A Worrier




1.

「・・・・ユ・・・キ・・・・・」

かすかな声に呼ばれて、私はベッドへと駆け寄った。

「古代くん?」

だが、荒い息をしている彼の意識は、まだこちら側へたどり着いていない。

私は冷たい水をそのひび割れた唇へと含ませた。


あの時、もう少し早く現場へ到着できたら・・・






2.

『こちら古代。只今より降下を開始する。』

コスモハウンドからの通信がヤマトへ入った。

ブリッジの緊張感と静けさの中に、いつにない興奮した空気が渦を巻いている。

「了解。こちらでも映像を確認した。・・・異常は見当たらないようだ。」

そう応答しながら島くんがパネルに目を凝らす。

そこには黒っぽい海と、黄色い陸地とが映し出されていた。


この星は、2日ほど前に発見した惑星。

探査衛星のデータによると、星の大きさは地球よりも一回りほど小さく、衛星を持たない。

太陽から遠いため、星全体の気温はやや低く大気成分も呼吸可能なものではない。

けれど、今までに見つけたどの星よりも、適合する条件が揃っていた。

"第二の地球を見つけたかもしれない"

ヤマトのみんながそう感じていたと思う。

直ちに調査隊が編成され、古代くんは自らこの星へと乗り込んでいった。




同行したのは、生活班の土門くん。そして科学班から西口さん。

調査結果によっては、地球のみんなが待ち望んでいる通信を送る事が出来る。

みんなの無事と、その可能性をひたすら祈りながら、私はパネルを見つめた。

先の探査衛星からの情報でも、ボラーやガルマンガミラスの基地や前線はなく、

こうして降下を開始しても、周囲に混乱は見られない。

期待と、それを否定する感情とで、ヤマトの内部にも痛いほどの緊張が走っていた。



やがて、ゆっくりと周囲を警戒しながら降下していたコスモハウンドは地表へと到達した。

私はほっと胸をなでおろした。その時。

到着したばかりのコスモハウンドが、大きく揺らいだ。

「えっ・・・」

盛大に土ぼこりがあがったその中に、船尾から斜めにすべり降りていく船がかすかに見えた。

「艦長・・・古代!古代!」

島くんの声が届いているのかいないのか、そのまま角度を増し、ゆっくりと船は沈んでいく。

聞こえないはずの音までもが届きそうな、恐ろしい映像を、私は震えながら見つめていた。

あの中に古代くんがいる・・・。私は叫びたい衝動を必死に堪えた。

一段高く土ぼこりがあがり、船は最後に大きく右側へと傾き、ようやく動きをとめた。

「相原!」

噛み付くような島くんの声に応え、相原くんは狂ったように必死で呼びかけている。

「こちらヤマト。艦長、応答願います。こちらヤマト!艦長!応答願います!」

腕に暖かさを感じて振り返ると、近くにいた山崎機関長が、

震えている身体をそっと身体を支えてくれていた。

(古代くん・・・古代くん・・・古代くん・・・)

お願い。無事でいて!




ふいに通信機から音声が流れてきた。

はっと顔を上げて時間を確認する。

永遠とも思われた時間だったが、あれからわずか数分しか経っていない事を告げていた。

『こちら・・班・・土門・・・す。応答し・・・ださい。』

救助隊を組織していた真田さんや島さんが、慌てて通信機へとかけよる。

「こちらヤマト。島だ。ちゃんと聞こえている。そっちはどんな状態なのか教えてくれないか?」

二人のやりとりの間に相原くんが通信状態を微調整し、

続いて、コスモハウンドからの声が聞こえるようにスイッチが切り替えられる。

そして、メインスピーカーから聞こえてきた声は私を奈落へと突き落とした。

『古代艦長の意識がありません。怪我をされているようです。』

はっと息を呑む音。

皆の視線が、私に集中する。

スッと温度が低くなったような感触。山崎さんが掴んでいた腕にぐっと力を込める。

島さんが、私を呼ぶ。彼の容態を確認してくれと。

崩れてしまいそうな心を鬼にして、私は通信機の前にたった。


「土門君?森です。古代艦長の様子を出来るだけ詳しく教えてください。出血は?」

『見当たりません。あちこち、きり傷はありますが。』

「呼吸は?」

『早くて、浅い感じです。顔が真っ青で、苦しそうです。』

私は唇を噛んだ。

(多分、・・・内臓に損傷があるんだわ。)

