迎春ストーリー

〜七草粥〜

「ママ〜」
お正月も1週間も過ぎたある日のこと・・・
今日は正月休み明けの保育園始まりの日
地球防衛軍防衛庁長官専属秘書の古代  ユキ(通称名・森 ユキ)は子供達を迎え保育園のエントランスに立っていた。
そこに、飛び込んできたのが・・・
「久しぶりの保育園で待ちくたびれちゃった?愛ちゃん」
「ママ、ママ、ななくしゃなの」


「は??ななくしゃ?愛ちゃん、なぁに?」


愛はまだきちんとまわりきらない口調で、必死にユキに向かって「ななくしゃ、ななくしゃ」と連呼する・・・

ユキは余計に???である。


そこに


「古代さん、それ・・・“七草”のことですよ」

と、保育園の園長さんがユキのもう一人の子供、大和を抱いて現れた。

久しぶりの保育園にくたびれたのか、ユキを待ちきれずに眠り込んでいたらしい。

抱かれている大和は、もう目覚めてはいるものの、自分がどうしてここにいるのかわかっていないようである。

それでも、ユキの姿を目にとめて、うれしそうに

「ママ、おかえりなしゃい、おしごと疲れた?」

と、これまた舌ったらずなのに・・・妙にこまっしゃくれた言葉を口にする。


「古代さん、初日からフルタイムお疲れ様。他の方なんかみなさん初日はご挨拶だけだったんではありませんか?」

「“ご挨拶する側”は早いんですが、私のお使えしているお方は“ご挨拶される側”ですので♪
一人、一人は短くても人数が人数ですから・・・」

「ちりもつもればなんとやら・・・ってやつですか?大変ですね、お疲れ様。」

ユキの勤務実態をよく知っている、園長の鋭い突込みをにこやかにかわしながら、ユキは大和を受け取った。

「で、“七草”ってなんですか??」

「あぁ・・・さすがの古代さんもご存じないかもね」

かなり年配の園長は微笑んだ。

「今日は1月7日でしょ?“七草”ていうのはね、昔からこの1月7日の日に『春の七草』をお粥にして食べるとその年
病気にならないって言い伝えがあるの・・・。子供達に今日はこの『七草』のお話をしたんですよ」

「まぁ、そんなお話があるんですか?」

一応、今時の若い母親のユキはこの話を知らなかった。

「やっぱり、ご存知じゃなかったわね。まぁ・・・今時の方はご存知じゃなくても仕方がないかも・・・」

園長の寂しげな遠くを見るような表情がユキには気になった。

「園長先生?」

「あ、ごめんなさいね。昔はね、結構雑草として生えていた草花ばかりだったのよ。『春の七草』って・・・
私の子供の頃は・・・本当に普通に生えていた草が『七草』には含まれていたの・・・でも・・・
ほら、ガミラスの攻撃で、地上の土は全て放射能にやられたせいか、普通には雑草すら生えていなくなったでしょ?
それが・・・寂しくって・・・・」


「七草??」

帰ってきた夫にユキは『七草』について訊ねてみた。

優秀な宇宙戦士であり、今は宇宙戦士訓練学校の主任講師を勤めている夫・古代 進は趣味として植物学を研究していた。

“植物に詳しい進さんならしっているんじゃないかしら?”


