたばかりだっただろう?

あんな堅苦しい格好をまたしないといけないと思ったら・・・・」

「南部さんの方が一枚上手だったのね」

「まあね。昔からかなわなかったからな・・・」

「ねぇ、進さん。この写真飾ってもいいかしら?」

悪戯っぽい瞳で進を見つめる。

「飾るって・・・・」

「だって、この写真、パンフレットには使えなかったでしょう?」

教会とホテルから依頼された写真は、ごく一般的なフォーマルとドレスの二人の写真だった。

ところが南部が用意した服は軍の制服。

パンフレットの写真に使われたのは、進たちの結婚式の時に相原が撮影したビデオの中から起こしたものだった。

「だから、きちんと飾っておこうと思うの。

美希も美優も私達に結婚式の写真を見たいといっていたのよね。

相原さんがダビングしてくださったビデオ見せてもいいけど・・・・」

「それだけはダメだ、絶対見せないでくれ」

困り果てた進の顔を見て

「そうね、色々なこといわれているものね。

だからこの写真、あの写真の横に飾っておくわね」

「あの写真の隣って・・・リビングのか?」

「そうねぇ・・・並べておくのもいいかもしれないわね。

子供たち、気がつくかしら?」

「気がつくとしたら、美希か美優だろう?」

「あら、渉も結構気がつくのよ、誰かに似て・・・」

意味ありげな笑みを進にむけて、

「せっかくの紅茶が冷めてしまうわ。

お茶を飲んだあと、この写真を入れるフレームを買いに行きましょう?」

「そうだな、子供達が帰ってくるのは夕方だといっていたから・・・

それより、キッチンの方は大丈夫なのかい?」

「ええ、後はかえってきたからで大丈夫よ」

少し冷めてしまった紅茶を飲み干した二人は、フォトフレームを買いに出かけることになった。





フォトフレームに写真を入れ、夕食の用意を始める。

そろそろ子供達が帰ってくる時間が近づいてきた。

どことなく落ち着かない進は、ソファーに座り本を読んでいると、帰宅を知らせるチャイムが鳴った。

『お母さん、ただいま。』

「お帰りなさい、渉。今鍵開けるわね」

オートロックを解除をすると、玄関を開け慌てて渉自身の部屋へ走りこむ。

その後を追うように

「お母さん、お父さん、ただいま」

「お帰り、美希、美優。渉と一緒だったのかい?」

「途中で一緒になったの」

美希と美優がリビングへ入ってきて報告をする。

「さあ、二人とも着替えてきてちょうだい。

渉にも声をかけてあげてね」

「はーい」

ユキに言われそれぞれの部屋へ。





家族5人で久しぶりの団欒。

食事が終わり、それぞれがくつろいでいるとき、目ざとい渉がリビングの違和感を指摘した。

「ねぇ、父さん?写真が一枚増えてない?」

渉の言葉に慌てた進が、

「そうか?増えていないと思うけど・・・」

素知らぬ顔の進の脇を渉が通り過ぎ問題の写真を手にする。

「やっぱり、これ始めてむる写真だ。

姉さん達はこの写真のこと知っている?」

渉から渡された写真を二人で見ながら

イラスト:なほこさん

「始めてみるわよ、隣においてあった写真はずっとそこにあったけど・・・・」

「でも、お母さんもお父さんもそっちの写真の頃とあまり変わらないから・・・・」

美希も美優も進のほうを見る。

「えっと・・・それはだなぁ・・・・」

言いよどむ進を見ながら

「そんなにお父さんをいじめてはかわいそうよ。


その写真はね、この写真を撮ってから一月ぐらい後の写真なの。

このとき南部さんに呼び出されてね、まさかこんな事になるとは思っていなかったから・・・

連れて行かれてところでお父さん、自分の衣装を選ぶようにいわれたのよ。

お母さんとしてはもう一つのを着たお父さんに会ってみたかったんだけれどね」

うふふ、と笑いながら子供達に話して聞かせる。

「あれは・・・堅苦しいから嫌いなんだよ・・・・」

拗ねた顔をした進に渉が

「だから、いつも着慣れている方にしたの?」

「着慣れてなんかいなかったぞ。

“黒”なんかこのとき初めて着たんだからな」

剥れる進に美希が

「でも、この写真に写っているお父さんもこっちのタキシードのお父さんもお母さんの事とっても大切人なんだって伝わってくるわね」

「それに、軍礼服のお父さんも見てみたかったわ」

と、美優まで言う。

「父さんの軍礼服、近い将来見せてもらえるかもしれないだろう?

ね、美希姉さん、美優姉さん」

爆弾発言をした渉に美希と美優が

「渉!!」

「バカなこと言わないの」

「おい、渉。お前何か知っているのか?」

慌てた進が息子を睨みつける。

「別に・・・だって、姉さん達もお年頃になればそういう話も出てくるだろう?

それに、今すぐって言うわけでもないんだから、何慌てているんだよ、父さん」

くすくすと息子に笑われてむっとする進に美希が

「お父さん、機嫌直して。おいしい紅茶入れてくるわね」

「お母さんもお父さんお隣に座っていて。

渉、手伝ってちょうだいね」

ユキを進のとなりへ座らせ美優は渉と一緒にリビングを後にする。





人数分のカップに紅茶を入れ美希がリビングに戻ってきた時、美優と渉がなにやら持ってきた。

二人の前に紅茶と綺麗にラッピングされた箱を置く。

「あのね、今日出かけたのはこれを選びに行ったの。

最初は美優と選んでいたのだけどね、なかなかいいものがなくて・・・」

「3軒目のお店へ行って時にね、ウィンドウに張り付いている渉にあったの。

渉もね何か探していたらしいのだけど・・・」

「凄く素敵なグラス見つけたんだ。だけど、お小遣いでは足りなくてさ・・・

どうしようかと考えていたところへ姉さん達が来たんだ」

「三人でお金を出し合って買って来たものなの、気に入ってくれるといいのだけれど・・・」

三人がそれぞれことの成り行きを言い終わった時

「開けてみていいのかしら?」

ユキが子供達に尋ねると

「父さんと母さんの結婚記念日のお祝いに買ってきたものだから開けてもいいよ」

渉の言葉にユキが箱を持ち上げる。

ラッピングをはずすと中にカードが収められている。

しっかりとした箱の中から出てきたのはペアのワイングラスとカットグラス。

「まぁ、素敵なグラスね」

「ほんとだ、このグラスで飲むワインはきっとおいしいだろうね。

ありがとう、美希、美優、渉」

「ありがとう、大切に使わせてもらうわね」

両親のうれしそうな笑顔をみて子供達もうれしそうな顔をする。




それぞれが明日の準備があると早々に部屋へ戻っていった。

二人だけの時間を子供達がプレゼントしてくれたグラスに、今日のために買っておいたワインを注ぎゆったりとした時を過ごす。

渉がいった近い将来軍礼服を着なくてはいけない日が来るのかと思いながら・・・・



ILLUSTRATION:なほこさん






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