6
「そのとき彼に用意された薬のが『P4』と呼ばれていたあの薬・・・・・。
打つとしばらくの間は正常に行動できるけど・・・・
やがて薬の効き目が切れると・・・・・
その激しい薬の副作用ででその人の脳を破壊してしまうこともあるというほどの劇薬・・・・」
「そ・・・・そんな薬を打ったのか?!あいつに!!」
「古代君が望んだの・・・・私は止めたわ・・・・泣いてとめた・・・・
でも・・・あの人の決心は揺らぐことはなかった・・・・。」
島の困惑した瞳にユキの寂しげな微笑が映った・・・・・・。
『そんな・・・・そんな危険な薬・・・・なぜ!?』
最初・・・その薬の使用を聞いたユキは激しく動揺した。
役職の関係上・・・藤堂長官に上がってくる案件は全て網羅してるユキである。
当然・・・といってはなんだが、その“薬”のことも知識の片隅に入っていた。
その恐ろしい副作用のことも・・・・・
『俺なら・・・・・だいじょうぶだよ・・・・ユキ・・・・・・・・心配することはない・・・・』
『佐渡先生!先生は知ってますよね!?その薬の恐ろしさを・・・・
なら何故古代君にそんな馬鹿な話を持って来たんですか?!
先生は古代君の命をそんなに縮めたいんですか?!』
古代の声を聞こえないふりをしてユキは佐渡を詰った。
『ユキ・・・・・ワシだって・・・・こんな薬を使いたくはないんじゃ・・・・・じゃがな・・・』
佐渡の言葉は・・・苦悩に満ち満ちていた。
佐渡だとて・・・・医師としてだけでなく・・・・
二人を見守ってきたものとしてこんな薬など使用したくはなかった・・・だが・・・・
ユキは激しく古代に泣きすがり・・・・今その薬を古代の元に持ち込んできた佐渡さえも罵った。
佐渡が悪い訳ではないとわかっていながら・・・・佐渡に当たらずにはいられなかったのである。
佐渡は・・・その言葉を真正面に受けて言葉もなく立ち尽くしていた。
そんなユキを古代は苦しげな息の下静かに制した。
『佐渡先生をそんなに攻めることないだろう?ユキ・・・先生には俺が頼んだんだから・・・・先生になんの責任もないよ。
それに・・・約束したじゃないか?ユキ・・・・・俺たちは俺たちの地球で一緒に幸せになろうって・・・・・
今地球を守らなくては俺たちの約束は全て反故になってしまうんだ・・・・
それがわからない君じゃないだろう?』
『だからって・・・・・だからってあなたが命を削るなんて・・・・・その薬の意味・・・・知っているんでしょ?
私は・・・・私はあなたに・・・・これ以上傷ついて欲しくはないの・・・・・・』
『ユキ・・・・・・』
泣きじゃくって古代にかけられたシーツの片を握り締めるユキの背に彼は手を添えた・・・・。
『俺は・・・・君が泣く姿を見るのは辛い・・・・・・よ』
潤む瞳でユキは古代を見つめた。
放射能に犯され・・・・全身激痛に襲われているはずなのに・・・・・
ユキを見つめる古代の瞳は穏やかだった。
『だが・・・・今地球が俺を必要としてくれているのなら・・・・・俺はそれに答えたい・・・・・』
『だ・・・・だからって・・・・・今のあなたに・・・・・・』
『ユキ・・・・・・』
少し困ったような笑みを浮かべ優しくユキの髪に手を絡めながら・・・・・古代はそれ以上何も言わなかった。
しかし・・・・古代の決心が揺らぐことはない・・・・・
ユキにはわかっていた・・・・・・この人を止められるものは誰もいない・・・・。自分も・・・神すらも・・・・。
この人の意思はそれほど固い・・・・とすれば・・・今自分にできることは・・・・・一つしかない・・・
『・・・・・・』
ユキは静かにその場を立つとスッと佐渡の脇に用意されたキットに手をかけた。
『あなたの・・・・あなたのそばにいつも私がいることを・・・・忘れたりしないで・・・・・』
振り向いたとき・・・・ユキの手には薬剤が注入された注射器が握られていた。
『私はあなたと共にいることを忘れないで・・・・・・』
『ユキ・・・・ありがとう・・・・・』
涙を浮かべたその瞳には・・・・悲壮とも言うべき決意が込められていた。
そして・・・また古代の瞳にも静かに・・・熱い決意が秘められていた。
「私が・・・・私がこの手で・・・・あの人の体内にあの薬を・・・・・・打ったの・・・・・
それが・・・あの人の望みだったから・・・・」
ユキは自分の右の手を見つめた。その手は・・・・・・小刻みに震えている・・・・・・。
「ユキ・・・・・・」
“ユキ・・・君はそうやって・・・・古代の苦しみを共に受け止めているのか?”
