Lock-on


 目的地(イスカンダル)に寄港中…という事は、艦は動いていないという事、戦闘状態ではないという事。一言で簡単に言ってしまえば、暇だという事である。
 いや…受け取るべき物を部品(パーツ)の状態で大量に受け取ってしまった工作班は、その搬入と数量・種類のチェックに右往左往。既に、最初の組み立てにさえ掛かっている。
 あちらからの純然たる好意として、水と食糧をこれまたかなり大量に戴いてしまった生活班も似たり寄ったり。搬入作業自体は工作班の作業と重なってしまったから、尚更。
 見事辿り着いたは良いが、予定をはるかに過ぎて…の折り返し地点。最大の問題は、日限までに余裕をどれだけ残したまま地球に帰り着けるか。操艦に掛かる作業は無くても、航路の計算と予定の設定に航海班は頭を悩ませている最中。

 …要するに、とことん暇なのは戦闘班だけと言って良い。

「あ〜、もうっ。煩いっ!」
 席が隣の第一艦橋内でなら、もう少し諦めもしよう。だが、偶然の廊下に擦れ違ってしまえば終わるはずのものを引き止められれば、そうも思いたくなる。
 通信班だって、それなりに忙しいのだから。
「構って下さいよ〜、相原君ってば〜」
「無駄に懐かないっ。可愛くないし」
 背は高い。喋りはかなり丁寧な方だろうが、あくまでも男の声だ。空間騎兵ほど抜きん出ていなくとも結局は戦闘士官、体格だって相当に良い方。
 それでも、見知らぬ相手にならそう映る事もあるかも知れないが。同じ艦内、それも隣に分かり過ぎている相原が、何を間違って「可愛らしい」と感じる事があるものか。
「だって、お暇なんですよ」
「ああ…そう?」
 このままだと、つい相手してしまって時間を潰すだけだ…と判断したので、そんなセリフに切り捨ててそこに置き去りにした。

  ◇  ◇  ◇  ◇

 懐かしくさえ感じるような蒼い惑星へのそんな寄港も、既に数日以上。搬すべき物はほぼ搬して終わって、その整理も付いた。後は、最終的に艦の状態を整えて、またここを離れて還っていくだけ。
 流石にこの頃には、どの班も一時の忙殺は無くなったようで。擦れ違ってばかりいた顔も、ようやく当たり前の場所で見掛けるようになって。
「そう言や島さんって、いつの間に『雪さんを諦めた』んです?」
 ものすごく唐突でとんでも無くストレートな問いに、思いっきりむせ込んだ島である。
「飲んでる最中に、そんな事訊くなよっ!」
 ここは第一艦橋、単純に休憩中。この場合に「飲んでいた」のは、当然アルコールでは無い。なので、問うてきた方も全くの素面だ、酔っ払っての脈絡の無さではなかった。
「だって、気になったんですもん」
 島の慌てっ振りも、この際せいぜい見て楽しませてもらっている、問うた南部だった。それを逆に眺めてしまって、こいつを暇にさせておくとろくな事言わないな…とつくづく思った島でもある。

 かなり以前から、雪への感情がバレバレなのは古代だが。少しばかり前から、どうやら古代への感情が見えてきたのは、雪の方。
 流石に、それが男女差なのか。古代に較べれば、随分と分かりにくくも感じるけれども。
「…忘れた」
 取り敢えず、何か答えなければ引き下がる事無いだろう南部だから、そう。本当はいつ、何を理由で諦めたのだったか…なんて口惜しいながら、忘れられないで憶えていたりするのだが。
「え〜?」
 教えて下さいよ…と喰い下がってくるのに、もう一度同じセリフを繰り返して。
「遊ぶんなら俺じゃなくて、古代にしとけよ」
片恋さえ既に諦めたと分かっている奴より、現在進行形な奴の方が数段面白いだろう…と。
 この際、自分が「暇潰し」の対象から外れれば充分な島が、随分と無責任に違う方向に振ってみる。

 それもそうですねえ…と、そちらに南部の意識が向いたらしいのを見て取ってから。島は、第二艦橋(した)に下りるというもっともらしい理由を述べて、第一艦橋(そこ)を逃げ出した。

  ◇  ◇  ◇  ◇

「古代さんって、雪さん『好き』ですよね?」
 島に真正面から訊くような奴が、古代を相手に何の遠慮をして斜めから訊ねてみたりするはずが無い。それも純粋に問わずに、既定の事を確認するかのような問い方。
 ピ…という、軽く小さなエラー音。
「…途中で、変な事言うなよっ!」
それは、古代が動きもしない的を外した証拠。普段なら、在り得るはずが無い。
 問いには何も答えていないが、それが肯定であれ否定であれ、南部の問いに狼狽(うろた)えた…のは確かなんだろう。
 戦闘班員が暇なら、その班長だって相当に退屈していた訳だ。艦長代理としても、航行も戦闘もしていない現在(いま)に大した仕事が有るはずが無いのだから。
 だから、もう敵も存在しないはずなのに。全く個人的に、自発的に、射撃訓練。