「春の七草なんですって、知ってる?」


『春の七草』・・・・聞いたことだけはある・・・

「ちょっと待ってくれ」

仕事上がりで、疲れているはずなのに進はすぐにPCの前に座った。

ピッピッピ・・・・・・

ネットワークを接続し、調べ始める進・・・

「パパ、何しているの?」


大和が進に近づいてきた。大和は興味深そうに覗き込んできた。

「ん〜?ほら・・・お前達が保育園で聞いてきた『七草』のことを調べているんだよ〜・・・、お!アクセスできた。でてきたぞ〜」

二人の目の前のモニターに『七草』についての情報が接続され現れてきた。

「何々・・・・」


『春の七草』


平安時代

“四辻の左大臣”と呼ばれたものが詠んだ和歌

『せりなずな御形はこべら仏の座すずなすずしろ  これぞ七草』


が、元になった。

古い中国の習慣が日本に伝わり

醍醐天皇の御世、延喜11年から正月7日に七種の若菜を調進することが公式化され

そのことが元で七草を粥に入れて食する習慣ができた。


七草粥を正月7日に食すると、

災いを除けて、長寿、富貴を得られるといわれている・・・・



せり せり科
なずな アブラナ科(ペンペン草)
御形 キク科   (母子草)
はこべら なでしこ科 (はこべ)
仏の座 キク科
すずな アブラナ科 (カブ)
すずしろ アブラナ科 (大根)


「へぇ〜・・・おもしろいなぁ・・・・」

「パパ、何??なぁ〜に??」

何時の間にか進の背中に愛がしがみついていた。(ま、進にとってはいつものことなので慣れっこのことである)

「ん〜〜〜???昔の人は自然を上手に楽しんでいたんだなって・・・愛には少し難しいかな?」

「それ、おいしいすると病気にならないんでしょ??」

「よく知ってるな〜愛はぁ〜」

「今日、ほいいくえんでえんちょぉせんしぇが教えてくれたのよ」

「最近の保育園は随分難しいことも教えているんだなぁ・・・」

と、進は妙な感心。

「園長先生がそういう昔からの習慣を大切にしたいタイプの人みたいなの。

私もそういうものを大切にしていきたいわ・・・この子たちに」

キッチンにいたユキもモニターがセッティングしてあるリビングに入ってきた。

「昔はこういうものが辺りに自然に生えていたのよねぇ・・・見た目は自然が戻っているように見えても
こういう雑草がが自然に生えているような自然はまだまだ難しいのかしら・・・?」

昔は何気ない・・・というより邪魔にすらされた雑草・・・それだけに今はその存在すらどこにあるのか・・・




「パパ!!僕これ見てみたい!!」

今まで食い入るようにモニター画面を見つめていた大和がいきなり叫んだ。

「大和?」

「僕、これ見てみたい・・・だめ??ないの??」


だめとか・・・そういう問題ではないのだが・・・・・

「大和、これは今はない草なのよ。大根やカブならなんとかなるでしょうけど・・・」

「仕方がないの?草って僕見てみたいな・・・」

今時の公園には余分な草のようなものは最初ッから排除されるようコントロールされていて、大和たちは自然に生えているような
草花を目にすらしたことがない・・・・。不自然な自然が今の子供達の周りの『自然』であった。


まっすぐな大和の瞳を見つめながら進はあることを考えていた。

次の土曜日・・・・

進は朝から「ちょっと用事がある」といって出かけてしまった。(こんなことはめったにもない)

ユキは、進が何かを思いついたのだろうと感じながら、その連絡を待った。

そして、もうまもなくお昼になろうかとしていた頃・・・


PPPPPPPPP


部屋の中にビジュアルフォンの機械音が鳴り響いた。

(あ、かかってきたわ・・・・)

ユキはおもむろに通話ボタンを押した。

「はい、古代です・・・あ、あなた」

モニターの向こうに映っていたのはやはり進であった。

「ユキ、今から子供達をつれて、宇宙戦士訓練学校の飛行訓練用滑走路まで来てくれ。
あ、それから保育園の園長先生にも来てもらってくれ」

「え???滑走路??園長先生もお連れするの??」

進が何かを思いついて動いているのだろうとは思ってはいたが・・・・


滑走路???園長先生???
いったい何が関係あるんだろう・・・・
「とにかく滑走路まで行けばいいのね?でも勝手に入れるの?」
「大丈夫!君だって立派な関係者だろう??」
宇宙戦士訓練学校の敷地内は一般市民は立ち入り禁止区域である・・・・
だが、進を始めユキも持っているセキュリティカード、Gカードはどんな地域にも入ることができる特殊カードであった。
(軍関係者の上級士官クラス以上の者が持っている、身分カード・・・それがGカードである)

