指輪〜リング〜
コンコン
「古代艦長代理。藤堂長官がお待ちです。」
ユキは、古代にあてがわれた部屋のドアを軽くノックして声をかけた。
彗星帝国との激しい攻防の末に、ヤマトがボロボロの姿で地球へ帰還して、1ヶ月が経過した。
暫くの間、傷の手当ての為に入院していた古代やユキ、真田といったヤマト乗組員達も殆どが退院し、それぞれ復帰の準備に入っている。
地球を失いかけるという過酷な体験は、地球市民の意識を大きく変えた。
地球が一番だと思い込んでいた市民の驕りは、影も形もなくなった。
そして、宇宙全体の平和や安全を守るその一員としての行動をしなければならないと、考えるようになったのだ。
その風潮はヤマト乗組員の処遇にも大きく影響した。
帰還した時は地球市民からも敵視され、責任を問われていたヤマト乗組員だったが、
市民の意識改革によって、大きな咎めを受ける事もなく、職務への復帰が許されたのだ。
もちろん、軍本部への事実の詳細な報告は欠くことが出来ない。
艦長代理であった古代、班長としての最高位にいた真田、年長者の佐渡はそれぞれの立場からの報告書の提出を課せられていた。
古代は、そのためにここ数日本部内に泊り込んで資料作成にあたっていたのだった。
シュン
軽い音を立ててドアが開き、古代は資料を抱えて部屋を出てきた。
「古代くん・・・!すごい量ね。」
ユキは古代へと急いで駆けよってきた。
古代は柔らかな視線をユキへ投げかける。
「まあね。これが報告書。こっちが始末書・・・被害報告書だな。
それから、こっちがこれからの計画書。
さあ、これで全部の報告完了だ。今日からはゆっくり眠れるぞ〜!」
久しぶりに会う古代の顔は、さすがに疲れているようだったが、表情は明るく、にこにことしていた。
「それじゃ、行きましょうか・・・・・あら?」
資料を持とうと手を伸ばしたユキの手が止まった。
「ん?どうした?」
ユキの視線は、まっすぐに古代の手を見ていた。左手の薬指を。
古代の顔色が変わった。
「あ!あの・・・。ね、ユキ?」
ユキは早くも涙で潤みはじめた瞳を古代へ向けた。
「指輪が・・・・ないわ・・・・」
それは、1週間前のことであった。
ユキの両親が二人を訪ねてきたのだ。嬉しそうに笑いながらユキの母親が差し出したのは、
二つの揃いの指輪。二人は予想外のことに驚き、困惑した。
あまりに突然の事であるし、ヤマトへの波風がやっと静まった今、皆を刺激するような事はしたくない。
結婚式をする気持ちの余裕もないからと必死に説得した。
だがユキの両親は引き下がらなかった。
この指輪は、本来なら1年も前に身につけていた筈のもの。
婚約までした二人が宙ぶらりんのまま過ごしていくのは親として見逃せない。
君たち二人の気持ちに変わりがないのならば、せめてこの指輪を受け取ってくれないだろうかと、
涙ながらに訴えられて、とうとう、指輪を受け取ったのだった。
ユキは、古代の手前押さえてはいたが、内心はやはり嬉しかったのだろう。
シンプルきれいなラインの指輪をすぐに指に填めた。
だが、古代の方は、さすがにそうはいかなかった。
通常は既婚者のみがつけるものだけに、式を挙げないうちから付ける事に大きな抵抗を感じたし、
なによりも、アクセサリをつける習慣がないので、恥ずかしくてしょうがなかった。
だがそれでも、ユキの両親の気持ちを汲んで任務に差し支えない範囲で指輪をつける・・・と云い、ユキの両親も古代の気持ちに喜び、安堵して帰って行ったのだった。
そんな話をしてさほど日も経っていないというのに、古代はもう指輪をしていない。
ユキの目からポロポロと涙が溢れ出した。
「そんな・・・・誤解だよ。だって・・・・」
ぷいと横を向いて歩き始めたユキの後を、大量の書類を抱えた古代も必死に追いかける。
「なぁ、ユキ。そんなに怒らなくてもいいじゃないか。なんせ、本部に籠もっていたんだぜ?
ずっと忙しかったし・・・・ねぇ・・・」
ユキはくるりと踵を返すと、涙で濡れた瞳で古代を睨みつけた。
「本部に居るっていったって、誰かに会う訳じゃないでしょう?
