君のひざまくら


                                               文:えゆうさん


(1)      
         ゴゴゴゴゴッ! ガガガガッ! ドッ!ドッ!ドッ!ドッ・・・

深夜、重核子爆弾真下の地下を重装備の防衛軍パルチザン兵たちが大きなマシンを駆使し掘り進んで行く。

そんな屈強な男たちの中に混じる女性が一人・・・。

その華奢な体に似合わぬ機械を操り、額の汗を拭いながら懸命に掘ってゆく。

            
           彼女の名は 森 雪

  
未知なる星からの奇襲を受け完全に制圧された地球を再び我らの手に取り戻すため、
敵と戦うためにヤマトの仲間たちと共に惑星イカルスへ向かうはずだった・・・。

だがあの時右肩に命中した一発の銃撃が雪と最愛の男性(ひと)
「古代 進」とを引き裂いたのだ。

一人地球に残らざるを得なかった雪は敵星の将校、アルフォン少尉に
「捕虜」となりながらも手厚い保護を受け、彼の元に滞在していた。

“彼”らから見れば地球のすべて、人類のすべてが「敵」であるはずなのに。

“彼”は雪に愛を告げた。

雪が地球人類すべてを死滅させることが出来る「重核子爆弾」の
解体の秘密を探ろうとしていることを知った“彼”が
その秘密を教える代わりに「私の愛を受け入れる」ことを交換条件に出したのだ。

しかし・・・雪を見つめる彼の瞳はそれが単なる交換条件ではなく、
本気であることを表していた。


  「古代くん・・・。」


“彼”から「死んだ」と聞かされた愛する人の名をつぶやく・・・。

雪はその心と体のすべてで古代 進を愛していた。

その想いはたとえ「死んだ」と伝えられても変わることはなかった。

そんな言葉は最初から信じてはいないのだから。


         あの人は生きている! 必ずまた会える!




ところが“彼”は大事な捕虜である雪を解放し、仲間の元へ帰した。

それが一体何を意味するのか・・・。

雪には何故なのかわかっていた。



        “彼”は本気で私を愛しているから

        「捕虜」という枷をはずし、一人の地球人戦士として

        正々堂々と真正面から私を立ち向かわせるために解放した。

        
            『 私を倒した時に秘密を教えよう 』
  

        “彼”は望んでいる・・・。私に撃たれることを・・・。

        しかし、その前に間違いなく“彼”は私を撃ってくる。

        私に“彼”を撃つことが出来るの?
    
        でも私は逃げない。

        私が・・・自分で“彼”と決着をつけなきゃいけないことだから・・・。

        “彼”に撃たれて死ぬ訳にはいかないわ

        ならば・・・私がしなきゃいけないことは・・・ただひとつ・・・。

        

(2)  

地下を掘り進んでいた雪とパルチザン兵たちはとうとう目標の
「重核子爆弾」の真下へ到達した。

地面の一部に偽装したフタを開け、その穴からパルチザン兵たちが
次々と飛び出し、そのことに気づいた敵兵らと激しく撃ち合う中、
雪はほかのメンバーたちと巨大な重核子爆弾の内部への侵入に成功した。

銃を構え息が詰まりそうな緊張感のまま、とある通路に差し掛かった時、


    バシューン!   

「うぁっ!」


雪の数歩先を歩いていたパルチザン兵がどうっ!っと倒れたのだ!!

「!!っ!」  (撃たれたっ!)

雪が瞬時に状況を理解し、さらに力を込めて銃を構えたその時!

   
          ガシャーンッ!


