ミーくんと艦長服
ともこさん
「艦長会議だぁ!?」
島が珍しく驚いた声を出した。
「ああー」
古代が、うんざりした低い声で答えた。
「何だよ?それ」
続けて島が尋ねる。
「要は、このたび第二の地球探しの任務を背負った艦の艦長たちの初顔合わせ、
ってことだ」
「そんな慣例、軍にあったかな」
2人のやりとりを聞いていた真田が脇から口をはさむ。
「いいえ」
古代が否定した。
「今回は、特別なんです。移民局の責任者を藤堂長官が兼ねてる兼ね合いで、政府の手前、こういった運びになったんです」
古代の声がますますそっけなくなった。
「それだけなら別に構わないんじゃないか?
いったい、何拗ねてるんだ?古代」
不機嫌さを隠さない古代に真田が首をかしげた。
「それには一応、政府としての手前、軍の規律として艦長服着用、のお達しがあったんですよ」
それだけ言うと、古代はゆっくりと立ち上がってそのまま第一艦橋をあとにした。
2人の副長たちは、黙って目を見て笑いあった。
大体、艦長に就いても艦長席を敬遠して、戦闘班長と兼任だから、とかなんとか
言いながら、元来の自分の席にしがみついて離れないやつだ。
性格的に窮屈なことが大嫌いな男だ、ということを2人の副長たちはよく知っている。
現に、艦長の辞令を受ける前のあの太陽観光船の事故の捜索に派遣される直前まで、雪を地上に放って相変わらずの宇宙勤務に就いていた。
そんな古代にとって艦長服と制帽着用の軍人としての最フォーマルとしてのいでたちでこれまた、肩の凝る公式会議にたとえスクリーン越しの参加、というのはもしかしたら拷問に等しいかもしれない。
「艦長服、ですか?艦長」
上司である古代から説明を受けて艦長服を準備する指示を受けた生活班長は、困惑した。
そういった軍服のメンテナンス等のケアは、自分の管轄の任務だが準備等のことは
たとえ艦長といえど個人で行うことになっている。
「艦長室に常備してあると思うのですがー」
そんな彼女の言葉を古代の不機嫌な視線がさえぎった。
「艦長が恥をかかないように神経を配るのも君の任務のひとつじゃないのか?」
雪は黙って、背を向けて去っていく古代の背中を見送った。
任務って、なんなのだろう?
この航海で雪はそう思うことが多くなった。
そんな自分の迷いをもしかしたら彼は鋭く見抜いているのかもしれない。
「会議は5時からだよな?確か」
真田が島に声をかけた。
「ええ。そうです」
島が操縦桿を握りながら、にやりと笑った。
「あいつがどんな顔して嫌ってる艦長服を着てるか、この目で見てみたいんです」
「実は俺もなんだ」
真田も頷いた。
他の第一艦橋のメンバー達もにやにやしながら話に加わろうとしたとき、
「そんなに見たきゃ見ろよ。ほら」
と、2人の背後でくだんのそっけない声がした。
他のメンバーは、ぎょっとしたがさすがに島だけは笑顔で
「思ったより似合ってるじゃないか」
と振り向きながら、応酬した。
「そりゃ、どうも」
表情ひとつ変えずに古代は返答した。
そのまま島の隣の自分の席に座ろうとした彼は、自分の席を見て
「なんだ。これは」
と、思わず声を上げた。
自分の席で猫のミーくんが丸くなって寝ているではないか。
「誰だ。こんなことしたのは」
低いつぶやきがもれた。
「さあ。知らないね」
島がいつもの調子で答えた。
「大体、艦長がすわるのはあそこだろう」
背後から真田の声が聞こえた。
「言われてみれば、そうですね。そこは艦長が座る席じゃない」
山崎が同意するように相槌をうつ。
「さあ。艦長は、あちらで会議に堂々と参加なさってください」
島が笑顔で古代に慇懃に手で艦長席を指示した。
「すまないな」
怒りを押し殺した仏頂面で古代が艦長席に向かおうとすると、ちょうどミーくんが目を覚ました。
んー、と伸びをするミーくんのあまりのかわいさに、思わず古代は
「しょうのない猫だな。お前のせいで俺はそこを追い払われたんだぞ」
と表情を和ませて、その腕に抱き上げた。
ミーくんは、人間達の事情は露しらず、ふに?といった表情で見慣れぬいでたちをした古代を見上げ、驚いたのかすぐにその腕からするりと抜け落ちた。
