Blessing from moonlight
古代進と森雪の二人は、揃って自然環境保全団体に招かれ、中央エリア最大のコンベンションセンターで開催された『森林早期再生計画会議』に出席した。
会議を終えた二人は、新たに指定された自然保護区域の一角にある研究施設に案内され、そこを見学した後、併設されている研究者宿泊のためのコテージに招待される。
更にそのコテージの広いリビングでは会長や研究員達との会食が賑やかに行われた。
長い長い談笑が終り、会長と研究員達がコテージを去った後には進と雪の二人、そして会長の息子であり、自然環境の保全員でもある青年が残った。
めまぐるしく時間が過ぎてゆき、二人揃っての、いや、二人だけの地上での仕事というのは初めてのことだったし、慣れないことだらけで緊張していたため、進も雪も、いささか気疲れし始めていた。
「今日は有難うございました。それにしても、古代さんが思いのほか植物にお詳しいんでびっくりしましたよ。ここの研究員として引き抜きたいくらいです。」
青年は、そう言ってにこやかに右手を差し出した。
あまりに大袈裟に褒められたので、進は顔を真っ赤にして恐縮しながら彼と握手をする。
「ええと……。お恥ずかしい限りです。なかなか興味深い話が多くて、なんだか夢中になって喋ってしまったものですから……。なんて言うか、その……。むしろ反省してたくらいで……。」
進は困ったように頬を掻く。
「いやあ、何言ってるんですか!そうでなくとも僕、古代さんのこと、心から尊敬しているんですよ。お会いできてホント、光栄です!」
青年の言葉に、進はますます赤くなって、もう逃げ出したいような気分になった。
「何より森さん。あなたが噂以上にお綺麗な方だったので、会議の途中、見とれてしまって何度、頭の中を真っ白にしたことか!今回、出席した連中は、みんなそうだったんじゃないでしょうかね。
それから、あなたが提出して下さった、ヤマトの旅で採集された植物や生物の分析データですが、とにかく見やすくて非常にわかりやすいと大評判でしたよ。たいへん参考になりました。ここの研究員一同、森さんのこと、是非、ウチに欲しいって、口々に言ってましてね。どうです?考えてみては?いやあ、森さんなら大丈夫!科学分析以外にも看護はできるし、秘書もやれるし、なんたって戦闘機も操縦できるって聞いてます。まあ、これはあんまりウチには関係ないですけど。
もう森さんが来て下さったら、僕ら、今までの100倍は働きますから!!」
青年の矛先が、今度は雪に変わって、彼女も進同様、真っ赤になってうつむいた。
進はというと、必要以上に雪に触れ、うんざりするほどよく喋るこの青年に、心の底で、(それならまず、雪にお茶を淹れさせてやる!まずはコーヒーの洗礼、受けてみろ、おまえ!)と毒づいた。
「いやあ、とにかくホントにお二人とも多才といいますか、さすがですねえ!」
それからまたしばらく、彼の二人への称賛が続き、これはもう、ほめ殺し以外の何ものでもない――と進も雪もげんなりしながら思い、早く解放して欲しい――と心底、願った。
「お二人をお招きして本当によかったと父も申しております。おかげさまで、たいへん有意義な会議になりました。有難うございました。また機会がありましたら、是非ともご参加いただきたいと思っております。宜しくお願いします。
さて、と。もう、こんな時間だ。すいません、嬉しくてつい、長話してしまって……。
今日はお疲れになったでしょう?このコテージ、なかなか快適なんですよ。どうぞ、ゆっくりなさって下さい。」
彼は深々と頭を下げると、何度も礼を言いながら名残惜しそうに出て行った。
「はぁ……。なんだったんだ?あいつ?」
「長かったわね……。」
ようやく解放された進と雪は、ぐったりとソファーに沈むと、揃って深い吐息を漏らした。
*********
コテージの浴室で、それぞれがシャワーを浴び、湯に浸かって一日の疲れを癒した。
それから、進はビール、雪はハーブティーを飲みながら、ゆったりとした寝室で、とりとめのない話をし、しばし、のんびりと寛いだ。
そうこうするうちに夜も更けてゆき、やがて、ふたりは無口になった。
コテージ内は、しん、と静まり返っている。
二人は互いを見やった。
「静かだな。」
「静かね。」
それから揃って窓の外を眺めた。
白樺木立の、折り重なる枝の隙間から月の光が零れ落ちている。
「やっぱり緑はいいな……。」
呟くように言って、細く届く月明かりの下で目を細める進の横顔を、雪は微笑みながら見つめた。
「うん?」
視線を感じた進が雪を振り返る。
「なんでもない。」
雪は微笑みながら小さく首を振る。
「おかしなやつだな。」
肩をすくめて再び窓の外に目をやる彼。
潤んだように安らいだ瞳で、飽きもせず彼を見つめ続ける彼女。
こんなにも穏やかな彼の表情を見るのは久しぶりだった。
彼女自身、とても安らかな気持ちになっているのがわかる。
「あの赤く焼け爛れた地球が嘘みたいだな。」
「本当よね。緑と共に、また新しい生態系が生まれて、たくさんの命が育まれていくのよね。」
「うん。守っていきたいよな。」
「ええ。そうね。」
「僕達、人間の暮らしも。」
「ええ。」
「それから……。」
「それから?」
「……キミのことも。」
「え?」
進の言葉に驚いたように目を丸くする雪。
隣に寄り添う愛しい恋人は。
月の光に照らされて、まるで森の妖精のようだ――と進は思う。
やさしい眼差しを向けて微笑みかけている、その美しい妖精の姿が、ふと儚げに見えて、進は不意に胸が苦しくなる。
イスカンダルからの帰途、ガミラスの襲撃から自分を守るために彼女が死んだと告げられた時の、あの衝撃と絶望と悲しみが、まざまざと脳裏に蘇り、進は、たまらず彼女の肩を引き寄せて抱いた。
「これからは僕が……僕がキミを守りたいんだ。」
そう耳元で囁いて、彼女と向き合う。
「古代君……。」
雪の瞳が小さく揺らぎ、ゆっくりと閉じられる。
進は胸元に彼女を引き寄せると、小さくて愛らしい唇にそっと口づけて、それから強く抱きしめた。
あの時、僕は気づいたんだ。
僕の幸せはキミなんだ。
僕を生かしてくれるのはキミなんだ。
僕は。
僕はキミと生きていきたい。
ずっと、ずっと。
命ある限り、キミとふたりで。
進は。
雪のぬくもりを懐深く感じながら、その儚げな細い身体を更に強く抱きしめて、愛しているんだ――と、何度も何度も繰り返す。
雪は。
進の狂おしいまでの抱擁に小さく喘ぎながら、むしろ、心地良さを感じていた。
彼女も彼のたくましい腕の中で、愛しているわ――と吐息のように何度も何度も応える。
恋人達は互いに深く想い合う。
きっと、ふたりはひとつなのだ――と。
未来永劫、決して離れることなく。
互いの魂は引き合い、寄り添い合うものなのだ――と。
深まりゆく夜のしじまの中で愛し合うふたりを。
今宵、月だけが静かに照らして祝福をした。
楽天さんより2周年のお祝いを頂きました。
守らなければいけないもの、守りたいもの、