背後のシャッターが勢いよく降り、雪と倒れたパルチザン兵は
その場に閉じ込められてしまった。


激しい戦闘によって起こった小規模な爆発による煙が立ち込める前方の階段。

雪はその段上に敵がいることを察知した。

キリッと銃を身構える雪の目の前に現れた敵 ──


         アルフォン少尉 その人だった


     カッ・・・コッ・・・足音を響かせて“彼”が近づいてくる

 
雪の手が震え、全身に汗がにじみ出る。

“彼”がかすかに微笑み、口を開いた。

「ゆき・・・私を撃てるか・・・。」

「あ・・・。」

「撃てまい。だが私は君を見逃す訳にはいかない・・・。撃つっ!」



動けずにいる雪の心臓にアルフォン少尉が握る銃の照準が定まったその時!

雪のそばに倒れていたパルチザン兵が力を振り絞り、アルフォン少尉に向けて
撃った二発の銃弾が“彼”のこめかみをかすめ、胸部に命中した。

しかし雪が「あっ!」と思う間もなく
そのパルチザン兵もアルフォン少尉の反撃の銃弾を受け、絶命した。


「・・・くっ!・・。」  銃を落とし、その場にくず折れるアルフォン少尉。

「アルフォン少尉っ!」  
 
雪は思わず“彼”のそばに駆け寄り、撃たれた胸の傷口を見て愕然とした。


          チチチチ...ジジジジジ・・・


その傷口に見えるのは血でも肉でもない、細かな機械の回路だった。


「あ・・・あなた方は・・・ロボット・・・??」

驚愕の表情で問う雪に、アルフォンはうっすら笑みを浮かべて答えた。

「・・・違う・・・顔を見たまえ・・・血が流れているだろう・・・?」


そうして“彼”の口から語られた“彼”らの秘密・・・。

あまりにも機械文明が発達しすぎた末の哀しさ・・・。

  

その場に横たわるアルフォン少尉   


「・・・ゆき・・・君を・・・心から愛していた・・・。」

「アルフォン少尉・・・。」

  
苦しい息の下で打ち明ける“彼”の想いに嘘はないのだろう。

雪の表情が哀しみに曇る・・・。


「ゆき・・・私の最後の望みを叶えてさせてくれ・・・。
私の頭をひざの上に抱いて欲しい・・・。」

雪はそっと頷いて“彼”の頭を優しくひざの上に乗せた。

ほぉう・・・と深く息を吐くアルフォン少尉。

再び“彼”が雪を見つめてこう言った。

「そして・・・ゆき・・・これで・・・。」

「え?・・・」

「これで・・・私の耳を掻いて欲しいのだ・・・。」

「・・・・・・・・・は ?・・・・・・・・・。」

   
                    ILLUSTRATION:ばいかるあざらしさん

“彼”が胸ポケットから取り出したもの

それはふんわり♪ふわっふわ〜♪の真っ白い梵天のついた「耳掻き」だった。

事態を飲み込めない雪がボーゼンと固まる。

そんな雪に構わずアルフォン少尉は重核子爆弾の解体の方法を説明し始めた。


  ─── この重核子爆弾の機能を停止させるには先に爆弾内部の起爆装置を
      解体し、その後に本星のコントロール装置を破壊せねばならない・・・。───


「これで・・・私の右耳を掻いてほじってくれれば・・・。」

「・・・ほじる・・・??」

「私の...右耳の・・・中には・・・マイクロチップが・・・隠し・・・て・・・ある・・・。」

「マイクロ・・・チップ??」

「そうだ・・・そのマイクロ・・・チップに・・・解体の・・・。うっ!」

そこまで言いかけたアルフォン少尉は苦しそうにセキこんだ。

「アルフォン少尉っ!!」

「ゆき・・・耳・・・掻き・・・を・・・。」

雪は“彼”から「耳掻き」を受け取ると“彼”の体をゆっくりと
横に向け、耳を掻き始めた。


     こしょこしょこしょ・・・ざり!ざり!ざり! 


「・・・?どうしてこんな『ざりざり』なんて音が・・・。
アルフォン少尉ったら何日も耳そうじをしていないでしょう!」

「いや・・・『何年』もだ・・・。私には・・・耳を掻いてくれるような
人など・・・いなかったからな・・・。特に解体の方法を記したマイクロチップを
耳の中に隠してからは掻いてはおらぬ・・・。
だからもう痒くて痒くてたまらないのだよ・・・ゆきぃ・・・。」


        じょり!じょり!じょり!じょり!