「お腹をそっと押してみてくれる?」

『・・・はうっ・・・』

かすかに聞こえたあの人の声に、身体が硬直する。

『張っているような感じです。押すと痛みが増すようです。

 何か手当ての方法はありませんか?』

「・・・・・」

『班長?』

彼の苦しそうな声が耳に残って、私は素の自分に戻ってしまった。

かぶっていた仕事用の仮面がはがれ、何も考えられない。

『班長、どうしたらいいですか?』

返答が出来ずにいると、別の声がすぐ横で聞こえてきた。

「身体を横にして、様子を見ながらできる限り楽な姿勢をとらせるんじゃ。

 水も薬も飲ませるなよ。いいな。」

「佐渡先生・・・・」

いつブリッジへ来たのか、佐渡先生が横に立っていた。

「ユキ。呆けていないで手術の準備じゃ。古代はすぐに助け出される。それからが勝負じゃ。」

「はい!」






3.

だが、救出は思った以上に時間がかかってしまった。

ガラスのように脆い地盤だという事が判明した以上、船をつけることは出来ない。

試行錯誤の末、古代くんがヤマトへと搬送されたのは、それから4時間も後のことだった。


彼の容態はひどく悪化していた。

土門君たちの話によると、古代くんは体勢を崩した西口さんを支えようとして、

西口さんの下敷きとなる形で落ちたという事だった。

二人は手足の打撲と擦過傷ですんだけれど、古代くんは肝臓が一部破裂していて、

かなりの出血があり、その所為で失血性のショック状態に陥っていた。



長時間の手術となり、何とか成功したものの、それから2日が経過した今も意識は戻っていない。

時折、熱に浮かされて発する言葉が、彼の無事を知らせてくれる。

私はベッド横の椅子に座り、そっと手を握った。

古代くん。苦しいの?何とかしてあげたいけれど、今はこうして手を握る事しか出来ない。

あなたの頑張りが頼りなの。

苦しいでしょうけれど、もう少し頑張って!

じっと彼を見守っていた私も、疲れからかそのまま眠り込んでしまった。





「・・・・ユキ・・・」

誰?

「ユキ、起きて。」

ママなの?

「・・・もう少し寝かせてよ。ママ・・・眠たいの」

「ママ・・・じゃないんだけど・・・」

ママ・・・・じゃない・・・ママ・・・・じゃ、ない!

ガバッと私は跳ね起きた。

「こだい・・・く・・・ん・・・」

まだ蒼い頬を緩ませ、微笑んでいる彼がそこにいた。

よかった。

生きてくれた。戻ってきてくれた。

「よかった・・・よかった・・・」

ほっとしたせいか、涙が止まらない。

つぎつぎと溢れ出てくる涙を、彼の指がそっとぬぐっていく。

「ごめんよ。」

力のない声。でも、その声には優しさが詰まっている。

「心配・・かけたね。」

そうよ。その通りよ。
 
いつも、いつも心配ばかりしていて、本当はおかしくなってしまいそうなの。

だけど・・・・。

「ううん。・・・・ううん・・・・」

暖かい彼の手にそっと包まれたら、もう、何も云えなくなってしまう。

もう大丈夫――――。







4.

「いよっ。どうだ調子は?」

書類を手に、島さんが病室へとやってきた。



あれから1週間がたち、彼は随分と元気になった。

そして、まだ安静が必要だというのに、毎日の報告を聞いたり、書類を見たりし始めている。

私が止めると、頼むよとか、もう少しだけ・・とか。

駄々っ子のような古代くんをベッドに縛り付けておくのは、ほんとに大変!

