16・
ここ・・・・どこ?
ユキがふと気づいたとき・・・・自分のいる場所が把握できなかった。
無理もない・・・・
彼女の周りは・・・・漆黒の闇が広がっていたのだから・・・・
荒々しく・・・荒涼とした世界・・・・
天空と思われる場所には闇が澱み渦巻き・・・・地表にはゴツゴツした岩場と砂漠のような地形が広がる・・・
重苦しいように澱む空気は息苦しさを増徴し・・・居たたまれない全身を押しつぶされるような雰囲気が辺りを支配していた。
何故・・・ここにいるの?
ユキは意を決してその場煮立ちあがるうと・・・遠くを見据えるように目を凝らした。
そして耳を澄ます
その時、何も聞こえてこない・・・・かのように思われた空間内に、僅かに泣き声がすることに・・・気づいた。
本当にかすかに風の囁きのような幼い子供の泣き声・・・・
どこ?どこなの?何処で泣いているの?
ユキは無性にその泣き声が気になった。
無性に『その声の主を見つけ出さなくてはいけない・・・・』衝動に襲われた。
他に何も聞こえないというのに・・・・その『泣き声』は消え入りそうになりながらユキの耳に微かに届いていた。
まるでユキに『救い』を求めるかのように・・・・
ユキは闇の中・・・声を求め歩み始めた。
どのくらい歩いたのか・・・それすらわからない・・・・
だが・・・一向に声の気配が近づいてくる様子もなかった・・・
その時、ふと・・・彼女は気づいた・・・・
この『泣き声』は空間全体に響いているのだ・・・・
この空間全体が『泣いて』いる・・・・・。空間全体が『苦しんで』いた・・・・
苦しんでいる・・・・何故??
その瞬間ユキは空間に漂う重苦しさが急に増したのを感じた。
息をすることすら苦しい・・・・まるで・・・ユキ自身が押しつぶされてしまいそう・・・・
“もう・・・みんないない・・・・・”
その時・・・・泣き声に混じって・・・微かな『声』が聞こえた。
「いない・・・?誰が?誰がないの?!」
ユキは思わず、声の主を探そうと声を出して尋ねた。
“みんな・・・・僕の前から消えてしまうんだ・・・・・”
声の主にはユキの声が届いてはいないらしい・・・・
「誰が・・・誰が消えてしまうの?」
“大事な人がみんないなくなってしまった・・・・守りたかったものが全部消えてしまう・・・・
全部・・・全部僕のせいなんだ・・・・”
「誰がそんなことを言ったの?何があなたのせいなの??」
“僕は大事な人を守りたかっただけなのに・・・・大事な人を・・・・傷つけてしまうことしか僕にはできない・・・・”
「私も・・・私も大切な人を守りたいの!ね・・・どこ?どこにいるの?『あなた』は・・・・どこ?
私を・・・私を呼んで!!」
そう叫んで・・・・ユキはハタと気がついた。
自分は何故ここにいる?自分は何のためにここにいる??
大切な人を取り戻すためではなかったのか?
そして・・・・はっきり思い当たった。
「大切な人?私・・・・そうだわ・・・・・そうよ・・私はあなたを探しにここまで来たのよ・・・・」
ユキは闇に向かって顔を上げ・・・・思いっきり叫んだ
「私は・・・古代進・・・あなたを探しに来たのよ!!お願い!私の声に答えて!!古代君!!」
ユキの声に呼応するかのように・・・・闇の彼方に何かが浮かび上がった。
それは・・・・いびつな森だった。
いや・・・森とは呼ばないだろう・・・・
無数の茨のツタが・・・何かを締め付けるかのように丸く固まっていた。その中央に・・・・・
「!」
その中央には・・・・少年が一人うずくまる様な状態で泣きじゃくっていた。
その姿は・・・痛々しいまでに傷だらけで・・・・。
ユキにはその少年の正体がわかっていた。
傷ついた少年は・・・・・全てに傷つき疲れ切ってしまった古代自身の『心』・・・・
ユキが求めて止まなかった古代自身そのものであった。
「古代君・・・・・やっと・・・・・いた・・・・・」
ユキがそっと茨の塊に手を伸ばすと・・・・まるで茨はユキの手を避けるかのようにするっと解け・・・
小さな古代の姿がユキの目前に現れた。
「古代君・・・・・」