指輪填めたくないって、初めからそういえばよかったじゃないっ!古代くんのバカっ!」
ユキは速度を速めて、参謀の待つ部屋へと歩く。
「ちょっと、誤解だよ。ねぇ、ユキ・・・あっ!」
あっという古代の声にユキが振り返ると、バラバラに散らかった書類の山と、その下でもがいている古代がいた。
今から参謀へと提出する書類だ。いくらケンカしていても、そのままにはしておけない。
ユキは小さくため息をついて戻り、書類を揃えだした。古代も頭を掻きながら、書類を集める。
「・・・・ごめん。」
「・・・・」
「任務に差し支えないときは填めるって約束してたのに・・・。いや、結構、恥ずかしいもんだね・・・」
「・・・・」
「だから、ちょっと、工夫してみたんだ。」
古代は急に照れた顔で、首元から何かを引っ張り出した。
長めの皮ひもの先には、無造作に結ばれた小さな指輪。
「あっ・・・!古代くん、それ・・・・」
「へへへ。いいアイディアだろう?」
古代は顔を真っ赤に染めて笑った。
「指輪さ。外したくなかったんだ。だって、ユキと一緒だって思えるから。
何とかして、ずっと付けていたくて・・・・。でも、正直指にするのは気になってしょうがなくて・・・。
だから、ここへ下げることにしたんだ。これなら、人に見られないし、邪魔にもならない。」
古代はユキを見つめた。
「大事な指輪をそう簡単には外さないよ。」
「古代くん・・・・」
ユキも古代の瞳を見つめ返す。
「ユキ・・・・」
どちらともなく近寄り、二人の唇が合わさろうとした。
その時だった。
軽い圧縮空気の音がして、ドアがあいた。
「こほん。邪魔してしまってすまないが、私も時間の都合があるのでね。そろそろ、いいかな?」
藤堂だった。
飛び上がって離れた二人は、顔を真っ赤に染め、ものも言わずに書類をそろえ、立ち上がった。
「長官、大変失礼致しました。その、書類を落としてしまったもので・・・」
「ほう、そうだったか。いや、若い者同士は何があるかわからんからな。」
藤堂の言葉に古代の顔はさらに赤く染まっていくが、藤堂は澄ました顔をしている。
「書類はこれで全部だな?」
「はっ。」
「ごくろうだった。」
「はっ!」
長官から解放され、古代は逃げるように長官室を後にした。
一方、ユキは二人がやり取りをしている間に、そしらぬ顔で部屋へと入り込んだ。
秘書として、藤堂のスケジュールを確認しようと席へ着いたときだ。
「君は何をしているんだ?」
藤堂の声がした。続いて、どさりと書類を置く音。
「あの、長官のスケジュールを確認しているところです。」
ユキは恥ずかしさに振り向く事ができず、コンピュータへ向かったままだ。
その肩に藤堂は手をかけた。
「あの・・・?」
「森くん。君は今日は休暇届けを出していたんじゃないかな?。」
「え・・・。あの・・・・」
驚いているユキに、藤堂は笑った。
「わしはそんなに融通のきかない男ではないぞ。
古代も君も、自由になる時間は短い。二人でゆっくりしてきなさい。」
「長官・・・!」
まるで薔薇のように鮮やかにユキは微笑んだ。
「ハイ!ありがとうございます!」
そういって、ユキは長官室を後にした。
「若いというのはいい事じゃな。・・・・さてと。」
藤堂は先ほど受け取った書類を床へと並べ始めた。
急いでかき集めた物をそのまま受け取ったので、順番どおりに並んでいないのだ。
「古代のヤツ、順序がバラバラだという事にすら気がつかなかったらしいな。
あれだけ見事な作戦指揮をするヤツと同一人物とは思えんほどの慌てぶりじゃ。ホッホッ・・・
さてと。
邪魔した責任をとって順に並べていくとするか。年をとるとこういう作業は辛いが・・・しかたがない。
キューピッド役もらくじゃないな。」
そして、その夜。
「ねぇ、古代くぅん?」
「ん?」
「私も、古代くんみたいに首から下げようかしら?」
「えぇ?」
「だって、古代くんと一緒がいいんですもの・・・」
「だめ!ユキは指に填めなきゃ。」
「どうして?」
「折角もらったんだし。みんなに見てもらわないと。ね。」
「古代くんは見てもらわなくていいの?」
「俺はいいの。でも、ユキは填めてて。」
「どうしてなの?ずるいわ、古代くん。理由を聞かせて。」
「・・・・・・だって、君を狙っている連中はいくらでもいるんだ。
指輪を外したら、みんな君がフリーだと思って寄って来ちまう。だから、駄目!」
「わかった・・・古代クン・・・CHU」
「ユキ・・・CHU」
こうして、夜は更けていったのでした。
☆おしまい☆
mamさんから、サイト開設2周年と10万アクセスのお祝いにいただきました。
チャットの入り口にいある指輪がヒントになっているそうです。
mamさん、ありがとうございました。