ユキは進に言われるがままに、園長に連絡を取った。
「古代さん・・・ご主人はいったい私になんの御用事なんでしょうか?」
「さぁ・・・わたしも来てくださるようにお願いしてくれって頼まれただけなんです。申し訳ありません、園長先生。」
そして、園長をその自宅まで迎えに行ったユキはそのまま、子供達も乗せて、宇宙戦士訓練学校の飛行訓練用滑走路へと向かった。

「ユキさ〜〜〜ん!!!」
ユキが滑走路脇の空き地に自家用車を止めると・・・待っていたのだろう・・・
宇宙戦士訓練学校の飛行科コーチの加藤四郎が走ってきた。
「加藤君!」
「かとうのおにぃちゃん!!」
加藤の姿を見つけ、子供達もうれしそうに走りよった。
「お!!ありがたい!!愛ちゃんと大和君は『お兄ちゃん』って呼んでくれるッからありがたいなぁ。」
(実生活で多くの甥っ子、姪っ子がいる四郎はすっかり『おじさん』呼ばわりされていた)
「ユキさん、久しぶりです。古代さんがお待ちですよ」
二人を両手に軽々と抱いて加藤はユキに笑いかけた。
「あの人ったら、加藤君まで引っ張り出したの?ごめんなさいね、今日はお休みでしょ?」
静かな滑走路にユキは飛行科の訓練が今日は休みだということに気がついた。
「うちにいても暇だったし、どうせここで機体の点検でもしようかなって来たら、古代さんが地面にうずくまって何かをしていることに気がついたんですよ。
僕には古代さんが探しているものはいまいちわからなかったし、そばで見ていただけです。」
加藤は滑走路の通用門のセキュリティゲートにカードを差し込んで、フェンスゲートをオープンにした。

中に入ると・・・そこは広い草原であった。
ところどころに舗装された長い滑走路が走ってはいたが・・・
今日は訓練機の飛び立つ轟音もない・・・・

ただ・・・

あたたかな日差しが緑の海を優しく照らし出していた。
(今日は冬とは思えないくらい暖かな日だったのだ)
そんな緑の海の向こうに・・・・進はいた。
大きく手を振ってこっちに合図をしていた。
「パパ〜〜〜〜〜!!!」
今まで加藤に抱かれていた二人は、その腕から飛び降りると遠くで手を振る父の元に一目散で駆け出していった。
その後ろを・・・ユキ、園長、そしておいてけぼりになった加藤がゆっくりと歩いていった。
「あなた・・・園長先生をお連れしましたわ」
ユキが声をかけると、それまで子供達と地面の何かを見つめていた進は立ち上がった。
「園長先生、これを見てください」
進が指をさした先の地面には・・・・小さな白い花が・・・本当に目立たない小さな・・・小さな花が健気に寒風の中を咲いていた。
それを目にした園長は口元を手で覆い・・・・その目には見る見る間に涙があふれてきた。
「園長先生・・・これが『はこべら』でしょ?」
進は優しい微笑を浮かべた。園長は声にならないかのようにただ頷くばかりであった。
「進さん?これ・・・・」
「ガミラスの遊星爆弾の攻撃を受ける前に地下に移動された植物のサンプルに雑草の種子もくっついていたんだ。
そういった植物は特に役に立つ訳ではない。だからといってはなんだけど、ここの滑走路の緑化部として使用されていたんだ。
これらの草は背丈があまり伸びないし、元々が雑草だから丈夫なものだ。何も世話なんかしてやらなくても育っていき
ここまで増えてくれた。」
「ここには『七草』全てがあるんですか?」
やっと落ち着いたのか・・・・園長が話しかけてきた。
「いえ・・・今のところ、僕が確認したのはこの『はこべら』と『なずな』くらいです。
でもコレだけ広い滑走路です。探したらもしかしたらあるかもしれません。」

