First Name
by 秋月 紗羅さん
「古代くんッ!!」ユキの絶叫が第1艦橋に響く・・・
「古代くん!!古代くんっ!!・・・進さんっ!!」
いつもなら呼ばないファーストネーム・・・でもユキは叫び続けていた。
「ユキ・・・」戸惑うように掛けられた声・・・それは島だった。
「島くん!古代くんが!進さんがっ!!」
「ユキ!大丈夫だから佐渡先生に早く連絡を!」
真田がそう叫んでやっとユキは弾かれたように自席に向かった。
「佐渡先生!!第1艦橋に早くっ!!進さんがっ!!」
連絡を受けた佐渡は一瞬分からなかった。
だが思い出す・・・古代のファーストネームが進だと言うことを・・・
「艦長がどうした!」
「肩を負傷してっ!お願いっ!!進さんをっ!!」
佐渡にしてもこれほど動揺しているユキの声を聞いたことがなかった。
取るものもとりあえず第1艦橋に向かった佐渡の見たもの・・・
それは意識のない進にしがみ付き泣きじゃくるユキの姿だった。
「進さん!目を開けて!!お願いッ!」
そう叫ぶユキの姿はいつもの冷静な生活班長ではなかった。
隣で土門竜介が立ち尽くしているのにも気付かない様子でユキはただ進に縋り付いていた。
「俺のミスで・・・艦長を・・・」
竜介も顔色なくそう繰り返すだけだった。
「持ち場を離れるな!土門!!まだ攻撃は続いているんだぞ!!」
真田がそう叱咤しても倒れている進を見詰めていた。
「土門!!艦長がお前に任せると言ったんだ!!今の戦闘責任者はお前だぞ!!しっかりしろ!」
真田が言った艦長という言葉に反応してやっと席に座る・・・
その間もユキはただ進を抱き締めていた。
「ユキ!どくんじゃ!診察が出きん!」
小さな佐渡からは想像もつかないような力でユキを剥がすと彼は進を丹念に調べ出した。
「艦の破片が突き刺さっとる・・・骨は折れとらんようだ・・・ユキ!手術室へ運ぶぞ!」
担架に乗せて進を運ぼうとしてもユキは冷静さを取り戻そうとはしなかった。
流れ落ちる涙をそのままにその目はただ愛するものを見詰めていた。
「ユキッ!!」
・・・その言葉と共にパアンッ!と言う音が艦橋に響き渡った。
それは佐渡がユキを叩いた音だった。
「佐渡先生!!」
島が詰るように言っても佐渡の顔は変わらなかった。
「何しているんじゃ!!お前さんは看護婦じゃろ!!しっかりしろ!!
患者を目の前にしてパニクルヤツがおるか!!」
「先生・・・」
いつもは温和な佐渡にしてはキツイ言葉にやっとユキは現実に戻ることが出来たのだった。
進の手術は無事成功した。
扉の前には沢山の乗組員達が待っていた。ストレッチャーに乗せられて運ばれる進を皆が祝福した。
「なあにしておる!二人っきりにしてやらんか!!」
佐渡の声はいつものものだった。
ユキは感謝した。そして皆の見守る中進を乗せたストレッチャーを押して行った。
病室に移されても進は時折呻き声を上げていた。
ユキは思い出していた。
進をファーストネームで呼んだことを・・・
それは二人だけの秘密だった。
ふとした休日・・・あの恥ずかしがり屋の進が言った言葉・・・
「二人っきりでこうしている時は・・・進って呼んでくれないか・・・」
いつも以上に真っ赤になって進は言った。それはベッドの上だった。
身も心も愛し合うようになって出来た二人の約束だった。
今回の航海でただの艦長と生活班長として乗り組もうと約束した。
皆に不思議に思われてもどれだけ恋しくても守ってきた約束・・・
貴方がいるから・・・
前回の航海と違ってすぐ傍に貴方がいるから・・・
そう思って押し殺してきた自分の心・・・
だけど離れたときより寂しかった・・・
傍にいるのに・・・
声を掛けられるのに・・・
伸ばせば届く距離にいるのに・・・
それでも進の態度や視線が艦長のものだったからユキは我慢できたのだ。
その心が爆発した。
大切な大切な貴方!!その心の叫びがファーストネームとなった。