ユキはうずくまるようにしゃがみこむその『古代』をそっと包み込むように抱きしめた。
17・
「古代君・・・・もうだいじょうぶよ・・・・みんな待ってるわ・・・・帰りましょう」
ユキは『古代』の身体を優しく抱きしめ、その耳元に囁いた。
しかし・・・・
「ダメなんだよ・・・・僕はここから出ては・・・・戻っちゃダメなんだ」
『古代』は、光を寄せ付けない暗い表情を浮かべうずくまったまま答えた。
「何故?私たちみんなあなたの帰りを待ってるのよ?何故出てはダメなの?」
「僕の存在がみんなを傷つけてしまうんだ・・・・僕が・・・兄さんところに行きたいって・・・あの日わがままを言ったから
父さんや母さんは・・・・死んでしまった・・・本当ならあの日・・・地下都市に引っ越す予定だった。でも・・・・
地下に入ったら兄さんに会う機会がなくなってしまう・・・僕は母さんにわがままを言って地下都市に
引っ越す日にちを一日のばして貰った・・・・・。母さんは・・・笑って兄さんの好物を僕に持たせてくれた・・・・。
でも、そのせいで・・・・あの日母さん達は遊星爆弾の犠牲になってしまったんだっ!!」
『古代』がつぶやいた瞬間。何処からともなく茨のツルがしなる様に唸りを上げ『彼』を襲った。
茨のツルは彼の身体を激しく傷つけた。衝撃で小さなその身体は弾かれたように飛ばされた。
「古代君!!」
ユキは驚き、膝をつき身体を起こしたその身体を支えた。
“あの・・・ツルは・・・?!何??”
「僕の・・・勝手な行動で・・・たくさんの仲間たちが・・・・傷つき・・・・命を落としてしまった・・・・いくら
宇宙の危機と感じたからって・・・なにかもっとよい手立ても考えられたかもしれないのに・・・・」
「古代君、それは違う!!あれは・・・どの戦いでも結果、あなたの判断は間違ってはいなかった。
あなたがあの時決断をしなかったら地球そのものがどうにもならない状況に追い込まれていたのかもしれないのよ。
それに・・・・それにあなたがあのことでどれほど傷ついていたのか・・・・私・・・・知ってる・・・・
仲間たちの死によってあなたの心がどれほど苛まれたのかを嫌というほど感じていたのよ!」
ユキはたまらず叫んだ。
ここは・・・ここは古代が苦悩を繰り返していた心の奥底・・・・
この小さな『古代』は傷つき疲れきった古代自身の『心』・・・・・
そして・・・『茨』は古代自身の苦悩・・・・古代自身に重くのしかかった苦しみ・・・・。
そうこうしているうちにも鋭い茨のムチが古代の『心』に次々と襲い掛かった。
古代の感じていた心の傷が今・・・・・古代の弱りきった心を痛めつけていた。
そのたびに『心』である小さな『古代』は際限なく傷つけられ続けた。
「やめて!!古代君!!もう自分で自分を傷つけるのはやめて!!」
たまらずユキは叫んだ。瞳には涙が溢れ出てくる。
「もう・・・やめて・・・・古代君・・・・あなたがこれ以上・・・傷つく姿を私・・・・見ていたくはない・・・・」
ユキは顔を覆って蹲ってしまった。
「あなたが・・・戦いのたびに傷ついていたのは知っていたわ・・・・
少しでも私があなたの心の癒しになれれば・・・・願っていた・・・
でも・・・・私じゃ・・・・私じゃだめなの?私じゃあなたのその傷を癒すことはできないの?」
涙が溢れ・・・足元に地を濡らす・・・・。
「僕は・・・・自分の判断の甘さで・・・大勢の仲間を失ってしまった・・・・
闘うことに気を取られ・・・・大切なものを・・・・守るという僕の願いを・・・・忘れ去ってしまったんだ!!
その結果がこのざまだ・・・・・僕は・・・・仲間を・・・一番大切な仲間を・・・・失ってしまった!!」
「!!古代君!!」
その時、今までになく太く鋭い茨が古代の身体を突き抜けようとすざましい勢いで伸びてきた。
古代にとって『一番大切な仲間=島』の死は耐え難いものだった。
自分自身すら消してしまいたいほどの・・・・・
「だめ!!古代君!!!」
ユキは思わず『古代』の身体をその身で覆うように抱きかかえた。
そして『古代』の耳元に必死に叫んだ。
「失ったりしていない!!あなたは一番大切な仲間を失ったりしていない!!