「そうですか・・・・昔・・・今は亡き母と摘んだ覚えがあるんです。」

「私が子供の頃に住んでいたのはかなり山の中でしたので、こういった雑草だけは豊富でした。って言い方も変ですね」
園長は静かに笑った。
「自然の中で、自然の恵みに感謝しながら、そして自然を身体いっぱいに感じる生活・・・
それが私が過ごしてきた子供時代・・・。
今の子たちにはその10分の1も味あわせてあげることはできないでしょうが・・・せめてこういった自然と調和した昔からの習慣を子供達に伝えることができるうちは伝えてあげることが、私たち『自然』をしっている大人の役目なんじゃないかと思っているのです・・・・」
そういうと園長は進の方を向き直り、そして深々と頭を下げた。
「古代さん、お願いがあります。ここに子供達を連れてはいる訳にはいかないでしょうか?
ここが軍の重要施設だということは重々承知しています。しかし・・・今のメガロポリスには
こんな広い草原はないのです・・・・子供達に草の感触を教えてあげたいんです。」
「頭を上げてください、園長先生。実は僕もそのつもりで園長先生をお連れしたんです」
「え??」
「僕も子供達にもっと自然に触れて成長していって欲しいと常々思っていたんです・・・・見てください」

進の目線の先には・・・子犬のようにじゃれて遊び、走り回る大和と愛の姿があった。
「部屋の中で、コンピューターに囲まれ知識を叩き込まれるようなのは子供が自然に成長していく姿ではないと思います。
子供は少しでもああやって、自然を感じてこそ成長してゆくものだと思ったいます。
園長先生、こちらこそどうぞよろしくお願いします。子供達を来週の日曜にでも連れて来てあげて下さい。
僕はいずれはここが土日は一般市民に開放されるように上に働きかけてみるつもりなんです。」
「進さん、あなたったら・・・・私に黙ってそんなことをやっていたの??」
蚊帳の外になっていたユキは少しその美しい眉をひそめ、進をにらみつけた。
「いや、昨日思いついたことだし・・・休みの日だけの開放なら校長を説得すればよかっただけだし・・・・悪かったよ、ユキ」
進はしどおもどろ・・・、顔を真っ赤にさせて頭をかいた。
そんな進の姿にユキはプッと吹き出してしまった
こんなところは昔から変わらない彼である・・・
「いつも大和くんが教えてくれていますよ。『パパとママはいつも仲がいいんだよ。でも愛がいっつもは邪魔するからママがつまんなさそうなんだよ』って
何時までもご両親の仲がいいことは子供にとっては最高の幸せですものね」
ホッホッホ・・・と笑う園長の言葉に二人は顔を見合わせた。
いったい大和は何をみているんだ?!

いや・・・あいつはなんて冷静に家族を見ているんだ?!



翌週の日曜・・・・
開放された滑走路の上草の上では小さな子供達が転がるように楽しげに遊んでいた。
「できましたよ〜〜〜!!!」

園長の声に子供達が集まってくる・・・
そこには大きな鍋が用意されていて保護者達が作った七草粥

(といってもまねっこの青菜ふりかけをいれたもの)が用意されていた
(もちろんそれだけではなく、バーベキューも用意されてはいたんではあるが・・・)
「コレを食べると病気にならないんだよね!!」
子供の元気な質問に、園長はうれしそうに答えた。
「そうよ。コレを食べると元気な子供になるのよ!!さ、草さんの元気をみんなでわけていただきましょう!!」
「は〜〜〜〜〜い!!!」
草の力強い息吹はまるでこれからの地球を担う子供たちの姿にも重なり合う・・・
元気に食事をする子供たちの姿をみて、それぞれの親たちの思いも重なった。
この子供たちのためにも完全な自然の姿を地球に取り戻していこう・・・・と・・・・
もちろん、その中には進とユキの姿があったのは言うまでもない・・・・・。

〜Fin〜