「今日は早いのね。島さん。」

私は島くんに椅子を勧める。

「ありがとう、ユキ。いや、今日は別件なんだ。」

「ん?何なんだ?一体。」

島さんはコホンと咳払いを一つ。

「ヤマトが心配って面してるな。真田さんと俺とでしっかりやってるから大丈夫。

 安心してろ。ところで・・・・コホン、ユキにお礼のキスはしたのか?」

「は?」

「え?」

疑問符だらけの視線を向けるけれど、島さんはさらに言葉を続ける。

「たまにはしっかりと抱きしめてやらないと身体に悪いぞ。愛情表現はわかりやすいのが一番だからな。

 24時間一緒にいられるなんて、今だけだし。ユキと二人きりの新婚気分を味わってくれ。」

次々と並べられる言葉に二人して赤くなったり青くなったり・・・。

一体島さんどうしちゃったの?

「・・・そして、しっかり身体を治して復帰するように。以上、ブリッジからの伝言だ。

 おい、南部、相原、太田。ちゃんと云ったぞ。聞こえたか?」

後半はブリッジへ繋がるインカムへどなる。

え〜!艦内に筒抜けだったの?

『聞こえましたよ〜〜。』

「あの・・・島さん?今のは一体?」

「ああ。」

島さんは頭をくしゃくしゃと掻いた。

「みんなからのメッセージを伝える役をクジで決めたんだ。

 結果俺になったんだが、そうしたら、あいつら言いにくい事ばっかり書きやがって・・・。」

『島さん!聞こえてます!』

「聞こえるように云ってるんだよ!じゃあ、そっちに戻るからな。」

そういって、今度はしっかりとインカムを切る。


「それじゃあ、ユキ。古代のこと、しっかり見張っててくれよ。」

島くんはそういうと、ぱちりとウィンクをして部屋を出て行った。

突然の出来事に、しばらくあっけに取られていた私たちだったが、

どちらからともなく顔を見合わせて笑った。

「はははは・・・・ぃって!何がお大事にだよ。お腹がよじれちまいそうだ。イテテテ!」

「ふふふ・・。でも、皆のお陰ね。あなたのそんなに明るい表情は久しぶりに見れたわ。」

はしゃいでいたその顔が真顔へもどる。

そして、古代くんは空をみつめた。

「・・・かもな。期待が大きかった分、かなり落ち込んでいたから。」

「・・・・」

「油断はしていなかったと思うが、希望通りの星であってほしいと強く願いすぎて、

 見えていない事があったんだと思うんだ。」

ふうと大きなため息。

「艦長としての判断力が甘かったんだよ。」

「違う。そんな事ないわ。」

「ユキ。」

「たとえあなたが判断ミスを犯したとしても、みんなが納得していなければあなたの指示には従わないわ。

 あなたの判断が間違った方向に向いていれば、必ず止めるし、意見もする。

 それが、ヤマトの仲間よ。」

「ユキ・・・」

「ヤマトはあなた一人で動かしているんじゃないのよ。

 ふふ。古代くんの悪い癖だわ。いつも一人で責任を背負い込んでしまうんだから。」

顔をあげた彼の瞳に、少しだが力が戻ってきていた。

みんなの力に支えられていることが、こんなに大きな力を彼に与えてくれる。

ありがとう。みんな・・・。

「そうだ。そうだね。

 ユキ。君はいつも僕の事を肯定的にみていてくれる。

 艦長の重責につぶされそうなときに、いつも君に励まされるよ。

 ありがとうユキ。」

「古代くん」

そっと重なったシルエットは、いつまでも二つに分かれようとはしなかった。
 





end




mamさんのサイトで、キリバンを踏ませていただいたときにリクエストしたお話です。
「A Worrier」の意味は、「心配性」ということだそうです。

mamさんステキなお話ありがとうございました。