これ以上あなたが傷つく必要なんてない!!」
ユキの声に・・・『古代』の瞳は僅かに光を帯びた。その顔をユキの方に向けた。
「失って・・・・ない?島・・・生きてる??」
その時初めて『古代』の焦点がユキの姿を捉えた。
「ユキ・・・・?」
『古代』の瞳に戸惑いと・・・そして光が増した。
「ユキ!ユキなのか?・・・・なぜっ!?」
『古代』は抱きしめられた彼女の胸の中でもがいた。
「あなたはもうこれ以上傷つく必要なんかない。あなたの痛み・・・私が受け止めてあげたいの・・・」
ユキはもがく『古代』の身体をしっかりとその両手で胸に抱きしめ、そしてその耳元で囁いた。
「あなたは・・・・・・・・あなたは忘れてしまったの?・・・・あなたはいつも私に言ってくれたじゃない・・・
もう・・・二度と私から離れたりしない・・・離さないって・・・・私はあの言葉だけを信じて生きてきたのよ・・・・
あなたの言葉だけが・・・・私の支えだった・・・・・あれは・・・私の思いあがりだったの?」」
「違う・・・・そんなんじゃない・・・・・僕は・・・・・僕は・・・・・」
次の瞬間、ユキの脇からするりとすり抜けた『古代』は彼女の前に立ちはだかった。
「ユキ!君と二度と離れたりしたくない!僕は自分で・・・・自分の意思で決めたんだ」
ユキの前に立ちはだかった『古代』の身体を『茨』が襲い掛かった。
「古代君っ!!」
ユキは『古代』の方に手を伸ばそうとした・・・が一瞬遅れた。
『古代』の身体を茨が貫いた・・・・と思った次の瞬間・・・・光の渦が辺りに広がった。
「!!!」
ユキはあまりの光の洪水に目が眩みたじろいだ。
「ユキ・・・ごめん・・・・」
光の洪水が消えたとき、時そこには・・・古代自身が立っていた・・・・。
以前と寸分も変わらぬ・・・逞しい・・・・古代が・・・・
「ごめん・・・俺が・・・俺の心が弱いばかりに・・・・君をここまで引き寄せることになってしまったんだね・・・・」
古代は少しうつむき加減でユキに微笑んだ。
「古代君・・・・」
「俺一人では・・・・闇から出ることができなかった・・・・想いは強くあったけれど・・・俺の心は弱かった・・・・
ホンの小さなきっかけで崩れ去ってしまうほどに・・・・ありがとう・・・・ユキ・・・
君がいてくれてからこそ・・・・俺は戻ってこれたんだ・・・・君のおかげだ・・・・」
「・・・・・・・」
ユキはもう言葉にならなかった。
ただ・・・ただ涙が溢れて止まらないだけだった。
そんなユキを・・・・古代はただ静かに・・・・抱きしめた。
「もう・・・いい・・・・帰って来てくれただけで・・・私のところに・・・帰って来てくれただけで・・・それだけでいいの・・・・」
ユキは暖かな古代の胸に抱きしめられ・・・幸せを感じた。
「おかえりなさい・・・・古代君」
「ただいま・・・ユキ・・・・やっと・・・君の元に帰って来たよ・・・・」
古代に抱きしめられたまま・・・・ユキは静かにつぶやいた。
そして古代もまた胸にユキを抱きしめたままつぶやいた。
そんな二人の姿を柔らかな光が一気に包み込んだ。
18・
昨夜この一帯を襲った激しい嵐は嘘のように過ぎ去り・・・明るい日差しが辺りを照らし出していた。
「う・・・・・ん・・・・・」
一瞬瞼を貫くような日差しに眩しさを覚え・・・ユキは覚醒した。
随分長い旅をしていたような・・・・・そんな錯覚に襲われる。
なんか・・・幸せな夢を見ていたような気がしていた。
古代が覚醒し・・・そしてしっかりとその胸に抱きしめられた・・・・・そんな夢・・・・
「夢でも・・・・いいわ・・・・古代君気にかけてくれているのよね?私のこと・・・・」
その時始めてユキは自分が眠っていた(?)体勢に気づいた。
古代の顔を胸にしっかり抱きしめて・・・・・・・・古代の身体に寄り添うように倒れていたことに・・・・
でもしっかりとブランケットだけは身体にかけられていたということは・・・・
この様子を誰かに見られてしまっていた・・・・ということ・・・・・
「やだわ・・・・もう・・・・」
ユキは一瞬顔を赤くしながら身体を起こした。
「見回りに来たなら起こしてくれてもよさそうなものなのに・・・・私ったらそんなにぐっすり眠っていたのかしら・・・?」
かけられたブランケットを避け身体を起こそうとした瞬間・・・・・
ユキはその右手を軽くつかまれたのを感じた。
そして・・・・