「別に、変な話でも無いでしょ」
 この際、南部の言う方が正論。
 こんな危急存亡の秋(とき)だろうと、それから唯一逃れられるだろう重い任務の最中だろうと、「本能」はそれを越えるもの。いや…むしろ、こんな事態(とき)だからこそ。
 異性に惹かれる事有って、当然。それを素直に表すも、もっともらしい理由に秘めるも、どちらにしても。
「…で、好きですよね?」
 …だから、もう少し言葉を選べよ…と思わなくも無い、同じセリフの繰り返しに。またしても、ピ…というエラー音。流石に2度目の問いに、古代も外すまではしなかったが、中(あた)ったとも言いがたい。
 問うたび中らない事を、良い「嘘発見器」代わりになるな…と南部が思っている事に気付かない古代は。その問いを無視する手段として、やっぱり的を睨んだまま。

 散々…である。
「お前…何回訊きゃ、気が済むんだよっ?」
「答えを聞くまで」
 しつこく何度も同じ事を聞いてくる南部も、南部には違いないが。その結果の八つ当たりを古代がぶつけてみても、あっさりと返してくるのも南部。
 いや…もう答えを聞かなくても、その普段の古代には在り得ない射撃の結果に分かってしまっているが。言葉に言わせようとしているのは、最早単なる嫌がらせ。
「だから、とっとと言って下さいな」
「何でだよっ!?」

  ◇  ◇  ◇  ◇

「あ、お帰り〜」
 数日後の出立が、既に決定している。なので、そろそろあれこれの報告が第一艦橋に集まってもくる頃。
「何、やってた訳?」
隣席である所為で、その居ない間のコンソールへの報告を代わりに受けていた相原が、それを抜かり無いが簡単に伝える。
「遊んでました」
「…誰で?」
 「何」で…でも「何処」で…でも無く、「誰」で…と問う辺り。相原もこの半年ばかりですっかり、南部の言動パターンに慣れたと言えるだろう。
 裏返せば、南部が全く「他人で遊ぶ人間」だと身を持って思い知っている…とも言えるが。
「古代さん。逃げられちゃいましたけど、ねえ」
 苦笑しながら答えて、南部は自席に。さっき、相原から口頭で受けただけの報告から、各所に的確に指示を一通り。
「何で、古代さん?」
 意外に思わなければ、訊かない。
 同期には間違い無いが、南部にとっては直属の上司でもある。その古代を相手にしては他愛無い雑談もあまり、殆どは仕事の話に終始して「遊んでいる」なんて見掛けた事など無かったから。
 つまり、その程度には真面目で非常識でも無い…と思っていた訳だが。
「面白いかも…と思ったんですよ」
そんな答えが、右隣からあっさりと。
 自分でそう気付いた訳では無く、島にそうと振られて気付いた事まで、ご丁寧に付け加えて。

 まあ…そうかも、とは思わなくもない。
 相原だって、恋愛にはごくごく普通に興味は有る。勿論、今現在の状況を分かっていて、それだけに浮かれてる訳にはいかないだろう…とは思ってはいるけれども。
 それは自分だけじゃなくて、皆がそんなもの、似たり寄ったりなんだろうな…とも。
「…って、雪さんの事?」
「他に、何が有りますよ?」
 これは疾(と)うの昔にバレバレ、島や南部だけが分かってる事じゃない。多分、バレていないつもりでいるのは本人同士、2人だけ…だろう。
「いや…だから、それでどうして古代さんなんだよ?雪さんでも良いでしょ?」
 …と言うより、どうして古代の方を相手に選ぶんだろう…というのが、相原の正直に思うところ。
 これまで、恐らく意識的に古代を「遊ぶ相手」から外していただろうくせに、何を今更。仕事以外の話の回数(かず)なら古代と…よりも、既に雪と…の方が多いだろうに。

「やですよ。女性を向こうに廻しても、良い事なんか有りませんもん」
 あっさり、きっぱり、はっきり。
「…古代さんなら、良い訳?」
「良いかどうか…は、ともかく。意外に遊べる相手(ひと)だって事は、今日分かりましたよ?」
続けて、直前の射場での古代の様子を聞かされて。
 まあ…確かに。そこまで思いっきり分かりやすい人も、そんなには居ないだろうなあ…と素直に、南部の言葉に同感してしまった相原ではある。
 …古代さんには迷惑な話だろうけど、とも思ったが。
 自分じゃなきゃ、まあ…良いや。いや…矛先が余所向いて、邪魔されないならむしろ歓迎。そう思ってしまって止めようという気の無い辺り、相原も結構いい性格である。

  ◇  ◇  ◇  ◇

 艦長代理が、生活班長にいつ「告白」するか?
 当人同士2人を避けて、そういう「賭け」の最初に出たのは。帰路、未だ…目的地だった惑星(ほし)の蒼さの分かる距離だった。






2006.5.27

美馬龍樹さんからイスカンダル到着のお祝いにお話をいただきました。
戦いもなく暇な戦闘班員の南部君、いい遊び道具を見つけたようです。
美馬さん、ありがとうございました。