まだ気付かない進をユキはただ見詰めていた。
「・・・ん・・・ユキ・・・」
顔全体に汗をかく進をタオルで拭っていたとき彼は目覚めた。
「気がついたのね・・・」
「ここは・・・」
記憶が途切れているのだろう・・・進は辺りを見まわして問うた。
「第1艦橋でちょっと怪我をしたのよ・・・」
ユキは笑って言った。
「俺が戻らなきゃ・・・ヤマトは!」
そう言って起きあがろうとした進を激痛が襲った。
「ンアアッ!」
「寝てなきゃダメじゃない・・・
それにヤマトは貴方一人で動かしているんじゃないのよ・・・
島くんだって・・・土門くんだってがんばっているから!」
「そうだな・・・」
ユキに言われて進は自分がどれほど自惚れていたのかを知った。
目の前のユキに対してもそうだ・・・この前倒れたときも彼女は支えてくれていたのに・・・
だがそれでも進は艦長の仮面を外すことが出来なかった。
「俺は大丈夫だ・・・君も勤務に戻れ・・・」
「私は看護婦よ・・・患者の傍にいて当たり前でしょ・・・それに・・・離れたくない・・・」
最後の言葉・・・それは生活班長のものではなく・・・ただの森 ユキの言葉であった。
「ユキ・・・」
また進は起きあがろうとした。
「ダメ・・・」
そう言ってユキは制した。
肩に乗せられた手を進は掴むと彼女を引き寄せようとした。それは衝動だった。
欲しい・・・彼女が欲しい・・・進はここが何処だかも忘れていた。
ユキも同様だった。
見詰められて・・・手を握られて・・・身体が熱くなるのを押さえられない・・・
いつも進の官舎で愛を交わす時のようにユキはただ進に全てを任せていた・・・
その時だった。
ヒュイイインという音と共に扉が開き
「ウワアアッ!」と言う叫び声と共に3人の乗組員が雪崩れ込んできた。
徳川 太助、坂巻 浪夫、雷電 五郎の3名だった。
実はこの3人・・・選抜隊だったりする・・・
艦長の様子がどうしても知りたい乗組員達がくじ引きで決めたのだ。
「艦長!」
「お身体をお大事に!」
「気を付け!周れ右!!」
「失礼しましたっ!!」
3人は逃げるようにその場を立ち去って行った。
二人はしばし呆然としていたが顔を見合わせると大きな声で笑った。
そんな顔で笑う進を見るのはヤマトに乗って以来始めてのことだった。
「やっぱり古代くんは笑っているのが一番ね・・・」
「えっ?」
キは自分が言った言葉に赤面した。
クルッと後ろを向いたユキだったがそれでも進は握った手を離さなかった。
「古代くん・・・」
「もう呼んでくれないのか・・・」
「えっ?」
今度はユキが絶句する番だった。
「進・・・って・・・」
握る手の力が強くなる・・・それでもユキは振り向くことが出来なかった。
「古代・・・くん・・・」
「聞こえてた・・・微かだけど・・・聞こえてた・・・進さんって呼ぶ・・君の声が・・・
返事したくても出来なかったけど・・・聞こえていたんだ・・・」
振り向いたユキの目に映ったのは微笑む進の顔だった。
「進・・・さん・・・」
「ユキ・・・」
もう一度二人は引き寄せられた。
今度は邪魔は入らなかった。
「声・・・聞こえているの・・・知っているんでしょうか・・・」
「いや・・・多分知らんだろう・・・」
扉の向こうにはやっと攻撃がマシになったので様子を見に来た。
竜介と島の姿があった。
来るときに出くわした3人が「いいムードでしたよ」と言う言葉通りに漏れ聞こえている声・・・
それが今止んだのだ。
「これで二人も元に戻るだろう・・・」
「ずうっとこうだったんですか?副長・・・」
「そうだよ・・・これでもマシな方だ・・・」
「これでですか?」
「ああ、アイツも少しは大人になったからな・・・」
二人は顔を見合わせて笑った。
「行こうか・・・」
「そうですね・・・」
入れるまでには時間がかかるかも知れない・・・
二人は同じことを考えていた。
(背景:Heartfelt)