自分の手をギュッと握り締め・・・・・肩を震わせるユキの痛々しい背中を島は悲痛な思いで見つめた。
「私には何もできない・・・・・あの人を見守ってることしか・・・・・見つめてることしか・・・できないの・・・」
ユキの頬に一筋・・・・涙がこぼれた。
7・
「じゃ、古代はヤマトに復帰したということなのか?・・・・そんな身体のまま・・・・」
島は搾り出すような声を漏らした。
「何故一言言ってくれなかったんだ?何故・・・何故俺たちに・・・・」
“俺たちに何故一言言ってくれなかった!古代・・・・俺たちはそんなにお前にとって当てにはならないような存在なのか?!”
島の・・・声にならない罵倒を見透かしたかのように・・・・・ユキは静かに乾いた声でつぶやいた。
「なら・・・・島くん・・・・あなたならどうしたの?」
ユキはまっすぐな瞳を島に向けた。
「島くんが古代君の立場なら・・・・・
島くんなら古代君に自分の追い込まれている状況を知られたいと思うの?
ね?・・・・もしあなたなら古代君だったとしたら・・・あなたには言うことができたのかしら?」
「グッ・・・・・」
島は言葉に詰まった。
確かに・・・・島自身が古代の立場であったら・・・・決して誰にも言わないで欲しい・・・・
余計な心配などかけたくはない・・・・。
それが・・・・古代であるならなおさら心配なんかかけたくはない・・・・と自分でも思う・・・・。
返事に窮し、うな垂れる島にユキは話し続けた。
「古代君は・・・・一応正常な判断可能な精神状態を伴う体調に戻ったわ・・・・・一部を除いてね・・・」
「一部・・・・?」
島はいぶかしんだ。
「どういう・・・・・?」
「彼の・・・・・彼の中で・・・・沖田艦長が蘇ったの・・・・・」
「・・・・・蘇ったって・・・・・・?!」
「その言葉のままよ・・・・・」
ユキは悔しげに唇をかみ締めつぶやいた。
「彼の中に・・・・・・彼の心の中に沖田艦長が蘇ったの・・・・・。
きっと彼は・・・・なにか拠り所を求めていたのかもしれない・・・・
どうにもならない緊張と重責の中で・・・・・いつも・・・いつも全ての責任が彼の肩にかかっていた・・・・
彼は・・・・・・無意識の中辛い彼の立場を・・・彼自身を支えてくれる拠り所が欲しかったのかも・・・・・
それが・・・・」
「沖田艦長か・・・・・・」
わからないでもなかった。
古代は今まで、その年には似つかわしくないほどの重責を背負わされていた・・・・・
地球という生命の源を・・・・・・全人類の未来を・・・・・
確かにヤマト全乗組員がそういう意味では地球の命運を握っていたといってもいいかもしれない・・・・
しかし・・・その全ての責任を担っていたのは・・・・・・『宇宙戦艦ヤマト艦長 古代進』だった・・・・。
とても一介の若者に支えきれるような代物ではない・・・・
だが・・・・元来の責任感の強さが彼を・・・・彼の精神状態を極限にまで高めそれが・・・
彼のカリスマ性となっていた。
「元々・・・戦いなんか好きな人じゃなかったんだもの・・・・限界が来ていたのよ・・・・
『沖田艦長』という存在を自分の中に作り出すことによってその限界を超えようとしたんだと思う」
ユキは・・・辛そうにその瞳を伏せた。
8・
「で、今の古代は?」
それが今一番聞きたいことだった・・・・。
“古代は一体今どんな状態にいるんだ?”