「普段から艦長らしく振舞ってないのに、急にそんな格好するからミーくんだって
驚いてるじゃないか」
島がまたからかった。
「うるさいな。ほっとけよ」
と、やりあって艦長席に向かおうとした古代は、ふと自分の体に視線をぎょっとした。
黒の艦長服に、さっき抱き上げたミーくんの毛がびっしりついていた。
黒の生地だから、毛が付着しているのがよく目立つ。
これでは、会議に臨めない。
まだ会議には時間的余裕がある。
古代は、自分のうっかり加減に思わず苦笑した。
「お前のせいだ」
足元にすりすりしているミーくんに古代は優しい視線を落として、ふたたび抱き上げた。
「お前の好きな人のところに行って、毛を落としてもらおうか」
そのまま彼は、会議までには戻りますから、と言い残して第一艦橋をあとにした。
雪は、さきほどまでのぴりびりした空気を引きずりながら、艦長室で着用後の艦長服のメンテナンスの準備をしていた。
艦長室でメンテナンスの準備をしておくように彼から指示されたとき、少し、うれしい気分だった。
今回の航海では互いに任務に没頭する、と2人して決め合ってたから古代が自分に
任務上でしか接してくれないのを寂しく思いながら、彼の居室に入れると思っただけでなんとなくわくわくしてしまった。
今回の航海の彼は、表情にまったく余裕がない。
艦長としての職務で自分のキャパがいっぱいいっぱいなんじゃないかと、ひそかに
危惧していた。
だから、さっき艦長服を着て艦長室を出て行く彼と通路ですれ違ったとき、つい声をかけそびれてしまった。
古代のほうも彼女に声をかけるでもなく行ってしまった。
それと同時に、その予期せぬ男らしさに目を見張ってしまったのだ。
自分が初めて目にする彼の艦長服姿は、とても似合ってて逞しくて精悍で。
そして近寄りがたい緊張感を背中に漂わせていた。
雪は、この艦で艦長として古代だけが併せ持つ思いをこのとき初めて思い知らされた気がした。
「これでよし、と」
メンナテナンスの準備をセットし終えると、雪はそのまま艦長室を出ようとした。
と、そのとき艦長室のドアが開いて古代が戻ってきた。
「艦長。何か?」
即座に声をかける。
不備でもあったのだろうか。
雪は一瞬、緊張した。
「これだ」
椅子に腰掛けると、古代は自分の懐の中からミーくんを出して、デスクの上に座らせた。
「俺の席で寝ていたミーくんを抱きあげたら、毛がついちまってこれじゃ会議に出られんよ。何とかしてくれ」
困ったような顔で古代が雪に笑いかけた。
「まぁ」
雪は、毛だらけになった古代の艦長服を見て笑ってしまった。
「ちょっと待って。すぐに取るから」
ILLUSTRATION:かずみさん
デスクを開けるわね、と断って彼女は引きだしの中からガムテープを探し出した。
「はい。これで取れるはずだから」
彼女は手早く古代の側に回って、ガムテープを使って毛を取っていった。
「もう、これで大丈夫」
笑顔で古代に言い終わると、そのまま彼女はミーくんを連れて艦長室を出て行こうとした。
そんな雪の腕をつかむと古代は、ミーくんを抱き上げたままの彼女を背後からやわらかく抱きしめた。
「・・・・・」
彼女は黙ってその腕をほどこうとした。
けれど、その腕は思ったより力強くて雪の体に古代のぬくもりが伝わってきた。
「いつも冷たくしてごめん。でも、わかってくれてるよな」
弱気な声がした。
「・・・・・」
「自分に厳しくしてないと俺は任務に飲み込まれそうになるんだ。
だから、君には本当に申し訳ないと思っている」
「・・・・・」
雪は何も言えなかった。
けれど古代が自分のことを思ってくれていることだけは、よくわかった。
「すまない。もう行ってくれ」
自分を引き止めていた腕がほどかれて解放され、いつもの古代の声に戻った。
「はい」
雪は、静かに答えると、そのまま艦長室を出て行った。
古代は、そんな雪の背中を見送ったが、彼女に抱かれて彼女の背中越しに顔を向けたミーくんが、去り際ににゃーん、とかわいく古代に返事をし、彼の表情がいくぶん、なごんだ。
END