「もう少し・・・・・そのままでもいいんだけどな・・・・・俺としては・・・ね・・・・」
小さく・・・弱々しいが・・・・確かに・・・・懐かしい・・・・声が耳に届いた。
慌てて・・・・・・見下ろす・・・・・
顔はやせ細って・・・・頬はこけ・・・・だが、優しい瞳が静かにユキを見つめていた。
「こ・・・・・・・・だい・・・・くん?」
「随分眠っていたみたいなんだな・・・・俺・・・・手にも力が入らないよ・・・・」
古代は苦笑いを浮かべ自分の手を動かそうとする。
「古代君・・・・古代君!古代君!!!」
ユキは愛しい人の名を連呼しその胸に飛び込んだ
やせ細ってはいても・・・・弱々しくなってはいても・・・・胸に飛び込んできたユキを今の古代は・・・・・
ただ静かに微笑んでいた・・・・
今まで我慢していた全てのものを流すかのように・・・・ユキの涙は止まらなかった。
その口から紡ぎだされる言葉は愛しい人の名前だけ・・・・・
「ごめん・・・・ユキ・・・・」
まだ力が入りきらないその手で古代はユキの髪を優しく撫でた。
「よくわからない暗闇の中・・・・君の声だけは聞こえていた。泣いている君の元に駆け寄りたくても・・・
近づこうとすればするほど・・・・俺の意識は闇の中に吸い込まれていったんだ・・・・
だけどね・・・・・光の中に君の姿が浮かび上がったんだ。俺を呼んでくれる君の声が・・・・」
「あなたが私を呼んでくれたのよ?」
ユキは涙でぐしょぐしょになってしまった顔を上げ・・・微笑んだ。
「あなたの心が私に救いを求めてくれたんだわ・・・・きっと・・・・・うれしかった・・・・」
「また君に助けられたんだな・・・・俺・・・・ありがとう・・・・ユキ・・・・」
「約束・・・守ってくれただけで・・・・私は・・・・それだけでいい・・・・の・・・
古代君・・・・おかえりなさい・・・・・・」
まだ頭を起こしきれない古代にユキはそっと顔を近づけていった・・・・
「古代さん覚醒したようです」
モニターをジッと見つめていたナースの一人が明るい声で叫んだ。
「何??まさか・・・・」
「しかし・・・脳波がそう検知を示しています」
信じられないといった様子で周りにいた人々はモニター周辺に集まった。
確かに・・・今モニターに映し出されている波長は・・・接続された者の覚醒を示す波動を現していた。
「奇跡だ・・・・まさか・・・・あの状態で覚醒するなんて・・・・」
医師の一人がまさに“信じられない”といった表情でつぶやいた。
別室のモニタールームで一晩ずっと二人の様子を見守っていた医療チームは目の前で起きた奇跡が信じられなかった。
《この二人なら・・・もしかしたら奇跡すら起こせるかもしれない》
とつぶやいたあの医師さえも・・・・・・
「と・・・とにかく古代さんを診察しなくては!!」
医療チームがモニター室を飛び出し、慌しく隣室の古代の治療室に入ろうとしたとき・・・・・
「先生!!!進は?!」
数人の男達が足音も荒々しく廊下を走って現れたのと同時だった。
その中に一人が見覚えのある医師に声をかけた。
「あなたは・・・古代さんのお兄さんですね?!お喜び下さい!彼の危機はどうやら危機は脱したようです」
たった今一晩中嵐の中の悪路をマニュアルカーで飛ばしてきたメンバーが病室に到着したのだ。
全員古代の様子が気になり目が血走っていた。
(おそらく誰一人として昨夜は一睡すらしていなかったのであろう・・・・)
「モニターの波形で覚醒を確認しました。」
「じゃ・・・・じゃ、古代は・・・・?!」
友人であろう・・・・テレビのモニターで見覚えのある人物が息を整える間もなく声をかけてきた。
「おそらくもう心配はないと思われます。おめでとうございます」
「守さん!!」
「良かったな!!古代!!」
医師の明るい言葉に男達は互いに肩を叩きあい人目も憚らず男泣きに泣いていた・・・・。
自分達にとってかけがえのない男の生還を心のそこから喜んでいた。
「とにかく・・・・・今から診察をさせていただきますね」
そう言って、医師がドアの開閉ボタンを押した。
窓からこぼれる明るい日差しが部屋を満たし・・・開けられたドアから廊下の方まで零れ落ちてきた。
その日差しと爽やかな風の中・・・・・・・・二人の恋人達は・・・・・・熱い抱擁と口づけを交わしていた・・・・・・・
今ようやく全ての闘いに終わりが告げられたのであった・・・・・
FIN
ブロークンハート・完