ユキの背中が小さく・・・しかしはっきりわかるほど震えた。
「古代君・・・今は・・・・一種の無反応状態なの・・・・・」
ユキは今一番口にしたくはない言葉を口にした。
「無反応状態?」
「・・・・彼・・・・彼の心は壊れてしまったような状態なの・・・・
あの人の心の中は・・・・“無”といった方がいいのかしら・・・・」
「どう・・・・」
「よくはわからない・・・・でも・・・薬が作り出した虚構の世界と現実の世界が交差し・・・・
あの人の心を破壊してしまった・・・・といった方が正しいのかもしれない・・・・
ヤマトを・・・・ヤマトを爆破させなければはアクエリアスをとめることができないと
わかったあの頃・・・古代君の中はもう半分壊れかかっていたようだったの・・・・
現実なのか・・・・薬が作り出した世界なのかすら・・・わからなくなっていたようだった・・・・
その引き金になったのは・・・あなたの怪我・・・・」
「お・・・俺の? 」
島は愕然とした。
・・・・俺の・・・俺の怪我があいつの・・・・・精神を破壊したのか?
「誤解はしないでね・・・・あなたのせいなんかじゃないの・・・・
あの人・・・古代君は・・・あの時あなたを死なせてしまったと・・・思い込んでしまったのよ」
「だが・・・・俺に蘇生処置を施したのはあいつだと・・・俺は・・・・聞いてる・・・・・!」
「そう・・・・あの人よ・・・・あなたを死の淵から取り戻したのはあの人・・・・。
でも・・・・あの人は何故かあなたを失ってしまったと思い込んでしまった。
元々薬のせいもあって精神のバランスが崩れかけていたところにあの事故でしょ?
あれで一気に崩れきってしまい・・・・もう現実なのか・・・薬の世界なのか・・・
わからなくなってしまったらしいの」
ユキは寂しげに・・・しかし、島を慰めるように微笑んだ
「あの・・・・ばか・・・・やろうが・・・・・ったく・・・・・!!!」
ガッ!!!
島は自分の思いの行き場をなくし・・・・その右拳を立ち樹に叩き込んだ。
激しく叩き込まれた拳は樹の皮を弾き、島の拳には血がにじんだ。
「ということは・・・なんだ?あいつは・・・俺を“あっち”から引きづり戻しておいて、自分は俺を“死んじまった”と思い込んだってのか?!」
血のにじんだ拳を力なく見つめてしまう・・・・
痛みすら感じなかった・・・・・感じことができなかった。
「あの・・・・大馬鹿やろうが・・・・・・・・」
「島くん・・・・・」
ユキはそっと傷ついた島の拳を両手で包み込んだ。
「・・・・島くんがそんなに思いつめることじゃないわ・・・・・これは・・・
このことは私たちはわかっていたことだもの・・・・これは古代君の・・・・ううん・・・私たちが
前へ進んでいくための戦いなの・・・・わかって・・・・」
「ユキ・・・・」
「私たち二人が前に・・・・未来へ進むための戦いなの・・・・乗り越えなくては・・・私たちに未来はないわ・・・・
あの人は必ず勝つわ・・・・自分自身に勝ってきっと私たちの元に帰ってきてくれる・・・・私は信じてるの・・・
私の戦いは・・・・あの人を信じ、あの人を見つめること・・・・目を逸らさずに・・・・・」
「わかった・・・・ユキ・・・・」
島にはその言葉しかもう搾り出すことはできなかった。
“信じるしかないんだ・・・・古代が・・・古代自身の心に打ち勝って再び俺たちの元に帰ってくることを・・・”
苦悩に満ちた二人とは裏腹に・・・・風は腹ただしいほど爽やかにふいていた・・・・・・。