そのとたん、雪に元「ナース」だった頃の気持ちがムクムクと蘇ってしまった!

「もうっ!ダメですよ!耳垢はちゃんと取っておかないと!! 
放っておいては耳の病気になってしまうんですからねっ!」

「あ゛・・・?」

思わぬ雪の叱りの言葉に面食らうアルフォン少尉。

それでも雪の手はリズミカルに耳掻きを続ける。

「チップは・・・どこかしら??」


     ざり!ざり!ざりっ!  がしゅ! がしゅ! がしゅ!

  
「あ・・・おそらく・・・その辺りに・・・」

“彼”がその辺り、という箇所を雪は集中して掻き続ける・・・。
しかしよほど小さいのか、なかなか見つからないマイクロチップに焦る雪。

  
     かしゅ! かしゅ! かしゅ!  こしょ!こしょ!こしょ!

  
「チップ・・・チップ・・・。」

  
焦る雪に対してアルフォン少尉は叶えられた望み ──愛する人のひざ枕──と
まさに「痒いところに手が届く」雪の耳掻きの快感に
うっとりと幸せの笑みを浮かべていた。


「あぁ〜・・・ゆき・・・そ・・・そこ・・・あぁぁっ♪♪」

  
その気持ちよさについ、アルフォン少尉は耳掻きの途中であるにも
かかわらず、雪のひざにほほをスリスリ♪してしまったのだ!


           ざしゅっ!


その拍子に耳掻きがアルフォン少尉の耳の奥深くに入り込んでしまった!

「ンがぁぁあぁ〜〜っ!」

「きゃぁっ!動いちゃダメッ!!」

いきなりアルフォン少尉にひざをスリスリされ、“彼”の頭が動いたはずみに
手が滑って耳の奥に耳掻きを突っ込んでしまった雪は驚きの声を上げた。

が、耳の奥に突っ込んだ時に感じたそれまでとはまったく違う感触に
雪は慎重に、慎重に耳掻きを引き上げた。

引き上げた耳掻きの先には・・・
何年もためていた耳垢に混じる黒く小さな物体がひとつ・・・。

「これだわ!・・・あっ!アルフォン少尉!!」

雪がマイクロチップを確認した時、
アルフォン少尉は雪にひざ枕をされたまま息を引き取っていた。

「アルフォン少尉・・・。」

雪は“彼”の頭をそっと抱きしめた・・・。

            
               “彼”は逝った・・・。


最後に耳掻きを突っ込まれた痛みを堪え、生まれて初めて愛した女性(ひと)の
ひざ枕で心ゆくまで耳を掻いてもらった快感と喜びの笑みを浮かべながら・・・。




雪の「耳掻き」によって見つけ出されたマイクロチップは
直ちに軍の技術者によって解析され、その図面を頼りに雪とパルチザン兵らは
重核子爆弾の中枢コントロール装置の場所にたどり着き、
無事に雪自身の手により解体に成功したのだった。



そして・・・



敵本星を壊滅させたヤマトが地球へ帰還してくるその日
雪は『英雄の丘』に立っていた。

  
         もうすぐ会える!古代君に会える!!



愛しい人への想いを募らせながらも、雪は心の中で
静かにアルフォン少尉の冥福を祈った。



 ──── アルフォン少尉・・・もしも・・・もしも生まれ変わることが出来たら

      きっとその時には・・・心から愛し愛される人に耳掻きをしてもらって

      あんなに耳垢をためないようにしてね・・・。

      耳の奥が病気になるととっても厄介なのよ・・・。   ─────


黙祷を終え、雪が青空のはるか先へ目をやった時、
キラリ!と光る光点 ── ヤマト帰還 ── を見つけた。



               《  終わり  》      

(背景:Silverry moon light)